ミス
「な、何を言っているんだ……あんたは……?」
カツミの言葉を理解できないアツヒト達……いや、彼らだけでなく、彼らの敵も同様だった。
「今、この瞬間に我がダイエルスより強くなるだと……?」
「……下らん……そんなこと不可能だ……」
言葉とは裏腹にネジレとガブも動揺を隠し切れなかった。
カツミの真っ直ぐな眼差し、覇気のある声、自信に満ち溢れた態度が彼らの心をざわつかせ、揺さぶる。
「どうした?びびってるのか……?」
「ちっ!?そんなことない!口からデマカセで!!」
「何度も言わせるなよ……ちゃんとあるんだよ、お前達に勝つ方法が……!」
「い、一体、どんな方法が……?」
「敵に教えるバカがいるか……?」
「くっ!?」
完全なる正論……それを言われるまでわからないほどにガブは混乱していたのだ。
それもこれも、この場の主導権をカツミに完全に奪い取られたからであろう。
しかし、カツミはカツミで失念していた……。敵と同様、何にも理解していない仲間のことを……。
「いや、勿体ぶってないでその方法ボク達にも教えてくれませんか?」
「えっ!?」
「だから、それ、ボク達が実行するんでしょ?なら、どんな方法なのか教えてもらわないと」
「でも……ここで言ったら、敵に聞かれちゃうじゃないか……?」
「じゃあ、ここから離れますか?聞かれないようにひそひそ話しますか?それこそ、あの二人が許してくれるわけないでしょう、敵なんだから……ねぇ?」
「まぁ……」
「そうだな……」
カツミの秘策とやらが聞きたかったのか、シゲミツに気圧されたのか、不覚にもガブとネジレが見下しているはずの人間に相づちを打ってしまった。けれども、彼らが認めたようにシゲミツの見解は正しい。この二人がそんなふざけた真似を許すわけがない。
そして、いつの間にか四面楚歌の状態のカツミ……この件に関しては彼に味方はいないのだ。
「わかった……神凪は民主主義の国だからな……多数派に従おう……」
「そうそう、それでいいんです。だから、早く」
「全く……情緒というものがないな……」
そんな感覚があんたにあったのかと、この場にいる人間が胸の奥で突っ込んでいると、カツミはコホンと一回咳払いをして、再び自身に彼らの視線と心を集中させる。
そして、ついに……。
「では、話そうじゃないか……神凪大逆転勝利のための作戦を……まずはシゲミツ、お前達にあのデカブツと戦ってもらう!」
「なるほど!……とはならないですよ!結局、ノープランの根性論じゃないですか!あなたのように返り討ちにあって終わりですよ!!」
「そう!そこがこの作戦の要だ!」
「えっ!?」
最初からずっと意味不明なことを口走っていたカツミだったが、この発言は今日一番だった。
理解が追い付かず固まる面々。だが、唯一付き合いの長くて、頭も回るシゲミツだけが彼の意図を察した……。そのとんでもない意図を……。
「……もしかしてですけど、カツミさん……ボクらがあのデカブツと戦って、返り討ちにあって、死にかけて、それで、運良く一命を取り止めて、運良くエヴォリストに覚醒して、運良くその能力があのデカブツと同じくらいのサイズになれる巨大化能力だったら、この絶望的な戦況をひっくり返せるよね~って……話ですか?」
「おっ!さすがだな、シゲミツ!おれが言いたかったのは、まさにそれだよ!それ!めちゃくちゃいい案だろ!!」
「あぁ……やっぱり……」
シゲミツが額に手を当て、天を仰いだ……。
まさか自分の上司がここまでのものだとは思いもしなかったし、思いたくなかった……けれど、現実は非常である。
付き合いの長い彼ですら、これなんだから、ほぼ初対面のネクサスに至っては……。
「おい!あんたふざけるなよ!!」
「そんなものは作戦なんて呼ばないんですよ!!」
「勿体ぶって……勿体ぶって……結果、それかよ!!」
「人間は下等で愚かなのは知っていたが……貴様はひどすぎる!ひどすぎるぞ!!」
再び、いや先ほどよりもひどい非難の嵐。それはそうだ。作戦とはとても呼べない、ギャンブルだとしても分の悪すぎる、特攻にもならない、カツミの提案はとにかくひどかった。
その証拠にネクサスの怒りは未だに収まっていない。
「つーか、あんたがやれよ!こんなくそみたいな作戦、人にやらせようとすんなよ!!」
「いやでも、おれ、エヴォリストになりたくないんだよな……ただの人間のまま強くなりたいんだよ……」
「知らないですよ、そんなポリシー!!!こんな緊急事態に言ってる場合じゃないでしょう!!」
「うーん……確かにそうなんだけど、そこは譲れないな……」
「だったら、おれ達も譲れない!それこそ命が懸かっているからな!!」
「そうか……そうだな……でも、そこまで怒らなくても……」
「「怒るわ!!!」」
「ははははははははっ!」
「――!?」
怒り爆発中のネクサスの耳に不愉快な笑い声が届く……。この声はさっき、彼が姿を現した時にも発したものだ。
「……そんなにおかしいかよ、ガブ……?」
「済まない、アツヒト……でも……あまりにも予想外で……そんな発想、わたしには……ははははははははっ!」
黄金の輝きを放ち、神々しく宙に浮いていたガブリエルが、地面に足を着け、腹を抱えて甲高い声を出しながら笑っている。飛ぶこともできなくなるくらい面白かったのだ、カツミの秘策が。
「はぁ……こんなに笑ったのは、生まれて初めてかもしれない……ありがとう、カツミ、君に会えて良かったよ」
「おれは別に笑わせるつもりで言ってないんだけどな……」
「そうだな、カツミ……無茶苦茶な作戦だが、君は至って真面目に言っているんだよな……それに……あながち間違ってもいないしね……」
「――な!?」
ガブの声のトーンが低くなると同時に、場の空気が一転、張り詰める……。
確かにカツミの秘策は荒唐無稽、成功する確率はゼロに近い……近いが、決してゼロではないのだ。
それを見過ごすようでは人間を超えた存在、ネオヒューマンなどとは名乗れない。
「その作戦は十中八九失敗に終わるだろう……しかし、万が一!天文学的数値を乗り越え、奇跡を掴み取ったら……有象無象の雑魚どもならともかく、君達のような強者が人知を超えた力を手に入れてしまったら……本当にこの戦況をひっくり返してしまうかもしれない……だから!」
ガブリエルが咆哮とともに手を上げると、その手に杖のようなものが現れた!彼は今述べた万が一を自らの手で消す覚悟をしたのだ!
「カツミ……本当にありがとう……君のおかげで学ばせてもらったよ……感謝と、我がグノス帝国の勝利のために君達の処理はダイエルスではなく、このわたし自身がしてやろうじゃないか!!」
「ガブ……お前………!」
手に持った杖をエビシュリに突き付けるガブリエル。全ては磐石の態勢で祖国と親愛なるラエン皇帝陛下の栄光と輝かしい勝利を届けるために……。
「さらばだ、カツミ。さらばだ、ネクサス。素敵な時間をありがとう……」
「本当に素敵な時間だったね……神凪にとってだけど……」
「――!?」
ガギン!!!
「貴様!?」
「ありゃ!?なんだこれ!?防がれちった……」
突如として、ガブリエルの後ろに黒い影が見えたと思ったら、その影がナイフを突き立てた!
しかし、ガブリエルは咄嗟に全身を光の球体で包み込み、その光がナイフを、その持ち主を弾き飛ばした。
「よっと」
影は着地するや否や、そのままネクサスの下に跳躍し、彼らと合流した。
「お前は一体……」
アツヒトにはその影の正体がわからない。
実際には彼というか、ネクサスの面々はその影と会ったことがある。けれど、彼らが会ったのはこの姿、戦闘形態ではない。これの中身だ。
この姿で相対したことがあるのは、この場では唯一ネジレだけだった。
「……ケイ・ヘンダーソンか……?」
「覚えていてくれてありがとう。素顔で会うのは初めてだね、ネジレ」
影の正体は漆黒のピースプレイヤー瞬狐!その装着者はナナシの士官学校の同期、ケイ・ヘンダーソン!
この獣ヶ原に彼も今しがた到着したのだった!……何故か。
「ケイ!?ブラッドビーストの時にフェリチタで会った、あのケイか……?」
「そうだよ。こっちも覚えていてくれてありがとう、アツヒト」
「でも、何で、お前が………」
「そうだ……神凪諜報部のお前が何故戦争の前線に出て来てるんだ……?」
これについても敵味方で意見が一致した。
その名の通り、諜報活動をするための部隊、そこに所属しているケイが、表立って戦闘に参加するなど本来はあり得ないのだ。
だが、今回に関していえば諜報部所属かどうかはあまり関係ない……大事なのは彼の相棒の存在である。
「いやぁ~、僕はただの付き添いだよ。ポチえもんのね」
「あのオリジンズか……!そういえば見当たらないな……」
「やっぱり、僕のことも覚えていたんだから、ポチえもんのことも覚えているよね」
「ふん、今の今まで忘れていたわ」
ケイの言い方に若干、苛立ちを感じたが、今のネジレの発言はいつもの嫌味ではなく、本音であった。
彼は本当にケイやポチえもんのことを今、この瞬間まで失念していたのだ。そのことを彼はこの後すぐ、後悔することになる……。
「忘れてたのか……個人的に寂しいけど……それ以上にやっちゃったな、ネジレ君……って感情が強いかな」
「はぁ?何を言っているんだ?お前ごときに見下される謂れはないぞ……!」
「そういうとこだよ、ネジレ……そういうところが君の駄目なところだ」
「人の話を聞いていなかったのか……?お前ごときが俺を上から目線で論評するな……!」
話しているうちにネジレはケイのことをより鮮明に思い出して来た……人を小バカにしたようなこの男が大嫌いだったことを。
けれど、ケイは違う。彼はネジレが憎くて言ってるんじゃない……彼のことを心から哀れに思い、進言してあげてるのだ。
「そんなつもりはないよ、ネジレ……僕は本当に君のそういう人を見下す態度が良くないと……そんな態度でいるから君はたくさん判断ミスを犯してしまったんだ」
「ミス……?俺が?」
「そうだよ……さっき君のお友達に言ったように、君達が話している時間は神凪にとって素晴らしい時間だった……致命的な被害が出る前に、僕達がこうやって間に合ったんだから」
「僕……達……?」
「そう、僕達……そもそも君はポチえもんのことを知っていたんだから、あのバカデカイオリジンズを使うのを止めるべきだった……下等な半端者に同胞をこき使われて、我慢できるはずないじゃないか……あのプライドの高いポチえもんが……偉大なる“聖獣皇”がね」
「何?聖獣………」
「ガオォォォォォォォン!!!」
「ぐっ!?この声はまさか!?」
「そのまさかさ……僕の相棒の声だ!」
何度目かわからない獣ヶ原に響き渡る咆哮!だが、その声の主はダイエルスではない!
そのダイエルスに向かって吠えたのだ……ポチえもん改め、聖獣皇が!
「ガオォォン!!!」
「ぐるぁっ!?」
ドゴオォォォォン!
「なっ!?」
「ダイエルス!!?」
全長50メートルはあるダイエルスに、突然、現れた同じく全長50メートルほどあるであろう四足歩行の聖獣皇が真っ正面から体当たりをかまし、その巨大な背中を地面に付けさせた!
あまりの急展開に呆気に取られる一同……その中で一早く、我に返ったのは今、倒されたダイエルスのご主人、ガブであった。
「くそっ!?立て!ダイエルス!立って、その目の前の害獣を駆除しろ!!」
「ぐるぁ……」
ガブの指示に従い、ダイエルスは立ち上がり、聖獣皇を睨み付ける!
それに対し聖獣皇も真っ向から睨み……いや、これは睨み返しているのではない……。さっき彼の相棒がネジレにやったように、哀れみの視線を向けているのだ。
(機械を身体に埋め込まれた挙句、あんな半端者どもにいいように扱われるとは……さぞ、悔しかろうに……)
そんな彼の思いなど、露知らず……というより、それを判断する知性をグノス帝国によって排除されたダイエルスは神凪最強の男を退けた時と同様に拳を振り上げる。そして……。
「ぐるあぁぁぁぁ!!!」
そのまま聖獣皇に振り下ろした!しかし……。
「鈍いわ!!」
聖獣皇はその巨体を軽く横にステップさせ、あっさりと避ける!……だけに飽き足らず……。
「ガオン!」
ガブッ!!!
「ぐるぁ!?」
そのパンチしてきた腕を鋭い牙の生え揃った口で噛み付き……。
「ガオォォォォォォォン!!!」
ドスン!!!
「うおっ!?」
「ちっ!?」
そのまま一回転!自身のパワーと遠心力をフルに使って、遠くにぶん投げた!
ただ、勿論のことだが、遠くと言ってもあれだけの質量のものが落下したのだから、獣ヶ原は大きく揺れた。そこで戦っている戦士達の心も……。
「義兄弟……あれも敵なのか……?」
「………いや、もう何もわからない……わかりたくもない……」
元テロリスト義兄弟の、この言葉は神凪兵士全員の想いを代弁していた。彼らからしたら後から来たポチえもんも脅威の一つ、絶望をより濃くしただけなのである。 だが、彼らの考えることなどは、聡明なポチえもんこと聖獣皇もわかっている。
そっと兵士達の方を振り返り、その大きな口を再び開く……食われるんじゃないかとびびっている奴らもいるが、完全なる取り越し苦労だ。
「神凪の誇り高き戦士達よ!!!我はお主達の味方だ!!!こいつは我がなんとかしてやる!!!だから、諸君らも諦めるな!!!」
「おい、義兄弟……聞いたか……?」
「ええ……聞きました……」
「ヴノ!あのデカブツ、新しいデカブツがなんとかしてくれるってよ!っていうか、あいつ味方らしいぞ!」
「ええ……正直、まだ飲み込み切れていませんが……勝機が出てきたってことですね!!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」
獣ヶ原の各地で歓声が上がる!消えかかっていた闘志が聖獣皇の言葉で再び蘇ったのだ!全ては聖獣皇の目論見通り。彼は神凪の勇敢なる戦士達を勇気付けたかったのである!……なんてことはなく。
(……何で、オレが人間なんかのためにこんなこと……まぁ、これであの不愉快な半端者の精神にダメージを与えられれば、安いもんか……)
彼はただネジレ達に嫌がらせをしたかっただけなのだ。
しかし、この際、彼の思惑などはどうでもいい。結果として、神凪軍は息を吹き返し、ネジレ達は掴みかけた勝利を手放してしまったという事実が大事なのである。
「ほら、言ったでしょ?ポチえもんのことを忘れてたのは、君のミスだって。こんなことになっちゃうんだから」
「あんなにでかくなるなんて知っていたら、忘れなかっただろうさ!!」
それは魂の叫びだった!ケイはネジレのミスだと指摘しているが、正直、人間サイズのオリジンズが50メートル大まで巨大化するなんて予想しろという方が無理な話だろう。それを彼の落ち度とするのはあまりに酷な話だ。
彼の仲の悪い兄弟もそう思ったのかもしれない。
「ネジレ!落ち着け!ここで君が取り乱したところで何になる!!」
先ほど同様のことをしてくれたお礼か、はたまたネジレに言っているようで、自分に必死に言い聞かせているのか、ガブが必死に荒れる心を静めようとした。
「ガブ………そうだな……喚き散らして、事態が好転するなら苦労はないよな……」
「あぁ、わたし達はわたし達が今、やるべきことをやろうじゃないか……愛する祖国と皇帝陛下のために……」
皮肉にも、この緊急事態が、この窮地が、ネジレとガブ、兄弟で仲間なのにてんでバラバラだった二人の心を一つにした。
そして、言わずもがな、そんな彼らがやるべきことなどわかり切っている……アツヒト達にも。
「ランボ……」
「あぁ」
「俺と蓮雲、シルバー、そして、ケイでネジレをやる……だから……」
「オレはハザマ親衛隊と一緒にガブとかいう奴を倒せばいいんだろ……」
「皆まで言わなくてもわかるか」
「そりゃあ、ネクサスの右脳と左脳だからな、オレ達」
こちらの心はずっと一つ……長くはないが、濃い時間を共に過ごして、強い絆で結ばれている。
そして、今、その真価が問われているのだ。
「じゃあ、また右脳と左脳……いや、ネクサス全員、揃うために……」
「絶対に勝つ!奴らにも!この戦争にも!」
「よし!覚悟は十分!あとは……」
「なるようになる!だ!!!」




