最高傑作
「やぁ、久しぶりの人は久しぶり。初めましての人は初めまして」
アツヒト、ランボ、蓮雲にとってはかつての仲間で、今は憎むべき敵。その他の者達からしたら今も昔も敵以外の何者でもない。そんな奴が何のつもりか、のうのうと姿を現し、軽い口調で話しかけてきたのだった。
しかし、当の話しかけられた連中は黙り込んだままだ。
「ん?リアクションが薄いんじゃないか?もっと、こう……何でお前がここに!?とか、まさかお前が裏で糸を引いていたのか!?って感じで驚いてくれるのを期待していたんだがね……」
ネジレがあからさまに不満そうな顔をした。
彼にとってこの戦争は自分の人生の集大成であり、そのネタバラシは最高の晴れ舞台になるはずだったのだ。だが、そんなことアツヒト達にとっては知ったこっちゃないとしか言えない。
「相も変わらず、ムカつく野郎だな……」
「そう言われるほど、お前らとは親しくはないけどな」
「確かにな……俺としては、そのまま俺の人生と関わりを持たずにフェードアウトしてくれれば嬉しかったんだが……」
「それは申し訳ないことをしたな……まぁ、安心したまえ……すぐにお前達自身が、この世からフェードアウトすることになるんだからな」
「ぐっ!?」
一気に場の空気が張り詰め、アツヒト達が各々構えを取る!けれども、ネジレの方はというと後ろで手を組んだまま、微動だにしなかった。
彼はまだ今は戦う気はないのだ。まだ今は……。
「落ち着けよ。せっかくだからもう少し話そうじゃないか」
「これが最期の会話になるかもしれない……からか?」
「フッ、理解が早くて助かるよ……それにお前らも死ぬ前に、こいつらのことを知っておきたいだろ……?」
ネジレはそう言うと、近くにあった青肌の死体を爪先でつついた。
彼にとってはその程度の存在……仲間でもなければ、同胞でもないのだ。
「教えてもらえるなら、教えて欲しいね……つーか、こいつらの長い耳……お前とお揃いみたいだが、親戚かなんかか……?」
ネジレの顔が強ばる……一瞬だけ。
こんな知性もないような奴と一緒にされたことの怒りよりも、下等な人間の明らかな挑発に乗ることの方が、恥ずかしいと考えたのだ。
そして、何より、悲しいかなアツヒトの言葉はあながち的外れというわけでもなかったから……。
「そうか……やっぱり、この耳で俺の存在に気づいてしまったのか……道理で反応が薄いわけだ。こんなことなら、ナナシ・タイランに見せるんじゃなかったな」
「落ち込んでいるところ悪いが、早くこいつらのことをご教授してもらえないだろうか?このままじゃ、気になって夜も眠れそうにない……」
「フッ、優秀な軍人だったランボ・ウカタ君にそうまで言われては話すしかないね……」
「ありがとう……優秀な軍人“だった”は余計だけどな……」
「失礼。正直者なので、つい本当のことを……まぁ、だから、これから語るのも紛れもない真実……こいつらはこの世界を人間とオリジンズに代わって支配するために作られた『ネオヒューマン』!……の失敗作だ」
「ネオ……ヒューマン……だと……?」
「そして、俺がその成功……いや、最高傑作だ」
各々ピースプレイヤーを装備しているので、顔は見えないが、明らかに動揺していた。
これにはネジレも大満足で、顔から笑みがこぼれる。
「原理としてはブラッドビーストに近い。人間にオリジンズの特性を取り込ませる……しかし、決定的に違うのは、人間として生まれ育ったものに後からオリジンズの因子を打ち込むブラッドビーストに対し、ネオヒューマンは最初から……生まれる前に人間の遺伝子とオリジンズの遺伝子を混ぜ合わせるんだ」
「そうか……つまり、人とオリジンズのミックスってわけか……」
「そうだ!……ん?あれ……?あんまり驚かないんだな……」
ネジレは自然と首をかしげた。今回のランボ達の反応も彼が思っているような、望んでいたようなリアクションではなかったのだ。個人的にこのことについては驚天動地の大騒ぎをしてくれると期待していた。
それには理由があった。ネクサスの連中の勝手な理由が……。
「済まないな、ネジレ……失礼ながらお前の耳が長かったという話を聞いた時に、勝手にオレはもしかして地底人なんじゃないか……と思ったんだ」
「俺は古代文明が作り出した生物兵器だと」
「おれは耳って鍛えると伸びるんだ~って」
「我はお主なんかには一ミリも興味がない」
「ははははははははっ!!!確かにそれじゃあ、人とオリジンズのミックスぐらいじゃ驚かんわな!」
「――!?誰だ!?」
唐突に戦場に響き渡る笑い声……。
ネジレに夢中で気づかなかったが、彼の後方に彼と同じくらいの美しい顔と長い耳を持った者……彼ら曰く、ネオヒューマンが控えていた。
「……ネジレ……お前の仲間か……?」
「一応な……」
嫌そうな顔でアツヒトの言葉を肯定するネジレ……認めたくはないが、そいつとは形式上は仲間であるし、遺伝子的には家族なのである。
その一応の仲間はゆっくりとこちらに歩いて来て、ネジレの隣で立ち止まった。
「やぁやぁ、初めまして、わたしはガブ。正真正銘、本当のネオヒューマンの最高傑作さ」
「ちっ……」
みるみる眉間にシワが寄り、舌打ちをしてしまうネジレ。
それを聞いて、逆に笑顔になるガブ。
この二人の関係は歪み切っていた。
「どっちが最高傑作かどうかは、どうでもいいが……ガブ、あんたは俺達に何の用だい……?」
「確か、君は……アツヒトだっけか……?最初にネジレが言ったろ、これからもっと面白いことが起こるって……そのためさ」
「そのため……?あんたが何かやるのかい……?」
「うーん……半分、正解って感じかな」
「半分……?」
ガブはわざわざ勿体ぶった言い方をして、アツヒト達が困り、焦れるのを見て楽しんでいた。
本人達は怒るだろうが、その人を見下した態度はネジレと酷似していて、見る者に血のつながりを強く感じさせた。
「一体……お前は何をするつもりなんだ……?」
「それはね、ランボ………」
「どうせ、ここに倒れてる失敗作か、もしくはまた別の……オリジンズ辺りをけしかけるんだろ」
「そうそう、蓮雲、君の言うと……えっ!?」
「ん?適当に言ったんだが、その感じじゃ、当たりか?」
戦士の経験則か、はたまたバ……その純粋さ故に本質を見抜けたのか、まさかの蓮雲が正解を言い当てた。これには今まで楽しげにしていたガブの顔も曇る……。
そして、そうなると機嫌が良くなる者が一人……。
「ははははははははっ!いいぞ!蓮雲!見直したぞ!」
「ぐっ!?ネジレ……!!」
さっきの仕返しとばかりに、これ見よがしに高笑いするネジレ……やっぱり似た者同士、同族嫌悪なのだろう。
ガブは屈辱に歪んだ表情を無理やり矯正し、再び感情を感じない笑顔を顔に張り付ける……すぐに見えなくなったが。
「ま、まぁ、いい……そう蓮雲の言う通りだよ………顕現せよ!『ガブリエル』!」
「――!?」
「あれが………」
「奴のピースプレイヤーか……!」
光とともに現れたのは、彼の名前の由来となった神々しい黄金のピースプレイヤー、ガブリエル!
背中から生えた翼を羽ばたかせ、ゆっくりと天に昇り、下等な旧人類を見下ろしながら、審判の時が訪れたことを告げる。
「このガブリエルは、そこのヤーマッツと同じような……いや、それの上位互換のシステムが組み込まれている」
「ボクのヤーマッツと………!?」
「あぁ、マシンを埋め込んだオリジンズや失敗作どもを、わたしの脳波を使って手足のように操ることができる……こんな風にね」
ザッザッザッザッザッザッ……
「ちっ!?またこいつらかよ……!」
アツヒト達の前に現れたのは十体ほどの青肌改め、ネオヒューマンの失敗作。先ほどまでと違い、一糸乱れぬ動きで行進している。そいつらに散々痛い目に会わされていたアツヒト達は身構えた。一気に緊張感で張り詰める彼らを見て、さらに顔を歪めるガブ。
彼からしたら、これはまだ序の口なのである。
「おいおい!こいつらでこんなにびびっていたら、身が持たないぞ!」
「その言い方じゃ……まだ何かあるのかよ……?」
「もちろん、あるとも!さっきから言っているだろう……面白いものが見れると!その目にしっかりと焼き付けろ!いや、違うな……貴様らが望まなくてもその心に刻み付けられることになる!トラウマとしてなぁ!!」
ガブリエルがその両手を天に掲げた!愛するグノスの勝利のために!憎き神凪を滅ぼすために!それを呼び寄せる!
「ん?急に暗く……」
「雨か……?いや………」
「見ろ!太陽が何かに遮られているぞ!?」
「しかも……降りて来るみたいだな……この獣ヶ原に……」
ランボの指の先にそれはあった……。 太陽と自分達の間に出現した翼を持った巨大な影……それの高度が徐々に下に……。そして!
ドスーーーーン!!!
「ぐおっ!?」
「ちいっ!?」
「フッ…………」
獣ヶ原が揺れた!比喩ではなく、実際に!その巨大な影の圧倒的質量が小規模な地震を起こしたのだ!
「あ、あれは………!?」
「デカい……ってレベルじゃねぇだろ……」
「黒嵐の何倍あるんだ……?」
かなり遠くの方に着地したはずなのに、その姿をしっかりと確認できた……あまりにも大きかったのだ、それは。
動揺するネクサス、いや、神凪軍を眺めてご満悦のガブは高らかに叫んだ!神凪を滅ぼす自分のペットの名を!
「恐れおののけ、愚かな人間どもよ!これが貴様らに審判を下す、全長50メートルの超巨大オリジンズ、『ダイエルス』だ!!!」




