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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Natural
122/324

生きる

「参ったぜ。元々、強い奴が更に力を手に入れるんだから、そりゃあ凄いことなるんだろうな……とは思っていたけどよ……これはさすがに想像の遥か上だ」

 シドウも刀鵬を脱ぎ、國断を鞘に納めて戦闘モードを解除する。

 そして素直な感想を述べながら、ネームレスに歩み寄った。

「で、どうだったよ?夢にまで見た完全適合って奴は?」

「……予想以上だったのは俺もです。柄にもなく、はしゃいでしまいました」

「まったくだぜ、そのせいで肋骨折られる身にもなってみろよ」

「あっ、すいません……」

 ネームレスはペコリと頭を下げる。今、冷静になって考えてみると、あそこまでやる必要なかったなと反省するが、あの時はどうしても全力でパンチを打ちたくて仕方なかった、そしてその衝動を抑えられるほど彼は我慢強い男ではなかったのだ。

「まぁ、おれもお前に完全適合を会得させるためとは言え、一回殺してるからな……お互い様だ」

「はぁ……本当、お互いにイカれてますよね……」

 これまた冷静に考えると、頼まれたからって、容赦なく躊躇なく殺しにかかるシドウの倫理観はイカレている。だが、それを良しとしていた自分自身もかなりのものだとネームレスは思った。

 今までの彼だったらそれについて疑問など抱かなかっただろう。けれど、今の彼は死の淵から蘇ったことによって価値観が一変していた。

「……俺は子供の頃からずっと死と隣合わせでした……だから、いつでも死ぬ覚悟をしていたし、自分でもできていると思っていた」

「でも、違った……」

「はい……実際に意識が消えそうになった時、俺の心を支配したのは何がなんでも生きたいという生物が皆持っている根源的欲求でした」

「そして、それがガリュウの完全適合のキーだってことに気づいたと」

「はい……ガリュウは人間の……生命体の生きたいという願い、祈りを力に変えるんだと……ようやくあの時、わかりました……」

 ネームレスは左手首にある黒い勾玉を見つめる。わかって見れば、ガリュウが今まで自分に応えてくれなかったのは当然だと思えた。

 あの憎たらしい男に使えて、自分が使えなかった理由がようやく理解できたのだ。

「あいつが“育ち”が違うって言ったのはこういうことだったんですね……」

「だろうな。人の死が日常にあり、自分もいつでも死んでもいいって思ってる奴と……」

「大切に育てられ、他人の命はもちろん、自分の命も大事に扱うようになった人間……全然違う。俺みたいな、生きることに執着のない奴が、大切な命を懸けて戦いを挑んで来る奴に勝てるはずがなかったんだ……賭けているものの重さが違い過ぎる……」

 豪華客船での戦いを思い出し、ようやく心の底から認めることができた……あの勝負は自分の負けだと……。

 過去のわだかまりも解消したネームレスは顔を上げ、再びシドウの顔を見た。

「シドウさんは最初から気づいていたんですか……?ガリュウのトリガーが生存欲求だってことに……?」

「いや、そんな正確にはわかっていなかったよ。おれが最初に思ったのは、昔に会った時よりもお前が自信を無くしているように見えた……だから、自信とか自己肯定感が関係しているんじゃないかって……」

「なるほど……確かに………生きたいと心の底から思うには自分を認めてあげないと駄目ですからね。そうじゃないと自分を大切にできない……思い返してみれば俺は最近ずっと自分の犯した罪のことだったり、それこそ完全適合が使えないことだったりで自己嫌悪、自己否定に陥っていた……暴走した時も自分のことを拒絶していた……この世界からいなくなってしまいたいと。それじゃあ、ガリュウが応えてくれないのも当然です……」

 シドウの予想はあながち間違っていない。それはネームレス自身がよくわかっていた。

 ネクロ事変以降の彼は罪悪感に苛まれ、更に壊浜の一件でそれは悪化していった。当然、そんな精神では完全適合を使えない、完全適合が使えないとまた自己嫌悪、自分なんて生きている価値なんてないと思ってしまう。まさしく負の無限ループに嵌まってしまっていたのだとようやく彼は気付き、そしてこの戦いを経て、抜け出すことができたのだ。

 最後は自虐的にまとめたネームレスだったが、その顔は穏やかだ……知らず知らずの内に失っていたものを取り戻したから。

 対照的にその立役者でもあるシドウは苦笑いをしていた。

「その自信とやらを取り戻すためには、全力のおれと戦って、善戦するのが一番手っ取り早いって思ったんだけど……こっちは色んな意味で自信を無くしちまったぜ」

 結局、予想は少しズレていて、善戦どころか圧倒された……。シドウは胸を張れない。

 そんなシドウを不憫に思ったのかネームレスがフォローを入れる。

「すいません……でも本当にシドウさんのおかげで、俺は……ありがとうございます」

 再び頭を今度はさっきよりも深々と下げる。シドウは恥ずかしそうに頭を掻いた。さすがにそこまでされると照れくさい。

「まぁ、良かったよ。お前の悩みが解決して。それにこれからは少なくとも戦闘関連で悩むことはないだろう。あれだけの力だ……勝てる奴なんて一部のエヴォリストぐらいだろう………ん?どうした?」

 シドウが話しているとネームレスの顔がどんどんと曇っていった……。その表情はまるでこのフェノン高原に来たばかりの時のような……。

「シドウさん……ここまでしてもらっておいて申し訳ないですが……俺はもう完全適合を使わないと思います……」

「……はぁ!?」

 ネームレスの今までの一連の行動を台無しにするような発言にシドウの顔も歪んだ。彼としても命がけ、肋骨も折られてまで協力したのに、それを無下にされた形になったのだから憤るのも当然だろう。

 眉間にシワを寄せ、目を吊り上げて目の前の恩知らずな男を問い詰める。

「どういうことだ……!?せっかく手に入れた力を何で……!?」

 ネームレスは俯いていたが、意を決して怒りのシドウに目を合わせる。彼とて気まぐれや、彼を煽るためにそんなことを言っているのではないのだ。

「シドウさん……俺はたくさんの人を傷つけてきました。その時は自分の行動には大義があると……そう……思っていましたが……でも、実際はただの嫉妬、八つ当たり……自分の鬱屈した気持ちを赤の他人、罪のない穏やかに暮らしているだけの人々にぶつけていたんです」

 自らの口で言語化すると胸が締め付けられる……。また自己嫌悪のループに陥りそうだ。だが、それでも話さなければいけない……。

 決意を固めるために、決死の思いで手に入れた力を手放すために……。

「だから、俺は……大罪人である俺は、誰よりも俺自身を許してはいけないんです。自分の強さだけでなく、弱さまで受け入れて、ありのままの自分を肯定し、生きたいと願う心……そんな心をトリガーに発動するガリュウの完全適合を俺は使うわけにはいかないんですよ……それは……俺が俺の罪を許すということですから……」

「ネームレス………」

「使えるようになってもきっと使わない……またあいつの言う通りになるのは癪ですけど……何よりここまで付き合ってくれたシドウさんには悪いんですが、俺は今後、完全適合を使う気はないです」

 二人の間に気まずい空気が流れる……。

 ネームレスの言い分は筋が通っているし、理解もできる。それでもシドウは納得できなかった。

(うーん……真面目ちゃんなネームレスらしい考えだが……やっぱりあれだけの力を使わないのは勿体ないよな……なんとかしてこいつに完全適合を使わせる方法は……)

 疲れ切った脳ミソに鞭を打ち、目の前の強情な男の決意をひっくり返せる屁理屈を必死にひねり出そうとする。

「あっ!」

 その甲斐があって、何かいい案を思いついたシドウが声を上げ、手をパンと叩いた。

 ネームレスは突然、にやつき始めた彼の顔を不思議そうに覗き込む。

「じゃあよ、こうしようぜ。完全適合は自分自身の利益のためでなく、他人のために使う……どうだ?」

「他人のために……」

「あぁ!お前が多くの人を傷つけた自分自身を許せないのはわかる……それが目を背けちゃいけない罪だってことも……なら、その罪滅ぼしに、人々を守るためにその力を使えばいい!!」

「人を守るための……力……」

 心が優しい木漏れ日の光に照らされたような気分だった。

 ネームレスは今、ようやく自分がこの力を求めていた意味を、そして、この力で何と戦うべきなのか知ったのだ。

 みるみる顔に生気が戻る真面目ちゃんにシドウの顔も綻んだ。

「シドウさん……心の底から思う……あなたを頼って良かった……あなたには感謝しかない……」

「やめろよ、照れるじゃない」

「いえ、本当に……だからあなたに誓います……この力は自分のためには……今までのように激情に任せて使ったりしません。この力を振るうのは誰かの……平和に暮らす人々のために……ネームレスガリュウは彼らを守るために戦います……!!」

「おう、誓われてやった」

 大の男が見つめ合い、微笑み合う。二人の間を爽やかな風が通り過ぎた。


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