サイゾウ 決着
「この野郎ッ!!」
ブゥン!!!
ナナシガリュウは手に持ったトマホークを思いっきり振るうが、ターゲットではなく空を……いや水を切る。それだけでも情けないというのに、さらに……。
「うおっ!?」
地上とは違い足が着いていない状態で武器を振ると、その勢いで体勢を崩してしまう。ぐるぐると水中で泡を出しながら一回転する。
この一連のみっともない行動を紅き竜はさっきから延々と繰り返していた。
(……まったく……何やってんだか……)
間抜けな竜の姿に敵であるアツヒトさえ呆れかえる。そのまま、やる気も失ってくれればナナシ的にもマヌケを晒した甲斐があったというものだが、そうは問屋が卸さない。
(まぁ、だからといって手加減するつもりもねぇけどな!)
もはや何度目かわからないサイゾウの突撃!その結果も今まで通り……。
ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!
「ぐっ……!?」
ナナシガリュウとは対照的にサイゾウは余裕綽々かつ見とれてしまうような美しい動きで、的確に攻撃を当て続ける。
ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!
「くぉの!?」
ブゥン!!!
苦し紛れにまた斧を振るう……だが、また当たらない。ダメージと焦りだけがどんどんと大きくなっていく。
(ふざけるなよ!ゲームやマンガだったら水中戦なんて、もっと経験値積んでからだろ!俺、さっき初めてガリュウを装着したばかりだぞ!?こんなストーリー考えた奴、阿保だ!無能だ!大バカだ!!)
脳内で存在しない者に八つ当たりするほど追い詰められるナナシ。そんなことを考えている暇はないはずだろうに。
「まだまだぁ!!」
ザシュ!!!
「がッ!?」
Uターンしてきたサイゾウの攻撃がクリーンヒットする!言わんこっちゃない。
(くそッ!ネームレスも速かったが……こいつもかなり……相当速い……!しかも、ここは水中……つまり!!)
「下だぁッ!!」
ザシュ!!!
「ぐぁっ!?」
再び、攻撃をもろに食らう!そう、地上では前後左右と上を警戒していればよかったが、水中では下からの攻撃も意識しなければならない。ナナシはその対応が一切出来ていなかった。
(ここじゃ……上下左右全ての攻撃に対応しないといけない……!水の中じゃ俺に勝ち目は……なら!)
ドブッ……
ナナシガリュウは微かな光が見える方向、夜の海に射す月明かりに向かって一目散に泳ぎ出す。つまり水中での戦いでは勝機はないと諦め、地上に戻ろうとしているのだ。
「海から出れば!あの月に向かって進めば!きっと勝機が……!」
「そりゃ、そうするよな、レッド・ドラゴン」
「――!?」
突如として眼前にサイゾウが現れる。わざわざ水中戦を仕掛けて来たんだ、当然、追い詰められた哀れな獲物がどういう行動を取るかは予測していた。
「もっとゆっくりしてけよ!!」
ゴンッ……
「――ッ!?野郎……!」
なんとかナナシガリュウはサイゾウの刀を斧で防御する。地上ならぶつかった瞬間、甲高い金属音がするはずだが、ここでは低く鈍い骨に響くような音が鳴った。
「一太刀防いだぐらいで安心してんじゃねぇよ!!」
ゴズンッ……
「うおい!?」
続いて無防備な紅き竜の腹に忍が蹴りを入れる。紅竜は回転しながら、再び海の底に沈められた。
「……この!……敵は?……いねぇ……そうだ!月は?……くそ!遠い!また沈んじまった!」
ナナシはどうにかまた体勢を立て直し、サイゾウと目指していた月明かりを確認する。忍の姿は暗い夜の海に紛れて発見することはできない……つまり先ほどまでと変わらない。
そして、無慈悲にもこの上下左右がわからなくなる闇の中で唯一の光、まさにナナシにとって希望の光だった月光は先ほどよりも遠く離れてしまった。
(また地上を目指しても、きっと邪魔される……そして、俺にはそれを突破する実力も作戦もない……)
必死に打開策を考えるが、まったく出て来ない。むしろ考えれば考えるほど余計にどつぼに嵌まる。
(どうする……?どうする……?どうする……?どうすればいいんだ!?)
哀れな紅き竜は混乱、ただただ混乱するしかなかった。それをまた遠目でサイゾウが眺めている。
(どうしたらいいかわからない、って感じだな……まあ、そうなるわな……そうなるように仕向けたんだからよ。でも、さすがに可哀想になってきたな……俺は敵をいたぶる趣味はないし、そろそろ……終わりにしようかぁ!!)
何も出来ずに右往左往するナナシを憐れみ、決着をつけるため、サイゾウは最後の攻撃を開始した。
(なんかいい案ないか!?何でもいい!なんか出ろ!!なんか!!)
ナナシの願いも虚しく案の一つも出て来ない。仮にこのまま考え続けていれば何か出るのかもしれないが、悲しいかな、それを相手が待ってくれるはずもなく……。
「もらったぜ!レッド・ドラゴン!!」
とどめの一撃が戸惑う赤い竜に振り下ろされようとした、その時!
「なんか出ろ!!」
バリッ!バリッ!バリッ!バリィィィ!!
「――ぐあっ!?」
突然、強烈な光が目に入ったかと思えば、ほぼ同時に衝撃と痺れがサイゾウの身体中を襲った。
(な……なんか出た!?)
なんか出た。ナナシガリュウの額にある勾玉を彷彿とさせる二本の角からなんか出た!いきなり暗い海をたくさんの光の竜が駆け巡ったように見えた。
そう、それは稲妻!強烈な電流が紅き竜の角から放たれたのだ!
(くそッ!……あんなかくし球持ってたのかよ!?)
違う。ナナシ自身、『なんか出たサンダー(仮)』の事はまったく知らない。切り札があるならとっくに使ってるぐらいにはすでに追い詰められていたのだから。
そんなこととは露知らずサイゾウは警戒を強め、状況を把握するために後ろに下がる……だが、それは悪手だった。
(……何かよくわからないが……それにどっと疲れた気もするが……希望が見えた……!)
ナナシは今の予想外の出来事でようやくこの戦いを勝利へと導く道筋を見つけていた。
結論から言ってしまえば、この時サイゾウは慎重を期して攻撃を中断するよりも、恐れずに向かって行き、相手の準備する時間を潰すべきだった。
(だいぶ無茶するが……これしか俺には思いつかん!あとはもうなるようになると信じて進むだけだ!やるしかないぜ!ナナシガリュウ!!)
決意を固めた紅き竜が拳を開いた。そして……。
「ガリュウグローブ!!」
ナナシガリュウの手にグローブが装備され、一回り巨大化する。これで準備は整った。あとは覚悟を決めるだけだ!
(……なんだ……あれは?いや……形から見て……近接武器!俺には当たらない!さっきの電気攻撃は気になるが……あの程度の衝撃なら、来るとわかっていれば、耐えられる!!)
身体に残る淡い痺れを感じながらもアツヒトは冷静に新たな武器を手にした倒すべき敵を観察する。
そして自分には対処できる、問題ないと判断するとナナシ同様、覚悟を決めた!
「今度こそ決着だ!行くぜえぇぇぇ!!」
これぞ水中戦用ピースプレイヤーの真骨頂と言わんばかりにこの戦いで一番のスピードで紅き竜へと突撃していく!しかも、今度は相手の反撃を想定しているからちょっとやそっと……さっきの電撃ぐらいじゃ怯まない!
「もらった!!」
結果、反撃を受けることなく難なくターゲットの眼前まで接近!今度こそ最後の一撃がナナシガリュウを捉えようとした瞬間!
グローブの手のひらの上に得体のしれない光の球が置いてあるのが見えた………。
「ん……?」
「上下左右、対応できないなら!周り全部!まとめてぶっ飛ばしゃいい!!」
ドゴォオォーーーン!!!
爆音とともに、海全体にとてつもない衝撃が走り、ナナシガリュウが落ちた時よりも遥かに大きい水の柱が天に向かってそそり立った!
(……なん……だ……?何が……起こった……?)
アツヒトは混乱した。状況を理解できなかった。まるでさっきまでのナナシのように。
「……痛っ!?ここは……?空中!?」
強烈な痛みで目が覚めると、聡明な彼は瞬時に事態を把握する。水の柱と共に海中から空中に吹き飛ばされたのだと。
「……あいつは!?」
次に敵を、ナナシを探す……だが、その必要は……なかった!
「ここだぁぁっ!!」
「――ッ!?」
同じく吹っ飛ばされたナナシガリュウがサイゾウの目の前に現れるや否や、グローブを装備したことで一回り大きくなった拳を振り上げた!
夜空に紛れてなるものかと言わんばかりの自己主張の激しい真っ赤なボディー!更にそれが白い何かで縁取られている。その白い何かの正体は蒸気だった!熱を帯びた竜の装甲が表面に付いた海水を蒸発させているのだ!
そして、黄色く輝く二つの眼で狙いを定めるとグローブの手甲からエネルギーが噴射され、大きな拳骨が加速する!
それを容赦なく目の前のサイゾウにぶちこむ!
「特大拳骨一丁ッ!!」
ドゴォ!!!
「ごはっ!?」
鈍い炸裂音……その直後、サイゾウはまるで流星のように凄まじい勢いで海沿いの道に落ちて行った。図らずも、さっきナナシを海に落とした事をやり返された形になった。
それを空から見下ろすように眺め、拳の感触を確認する紅き竜……この手応えは間違いないだろう。
「しゃあッ!!」
ナナシガリュウは勝利を確信し、月をバックに夜空に吼えた。




