高原
フェノン高原――その高原はナナシが向かったツドン島と同じく自然豊かな緑の高原。しかし、ここに人間は誰一人住んでいない……。
この高原は国際中立保護地域などと呼ばれ、どこの国にも属さず、一方でどこの国のものでもあるということになっているが、実際のところ、人間が住めないから、立ち入るのさえ厳しいから仕方なくそうなってしまっただけである。
人が居られない理由はシンプルにこの高原に生息するオリジンズが凶暴で強力だから……。故に、ここに立ち入る人間はピースプレイヤーの素材やコアストーンを求める各国所属の精鋭遠征部隊、それらと同じような依頼を大金で受け負った腕自慢の傭兵、そして強さを求め、修行のために足を踏み入れるバカぐらいのものである。
そんな危険極まりない高原の外れの森でその男は手荒い洗礼を受けていた。
「ナァッ!!!」
ザシュ!
「ちいっ!?」
全身に斑点模様が描かれた四足歩行のオリジンズ、ツドン島、魔竜皇の森にも生息していたウーヒ。だが、その大きさはツドン島のものより一回り大きく、色も違っていた。どちらが本来の姿かは定かではないが、強さで言えばこのフェノン高原産の方が上であろう。
なんてったって、あのネームレスガリュウが苦戦しているのだから……。
「ナァッ!」
攻撃を回避されたウーヒはすぐさま体勢を立て直し、Uターン!もう一度、漆黒の竜に鋭い爪を立てて飛びかかる!
「ガリュウトンファー!」
ガン!
「ナ……?」
カウンター一閃!黒竜が獣の爪を紙一重で避け、さらに相手の勢いを利用した強力な一撃で鬱陶しい害獣を沈黙させる。
苦戦なんてしていないじゃないかと思うかもしれないが、確かに一匹程度ならネームレスの相手にはならないのが事実だ。一匹なら……。
「ナァッ……」「ナァッ!」「ナァ」
「くそ!?まだこんなに……」
ぞろぞろとウーヒが木々の隙間から姿を現す。よく見ると黒竜の周りには十体以上のウーヒが気絶していた。いや、それだけではなく、彼の来た道には大小、様々なオリジンズが一列になって倒れている。
この森に入ってからネームレスは休む暇もなく襲われ続け、そして戦い続けているのだ。
「ナァッ!」
ゴン!
「もう!飽き飽きなんだよ!お前ら!」
一匹のウーヒが飛びかかる!……が、再びカウンターで撃破!しかし……。
「ナァ!!!」
「こいつ!?」
カウンターの隙をついて後ろからもう一匹のウーヒが襲いかかる!だが、これもなんとか回避。そして……。
ガン!
「ナ!?」
蹴り飛ばして撃破!だが、ウーヒはもう一匹いる!
「ナァッ!!!」
チッ……
「くっ!?」
爪が僅かだが黒竜のマントにかすった。ネームレスの驚異的な反射神経だから、その程度で済んだが、他の者だったら致命的なダメージを受けていただろう。
「よくもマントを!」
ガン!
「――!?」
トンファーで自慢のマントを破った獣の横っ面を思い切り叩いてやる!彼らしくない感情的な……いや、誰よりも感情的で直情的な本質を分厚い理性の仮面でひた隠しにしている彼がそれを維持できないぐらいに疲労しているのだ。
取り繕うことさえできなくなった彼に追い討ちをかけるようにまた森の奥から……。
「ナァッ!」「ナァッ!」「ナァッ!!」
(一体、何匹いるんだ……?このままじゃ俺の体力の方が先に底をつく……それにさっきの攻撃、疲れているだけなら避け切れていたはず……そうはならずにマントに触れられたのはあいつらの連携がちゃんとできていたからだ。こいつら明らかに俺の動きを学習して、チームとして仕留めに来ている……!)
ネームレスは知らないがウーヒは元々集団で狩りをするオリジンズであり、連携攻撃などお手の物なのだ。では、この厄介な獣達に相対した時にどうするべきか……それは集団を統率するリーダーを退治すること、ツドン島でフィルが行ったように……。
しかし、勿論ネームレスはその対処法も知らない。なので……。
「くそっ!?やるしかないのか!」
ネームレスガリュウは戦い続けた……。向かって来るウーヒを一匹ずつ、ひたすらに殴り!蹴り!投げ飛ばし!周りに倒れたウーヒが山積みになるまで……。
けれど、その代償はあまりに大きかった……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
漆黒の竜の鎧の表面には無数の引っ掻き傷が刻み込まれ、もはや、足を一歩前に出すのも、指を一本動かすのも億劫になるほど疲弊していた。
そして、疲労困憊の彼の前についにこの獣の集団をけしかけていたリーダーが満を持して姿を現した。
「ナァ………」
「はぁ……デカいな………ちくしょう……」
今までのウーヒの全長はほぼネームレスと同じくらいだったが、目の前に現れたリーダーは彼が見上げなくてはいけないぐらいの巨体を持っていた。
「ナァ………」
リーダーは押せば倒れそうなほど弱り切った獲物を前にしてもすぐに飛びかかることはなかった。
先ほどまで部下が次々とやられる姿を眺めながらも決して姿を現さず、息を殺して機会を待ち続け、油断せず獲物を観察する冷静さ……力だけでなく、知恵や慎重さも持ってなければリーダーにはなれないのだ。
「この……人を値踏みするみたいに……!」
ネームレスからしたら不快でしかない行為……しかし、どんなにムカついても文句を言うくらいしか今の彼には選択肢はない……。
そんな彼の姿を見てリーダーも確信する……狩り時だと。
「ナァァァッ!!!」
「――ッ!?ガリュウブレード!」
ガァン!
「ぐぅ!?」
上から振り下ろされる今までで一番鋭く、巨大な爪!ネームレスガリュウはブレードを交差させ、ガードするが、あまりの衝撃に膝をついてしまう。
「この………」
必死に押し返そうと、立ち上がろうとしたが、彼の身体にはそれをなし得るためのエネルギーが残っていなかった。
「ナァッ!」
「しまっ……」
ガァン!!!
「グハッ!?」
ガードが上がり、無防備になった黒竜の脇腹をもう一方の前肢で殴りつける!
黒のボディーに一際大きな傷が刻まれ、竜は木に叩きつけられる!さらに……。
「ナァッ!」
呼吸を整える暇も与えないぞ、と言わんばかりに、木にもたれかかる黒竜に凄まじい跳躍力で飛びかかる!
ザン!
「ナァ……?」
獣の爪によって黒竜の身体を受け止めるほどの大木が一撃で切り倒された。
けれども、リーダーは不思議そうに首を傾げた。鎧の、そしてその下に隠れた肉を切り裂く感触がなかったからだ。
(危機一髪……ギリギリだったな……)
黒竜はかろうじて攻撃を回避することに成功。さらに得意の透明化能力で姿を隠したのである。
(さっきまでの集団ならともかく……こいつ一匹だけなら……俺の流儀に反するし、あいつの受け売りみたいで癪だが、三十六計逃げるに如かずだ……)
ネームレスはこのままではじり貧、敗北の未来しかないと判断して、プライドの高い彼からしたらかなり不本意だがこのまま逃走することに決めた。だが、それも……。
「ナァッ!」
「――な、なんだと!?」
ザン!
「くっ!?」
ウーヒは透明になっているはずの黒竜を今までと何も変わらず、さっきまでと同じように襲撃する!
ネームレスは地面を転がりながら不恰好に回避した。
「こいつ!俺のことが見えて……感知できるのか!?」
透明化を見破れる目を持っているのか、はたまた匂いや音で判断しているのか、もしかしたら野生の勘か……どうやってこの獣がネームレスを見つけたのかは定かではない。唯一わかっているのは、逃走という選択肢がなくなったということだけだ。
「こうなったら……一か八かだ!」
半ば自棄になったネームレスガリュウが身体をひねり、両腕のブレードを広げ、黄色の眼でウーヒリーダーに狙いをつけた。彼の必殺技を放つための予備動作だ!
「行くぞ!月光螺旋……」
必殺技を放とうとした瞬間、突然身体が硬直した。
そして頭に過る思い出したくない記憶……シムゴスとの戦いで我を忘れ、見境なく暴れ回る破壊衝動の化身となったあの時の記憶……。それが彼に怒りに身を任せて必殺技を放つことを躊躇させたのだ。
その一瞬の隙を見逃すほど野生というのは甘くない!
「ナァッ!!!」
「や……」
完全なる不意打ち。ガードしてもあれだけの威力を持っていた攻撃を、万全の状態でも致命傷になりかねない一撃を、今の満身創痍の状態でもろに食らったりなんかしたら……。
(俺……死ん……)
「まったく……世話が焼けるな……」
ゴォン!
「ナ!!?」
ネームレスが死を覚悟した瞬間、どこからともなく聞こえた声と共に鎧武者のようなピースプレイヤーが空から降って来て鞘を着けたままの刀でウーヒリーダーの脳天を打ち抜いた!
こちらも完全なる不意打ち、しかも急所ということでウーヒリーダーは今までがなんだったんだと言いたくなるくらい呆気なく気を失った。
「ふぅ……一丁上がり」
鎧武者は刀を肩に担ぎ、黒竜の方を振り返る。
「大丈夫か?確か……ネームレスだっけか……?」
「はい……そうです……あと…助かりました……」
鎧武者はネームレスを知っていた。そして、ネームレスも……というより彼に会うためにネームレスは単身でこんな危険な場所に乗り込んで来たのだ。
「で、なんでそのネームレス君がこんなところにいるんだ?」
「……それはあなたに会いに……」
「おれに……?」
「……はい……『シドウ』さん……あなた…に……」
ドサッ……
「おい!?ネームレス!?どうした!?大丈夫か!?」
目的の人物に会えて安心したのか、ついに限界が来たのか……ネームレスは地面に倒れ、そのまま意識を失った……。




