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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Natural
112/324

国宝

「やった!すごいよ!フィル!!!」

 さっきまでの悲痛な表情が嘘だったかのように、テオの顔に満面の笑みが浮かぶ。

 あんな圧倒的な力の差があったのに、あんな絶望的な状況から逆転できるとは夢にも思わなかったのだ。

 だがしかし、それ以上にこの優しい王子が嬉しかったのは……。

「でも……でも、何よりも君が無事で良かった……」

「テオ様………」

 テオにとって幼少の頃より家庭教師として、ボディーガードとして長い時間ともにしてきたフィルは部下と言うよりも、兄のように思っていた。だから彼はフィルが勝利したことよりも、生きて決闘を終えたことが嬉しかったのだ。

 そんな彼の思いはフィルにも伝わったが、厳格な薬師には少し照れくさかった。

「まぁ……無事ではないですが……」

「あっ!?確かに無事ではないか……その怪我……」

「大丈夫ですよ。わたしは薬師なんで、むしろこういうのを治すのが本業です」

「……そうだね」


「それは治す暇があったらの話だろう?」


「「!?」」

 王子と従者の穏やかな会話に、聞いた者の恐怖を呼び起こすような威圧感のある声が割って入る……。

 誰の声なのかはすぐにわかった……さっきのさっきまで聞いていたのだから。


ブシュウゥゥゥゥゥゥ!!!


 地面に横たわっているカイエスから白い蒸気のようなものが吹き出す!そして、ゆっくりとその巨体が起き上がり、再びボロボロのフィルを見下ろした。

「ふぅ………やられたよ、フィル」

「カイエス………あんた……ぐっ!?」

 フィルは身構えることさえもできなかった。死力を尽くした薬師は肉体的にも精神的にももう限界だったのだ。

「ハハハッ!!!そうだ!人間を超越したエヴォリストであるカイエスに睡眠薬など効くはずもない!薬師程度が戦いを挑むこと自体、身の程知らずにも程がある!」

 フィルとは対照的にヤクブは元気を取り戻した。その姿は気品の欠片も感じられないが、それほど彼にとってカイエスの敗北は全く予期していないことであり、覚悟のなかった彼は絶望の底に沈んでいた……が!今、カイエスは立ち上がった!彼の復活は絶望の闇をかき消す希望の光なのだ!

 けれども、どうにもカイエスの様子がおかしい……。

「んん!?どうしたカイエス!?とっとと目の前の薬師を倒せ!もう奴はボロボロ!押せば倒れる!お前ならなんてことはないだろう!?」

「…………」

「……カイエス……?」

 カイエスは上司で恩人であるはずのヤクブの言葉を無視した……いや、もう彼の中ではヤクブは上司でも恩人でもないのだ。 カイエスの目は彼を倒した薬師に向けられ、そっと呟いた。

「どれくらいだ……?」

「……ん?……何がだ………?」

「どれくらいの時間、おれは意識を失っていたんだ……?」

「あっ、ええと………三分は経ってないかな………」

「そうか………」

 カイエスはフィルの言葉を聞くと今度は観客席を見上げる。彼の目が見つめるのは上司ではなく、立会人である老人だ。

「神官ヘニングよ!三分もあれば、実戦では首を切り落とせる!そうなっていないのは、これが神聖な儀式であることと、対戦相手が温情をかけてくれたおかげに他ならない!……だから、おれの負けだ!おれはもう戦わない!」

「な!?……ふざけるな!?カイエス!お前ならまだやれるだろうが!!!」

 白旗を上げたカイエスにヤクブが鬼の形相で抗議した。しかし、彼の小物じみた言葉が清廉潔白な武人の耳に届くはずもなく……。

「おれにこれ以上、恥をかかせるな!おれは………お前は負けたんだ!!」

「な!?この恩知らずが!?助けてやった恩を忘れたのか!?」

「それはもう十分に返したはずだ!玉座には座らせてやった!それにこれからも座り続けられるかは、あんた自身の問題だろ!!」

「ぐっ!?」

 カイエスの中では既に王を幽閉し、王子を追い出した時点で恩は返し終わっている。遅かれ早かれ、ヤクブとは袂を分かつつもりだった。

 そんな彼の心など露知らず、ヤクブはさらに彼の心が離れるような言葉を彼に浴びせる。

「この!?わたしが王になればお前が望むもの全てを与えてやれるのに……それが何故わからん!!!」

 この期に及んで自分のことを何もわかっていないヤクブに辟易する。

 もし、ヤクブが別の言葉を選んでいたら、この戦いはともかく頼れる部下は失わずに済んだのかもしれなかったのに……。

「わかっているさ!わかった上で拒否しているんだ!もとより地位や名誉など興味はない!それにお前のような小物、いずれおれの力を疎ましく思い、始末しようとするだろうさ!!」

「そ、そんなこと……」

「するさ!」

「――ッ!?」

 カイエスの指摘にヤクブは思わずたじろぐ……。カイエスのことを誰よりも買っているのはヤクブだが、同時に誰よりも恐れているのもヤクブなのだ。そして、それを当の本人に見透かされていた。彼はその事実に恐れおののいた。

「倒れたおれに罵声を浴びせたあんたなら、間違いなく……!」

「――!?……お前……意識を……」

 だが、それ以上にカイエスの心を離れさせたのは彼が倒れた後に放った言葉だった。そう、カイエスは三分どころか、もっと早く意識を取り戻していたのだった。

「カイエス………あんた……」

 命懸けの作戦も実は成功していなかったことを知り、フィルは愕然とした。

 戸惑い、敗北感に打ちひしがれる薬師にカイエスは首を横に振って、彼の考えを否定した。

「おれは負けたんだ……お前に……いや、お前と王子の絆に」

「わたしとテオ様の………」

「あぁ……王子の声に惑わされ、攻撃を回避されたあの時に、次の攻撃で倒せなかったら、この戦いから降りると決めていた……」

 カイエスはあの時に気付いたのだ。彼らと自分とヤクブの関係の違いに……。そしてヤクブのために命を懸けようなんて更々思っていない自分の本心に……。

 だから、彼は睡眠薬から回復しても、あえてすぐに立ち上がらなかったのだ。

「勝者らしく胸を張れ、フィル!お前は何も恥じる必要はない!!」

「カイエス……」

「というわけで神官よ!繰り返しになるが、この勝負、おれの負けだ!」

「あ、あぁ………」

 自らの敗北を認めたカイエスの言葉に立会人のヘニングは困ったような顔をした……。彼からしたら今さらそんなことを言われても……という感じである。

「あの……なんか色々と盛り上がっているところ悪いが、ワシ、さっきフィルの勝利を宣言したから……決闘は一度、宣言が出されたら覆ることはない。例え、カイエス、お主が負けてないと、ごねても……今からフィルをボロボロのズタズタに叩きのめしてももう結果は変わらんよ」

「そ、そんなぁ………」

「余計なお世話だったというわけか……」

 ヘニングの説明でヤクブは力が抜けへたり込み、カイエスはまた自嘲した。納得はしているが、だからといってわざわざ自分が負けていることをこんなに強く主張するのは、武人としては本当はあまりしたくなかったのだ。

 だが一方で、そのおかげで自分の考えをまとめることもできた。

「ふぅ……では、敗者は潔く去ることにしよう……」

「どこに行くつもりだ……?」

「さぁな……お前のように忠義を尽くせる主人を探すか、はたまた共に肩を並べる仲間を見つけるか……それともおれもまだ知らないおれの全力を引き出してくれる敵を求めるか………まぁ、どうなるかは、天に任せるさ」

 吸い込まれそうな青い空を指差し、カイエスは爽やかに笑った。

「さらばだ、フィル……我が強敵(とも)よ……」

 カイエスはそう言い残すと、四本の脚で跳躍し、どこかへと消えて行った……。

「フッ……結局、わたしはあいつを一歩も動かすことはできなかったな……」

 フィルの言葉通り、カイエスは試合開始からフィルの猛攻を受け続けても最初にいた位置から動くことはなかった。きっとそれが彼なりのハンデだったのだろう。

 そう考えると自分がとても情けなく思えて、フィルは先ほどまでの彼のように自嘲してしまった。



「では、これにてマリアとフィルの二勝で、この決闘はテオ陣営の勝利ということでよろしいかな?」

「はい……」

「……………」

 ヘニングは総括というか、最後の確認を大将であるテオとヤクブにする。しかし、テオはともかく茫然自失状態のヤクブは何も答えられない……。

 長年の野望が、掴みかけた栄光がこの短時間で水泡に帰したのだから当然だろう……。だが、このまま終わるような男でもないのも事実だ。

 おもむろに傍らに隠し持っていたものにそっと手を伸ばす……。

「テオ王子……」

「ヘニング様………」

「良き仲間を持ちましたな」

「はい……ぼくにはもったいないくらいです」

「では、それに見合う王になりなさ……」


「王はわたしだぁぁッ!!!」


ビュオ!!!


「ヘニング様!?」

「うお!?」

 ヤクブの狂気をはらんだ声と共に風の刃が神官に襲いかかる!けれど、咄嗟にテオがヘニングを押し倒したことで事なきを得た。

「ヤクブ!もう終わったんだ!往生際が悪いぞ!」

 王子のごもっともな意見……だが、今のヤクブに言っても火に油を注ぐだけだ!

「うるさい!ガキの分際で!こんな茶番、無効だ!わたしは認めないぞ!絶対に認めない!!」

 もはや品性も知性もかなぐり捨てたヤクブはいつの間にか手に持っている布にくるまれた棒状のものをブンブンと振り回しながら、喚き散らす。

「あなたも同意したはずだ!それこそ神官であるヘニング様が立会人として全て見届けている!」

「そうだ!ワシの名にかけて、神の名にかけて、この決闘の勝者はテオ王子だ!お主が何をしようとそれは覆らぬのだ!!」

 道義的には正しいのだが、ヘニングはここで口を出すべきではなかった……。追い詰められた今のヤクブは神など恐れない!

「だったら!証人であるお前から消してやる!!!」


ボコッ!ボコッ!!!


「な!?まさか!?」

「やっぱり……」

 ヤクブが棒を突き出すと、観客席の床から無数の木の根っこが生えてきた!ヘニングとテオはその光景に見覚えがあった。

 ただ、こんな私怨のために使われるところは彼らも初めて見たが……。

「串刺しにしてやるよ!ジジイ!!!」


ドゴォン!!!


 神官に敬意を示すことすら止めたヤクブが指示を出すと、彼の狂気を反映したかのように木の根は槍のように鋭くなり、神官に向けて降り注いだ!

 その威力を物語るように観客席は破壊され、煙と埃が舞い上がり、神官の、そして王子の姿を隠してしまう。



「テオ様!!!ぐっ!?くそッ!身体が!?」

 テオ王子の一番の忠臣であるフィルが王子の下に馳せ参じようとするが、先の戦闘の傷がそれを許してくれない。

「くっ………ならば!」

 それでもフィルはなんとかしようと胸当てに手を……。


ガシッ!


「止めとけよ。わかってんだろ?これ以上やったら本当に死んじまうぜ」

「ヨハン……」

 フィルの手を掴み、ヨハンが再度のドーピングを止めた。

 命を懸けた後の更なる無茶がもたらす結果なんてろくなことにならないに決まっている。けれど、それを踏まえても無茶をするのがフィルという男だ。

「離せ!わたしが行かなくて誰がテオ様を助けるというのだ!!?」

「バカか、てめえ……お前以外にもいるだろうが」

「あっ……」

「ふん、頭に血が……いや、むしろ血を流しすぎか?とりあえず、さっきの攻撃には間に合ったみたいだぜ……我らが女神様がよ」



「大丈夫……?テオ、立会人さん?」

「マリアさん!」

 テオ達を貫くはずだった木の根っこは白い髪……つまり、能力全開のエヴォリスト、マリアによって氷付けにされていた。

「ぐっ!?魔女が……!」

 気温が下がったからというわけではないが、ヤクブは若干だが冷静さを取り戻し、攻撃の手を緩めた。先の戦いを見ていたこともあるが、それ以上に本能が警告を出す……。

 実際に対峙するとマリアから発せられるプレッシャーはヤクブごときでは耐えられるものではなかった。

「テオ、立会人さんを連れて下がりなさい……彼の相手は私がするわ」

「――ッ!?」

「マ、マリアさん!?」

 珍しく、テオからすると初めて見る、怒りを滲ませたマリアの顔……。一人の戦士として、人間として平気で約束を違えるヤクブの行為が許せなかったのだ。

 この後に繰り広げられるのは氷の魔女による一方的な蹂躙……のはずだった。

「いえ、マリアさんがヘニング様を連れて下がってください」

「わかったわ……って、テオ!?」

 王子の予想外の一言にマリアの怒りもどこかに吹き飛び、目を丸くして振り返る。

 そこには強い眼差しでヤクブを見つめるテオの姿があった。

「ぼくに付き合って戦ってくれて、そして勝ってくれたマリアさんやフィルには悪いですけど、やっぱりこの戦いの決着はぼくとヤクブで着けなければいけないと思うんです」

「でも……」

「大丈夫ですよ。知っているでしょ?ぼくがあいつに勝つために、ナナシさんと特訓していたことを」

 こんな状況でテオはマリアに優しく微笑んだ……自分は大丈夫だ、任せてくれと。

 彼女はそれに応えることにした。

「了解。王子様の命令……じゃなくて、仲間のテオの言葉に従うわ」

「マリアさん……」

「では行きましょうか、立会人さん」

「あ、あぁ………」

 マリアは腰の抜けたヘニングに肩を貸し、その場を後にした。そして残されたのは二人……この戦いの始まりとも言える二人だ。

「バカだな、王子……あの女に任せておけばいいものを……」

 口ではそんなことを言いながらもヤクブは内心ほっとしていた。

 彼女と戦っても勝てるビジョンはまったく見えなかった。しかし、エヴォリストである彼女以外ならば、自分は負けることはないと思っている。

 “あれ”を手にした自分なら王子と言えどこんな子供に負けるはずがないと!

「いいだろう!お望み通り、わたしとお前で決着を着けようじゃないか!ここからが、本当の決闘だ!」

 ヤクブはそう言うと手に持った棒を高く突き上げた!すると青い空にたちまち暗雲が立ち込める。まるでこの後の展開を暗示するように……。

「気付いているんだろ、王子……?」

「ええ………」

 ヤクブの指摘通りテオはその棒の正体に気付いていた。正確にはこの戦いの前、この旅が始まった時からそれと戦うことを覚悟していたのだ!

 そして遂に“それ”と対峙する!

「ならば!もったいぶらずに見せてやろう!この国の国宝を!!!」


ビリビリッ!!!


 布が破れ、中から緑色の石の付いた神々しい杖がテオの目の前に姿を現した。本当は彼が持つべき杖が……。

「聖杖『ククルカン』!その恐ろしさ!とくと味わえ!!」

「ふぅ……ナナシさん風に言えば、ここまで来たらなるようになるし、なるようにしかならないってことかな……!」

 ツドン島、そしてグイテール王国の未来を賭けた最後の戦いの火蓋が今、切って落とされた。


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