プロトベアー
「……ここら辺で、いいだろう……」
近くの廃工場に連れて来られたナナシに、トレーラーの前に立ちはだかった大柄な男が話しかけた。埃の被った機械に取り囲まれながら、ゆっくりとナナシの方を振り返り、先ほどと同じように堂々と背筋を伸ばし、胸を張って立つ。
その泰然自若とした立ち姿が嫌な予感に心を支配されているナナシには不愉快だった。
「……よくはねぇよ……初対面の人間と親睦を深めるために来る場所じゃないだろうに」
「残念だが、君と仲良くなろうとは思っていない」
「わかってるよ……冗談だっつーの」
いささか真面目すぎる応対にナナシは肩透かしを食らった。だが、不思議と嫌悪感は感じない。だからこそ余計に苛立つ。
「ここに君を連れて来たのは……」
「それもわかってる……ここで戦おうって言うんだろ?」
ナナシの言葉に男は短く刈り込んだ頭を小さく縦に振った。嫌な予感がまたまた当たってしまったのだ。さらに不機嫌さを増していくナナシに男はまさかのお辞儀をした。
「まずは、礼を言う。罠があるかもしれないというのに……オレを、敵であるはずのオレを信じてくれて……ありがとう……!」
挑発や非難、最悪いきなり銃弾をぶち込まれてもいい状況で男は礼を言ってきた。
本来、あり得ないことだが、ナナシは動じない。なんとなくだが、この男はそういうことができると思ったから、大人しく従ったのだ。
そして、この短いやり取りの中で確信する……こいつは敵だが信用に足る奴だと。
「……他の人を巻き込みたくなかった……いや……本音を言うと…君とも戦いたくない……」
本当だ。本当に、戦いたくないと思っている。顔を、その真剣な眼差しを見ればわかる。だからこそ、わからない。何故、こんなにも真面目で、こんなにも心優しい男がネクロ達のような傍若無人のテロリストの命令に従っていることが……。
「……その言葉、そっくりそのまま返すぜ……俺もあんたと戦いたくない……良かったら、このまま見逃してくれないか……?」
「……残念だが、それはできない……」
男は今度は申し訳なさそうに首を横に振った。ナナシもそうなるとわかっていた。大統領誘拐の片棒を担ぐなんて、生半可な覚悟でできるはずがない。この程度の説得で折れるくらいなら最初からやってないだろう。
それでも一縷の望みをかけて言ったのは、この不器用過ぎるほど誠実な男が相手ではいまいちこれまでのような燃え滾る闘志が湧かないからだ。
「……もしかしてあんたも……ネクロに脅迫かなんかされてんのか?」
また首を横に振る。もしかしなくても彼にとってもナナシにとっても脅されていた方が良かったのかもしれない。しかし、現実は……。
「……違う。オレはオレの意志で彼らに協力し、オレ自身の意志で君の前に立っている……君を倒すために……!」
ナナシが、はぁ~、と深いため息をつき、首を丸め、頭を掻いた。無情にもこれ以上の議論は無駄だと悟ったのだ。
「じゃあせめて……せめて理由を教えてくれよ……こんなことになっちまった理由をよ……!」
「……いいだろう……ただし……お前がオレに勝てたならな!!!」
男が足を開き、拳を引いた!構えたのだ!戦闘モードに移行したのだ!
「ちっ!始まっちまうのかよ!?くそったれが!」
二人の間に流れる空気が一気に張り詰めた!相対する両者の顔がみるみると険しくなり、眼光の鋭さが増していく!血液が沸騰し、身体中を駆け巡る!
「名乗っていなかったな!オレの名は『ランボ・ウカタ』!そしてこれが……」
ランボと名乗った男の首に下げられていたタグが彼の声と闘志に反応して輝く!
「我が愛機!ピースプレイヤー、『プロトベアー』だ!!!」
光の中から、緑の装甲……いや、深緑の重装甲を纏ったピースプレイヤーが現れる!サイゾウとは対照的に腕も脚も太く、まるで巨大な人の形をした岩石のようだった。
「なに!?プロトベアーだと!?」
そのピースプレイヤーの名前、姿を確認したナナシは驚き、ほんの一瞬……だが致命的な隙を生んでしまった!
その隙を見逃すほど『ランボ・ウカタ』という男は甘くない!
「ターゲットロック!」
「しまっ……」
背中から伸びる二門のキャノン砲、右手に持ったライフル、左手のマシンガン、両脚に付いたミサイル、これらを全てまとめて、ナナシに向け……そして、放つ!
「ファイアッ!!!」
ドゴォオォーーン!!!
周囲を激しい光が包み、真夜中の工場に場違いな熱風が吹き荒れた!




