真の強さ
フェノン高原、ここに住む無数のオリジンズが再びざわめき出す……彼らを脅かす存在がまた生まれたのだ。
高原にある森の中で人の領域からはみ出した二人のイレギュラーが今、相対する。
「……賢くて慎重なお前があんな無茶やらかすからには、それをカバーする方法があるんだろうと思っていたけど……やはり再生能力か……しかし、ここまでのものとはな……」
シドウはネームレスが、らしくない相討ち戦法を取った時からガリュウの能力に目星をつけていた……が、実際に目の当たりにしたそれは想像を遥かに越えていた。
「はい……完全適合、フルリペア……この力を得るために俺はこの場所にやって来たんです。そして手に入れることができた……シドウさんのおかげです」
ネームレスは新品同然に自らの、ガリュウの手のひらを見つめながら感慨に浸る。
落ち着いた口調、流麗な動き……その立ち振舞いは今までの彼とはどこかが違った。
(近づく者を全て萎縮させるような威圧感、刺々しさが消えた……穏やかで優しい自然体……けれど、弱々しいというわけでもない……前とは別種の強さを感じる……)
新しくなったのはガリュウだけではなく、ネームレスという人間自身も文字通り死を乗り越え、生まれ変わったのだ。
(見るもの全てがきれいに見える……初めてだ……こんな気持ち。俺にとって世界とは醜く汚らわしいもの……視界に入る何もかもが敵だったはずなのに………)
今の彼はただ生きていることに喜びを感じている。立っていることが、息をしていることが何よりも嬉しいのである。
「良かったな……これでお前の目的は達成したってわけだ。つーことで戦いはおしまい………ってキャラじゃないよな……?」
刀鵬が再び國断を鞘から抜く。一人の戦士としてわかるのだ……ネームレスの好奇心が。
「はい……申し訳ないですけど、試したくて仕方がないんです……この溢れる力を……!」
ネームレスガリュウは輝く黄色い二つの眼で刀鵬を見据える……それだけ。
肩の力を抜き、構えも取らない……まるで全てを受け入れようとしているような立ち姿。
「んじゃ、試させてあげようか……おれもお前がどこまで強くなったのか見てみたいしな……!」
妖刀をまたまた振りかぶる……。黒き竜の変化を測るのにはこの一太刀が一番適しているのだと考えたのだろう。
「いくぜ……ネームレス……!」
「はい………」
一瞬の沈黙、そして……。
「オラァ!」
ザン!
國断から放たれた斬擊が地面を抉りながら、黒き竜に向か……。
「――!?……いない……!」
刀鵬の神速の太刀よりも速くネームレスガリュウは姿を眩ましていた。この一瞬で彼はどこに行ったのだろうか……。
「ここですよ、シドウさん」
「な………」
ガァン!
「――ッ!?」
ネームレスの声がしたと思ったら、刀鵬の首が突然、はね上がった!
黒き竜はあの一瞬で刀鵬の懐に潜り込み、強烈なアッパーカットをお見舞いしたのだ!
刀鵬の仮面には新たな、そして先ほどよりも深いひびが刻まれる!
「……やるね」
「滾るぞ!ハイテンション!みなぎれ!ハイエナジー!これがネームレスガリュウのマキシマムだ!!」
「だとしても!」
刀鵬は手首を返し、國断の刃を上に向ける!
「りゃあ!」
すっ……
「ちっ……手応えなし……!」
妖刀は何もない虚空を切り裂く。
本来その刃の餌食になるはずだった黒竜は、またいつの間にか遥か遠方に……。
「身体が軽い……軽過ぎて、少し跳び過ぎたな……」
急激なパワーアップにネームレスは自分の身体をコントロールできずにいた……今、この瞬間までは。
「だが、もうわかった……」
ネームレスの天性の戦闘センスを持ってすれば、新たな力の使い方のコツを掴むなんてたった一回の攻防で十分だった。
黒き竜はその場で二回ほどぴょんぴょんと飛び跳ねる。地面の感触、そして自分の脚の感覚を確かめたのだ……更なるスピードを出すために!
「よし、これなら……!ギアを……上げようか!ネームレスガリュウ!」
スゥ………
「あいつ……また……?」
刀鵬の視界から黒き竜が再び姿を消した……。神経を研ぎ澄まし、脳ミソをフル回転して刀鵬は竜の襲撃に備える……。
(ステルスと超スピード……最悪の組み合わせに更に磨きがかかったな……!だが……!)
「もらった!」
刀鵬を背後からネームレスガリュウが襲撃!拳を振り上げ、無防備な背中を殴りつけようとする。しかし……。
「本当!セオリー通り!真面目過ぎるだろうが!!」
その攻撃はすでに刀鵬に破られている!刀鵬は振り返る勢いを利用し、黒竜を真っ二つに切り落とそうとした!
「でやぁ!」
ブォン……
「何……!?」
國断が切り裂いたのはまたもや虚空……。
「残念……こっちだ!」
ゴギィ!
「がはっ!?」
まさに目にも止まらぬスピードで反対側に移動していたネームレスガリュウの拳が刀鵬の脇腹に突き刺さる!鎧が!その下の肋骨が!不愉快な音を立てながら砕け散る!
「……ッ!?……この野郎!!!」
ブン!
強い衝撃と痛みに耐え、刀鵬は黒竜の脳天に妖刀を振り下ろす!さすがのネームレスもこれには一歩も動けない!……いや、動く必要なんてないのだ!
キン!
「なっ!?」
「……実は一度やってみたいと思っていたんですよ………真剣白刃取り」
ネームレスガリュウは自身を“開き”にしようとした妖刀を両手のひらで挟み込み、受け止めた。そして、そのまま力を入れる!
「ふん!………ぐっ!?さすがアーティファクト……折ることはできないか……!」
「当たり前だろ!!」
ガァン!
「グフッ!?」
黒き竜は逆に妖刀を真っ二つにへし折ってやろうかと試みるが、國断は完全適合した黒竜のパワーを物ともしない硬度を持っていた。
もたついている黒き竜に刀鵬はさっきのボディーブローのお返しとばかりに腹に蹴りを入れる!刀鵬という名前で勘違いしそうになるが、このピースプレイヤーは徒手空拳も一級品なのだ。
その証拠に黒き竜は妖刀から手を離し、地面をワンバウンドしながら吹っ飛んでいった。
「俺としたことが……少し調子に乗り過ぎたみたいだ……」
反省の弁を口にするが、その実、全然反省しておらず、仮面の下ではニヤニヤと楽しそうに笑っていた。
完全適合……予想以上のパワーで予想以上の楽しさ、まるで新しい玩具を買い与えられた子供……冷静沈着、いつも眉間にシワを寄せているような男が童心に帰っている。最高に「ハイ!」って奴だ!
「今回のは手応えあったんだけどな……この程度ダメージじゃ、すぐに“無し”にされちまうってことか……!」
片やシドウの表情は暗い。今しがたぶちこんでやった蹴りのダメージが、黒竜の腹部に入ったひびがみるみる内に小さく……そしてあっという間にきれいさっぱり消えていった。
「となると……本気の本気を出すしかないよな……!」
刀鵬は國断を両手で握り締め頭上に掲げる。所謂、上段の構え。これまで二回、この構えから衝撃波を放って来たが、今回は今までと違う。
身体中の力が、シドウの心が、まさに彼の全身全霊を國断の刀身に乗せている。
ネームレスはその姿を見て彼の意図を察した。
「これが最後……最終試験ってわけですか………受けて立ちますよ、ガリュウブレード!!」
自分の力を一番生かせる武器を両手に呼び出し、刃を広げ、身体をひねる……。ネームレスガリュウ、必殺技の構え……いや、今まで放って来たのは完全なものではなかったと、彼は気づいた。つまり本当の意味で必殺技になるのはこれからだと……。
今この瞬間、ネームレスガリュウの真の必殺技が放たれようとしているのだ!
「ふぅ………行きますよ……!」
「来い」
ネームレスの感情がガリュウの漆黒のボディーに伝わり、それが更に腕へ、ブレードに……そしてその技の名を高らかに叫ぶ!
「月光螺旋撃ぃ!!!」
ネームレスガリュウが全身をきりもみ回転させ、漆黒のドリルとなって刀鵬に突撃する!
「チェストォ!!!」
その漆黒のドリルを真っ向からたたっ斬るために妖刀を気合の咆哮とともに振り下ろす!
今まで一番の鋭さと威力を持つ衝撃波が國断から放たれた!そして……。
ギャリ!
國断の衝撃波と漆黒のドリル、凄まじいパワーが正面衝突する!
今のところ勝負は五分五分……このままだと相討……。
「まだだぁ!」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!
ネームレスガリュウが回転のスピードを上げた!更に速く!更に強く!更に鋭く!ドリルが、衝撃波の威力を削り取っていく!そして……。
ギャリン!!!
漆黒の弾丸は刀鵬の全身全霊の一太刀をかき消した!
更にその勢いは衰えるどころか増していき、刀鵬本体へと一直線に向かっていく!
「ふっ……予想以上だな……見事だ、ネームレスガリュウ……!」
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!
漆黒のドリルは地面を深く抉り、大岩を貫いた……刀鵬を避けて。
悩みを解決してくれた恩を仇で返すような人間じゃないのだ、ネームレスという男は。
回転を止め、地面に着地し、黒き竜は刀鵬の方を向く……感謝を伝えるために。
「ありがとうございます、シドウさん。あなたを頼って良かった」
ガリュウを脱ぎ、ネームレスの最高の笑顔を浮かべる。それを太陽が優しく照らした。




