コマチ
「勝つのは……神凪だよ」
自国の敗戦を伝えるコマチはどこか晴れやかだった。むしろ、その言葉を喜ぶべきはずのナナシの方が複雑な表情を浮かべた。
「……根拠はあるのか……?」
「……意外だね……君なら自信満々に、そんなの神凪が勝つに決まってるんだろ…… くらいのこと言うかと思っていたよ……」
「そう言いたいのは山々だが、 俺はグノスはもちろん、神凪の状況もわからないまま、ここに来たからな……判断材料が乏しいってのが正直なところだ」
「それも………そうか……根拠はちゃんと…あるよ……神凪が勝つというより……グノスが負ける理由がね……」
そう言うと、コマチは少し顔を強張らせた。やはり、祖国を悪く言うのは思うところがあったのだろう……。
「グノスは……自分達に都合の良い希望的観測を元にこの戦争を始めたんだ……」
「都合の良い……」
「あぁ……対オリジンズ用のAOFやイザナギはこの戦争には出て来ない……出て来たとしても、ぼくやネジレ、ネオヒューマンと巨大オリジンズ、ダイエルス三体でどうにかなるって……」
「それは……見立てが甘いってレベルじゃねぇな」
はからずも獣ヶ原でアツヒトがネジレに言い放った言葉と、同じことをナナシが発した。つまり、誰から見てもグノスの計画は、計画と呼ぶのも憚られるほどのただの妄想でしかなかったのだ。
しかし、これでも序の口……グノスの酷さはもっと……。
「甘いどころじゃない……仮にその都合の良い妄想の通り進んだとしても……いずれ、破綻する……ネオヒューマンの……欠陥のせいでね……」
「欠陥だと……?」
「短いんだよ……寿命が極端にね……」
「なっ!?」
ナナシは言葉を失い、コマチは苦笑いをした。彼にできるのはそれだけだった……。
「人間と……オリジンズの……ミックスなんて無茶をしたら……歪みが出るのは当然だよね……」
「コマチ……お前……」
「なんで……このタイミングで宣戦布告したんだろうって疑問に思ってるだろうけど……グノスの主力である……ネオヒューマンの失敗作の……限界が近いからだよ……彼らが使えなくなる前に……仕掛けないと……勝ち負け以前に……戦いにならない……ネジレとガブも……大人しくしていても……一年………戦いを続けていれば……一月ももたない……」
「そうじゃなくて!」
ナナシが声を荒げた!……目を潤ませながら。ナナシが聞きたいのは、グノスが戦争を急いだ理由なんかではなく、今彼の腕の中にいる無二の友のこと……。
自分のことを思って、自分のために心を痛めてくれるナナシにコマチは優しく……最後の力を振り絞って微笑んだ。
「ナナシ……今、言った通りだよ……ネオヒューマンは寿命が短い……ぼくはそのただでさえ短い寿命をルシファーという負担の大きいピースプレイヤーを使ったことで……すり減らしてきた……もう限界なんだ……」
「そんな身体で!……なんで……なんで俺と戦ったんだ……」
「最初に言っただろ……ぼくは……ぼくの心に……素直に従ったんだ……死を前にして……一番したかったのは……戦うために作られたぼくの全力を……強敵にぶつけたかった……」
「でも……それで……!」
ナナシの罪悪感を察したコマチが小さく首を振った……今の彼にはこの程度のことでも重労働だ。
「……君が来る前までは……ルシファーを……装着することもできないくらい衰弱していた………けど、君の姿を……ナナシガリュウの姿を見た瞬間……力が湧いて来て……あれだけの喧嘩ができたんだ……」
満足そうに、最初で最後で最高の喧嘩を噛み締めるように、再び穏やかな笑みを浮かべる……。
そうしている間にも、彼の身体から熱が失われていく……。
「ナナシ……君には……感謝しかない……君と会えて良かった……」
「俺だって同じさ……」
「ありがとう……そんな君に……最後にお願いしたいことが……ある……」
「なんだ……?」
「グノス帝国を……守るために……ラエン皇帝を……倒して欲しい……」
「皇帝を……俺が……?」
国の安寧のために、国家元首を倒す……一見、矛盾した発言だったが、先ほどからの杜撰過ぎる計画を聞いていると、それが間違っていないことはナナシにもわかった。
「ラエン皇帝は……グノスの妄執が生み出した……モンスターだ……国民のことなんて……これっぽっちも……考えていない……」
「それは……君の話を聞いていれば、なんとなくわかるけど……」
「殺すほどじゃない……なんて思っているなら……甘いよ……君も……直接会えばわかる……あいつの……母の異常さが……」
「そうか……君の半分、人間の部分は……」
ナナシはコマチとここまで気が合う理由がわからないでいたが、今の発言で彼との共通点に気づいた……。親に対してコンプレックスを持っているということを……。
「母は……異常だ……精神性はもちろん……その力も……」
「力………そんなに強いのか……?」
「うん……そこだけは本当に……グノスでトップ……多分、彼女が前線に出たら……神凪にもかなりの被害が……」
「そうなったら、今まで神凪とグノスの民が築き上げてきたものがおじゃんだな……」
「あぁ……グノス国民は実際に今、何が起こっているのか知らない……そんな彼らが憎しみの対象になるなんて……あってはいけないんだ……」
「だから、俺に皇帝を討てと……」
「そう……両国の関係に修復できない亀裂が入る前に……皇帝一人に全ての罪を被せて倒すのが……グノスにとっても……神凪にとっても……最善……そして、それを成し遂げる……ことが……できるのは……ナナシ……君だけなんだ……」
自分の真意を友に伝えられた安心感からか、コマチの身体から力が抜けていく……。
ただ、最後にもう一つだけやること、やらなければいけないことが残っている。
「これを………」
コマチがルシファーの指輪をナナシにそっと渡した。その手はもう震えることもできない……。
「ルシファー………でも、俺じゃあ……」
コマチの顔に再び、そして最後の微笑みが浮かぶ。
「大丈夫……だよ……君なら大丈夫……君も……もう……気付いているんだろ……?」
「……やっぱり、ガリュウとルシファーは……?」
「あぁ…そうだよ………君の思ってる……通りだよ……君なら……きっと使いこなせる………」
弱々しい言葉……終わりの時は近い。
「……この指輪を見る度に……ルシファーを装着する度に……お前のこと……きっと思い出すよ」
ナナシが精一杯優しく語りかける。その言葉を子守唄に、コマチのまぶたがゆっくりと閉じていく。
「……毎回……は、いい…かな……なんか重い………」
「そうか」
「……指輪……似合わな……そう……だね……」
「そうかな?」
「…ナナシ……この……国を……」
「わかってる」
「…毎回……は嫌だけ……ど……たまには…」
「だから、思い出すって。忘れない……絶対」
「……そう……」
「コマチ」
「……なんだい……」
「自分のこと……好きか?」
「………そう……だ…ね……好き……かな……好きに……なれた……」
「そうか……そいつは良かった」
「……うん……そ…だね……よかった………本…当に…よかっ…………」
「……!?……コマチ!?」
「……………………………………………」
「……コマチ……ありがとう……お前に会えて、本当に良かった……」
ナナシの腕の中、いつしか友の体は冷えきっていた。
コマチの、その綺麗な瞳を覆うまぶたが開くことはもう二度とない。




