コーヒーブレイク
「フゥゥゥ~。効くぜぇ~、こいつは」
トレーラーの中で、ナナシはまるで極上の温泉に入ったような気持ち良さげな声を上げた。
「やめろ!気色悪い!」
片やリンダはそんなナナシをゴミを嫌そうな顔で見つめている。本当は目を背けたかったが、そうもいかない。なぜならナナシを回復しているから……彼が妙な声を上げたのもこれが理由だ。どうやらリンダの治療はかなり気持ちいいらしい。
「まぁ、そう言うなって……本当にしんどかったんだから………」
「あたしだって感謝してるよ。あんたがあいつの攻撃防いでくれてなかったらあたしもどうなっていたかわからないからね」
「なら……」
「でも、気色悪いもんは悪いんだよ」
「ひどいな、もう」
実際、ギリギリの戦いだった。こうしてリンダと下らないやり取りができているだけで御の字だろう。
「……」
黙って二人の会話を見守りながらも、考え事をしていたマインの表情が冴えない。
「……?マイン……どうした?車に酔ったか……?」
心配になったナナシが話しかけた。彼女がそんな顔をしている原因が自分にあるのだとは露も知らずに……。
「……いえ……私は問題ありません……それよりも、ナナシさんです!戦う度にこんなボロボロになって……配下相手にこんな状態じゃ、ネクロに、ハザマ親衛隊のリーダーに勝った、あの鬼を倒せるんですか……!?」
「……」
ナナシは答えない。正直、自信がない。強がりを言う気力もまだ回復していない。
「それに……アツヒトさんだけじゃなく、きっと……」
「だな」
ナナシは静かに頷いて、マインにそれ以上言わせなかった。きっとまたすぐに邪魔しに来る……あのアツヒトに、サイゾウに負けない強者が……。
「なぁ……警察とか軍に応援頼めねぇの……?」
二人の会話に違和感を覚えたリンダが入ってきて、当然の疑問を口にした。だが、ナナシ達もそんな初歩的なことはとっくの昔に思いついている。できない理由があるのだ。
「警察はダメだ。ポリラット……警察が標準装備しているピースプレイヤーは、軍で使っていた前世代のヘイラット、41や42をさらにデチューンしたものだ。束になっても奴らには勝てない……いや、たぶん現行の軍主力機、54でも無理だろ」
「それにこの状況、市民の皆さんは混乱してますし、考えたくありませんが、混乱に乗じて悪さしようとする人間がでるかもしれません……だから、ネクロの追撃に戦力を割くのも得策とは思いません」
「何より、最近のドタバタで警察も軍も、いろんなところに散らばっちまってるからなぁ。一応、軍の知り合いにメールは送っといったんだがな……」
「なっ……!?」
リンダの提案は容赦なく、ナナシ、マイン、さらには養父のケニーにまで立て続けに否定された。なんか仲間外れにされたみたいで悔しいリンダは必死に言い返してやろうと、足りない頭を必死に動かす。そして……。
「……うっ……じ、じゃあ、対オリジンズナンチャラは!?」
うろ覚えの知識を使って、次の案を提示した。
しかし、さっきも述べたが彼女が知っていることは養父達はすでに知っているし、検討もとっくにし終わっているのだ。
「対オリジンズ用の軍、アンチ・オリジンズ・フォース。通称『AOF」ですね。それも無理です……通常、四部隊あるAOFは、貴重なオリジンズの調査、獲得のために遠征する部隊が二つ……休息や訓練、国内のオリジンズ被害に対処する防衛部隊が二つあるんですけど……」
「ですけど……?」
「四年前、部隊の一つ『角』が遠征中に、強力なオリジンズに襲われ、壊滅……いまだに立て直しできてません……」
「じゃあ……」
うん、とマインが小さく頷く。正直、今彼女が話していることは神凪国民ならほとんどの人間が知っているようなことだが、それを嫌な顔一つせず説明してあげるなんて、素晴らしいレディである。
「今は、三部隊……防衛で国内にいるのは、一部隊だけです。それも、最近の事件で……」
「そもそも、AOFがオリジンズじゃなく、人間相手に戦うとなると、法律的に色々厄介だ」
「帝の近衛兵団も無理だろうな。やっぱ、俺がやるしかないのか……しんど……」
「くぅ……」
結局、リンダの案はまたしても否定された。悔しくて、また新しい案を考えようとした、その時……。
「あっ!もしかして、最近のあれこれって、戦力を分散させるためにあいつらが!」
リンダはとんでもないことに気づいた!まさに天啓だ!と、テンションを一気に上げる。
だが、三人は特に驚かない。何度も言うが彼らは少女の一足先を行っている。
「……話している間に、もしかしたら……私達もそうなんじゃないかって……」
マインが申し訳なさそうに言った。ナナシとケニーも、うんうんと首を縦に振る。どうやら二人も同じ結論に達していたようだ。
「……もういい……あたしは回復だけしていればいいんだろ……」
遂にリンダがいじけてしまった。マインは必死にフォローしようとし、その声を聞いて、運転中のケニーは笑った。
一方、ナナシは何かわからないが違和感を覚えていた。
(……なんだ……今話していたことで……結構、大事なことを言っていたような……なんか引っかかる……)
しかし、どうにも頭が回らない。なので、気分を変えて栄養補給をすることにした。
「ふぅ……マイン、何か食い物……できれば甘いものなんかないか……」
「あっ、チョコレートバーと、コーヒーがあります」
「それでいい、それがいい」
「待っててください……すぐに……」
ぶっきらぼうに答えるが、本当は今の自分にぴったりのものがあって内心めちゃくちゃ嬉しい。けれど、そんなのんきな気分でずっといるわけにもいかないし、さっきの違和感の正体が気になっているので、マインが準備してくれている間に、再び気を引き締めてナナシは考えを巡らす。
(……なんだ……俺は何に引っかかってるんだ?……AOF……?角……?……あっ!)
遂に答えが!という訳ではない。本来の疑問、気付くべきことが、別のあることに塗り潰されたのだ。それは……。
「ケニー!ガリュウの角から出た電気みたいな奴、あれなんだ?」
ナナシの興味を奪ったのは、サイゾウ戦で発動した『なんか出たサンダー(仮)』である。ガリュウのディスプレイの武装欄にもなかった謎の武器、それが大事だったはずの思案を吹き飛ばし、ナナシの頭を支配した。
「……?なんのことだ……?」
ケニーが怪訝な顔で答える……いや、答えられなかった。ナナシの言葉が彼にはまったく理解できなかったのだ。優秀なメカニックでガリュウの全てを網羅している彼が……。
「いや、だから頭の角からバリバリッ、って……!」
「いや、だからそんな機能、ガリュウには……」
キキィーーーッ!!!
「うぉっ!?」
急ブレーキ!ほんの少し前に同じ事をした……そう、先ほどサイゾウに襲われてブレーキをかけたばっかりなのに……なのに、またしなければいけなかった。これまたさっきと同じような理由で……。
「ナナシ……どうやらお客さんのようだ」
ケニーが緊張した声で伝える。ナナシは嫌々彼の視線が向いている方向に目をやると、そこには今日何度目かわからない当たって欲しくない予想通りの光景が広がっていた。
トレーラーの前に屈強な男、見るからに戦うために身体を鍛えてきたであろう男が臨戦態勢で立ち塞がっている。つまり新たな刺客だ。
「はぁ~……お願いだからコーヒーぐらい飲ませてくれよ……」




