出迎え
「はぁ……何で我がこんなこと……」
ツドン島で神として崇められる魔竜皇ゼオドラスは深いため息をついた。まさか、こんなことになるとは思いもしなかったのだ……。
誇り高き特級オリジンズである自分が、こんな人間、しかも人間の中でも、低俗な者に移動手段として使われるなんて……。
「何、嫌がってんだよ?俺がてめえをつけ狙ってたストーカーを退治してやったんだから、お礼にグノスに送り届けるぐらいするのは当然だろ?」
不敬にも魔竜皇の背中であぐらをかき、文句の一つも言わせないようにまくし立てるのは、ナナシ・タイラン……こう見えても、神凪大統領の息子にして、ネクサスのリーダーである。
任務で神凪を離れていた彼はグノス帝国が故郷に宣戦布告したことを魔竜皇から伝えられ、そして、その魔竜皇を使って戦争を終わらせるためにグノスに向かおうとしているのだ。
「我はちゃんと別に褒美を用意していただろう……?」
「知るか!恩人がこれがいいって言ってんだから、黙って従えよ!」
「お主……魔竜皇を何だと……」
「魔竜皇だから、きっちり恩を返さないと駄目だろって、言ってるんでしょうが」
「ぐぅっ!?」
ナナシの言葉は口調こそ乱暴だが、一理あるので魔竜皇も反論できない。この男に借りを作った時点でこの神様の運命は決まってしまったのだ。
「まぁ、そんぐらいにしとけよ、ナナシ。魔竜皇が可哀想だろ」
ナナシを宥めたのは、ハザマ親衛隊のヨハン。訳あってこの島でナナシと行動を共にした彼だが、言葉とは裏腹にナナシと同様に魔竜皇の背中でのんきにあぐらをかいている。
「それにしてもいきなり敵の本拠地を奇襲とは……さすがというか何というか……」
「奇襲じゃねぇよ。俺一人が前線に加わったところで、たかが知れている……なら、戦争自体を終わらせるために動いた方がいい。俺がこの戦争を先導する奴と……トップと話をつける。あくまで話し合いにいくんだよ、俺は」
この意見も一理あるのだが、現実に実行に移すのはこの男ぐらいのものだろう。
普通だったらリスクが凄すぎて躊躇するところだが、ネクロ事変から始まる激闘で感覚がバグってしまっているのか、はたまた愛する故郷が戦争を仕掛けられていると知って混乱しているのか、ナナシには一切の迷いはなかった。
一方のヨハンは……。
「……っていうか、お前も来るのかよ……?」
「戦闘に参加するかは別だが、この島からは脱出したいからな。オレ、ここには漂流して偶然たどり着いちゃっただけだし」
「それなら後から来る神凪の迎えでいいじゃないか……」
「いやいや、トクマさんに聞いたけど、この島を猛スピードで通り過ぎる戦闘機が垂らしたワイヤーになんとかして捕まるんだろ?……無理だろ!っていうか、絶対嫌だ!!」
「自分で勧めておいてなんだけど、確かにアレはな……行きもひどかったし……」
神凪の諜報部は二人のイメージと違って、かなりの脳筋というか……アレだった。もしかしたらナナシが魔竜皇にグノスまで送ってもらおうとしているのも、戦争のことだけじゃなく、諜報部の回収方法が気に食わないからかもしれない。
二人の後方に控えている彼女は違うらしいが……。
「そう?中々、エキサイティングで楽しそうじゃない」
「マリア……君って絶叫マシーンとか大丈夫なタイプ……?」
「ええ、嫌いじゃないわね」
ナナシやヨハンを越える能力と経験を持っているマリアからしたら、非人道的にも思えることもレクリエーションにしかならないようだ。
「っていうか、本当にマリアもついて来るのか?」
「あら?お邪魔かしら?」
「そうじゃないけど……君ほどの能力があるなら、別に魔竜皇に乗って行く必要もないし、グノスに行く理由もないだろうって……」
「確かにそうなんだけど……グノス帝国にはちょっと興味あるわ。あそこも歴史ある国だし、それに魔竜皇に乗れるなんてチャンス、これを逃したら一生来ないかも……そう思うとね」
「そんな我を遊園地のアトラクションみたいに……」
「そういう俗な例えするから舐められるんだぞ、魔竜皇」
「うっ!?」
ヨハンの的確な突っ込みに、魔竜皇はまたも反論できなかった。もはや彼に威厳の欠片も残っていない。だが、彼にだって意地はある!
「よ、よし!いいだろう!そこまで言われたなら、最高のフライトをしてやるまで!人間達よ!精々楽しめ!あと、振り落とされないように、しっかり捕まっていろよ!!」
「おう!……ってなわけで、唐突だがお別れだ、テオ、フィル」
ナナシ達が目線を下にずらすと、そこには一人の男と、涙ぐむ少年が立っていた。
「ナナシさん、マリアさん、ヨハンさん……本当にありがとうございました……」
「わたしからも……王子に……いや、国王に力を貸してくれて、ありがとう」
二人は深々と魔竜皇の背中に座っているナナシ達に頭を下げた。本当は国を救う手伝いをしてくれた英雄達を言葉だけじゃなく、国賓として盛大にもてなしたかったが、残念ながら、そうも言ってられない状況になってしまった。
そんな申し訳なさを感じつつ、再び顔を上げた二人にナナシ達は優しく微笑みかける。最後は笑顔で別れたいから……。
「俺は大したことしてねぇよ。全部、お前が自分で頑張ったからだ」
「ナナシさん……」
「短い間だったけど、楽しかったわ」
「マリアさん……」
「この島、飯は最高だったぜ!」
「ヨハンさん……」
「んじゃ、またな!テオ!フィル!」
「ええ!いつか必ず!また会いましょう!」
ナナシ達がテオ達との別れを済ましたのを確認した魔竜皇をその大きな翼を限界まで広げ……そして。
「行くぞ!人間達よ!目的地は……」
「グノス帝国だ!」
ブォッ!!!
この島で神と崇められている魔竜皇は人間達を背に乗せ、大空へ飛び立って行った……。
そんな神様を、この島の新たな王は手を振り、見送ったのだった……。
「……と、感動的な別れを済まして、はるばるグノスまで来たわけだが……まぁ、こうなるわな」
「き、貴様!何者だ!?」
ヤルダ宮殿の美しい中庭でナナシガリュウは大量の警備用のガーディアントに囲まれていた。
このきらびやかな宮殿の景観を損なわないようにか、警備ガーディアントは獣ヶ原にいるものよりも、派手な装飾が施されている……ナナシにとっては知る由もなければ、知ったところでどうでもいいが。
「こ、この神聖なヤルダ宮殿に何をしに来た!?」
「武装を解除して、今すぐ投降しろ!い、今すぐだ!」
ガーディアント達は不届きな侵入者に口々に語りかける。しかし、言葉こそ威勢はいいのだが、声は震え、腰は引けていた……。
彼らははっきり言ってお飾り、最近はガブが警備を取り仕切っており、普段は邪魔だ、目障りだと言われるので、宮殿の片隅でおとなしくしているだけ。そのガブがしばらくどこかへ用事に出向くというので、急遽久しぶりに集められ、久しぶりにパトロールしていたら、まさかの侵入者……困惑するのも無理はないだろう。
完全にテンパって、侵入者以上に危険人物にも見える彼らを落ち着けるように、出来る限り丁寧な口調でナナシは自分の要求を伝える。
「私の名はナナシ・タイラン。神凪の現大統領、ムツミ・タイランの息子だ」
「だ、大統領の息子……?信じられるか!!!」
「それもそうか……こんなこと突然言われてもな……だが、私の言っていることは本当だ!そして、私は君達グノスの民に危害を加えるつもりはない!」
「なんだと……」
「私はこの国のトップ……皇帝陛下と謁見したいだけだ!」
ナナシは自分の素性と目的を嘘偽りなく包み隠さず話した。それがせめてもの祖国を守ろうと目の前に立ちはだかっている者達への誠意だと思ったから……。それが決して受け入れられないことだとはわかっていても……。
「お前はアポ無しで会えると思うのか、一国のトップに………?」
「そこをなんとかしてくれないかってお願いしているんだよ……」
「それが人にものを頼む態度か……?」
「こっちも切羽詰まってるんでな」
「じゃあ、一旦お帰りになって、頭を冷やして来たらどうだ……?」
「俺もできればそうしたいんだが……無理だな。何が何でも、一秒でも早く、俺は皇帝に会わないといけないんだ」
「なら………」
「なら………?」
ガーディアントが剣を構え、両足に力を込める……。言葉で無理なら、実力でこの神聖な宮殿から退場させるしかないのだ!
「少し………いや!かなり痛い目を見てもらうぞ!!!」
地面を蹴り出し、ガーディアントは紅き侵入者に向かって跳躍する!そして、その勢いを剣に乗せて、額から二本の角が生えた頭部へ振り下ろす!
ガギン!
「なっ!?」
ガーディアントの眼前に剣の破片が舞い散った……。ナナシガリュウは自身に向かってくる刃を裏拳一発でいとも簡単に粉砕したのだ。
「痛い目を見てもらうか……その言葉……そっくりそのまま返すぜ!」
ガァン!!!
「ぐっ!?」
剣を砕いた拳が、今度はその持ち主であるガーディアントの顔面に炸裂した!きらびやかな装飾を撒き散らしながら、彼方へと哀れな警備員は吹っ飛んでいった!
それが合図となり、他のガーディアント達も一斉に紅竜に襲いかかる。
「でやぁ!」
突きで攻撃してくるガーディアントは……。
「止まって見えるぜ」
ガァン!
「がっ!?」
紙一重で回避してからの、カウンターで撃破!
「こいつ!!!」
盾で殴りつけてくる奴は……。
ガシッ!
「へっ!?」
「よいしょ!!」
ドシャン!
「ぐはっ!?」
その盾を持った腕を掴み、相手の攻撃の勢いを利用しての一本背負いで一蹴!
「このぉ!!!」
そして、彼の背後から襲いかかって来た者には……。
バァン!
「あっ……」
破裂音と共に、ガーディアントの頬を何かが掠めた……。それが、銃弾だとわかったのは、ナナシガリュウの脇の下から銃口が覗いていて、そこから白い煙が立ち上っていたから……。
「外れたんじゃないぜ……外したんだ。これ以上、続けるってんなら、次は眉間に穴を開くことになるぞ……!」
「あ……あ……あ……」
ガーディアントは恐怖で武器から手を離し、腰を抜かしてしまう。赤き竜は彼の肉体ではなく、精神を、闘志を、その一発で粉砕したのだ。
そして、それはこの戦いを眺めていた者達も……。
「つ、強いぞ、こいつ!?」
圧倒的な力を見せつけられ、後ずさりをするガーディアント軍団。ナナシとの実力差もさることながら、彼らには覚悟が足りなかった……。
ナナシも今回の件に関しては、故郷の神凪とグノス帝国の間で戦争が起きているぐらいのことしか知らないのだが、彼らはというと……。
「お前は一体、何なんだ!?いきなり皇帝陛下と話したいって!?そもそも本当に神凪の人間なら!大統領の息子なら!グノスと国交を結んでいるのだから、正式な手続きを取れば良かろう!?」
「いや、そんな暇……ん?国交……あんた達、もしかして今の神凪とグノスの状況わかってないのか……?」
「……ん?………何がだ!?本当に意味不明なことばかり口にしおって!!!」
「……そういうことか……!」
会話が噛み合わないのも当然だった。警備の者達……いや、グノスの臣民のほとんどが今回の戦争のことを知らないのだ。
そんな彼らからしたら、ナナシはまさに平穏な日常を脅かす変質者以外の何者でもない。
「ちっ……立場が違うから、多少の齟齬は出るとは思っていたけど……まさか何にも知らないとは……」
「お前がヤバい奴だというのは重々承知だ!!!」
「そうだよな……お前達からしたら、そうなるよな……ふぅ、仕方ない」
ナナシガリュウが構えを取る。残念だが言葉でここを通るのは無理だと判断し、力づくで皇帝の下へと行く決意をしたのだ。
「くっ!?やっぱり、暴力で何でも解決しようとするヤバい奴じゃないか!?」
「お前がどれだけ強かろうと、我らは決して引かんぞ!」
ガーディアント達も覚悟も状況の理解度もなくとも最低限のプロ警備員としてのプライドはあるようで、恐怖を押し殺し、広がっていた紅竜包囲網をジリジリと狭めていく。
「しつこいようだが、もう一度だけ言う……俺は皇帝陛下に会いたいだけだ。お前達が邪魔をしなければ、俺は何もしない」
「邪魔しないわけないだろ!我らはこのヤルダ宮殿のことを任された誇り高き戦士なのだから!」
「そうだ!長い歴史の中、決して他国からの侵略を許さなかったヤルダ宮殿を汚したことを後悔させてやる!」
「侵略を許さなかったって……ただ、そこまでする価値が、グノスに侵略する価値がなかっただけだろ!お宅らがその長い歴史の中でやった戦争って、半分は他所にちょっかいを出して自分達が侵略しようとしたのと、もう半分は皇位継承のゴタゴタからの内戦だろうが!」
「……貴様!」
「あっ……」
後悔先に立たず……つい感情的になって放った言葉が、目の前の気高き警備員達の心に火を点けてしまった……。言ったことは事実なのだが、いや、むしろ事実だからこそ彼らも怒っているのだろう。
「ちょっと……言い過ぎたかな……今の忘れてくんない?」
「忘れるわけ……ないだろ!!」
「ですよね……」
戦闘再開!ナナシガリュウとガーディアントが真っ正面からぶつかり合う!……かに思われたが……。
「そこまでだ」
カン!
「――!?」
「なんだ!?」
紅き竜と警備の交差する視線の間に、上から猛スピードで光の矢が降って来て、庭の地面に突き刺さった。
両者、急ブレーキで足を止め、矢が降って来た方向に視線を向ける。
そこには建物の屋根に立っている四つの人影が……しかし、ナナシからは逆光でその姿の詳細はわからなかった。
「あなた達は……」
「誇り高きグノスの臣民よ。ここは我らに任せろ。君達は倒れている者達を連れて下がるんだ」
「は、はい!わかりました!」
その人影の言葉にガーディアント軍団は素直に従った。てきぱきとナナシに返り討ちにあった仲間達を回収して、この場から去っていった。
残ったのはナナシとその四人の人影だけ……。
「お前達……あいつらより偉いのか……?」
ナナシは率直に思った疑問を問いかける。まだ、彼らの姿はわからない……。
「あぁ、彼らよりは偉いだろうな……」
影も素直に答える。彼らにとって、ある意味ナナシは尊敬すべき存在なのだから……。
「じゃあ、そんなお偉いさんに頼みたいんだが、皇帝陛下に会わせてくれないか……?」
「それはできないな。というか、ワタシ達も君を止めに来たんだよ、ナナシ・タイラン。個人的にも君にはいつか会いたいと思ってたしな」
「……その口振りじゃ、俺のことを以前から知っているようだな……?」
「知っているさ。ただ正確に言うと、会いたかったのは君のピースプレイヤーだがな」
「……ガリュウのことか……?」
「その通りだ!」
ダンッ!
四つの影が一斉に跳躍し、ナナシの目の前に降りて来た……。
そして、その全貌を紅き竜の黄色い眼に晒した。
「お前ら!?なんだ、そりゃ!?」
「ぐうぅ………」
「何なんだ、こいつ………?」
「つ、強過ぎる……」
「だから、忠告したはずだ……痛い思いをしたくなければ、黙って俺を通せと……」
ヤルダ宮殿の本殿を挟んで反対側、ネームレスもナナシと同様にガーディアントの集団に囲まれることになったが、ナナシよりも強く、容赦のないネームレスは鎧袖一触、難なく全員打ち負かしていた。
そんな彼に背後から忍び寄る影が四つ……。
「さすが……噂通りの実力だな、ネームレス」
「いやいや、これは噂以上ですよ」
「あぁ!腕が鳴るってもんだ!」
「ふん……何だって、誰だっていいさ……金さえ貰えればな」
(新手か……俺のことを知っているだと……?しかも、なんだかめんどくさそうなタイプのようだ……)
ネームレスは嫌々振り返る……聞こえてくる会話の内容から、彼があまり好きそうな類いの人間じゃないと感じたからだ。
けれど、そんな些細なことなどすぐに彼の頭から吹っ飛んだ。
「お前達にも忠告しておこう……怪我をしたくなかったら………なっ!?」
ネームレスは言葉を失った……。彼にとってはそれはあまりにも衝撃的な光景だったから……。彼の視界が捉えたのは……。
「ガリュウ!?ガリュウが四体だと!?」