急報
「……ダイエルスが……倒された……だと……?」
ポチえもんの声は、無様に地面に突っ伏していた敗者の耳にも届き、彼の人生で最悪の目覚めをさらに最悪なものへと変えた。
「本当、すごいな、ネオヒューマンって奴は……」
「……アツヒト……!」
「皮肉じゃないぜ、ネジレ。マジで感心してるんだよ」
不愉快な寝起きに、さらに不愉快な奴から、見下されながら不愉快な言葉をかけられる……敗者とはなんと惨めなことか。
「……俺に……止めを……刺してないのか……?」
「あれで生きてるなんて、普通、思わねぇよ。今、こうしてお前としゃべってられることにびっくりしているよ」
「じゃあ……今度こそ……今こそ……息の根を……止めれば……いいじゃないか……?」
「うーん……正直、俺個人としてはお前の言う通り、きっちり仕留めておくべきだと思うんだが……」
「なら……」
「けど、うちの大将……ナナシなら、もう勝負はついたから……って、これ以上、お前のことをどうこうしようとはしないと思ってな」
アツヒトは一人の戦士としての感情よりも、ネクサスのメンバーとしてここにはいないリーダーの意志を汲み取り、これ以上、仇敵であるネジレに何かしようとは思ってないようだ。いや、きっと彼自身も心の奥底では本当はネジレに止めなんて刺したくないと思っている。照れ隠しでここにいないバカ息子に責任を擦り付けているのだろう。
「……甘いな……ナナシ・タイランは……」
「だな。あいつならきっと今のお前にこう声をかけるだろうさ……生きていれば、いくらでもやり直せる!だから、生きて罪を償うんだ!……って」
「……お前達も……そう言われた……のか……?」
「直接、言われたことはないが、そう思っているから、めんどくさがりのあいつがネクサスのリーダーなんて、超面倒事を引き受けたんだと思う……俺達のためにな。俺も罪を犯した人間だ。つーか、お前と仲間と呼べる関係だったわけだし、本当はこうして偉そうにお前に説教を垂れる立場じゃない……」
アツヒト自身、いまだにネクロ事変のことで罪悪感に苛まれている……。きっと、これからもずっと解放されることはないだろう……。だから、同じように罪を積み重ねたネジレに心を入れ替えて、立ち直って欲しいと願っているのだ。
けれども、ネジレもその程度の言葉で絆されるぐらいなら、最初からこんなことはやっていないだろう。
「だったら………口を接ぐんだらどうだ……」
「嫌だね。お前には本当にやり直して欲しいんだ。それが俺にとっても救いになるから……」
「結局……自分のためか……」
「人間なんてそんなもんさ……結局、自分のためにしか動けない……」
「愚かな……」
「その通りかもしれない……でも、それでいいと思う。自分を犠牲になんて考えちゃ駄目だ……自分を幸せにできない奴は、他人も幸せにできないはずだからな。自分のことをやって、余裕があったら困っている人にも手を差し伸べてやる……それで十分なんだよ」
「アツヒト……」
「だから、ネジレ……お前もお前の幸せをもう一度考えてみろよ。これが本当にお前のやりたかったことなのか?ネオヒューマンだか、なんだか知らないが、戦う以外の道だってお前の人生にはあるはずだ」
虚飾で飾った言葉ではネジレには届かないと思ったアツヒトは素直に自分が思っていることを打ち開けた。実際にネジレの胸にも今まで去来したことのない感情が湧いてくる……。
もしネジレが普通の人間だったら、そのまま考えを改め、アツヒト達と同じようにネクサスとして、ナナシと肩を並べて戦う未来もあったかもしれない……。だが、彼は人間とオリジンズのミックスとして人の手で造られたネオヒューマンなのだ。
「……生憎俺にはやり直す時間も、罪を償う時間も……残ってないんだよ……アツヒト……」
「お前……それって……」
「ネジレ様!!!大変です!!!」
「!?」
二人の会話は突然の声に打ち切られた!
取り乱した一体のガーディアントがこちらに向かってくる!
「ただの人間もいたのか……」
「何が大変なんだ?答えてもらおうか……!!」
「か、神凪の!?」
ガーディアントの前にサリエルと項燕が立ち塞がる!なんか終わった感じが出ているが、まだ戦争は継続中……敵同士を簡単に合流させることはできない。もちろん、情報を得るのも大切だ。
二人はガーディアントを威圧し、口を割らせようと……。
「お、お前達なんかに……」
「聞かせてやれ!連絡係のお前じゃ、手負いだとしてもこいつらに敵うはずがない!抵抗する暇があったら、早く俺に伝えろ!」
「ネジレ様!?」
ネジレは残った力を振り絞って、連絡係に持ってきた情報を言うように命じた。
別に連絡係の身を案じたわけでも、自分を打ち倒した者に報酬を与えようと思ったわけでもない。ただ、連絡係がやられるなり、他の場所に移されて、自分がその大変なこととやらを聞けないことを何より嫌がったのだ。
その言葉を受け、連絡係はただでさえ、混乱しているのに、さらに目を泳がせた。それでも指示に従い、重い口を開いた。
そして、彼から発せられる言葉は彼以上の混乱をネジレに与える。
「で、では………我らのラエン皇帝陛下の居られるヤルダ宮殿に侵入者あり!それも二人!!!」
「なっ!?バカ………ぐっ!?」
ネジレは咄嗟に起き上がろうとしたが、生きているのが不思議なくらいの状況で、それは不可能だった。しかし、反面、精神は急報に昂り、怒りと闘争心が再び沸々と沸き上がってきた。
「ふざけるな!?ヤルダ宮殿は建設当初から今まで、誰一人、部外者の侵入を許さなかったのだぞ!それが……何で!?」
「な、何でと言われましても……」
「役立たずが!!!」
「その辺にしとけよ、ネジレ。これ以上、興奮するとマジで死んじまうぞ……」
「アツヒト!?」
自分を諫める青いピースプレイヤーを必死に下から睨み付けるネジレ。
一方、アツヒトを初め、ネクサスのメンバーはその急報に特に驚いた様子もなく、至って冷静だ。彼らにとっても寝耳に水の情報のはずだが、不思議とその侵入者の正体が彼らにはわかった。
きっと、あの二人だと……。
「まぁ、安心しろよ。あいつのことだから、いきなりお前の大事な皇帝陛下を殴り飛ばすなんてことはないと思うぜ。なぁ?」
「まぁ、一応、最初は話を聞こうとするはずだ……その後は……いつも通りの展開だと……うん」
「それよりも心配なのは、もう一人の方だろ。冷静で思慮深いように見えて、無茶苦茶だからな」
「あいつもお前にだけは、言われたくないだろうな……」
「それは、どういう意味だ……?」
「お前達……さっきから何を言っているんだ……?」
突然、意味不明な談笑を始めたネクサスにネジレは更なる戸惑いを覚えた……。本当は、彼も心では理解しているのだが、それを頭が否定してしまうのだ……。
奴らなはずがないと、そんなことはあってはならないと……。
「何を言ってるも何も、こんなバカげたことする奴なんてあいつらしかいないだろ?つーか、いてたまるかっての」
「……あいつら……まさか……奴らのことを言っているのか……?」
「やっぱ、わかってんじゃん。まっ、ここでぐだぐだしゃべってるより、とっとと答えを聞けばいいだけの話……おい!」
「は、はい!?」
「その侵入者って………」
連絡係はアツヒト達と、その下で寝転がっているネジレに気圧されながら、声を振り絞り、正解を発表する!
「竜です!赤と黒!二匹の竜のピースプレイヤー!侵入者はガリュウです!!!」
「ここがヤルダ宮殿………」
宮殿の庭で、黒き竜が静かに呟いた。
「できれば、観光で来たかったな……」
同じ頃、ぶつくさ文句を言いながら、紅き竜が黄色い二つの眼で絢爛豪華な宮殿を見上げ、そして睨み付けた。




