ギリュウ
自分の愛機と色こそ若干違うが姿形がそっくりなものが目の前に四つ……ネームレスは何がなんだかわからず、思考停止し、立ち尽くしてしまう。
「おおう!おおう!びっくりしてるな!」
「どうやらこの感じだと、あの映像を見てないようだな」
「……映像……?あっ!」
「気づいた……ようですね」
ガリュウ軍団の会話から、ネームレスはあることを思い出した。ここに来る途中に聞いた、理不尽極まりないこの戦争の発端を……。
「お前らがグノスの軍事施設を、襲ったって連中か……?」
「正解。あれはオレがやったんだ」
あっさりと自分の犯行だと認めたのは四体の中で唯一ネームレスガリュウと同様にマントを纏ったガリュウ。そして、それはグノスの自作自演を認めるということでもなる。
「そうか……やっぱり、戦争を起こすために……わざと……?」
「あぁ……イカれてんだろ?我らが皇帝陛下は」
粗暴なのは言葉遣いだけじゃないようで、素知らぬ顔で不敬な言動を発するマントの偽ガリュウ。その言葉から皇帝に忠誠心の欠片もないことだけはわかった。
だが、それだけでは、勿論行動を起こすのには足りないので、さらにネームレスは他の情報も得ようとガリュウ軍団の観察を始める。
(今の話が本当なら、こいつらは戦争の口実を作るために作られたガリュウの偽物……確かに、ボディーの色はグレーだし、眼の色はレッド……それに額にサードアイがない……)
よくよく見るとそれはガリュウとは細部のデザインが異なっていた。特に目を引くのが……。
(胸にあるマーク……いや、数字か。Ⅲ、Ⅴ、Ⅶ、Ⅸ……奇数……?普通に考えたら偶数も、あと一と二もいるはずだよな……)
偽物の胸には個体識別のためと思われる数字が刻まれており、そこからネームレスは他にも仲間がいると推測し、気づかれないように目線だけを動かし、周囲を探る。
しかし、相手もただ者ではなく、ネームレスのその行為だけで、彼の考えを察した。
「もしかして、他に仲間がいるのか疑っているのかい?」
「……嘘をついても仕方ないな。あぁ、お前達の胸の数字……その数字通りだと、最低でも九体いるはずだよな……?」
「残念」
「……もっといるのか……?」
「逆だよ。少ないんだ。『ギリュウ』は八体しか製造されてないよ」
「八体だと……?」
Ⅴの数字がついているギリュウとやらの言葉にネームレスは混乱する。
数字はⅨまであるのに八体……そうなった理由なんていくらでも考えられるし、正直なところ、そんなことは今はどうでもいいのだが、どうしても気になってしまうのが、人間の性……。
悩む彼にⅤ番がありがたいことに正解を提示してくれた。
「ギリュウはⅢ番からⅩ番の八体……一と二は最初から造られてないんだ」
「なんで一と二は……あっ!」
ギリュウに一と二がない理由……それに関してはネームレスはすぐにわかった。なぜなら、その答えを今、その身に纏っているから……。
「本物の……ナナシと俺のガリュウが一と二か……」
「ピンポーン!大正解」
「勝手に海賊版を作っておいて、変なところ律儀なんだな」
「ボクもそう思うよ。わざわざ、偽の竜で“ギリュウ”なんて、自虐的な名前を付けなくてもいいのにね」
「ふん!本当に何を考えているんだか!」
Ⅴ番は苦笑したが、その隣のマントを羽織っているⅢ番は憤った。どうやらⅢ番はこのギリュウという名前をお気に召さないようだ。
本物を身に纏っているネームレスからしたら偽物風情が何を……って感じだが。それ以上に、彼にとって大事なのは名前よりも残りの、今、視界にいない偶数のギリュウだ。
「今の話が本当だとしたら……」
「本当だよ。君が嘘偽りなく、ボクの質問に答えてくれたから、ボクも真実しか話してないよ。っていうか、別に隠すようなことでもないし」
「そうか……なら、残りの奴は、偶数メンバーはどこに行ったんだ……?」
「ん?」
Ⅴは不思議そうに首をかしげた。ここまでの話を聞いたら、ネームレスならそんなことは当然、わかると思っていたから……残りの四体は彼の仲間の下に行ったと。
けれど、それは大きな間違い……彼もまさか腐れ縁のあいつがこのグノス帝国に、ヤルダ宮殿にいるなんて想像すらしていないのだ。
「……あれ?もしかして、一緒に来たんじゃないの……?」
「一緒に……?何を言っているんだ……?俺は一人だが……」
「そうなのか……あのね、残りの四体はこの宮殿の反対側、君のお友達のナナシ・タイランの所に向かったんだよ」
「ナナシの下にか……なるほ……ええっ!?」
ネームレスはギリュウを見た時よりも、いや下手したら彼の人生で一番驚いたかもしれない。それほどの衝撃、完全にノーガードの方向からぶん殴られた気分だった……。
「なんで……なんであいつが……!?」
「それはこっちが聞きたいよ。てっきり二人仲良くカチコミに来たのかと……」
「そんなわけないだろう……!俺とあのバカは友達でもなければ、仲間でもないんだからな……!」
「へえ……まっ、そっちの方がこっちとしてもいいか……余計なこと考えずに、一人ずつ潰していけばいいってことだからね」
「ん……!」
場の空気が一気に緊迫する……。Ⅴ番の一言をきっかけに残りのギリュウ達も頭と身体を戦闘モードに切り替える。
もちろん、それはネームレスも……。
「確かに……前向きに考えれば、警備が分散して、俺が皇帝の下に行くのが楽になった。とりあえず、ギリュウとやらは半分……お前達、四体を倒せば……」
「できねぇよ!てめえにはな!!!」
ザン!
「ちっ!?」
「行儀が悪いな……」
話の途中で、マントを羽織ったⅢ番が鉤爪で攻撃して来た!だが、ネームレスガリュウは偽物との違いを見せるようにあっさりと回避。
しかし、まだⅢ番の攻撃は終わっていない!
「ウラッ!!!」
「ガリュウブレード」
ガギン!
ギリュウの両腕の鉤爪をガリュウが両腕のブレードで受ける!つばぜり合いをしながら、にらみ合う二人……こうして間近で見ると尚更、両機は似ていた。
「さすが、本物は違うな!お前自身もそいつに誇りを持っているのがわかるぜ!!」
「あぁ、ガリュウは、俺なんかには勿体ないマシンだよ。そういうお前はさっきの態度か察するにギリュウが気に入らないようだな」
「そうだ!気に入らないね!パチもん、しかも、デッドコピーなんて嫌に決まっているじゃねぇか!十二骸将になるはずだったオレには相応しくない!!」
「十二骸将だと……?」
グノス帝国、最強の戦士に贈られる称号、十二骸将の名はネームレスもよく知っていた。けれども、それがどんな末路を迎えたのかは……。
「そうか……この国には十二骸将がいるのだったな。一度、手合わせしたいと思っていた。この宮殿にいるのか?それとも全員、前線に出てしまったのか……?」
「はっ!全員やられちまったよ!ネジレとガブとかいう奴にな!!」
「なっ!?ネジレが!?」
再び、よく知っているがこの場で聞くはずないと思っていた名前に驚愕するネームレス。
ネクロ事変の時は仲間であり、今は彼の最大の敵である仮面がこの戦争に関与してると思うと、沸々と怒りがこみ上げてくる。
「……この下らない茶番劇も奴の差し金か……!で、フィクサー気取りのくそ野郎は、ネジレは今、どこにいる……?」
「残念だが、前線……獣ヶ原だ!入れ違いになっちまったな!!」
「そうか……なら!とっととお前達を倒し、皇帝と話をつけ、戦争を終わらせて、会いに行くとしよう!」
「だから、できねぇよ!てめえはここで死ぬんだからな!」
「そうだな……だが、止めを刺すのは『ハインツ』、お前じゃない。ギャラアップのために、自分が!」
ババババババババババババババッ!!!
「何!?」
「『リカルド』!?てめえ、オレも殺す気か!?」
Ⅸの数字の付いたギリュウが遠くからガトリング砲で仲間のⅢ番ごとネームレスを攻撃して来た。しかし、両者は跳躍して回避し、蜂の巣にされることはなかった……が。
「仲間がいてもお構い無し……こいつら……一体……?」
「答えは簡単。仲間なんかじゃないからだよ」
スル……
「しまった!?」
天を舞う黒き竜の足に突如、鎖が絡み付く!先ほどまで話していたⅤ番のギリュウが鎖鎌でネームレスを捕らえたのだ。
「油断大敵ってね!!!」
グンッ!!!
「ぐっ!?」
Ⅴは鎖をおもいっきり引っ張り、黒竜を地面に叩きつける!さらに……。
「オリジナルの首……もらった!」
倒れるネームレスガリュウに飛びかかり、鎌で首を刈ろうとする!……が、同じことを考える者がいたようだ!
「ナイスだ!『ロエル』!おれが美味しいところもらってやる!」
「そんな!?セコいぞ、『ワルテル』!」
倒れている黒き竜にⅦ番のギリュウが飛び上がり、重力の力を加えた大剣を振り下ろす!しかし……。
「どっちにも………俺の命はやらん!」
グイッ! ガァン!
「がっ!?」
「ぐはっ!?」
ネームレスは力任せに鎖の巻き付いた足を蹴りあげると、その持ち主であるⅤ番は地面から離れ、猛スピードでⅦ番の下に……両者は空中で衝突した!
「ふん」
ネームレスは立ち上がり、ブレードで鎖を切り離す。
「ロエル……お前……」
「元はと言えば、君が手柄を横取りしようとしたからだろ!」
激突したⅤ番とⅦ番もお互いに文句を言い合いながら、態勢を立て直す。
「こいつを殺るのはオレだって言ってんだろうが!」
「いいや、自分だ。これだけの強敵……倒したらボーナス弾んでくれるに違いない」
Ⅲ番とⅨ番も牽制し合いつつ、オリジナルと、黒き竜との間合いを測る……。
統制の全く取れてない動き、彼らは姿形こそ一緒だが、その心はてんでバラバラだった。
「本当に仲間ではないようだな」
「うん。ボクらはたまたまグノスの軍人になって、たまたま実力を認められて、たまたまギリュウの装着者に選ばれて……」
「たまたまみんなで俺を倒す任務を命じられただけ……か」
「そういうこと。でも、やり方は指示されてないからね。自由にやらせてもらうよ」
「それぞれのやり方でな!」
「別にみんな揃って、無事に帰って来いとも言われてないしな!」
「むしろ、人数が減った方が取り分が増える」
彼らはこの後も連携を取るつもりはないようだ。けれど、それ故に何をするのかわからない……ある意味では、チームワークがある奴らよりも厄介だとも言える。
きっと、ほんの少し前のネームレスなら苦戦必至だったろう。フェノン高原に行く前の彼だったら……。
「実際、体験してみると、セオリー無視の無茶苦茶な方というのは面倒なものだな」
「あぁ?急にどうした……?」
「いや、こっちの話さ。俺は散々、教科書通りでつまらないって言われ続けてきたんでね……」
「それって、あんたじゃおれ達には勝てないっていう敗北宣言?」
「ふっ、まさか。面倒とは言ったが、倒せないとは言ってないだろ」
シドウとの激闘で、死を体験する前ではここまで余裕のある態度は取れなかっただろう。だが、今の自分の弱さも受け入れ、成長したネームレスにはこの程度の状況など恐るるに足りない。
「ほう……言ってくれるな。そこまで言うならやって見せるといい……自分達相手に本当にできるならな!」
「できるさ」
「えっ……」
ザン!
Ⅸ番のギリュウがガトリング砲の引き金を引こうとした瞬間、突如、目の前に黒竜が現れて、ガトリングの砲身をいとも簡単に切り裂いた!さらに……。
「はあっ!」
ガン!
「――ぐふっ!?」
流れるような体さばきで、後ろ回し蹴りを放ち、Ⅸ番の身体も、そして意識も吹き飛ばす!
「まずは一人……」
「リカルドのバカが!」
「そうだ!バカなんだよ!金のことしか考えてないから!」
仲間の仇討ち!……なんてことは、全く考えてないがⅢ番とⅦ番が一斉に飛び出し、黒き竜に襲い……。
「バカはお前らもだろ」
「なっ!?」
「へっ!?」
また突如として、二体のギリュウの視界が漆黒の闇に包まれた!
彼らには今、自分に何が起きているかはわかってないが、端から見ると単純なこと……ネームレスガリュウが二体の顔面をその手で掴んでいるのだ!
「はあぁぁ……」
バキッ!バキッ!
ネームレスが力を込めると、みるみるギリュウの頭部にひびが刻まれていく。そして……。
「ダアァッ!!!」
ガゴン!!!
「があっ!?」
「だはっ!?」
そのひび割れた二体の頭部をそのまま地面に叩きつける!本物に負けず劣らず立派な二本の角が砕け散り、頭は深くめり込む……。
中の人間の意識はさらに深いところに沈んでいったのは言うまでもない。
「これで三人……」
僅か数秒で三体のギリュウを撃破したネームレス。誤解のないように言っておくが、ギリュウ軍団はかなりの実力者揃いだ。しかし、相手が悪過ぎた。
今の、迷いを振り切ったネームレスガリュウは強過ぎるのだ!
「さてと、残りは一人……」
ネームレスは最後の一人に向かい歩き出す。
当然、他の三人と同じ目に会わせるために……しかし、残ったⅤ番のギリュウがそうなることはなかった……。
「参った。降参します」
「…………はっ?」
意外な幕切れ、Ⅴ番のギリュウは武器を捨て、両手を上げ、あっさりと降伏したのだ。
「それでいいのか……?」
「いいも何も、ボクじゃ君を倒せないって、今の戦いを見てればわかるもん。わかっているのに、戦って痛い目見るとか……それこそバカじゃないか」
「忠誠心とかプロ意識とかは……」
「ないね。さっき言っただろ?たまたま軍人になったって。それもたまたまボクに才能があって、たまたまボクに特にやりたいことがなかっただけだから。そんなことのために命は張れないよ」
「それでいいのか?」
「それでいいんだよ」
ネームレスには理解できない価値観だが、彼としてもそう言われると、これ以上、偽物なんかと戦う理由なんてない。
「まぁ、俺の目的は皇帝に会うことだし、お前にはナナシやネジレのことを教えてもらった礼もあるからな……」
「話がわかる人で助かるよ」
「要領がいい奴だ……」
ネームレスはⅤ番のギリュウに背を向け、ヤルダ宮殿の本殿に……。
「あっ、ちょっと待って!」
「なんだ?まだ何かあるのか?」
「いや、ボクも見逃してくれたお礼にいいこと教えて上げようかなって」
「いいこと……?」
「うん。今、宮殿にはネジレはいないけど、彼が連れて来ためちゃくちゃ強い傭兵がいるはずだよ」
「傭兵……」
ネームレスはすぐにその傭兵が何者なのかわかった。彼が傭兵と聞いて、真っ先に思い浮かぶのはあの軽薄な男……しかも、ネジレと面識があって、めちゃくちゃ強いとなるとほぼ間違いない。
「確か名前は……」
「ダブル・フェイス……」
「そうそう!それそれ!よくわかったね!」
「わかるさ……いつか、もう一度戦って、今度こそ叩き潰してやりたいと思っていたからな……」
忘れたくても忘れられないあの屈辱的なビューティフル・レイラ号での戦い……。
ついにあの時のリベンジをする機会が唐突に、意図せず訪れたのである……。




