王の役目
ヤクブは目の前の光景が信じられなかった……いや、信じたくなかった。
「ク、ククルカンが………」
自分の手にあったのが遥か昔のように感じる……それほどテオがククルカンを手にした姿は“様”になっていた。
身長のせいで杖が大きく不恰好に見えてもいいはずなのに、そんな風には一切感じさせない。
あえて、違和感を感じる点を上げるとしたら、もう一方の手に持った鞭の存在だろう。
「その……その鞭でわたしからククルカンを奪い取ったのか……?」
「奪い取ったんじゃない……返してもらったんだ。これはグイテール王家のものだからね」
「ぐっ!?」
「方法は今、あなたが言った通り、この鞭……ナナシさんから借りたこの鞭で絡め取ったんだよ」
「な……この!ナナシ・タイラン!!!」
ヤクブは咆哮を上げながら、観客席のナナシに視線を向ける!しかし、紅き竜は微動だにせず、どっしりと無言で座っていた。
「ナナシさんの名誉のために言っておくけど、彼がしたのは本当に鞭を貸しただけだよ。この戦い……先の二試合もそうだけど、ナナシさんは手を出していない……あの人は、あくまでこの国のことはこの国の人間が決めるべきってスタンスだからね」
「……ッ!?」
ヤクブの顔つきが更に険しくなった。彼からしたらナナシが介入してくれていた方が言い訳ができたのである。テオの言葉が真実ならば、目の前のまだ年端もいかない子供に完全に出し抜かれたことになる。
自尊心だけでできているような彼にはそれは耐え難いことだ。
「なんで……なんで……パトの時も、カイエスの時も、もう少しというところでいつも……わたしの手から勝利が!栄光が!こぼれ落ちるのだ!!」
彼自身言っていて情けなくなったが、それでも言わずにはいられなかった。やり方や倫理的問題はあるかもしれないが、彼は彼なりに努力してきた自負があるのだ。それが、今、水泡に帰そうとしている……。
だが、そんなものはテオからしたら身勝手な理屈でしかない。
「簡単だよ……あんたが王の器ではないからさ……」
「ぐうぅ!?」
「だから、部下も離れ、運も……天からも見放される……」
感情を爆発させるヤクブとは対照的にテオは落ち着き払っていた。ヨハンやカイエスのように変身したわけではないが、先ほどよりも一回り大きくなったように見える。
ヤクブの目にもそう見えたが、それを認めたくない簒奪者は口汚く王子を罵る。
「この!?温室育ちのボンボンがぁ!知ったような口を聞くなぁ!!!」
「あぁ、あんたの言う通りだったよ……けれど、少し……ほんの少しだけこの旅で成長できた……そういう意味ではヤクブ、あなたには感謝しているよ……」
「感謝だと……」
「ええ……あなたのおかげでぼくはちょっとだけだけど自信を手に入れることができた……それが他人から奪うことしかできないお前とぼくの差だ!結局、お前が威張れたのは部下やククルカンがあったからだろ!国王になりたかったのも、そういう肩書きや権威がないと自信が持てないからだ!そんな小物に国を治めることなどできない!ぼくの愛するこのグイテール王国は絶対に渡さないぞ、簒奪者ヤクブ!!」
「ぐ!?」
もはやどちらが子供でどちらが大人かわからない。今のテオとヤクブの間には精神的にも戦闘力的にも越えられない分厚い壁ができていた。
しかし、残念ながらそれを素直に認められる度量をヤクブは持っていなかった。
「まだだ!まだ!わたしは諦めない!わたしは王に!この国の王になるんだぁ!!」
ヤクブはもしもの時に備えて持っていたコアストーンを取り出し……。
「燃えて!なくなれぇ!!!」
ボォッ!!!
巨大な火の玉をテオに向かって放つ!
彼の野心と嫉妬心を反映するかのようにメラメラと燃える火球を見つめているとテオは物悲しくなった……。
「なんだよ……なんだよ、それ……!ヤクブ……あんた……ククルカンがなくても十分強いじゃないか!?なんでその力をこの国のために使おうとしないんだよ!!!」
ジュウ………
「な!?」
テオが聖杖を振るうと、先ほどのマッチの火を消された仕返しと言わんばかりに、空から滝のような雨が降り注ぎ、ヤクブの放った火球を一瞬で消し去ってしまった。仕返しと言ったが、倍返しというレベルではない。テオの方が遥かにククルカンを使いこなしていることが、このたった一回の攻防でわかった……わかってしまった。
ククルカンの、この国の王位の真の継承者は誰であるかを……。
「な、なんだ……?そのでたらめな力は……?」
「これが本当のククルカンの力だ!お前はその表面だけ見て、全てを理解したと勘違いし、悦に入っていただけに過ぎない!」
「そ、そんなこと!」
言い返したいが、それ以上言葉が続かなかった。目の前の現実がテオの言葉の正しさを証明しているからだ。
「ヤクブ、お前はククルカンを地形すら変える破壊の力だと言ったが、それも大きな勘違いだ……」
「なんだと!?」
「実際に手にして……力を行使してわかった!この力は土地に活力を与え、生命を育むための力!壊すのではなく、未来を創造するための力!そして、それこそが王の役目なんだ!!」
ブオォォォォォッ!!!
「ぐうぅ!?」
テオを祝福するようにククルカンは風を巻き起こした!その風は闘技場の中だけではなく、この国中に届く。新たな王が誕生したことを国民に伝えるために……。
「終わりにしよう、ヤクブ……お前の野望を……この決闘を……!!」
「いやだ!終わりになどさせるものか!わたしには夢があるんだ!わたしの夢は終わらないんだ!!!」
妄執に取りつかれ、我を失ったヤクブは再び火の玉を放とうとコアストーンをつき出す……が。
「その夢が!お前の夢が!ぼくの夢とこの国の平和の邪魔になるというなら、ぼくはお前に容赦しない!!」
バチン!!!
「――ッ!?」
不意にヤクブの手を何かがはたき、コアストーンが手からこぼれ落ちる。
「これは……蔓……?」
ヤクブの手を叩いたのは鞭のようにしなる蔓……それは彼の足下から伸びていた。
「終わりにしようと言ったが……訂正するよ……もう終わっている!!」
シュル!!!
「がっ!?」
一本だけではなく無数の蔓がヤクブの全身に絡み付き、彼から自由を奪い取っていく!
皮肉にもそれは彼が一番弱い手札とバカにしたパトと同じような末路だった。
「これで詰み……チェックメイト。この決闘は三戦全勝でぼくたちの勝ちだ」
二人っきりの闘技場に小さな勝者の小さなガッツポーズが煌めいた。




