交渉
「はぁッ……くっ…!この……!野郎……!」
街道に叩きつけられ、大きなダメージを負ったアツヒト。彼の愛機サイゾウも深手を負い、自己修復のために待機状態のネックレスに戻ってしまった。
だからといって、彼の心はまだ折れてはいない!しかし、それでも……。
ガクッ!
「――!?くそ……!」
肉体は言うことを聞いてくれない。気力を振り絞って立ち上がろうとしたが、足の震えが止まらず、ガクリと膝をついてしまう。
(……くっ!?ガードした左腕が……あばらまで……!)
驚くべき事に、あの状況、あの場面でアツヒトは生物としての本能か、はたまた熟練の経験が為せる技か、咄嗟に左腕で防御をしていたのだ。
しかし、残念ながら紅竜の拳はその左腕ごと、その奥の肋骨もまとめて破壊するほどの恐ろしい威力の一撃であった。
「やめろ……もうおしまいだ」
いつの間にか天から地上に降り立ち、目の前に来ていたナナシが優しく……いや、疲れてそう聞こえるだけだが……アツヒトに声をかける。
「てめえ……何をした…!?」
間抜けな行為だと理解しながら、敵に自分をどうやってこんな状態に追い込んだかを聞く。
「……こいつは『ガリュウグローブ』、手のひらにエネルギーを溜め、爆弾を作れる。さらに手の甲からエネルギーを噴射して、パンチも強化できる優れものさ……」
答える必要などまったくないが、ナナシは律儀に答える。本人も疲れてあまり頭が回らず反射的に口が動いてしまっただけだが、もしかしたら満身創痍の状態でも、闘志を滾らせているアツヒトに敬意を表しているのかもしれない。
「そんな武器を……!」
「フッ……まぁ、俺もさっき知ったんだけどな……」
自分でしゃべりながらおかしくて、笑いがこみ上げて来る。父親の応援に来ただけなのに、何故かプレゼントだと渡された兵器を身に着け、手探りの中、立て続けに死を感じさせる激闘を繰り広げることになった……おかしくて涙が出そうだった。
「……自爆したってことか……ふっ……イカレてるな……お前……」
それはアツヒトも同じだった。作戦通り自分の圧倒的有利なフィールドに引き込んで起きながら、ナナシの狂気じみた覚悟で全部覆された。不甲斐なさ過ぎて、逆に笑ってしまう。
「それぐらいしないと、あんたには勝てないと思ったからな……」
乾いた笑いに包まれた会話が終わると、紅き竜はグローブを消し、一回り大きくなっていた手を元に戻した。
そして続けざまにその手にガリュウマグナムを召喚、そのまま銃口をアツヒトに向ける。
「……もう一度言う……おしまいだ、シノビマスター」
「……まだだ……!まだ俺は……!」
ナナシの言葉を受け入れず、魂が戦闘を続行しようとするが、また肉体がそれを拒絶する。
再び立ち上がろうとしても、やはり出来ない。膝立ちのまんま動けない。そんなことをしていると……。
「ナナシ!」
「ナナシさん!」
「無事か!?勝ったのか!?」
先ほどの爆発と、そこから落下する人影を見たケニー達が声を上げながらトレーラーで二人に近づいてきた。トレーラーはそのまま、ナナシガリュウの後ろに止まり、そして慌てて三人が外に出てきた。
「大丈夫か!?」
「おう」
無事を確認しようと声をかけるケニーに、ナナシは親指を立て、短く、一言で返した。疲れていてもキザにカッコつけることは忘れないようだ。
「……そうか……その分だと平気そうだな……」
相変わらずちょっと残念なナナシの姿を確認して安堵したケニーは、今度はアツヒトに目を向けた。その眼差しは怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあった。
「アツヒト・サンゼン!お前ほどの男が何故……?なんのためにこんなことをする……!?」
「……俺だって……!」
ケニーの質問に、自分にしか聞こえないような小さな声で呟き、アツヒトの顔はみるみる歪んでゆく。まるで「本当はやりたくない!」と、訴えるように……。
「……知っているのか……?あいつのこと……?」
今度はナナシが、アツヒトから目を逸らさずにケニーに質問した。
「あぁ……奴の名は『アツヒト・サンゼン』。海南町の今の『防人』さ……」
「防人……?確か、どっかで……なんだっけ?」
どこかで聞いたことのあるような単語だったが、今の疲弊したナナシの頭では記憶を掘り起こすことができなかった。なので再度問う。
「……大昔、海南町が凶悪なオリジンズに襲われたことがあったんだ。あまりに突然のことに大きな被害、多数の死傷者が出る……かと思われたが、一人の勇敢な町民の活躍で、大した被害も出さずに撃退することができた。その町民を讃えて、当時の帝や政府が『防人』という称号を与え、以来代々、海南町では町一番の戦士が『防人』の名を受け継ぎ、町の平和を守っているのさ」
「……よく……知っているな……」
ケニーの説明が正しいことを証明するように、アツヒトが呟いた。だが、自分がその防人だと名乗ることはできなかった。今の自分が、テロリストの手先となっている自分がその名誉ある称号を名乗る価値があるのか疑問だったのだ。
「……まぁ……色々調べたからな……実はな、ナナシ……」
「ん……」
打ちひしがれるアツヒトの姿を見てられなくなったのかケニーが再びナナシの方を向いて、彼のことを何故知っているのか説明しようとする。ナナシも知っておくべきだと思ったのだ。ガリュウの装着者として……。
「候補者の一人だったんだよ……奪われたガリュウの二号機の……あいつや他にはお前の同期の『ケイ』がな……」
意外な事実にマインやリンダは驚いた顔をしているが、ナナシにはそういう素振りは見えなかった。
「……そうか……確かにあいつやケイなら実力的には申し分ない……適合するかどうかはわからんが……戦い方も黒い方にぴったりだ」
ナナシ自身、スタジアムでの黒いガリュウの機動力や今のアツヒトの戦いぶりを考えるとその判断には納得できた。では、何でそんなすごい奴がこんなことになっているのか……。
一息吐いてからアツヒトに改めて問いただす。
「で……その“防人”とやらに選ばれるほどのご立派な人間がどうしてだ……?」
先ほどのケニーと同じ質問……さらにアツヒトの顔が歪む。だが勝者への報酬として、話すべきだと考え、絞り出すように言葉を吐き出した。
「……ほんの少し前のことだ……奴らが海南町に…俺の前に現れたのは……」
「……ネクロ達か?」
「あぁ…“力を借りたい”だとよ……言葉は優しいが、勧誘じゃねぇ……!明らかな脅迫だ!従わないなら町も!お前も!どうなるかわからないぞってな!!」
「ひどい……」
思わずマインが口元を手で覆いながら呟いた。恐怖や憎しみの感情が向けていたはずなのに、アツヒトの熱のこもった言葉で同情や憐れみに入れ替わっていく。
そんな彼女の心中を察したアツヒトはそう思われてしまう自分が更に惨めに思え、目を伏せた。
「一目見てわかったよ……あいつらの力が……それでも!俺一人のことだったら、玉砕覚悟で戦いを挑んだかもしれない……だけど!町が!海南町が!俺の!……俺の……故郷が……」
アツヒトの顔全体に悔しさがにじみ出ていた。今まで抑え込んでいた感情が爆発しそうになる。
「だから!!」
「なんだ、そんなことかよ」
「「「へっ!?」」」
アツヒトを含め、ナナシを除いたそこにいる全ての人間が間抜けな声を上げた。それほどナナシの発言は場違いで失礼なものだった。
「そ、“そんなこと”……だと……!!」
案の定、悔しさで染め上げられていたアツヒトの顔が、激しい怒りで上塗りされていく。
そうなるのも当然だろう……言ったナナシ自身もそう思っている。
「悪い、悪い。言い方を間違えた。俺が言いたかったのは、そういうことなら俺とお前が戦う必要なんてないってことだ」
「……どういう意味だ……?」
ナナシの謝罪で、アツヒトが少し冷静さを取り戻す……というより彼の言葉に興味が出て来たといったところか。失礼で空気の読めないバカ息子の話に耳を傾ける気持ちになったのだ。
「だって、そうだろ?脅迫するような奴らが約束を守ると思うか?というか、今の話聞くと、ちゃんとした約束とか、契約してないよね?」
「ぐっ……!?」
「やっぱり町襲うことにしましたなんてことになってもおかしくないだろう?」
「そ、それは……」
ナナシの言う通りだと、アツヒトは思ってしまった。いや、本当は彼の頭脳なら理解していたのだろう。ただ、それを認めてしまうとより絶望的になるから、拒絶していただけで。
我に返ったアツヒトにナナシはさらに畳み掛ける。
「だから、お前はもしもの時のために…故郷を守るために、俺達なんかに構ってないで、体休めて、態勢を整えろよ……そんなことにならないように、俺が奴らに勝つことを祈りながら……な?」
最初は軽い感じだったが、徐々に重く、決意を込めて話す。アツヒトは思わず圧倒されたが、直ぐ様、反論に転ずる。
「……お前の言うことは…わかる……だが!仮に!お前が奴らに勝てたとして、助けられたゲンジロウ・ハザマ大統領は、こんなことした俺を許すか!?奴を拐う手伝いをした俺を……!ハザマという男なら俺だけじゃなく、町も……」
大統領としてどうかと思うが、それが率直なゲンジロウ・ハザマに対しての神凪国民の共通認識だった。冷酷と言って差し支えないあの男が自分に牙を剥いた人間を許すはずなどないと。
その証拠にナナシ達も全く否定しなかった。
「だろうな」
「なら!!!」
「だから、俺達を見逃してくれるなら、どさくさに紛れて、俺がハザマ大統領を殺してやるよ」
………………………………………………
「「「はぁあぁっーーー!?!?」」」
一瞬の沈黙の後、なんとかナナシの爆弾発言を、なんとか理解し、みんな仲良く一斉に叫んだ。
「な、な、な、何を言っているかわかってるんですか!?」
動揺しながら、マインはナナシに詰め寄った。冷静な彼女がそんな風になるくらいのことをこのバカ息子は言ったのだ。
だが、当のナナシはというと悪びれるどころか、さらにひどい言葉を口に出す。
「もちろん。というか、君は親父に大統領になって欲しいんだろ?だったら問題ないだろ?ハザマがいなくなることは。むしろ、好ましいんじゃないか?」
「確かに……じゃなくて!私は正当な手順で……」
ナナシの言葉をマインは当然否定する……否定するが!彼女の心の中では、“アリ”かもと悪魔が囁く。
今、目の前にいるのは竜じゃなくて悪魔なのだ!
(……あいつ……マジで言ってるのか……?)
二人の議論を眺めながら、アツヒトはアツヒトで必死に疲れ切った自身の頭に鞭を打ち、フル回転させる。
(……さすがに……そんな………そもそも……ネクロに勝てる保証なんて……)
様々な言葉が、考えが浮かんでは消え、消えては浮かぶ。彼の視界の中ではナナシとマインも更にヒートアップしている。その姿を見ていると……。
「――ッ!ハハハッ!」
「ん?」
突然の笑い声に、ナナシとマインは議論を止め、声のした方向、アツヒトの方を向く。するとそこには先ほどとは打って変わって顔をくしゃくしゃにして腹を抱えて笑っているアツヒトの姿があった。
「あぁ……もういいや……めんどくせぇ……お前……ナナシ……?だっけか、その提案に乗るよ」
バカ息子の戯れ言を受け入れる……それがアツヒトの出した答えだった。一連のやり取りで何もかもがバカらしくなった。そして何より満身創痍のこの身体で取れる選択肢の中で、一番ましだったのがこの大バカ息子に従うことだったのである。
「いいのか……?俺が本当に言った通りにするかわからないぜ?」
「ナナシさん!?」
せっかく、まとまりそうだった交渉をぶち壊すようなナナシの言葉に、マインが声を上げた。
「……いいさ。その時は、今度こそお前を海の藻屑してやるだけさ」
そう言うと、アツヒトはフッと一笑した。
その顔、いや、覚悟を見届けると、ナナシはガリュウを勾玉に戻し、同じく微かに微笑んだ後、振り返って後ろのトレーラーに歩き出す。
「……何してんだ。早く行こうぜ!」
「……いや……いいのか?」
「いいんだよ」
「まぁ……お前がそう言うなら……お前らも」
「……はい!」
「おう!」
呆気にとられたケニー達を急かし、トレーラーに乗り込む。
そして、皆を再び中に入れたトレーラーはそのまま目的地『松葉港』に向かって走り出した。
「……この決断が、吉と出るか、凶と出るか……まぁ、もう流れに身を任せるしかないな……お前に賭けたこと、後悔させないでくれよ、レッド・ドラゴン……いやナナシ・タイラン……!」
トレーラーを見送ったアツヒトもボロボロの身体を引きずりながらその場を後にした。




