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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Natural
102/324

守護者

「ふぁあっ~」

 漆黒の闇がツドン島全体を包み込んだ真夜中のこと……分厚い壁に囲まれいくつもの牢が置かれた部屋に一人の男の大あくびが響き渡った。

 この男はこのリーゲス監獄の看守。今も絶賛業務中であるのに、ついつい眠気に誘われてしまう。新人や若手というほどでもないが、ベテランと呼ぶには違和感のある程度のキャリアが彼の仕事に対しての緊張感を無くしていた。

 けれど、今日に限ってはそれもいた仕方ないことかもしれない。

「うーん……もうそろそろ交代のはずなんだけど……」

 男は身体を擦りながら、一人呟く。いつもならば彼の業務はすでに終わっているはずなのだ。

「何かあったのかな……?でも、凶悪な囚人がいるこの部屋を勝手に離れるわけにはいかないしな……」

 緊張感は無くしてしまったが、使命感まで失ったわけではない。強い疑問と若干の苛立ちを覚えながらも男はプロとして、正義の担い手として職務を全うしようとしていた……他の理由もあるにはあるが。

「そういや前も、腹壊してトイレから出られなくなって遅れたことがあったな……今回もそうか……?」

 今の状況が納得できるように過去の事例からお誂え向きのものを引っ張り出す。

 現実には今この監獄では、結構なトラブルが現在進行形で起きているのだが、それを一介の看守である彼に推察しろと言うのは酷な話であろう。

「……もう少し待ってみるか……って言いたいところだけど、おれも小便に行きたいんだよなぁ……なんか、今日やたら寒いし……我慢がちょっと……」

 足をもじもじさせつつ、身体を擦り続ける。看守の使命感と生物として抗えない本能が彼の中で激しく戦っているのだ。彼の心の葛藤を知ったら、きっとこの状況を作り出した者達は本能が勝つことを壁の向こうで祈るであろう。

「あぁ………やっぱり限界だ!それにこんなに交代が来ないのはおかしい!様子を見に行くべきだ!よし!そうしよう!」

 勝負の結果はドロー……使命感を本能に都合のいいようにすり合わせた。あくまでドローだ、誰が何と言おうとドローなのだ。

 そうと決まれば男は両太ももの内側をこすりつけながら、部屋の出口にゆっくりと、でもできるだけ速く歩いて行く。

「……緊急用の脱出通路もあるけど……まずは一応……」

 扉の前に立つと、一度深呼吸をする。そして……。


どんどん!


「おい!誰かいないのか!?」

 扉を叩き、外の人間に呼びかける!

 囚人が脱獄できないようにこの部屋は外からしか開けられない。彼がひたすら待ち続けたのは使命感もあるが、単純に自分一人じゃ、外に出たくても出られないからだ。

 もしもの時のための脱出通路もあるが、さすがにトイレのために使うのは気が引けるし、一応、声をかけたという事実を作っておかなければ、後々上司や同僚に何を言われるかわからない。

「おい!本当にいないのか!?ちょっと……マジで……」

 あくまでアリバイ作りのはずの呼びかけだったが、扉を叩く衝撃が刺激になったのか、彼が思っている以上に限界だったのか、徐々に声に必死さがにじみ出ていく。

「ちょっ………ヤバい!マジでヤバい!本当に緊急事態だ!!」

「緊急事態!?」

「へっ?」

「あっ………」

 外から声が聞こえた。外にいた人間は黙って聞き流すつもりだったが、あまりの男の悲痛な声につい答えてしまったのだ。慌てて口を抑えてももう遅い。

 彼の周りでは仲間たちが天を仰ぎ、ため息をつき、彼の軽率さに呆れかえる。

「今、声出したよな!?ばっちり聞こえたぞ!?何で開けないんだ!?」

「………………」

「無視してんじゃないよ!?」

 外にいる人物は予想外の事態に焦っていた。だが、このまま黙っていてもこの状況が好転するとは思えない……なので、その男はいつも通り、なるようになると開き直ることにした。

「……済まない……こちらも緊急事態なんだ……」

「はぁっ!?」

 外からの声に看守は聞き覚えがなかったが、限界の近い膀胱と、緊急事態という言葉に誤魔化されて、そのことに気づくことができない。

「こちらとしても、この扉を開けたいんだが……」

 外にいる男は賭けに出る。ここの職員ならばあり得ない言葉……。ここで怪しまれたら最終手段に出るしかない。

「あぁ!?所長が鍵持ってるだろ!?所長がいないなら、所長の机の上から三番目の引き出しの裏に貼り付けてあるはずだ!所長は上手く隠してるつもりだけど、看守ならみんな知ってるだろ!?」

「……聞こえたか、ヨハン……?」

「ヨハン?そんな奴、居たっけ……?」

「気にするな!すぐに開けるから、おとなしく待っていろ!」

 賭けに勝った!彼らは男から最も欲しかった情報を引き出すことに成功したのだ!

 外ではヨハンと呼ばれた男……いや、今は雄と形容した方がいい獣じみたというか、まさに獣人が男の言葉に習い、他の仲間とともに鍵を取りに行った。そしてすぐにお目当てのものを見つけて戻って来る。

「多分、これだと思う……ナナシ!」

「おう」


ガチャガチャ……


 扉の外で鍵を開ける音がする……。看守の男は扉の前でまだかまだかと足踏みをしている。


ガチャン!


「「開いた!」」

 扉の内と外の声が重なる!両者にとって待ち望んだ瞬間が訪れたのだ!

 扉がゆっくりと開いていくが、看守にはそれを待つ余裕はなかった。扉に手をかけ、一気に開いて待望の外へ飛び出す!

「トイレ!!!」

「なんだよ……緊急事態ってトイレかよ」


ゴン……


「グフッ!?」

「まぁ……確かに緊急事態には違わないけどよ……」

 扉の外に飛び出した看守を出迎えたのは二本の角と黄色い二つの眼を持った赤い竜だった。

 竜は目にも止まらぬ早業で看守の腹部を殴り、一瞬で意識を断つ。

 看守はその竜が先ほどまで自分と会話していた声の主だと理解できないまま深い眠りについた。幸いにも失禁はしていない、彼の膀胱は彼が思っている以上にずっとタフだったらしい。

「済まないな……別にお前が悪いわけでもないのに……こんな手段しか取れなくて……」

 自分で気絶させた看守に対して謝罪の言葉を口にしながら、外の壁にもたれかけさせた。

「優しいんですね……ナナシさん」

 その様子を見ていたテオが声をかける。何故かとても嬉しそうだ。

「そんなんじゃねぇよ……けど……」

「けど………?」

「この島に来るまでは、もっと外から来た奴に排他的な人が住んでいると思ってたんだ……けど、いい意味で裏切られたよ。宿屋の店主もお前も、俺をすぐに受け入れてくれて……悪い奴じゃなかった。だから、きっとこいつも悪い奴じゃないんだろうなって思うと……申し訳なくて……」

 口に出すとさらにその思いが強まっていく気がした。他に方法が……と考えてしまいそうにもなるが、今更、思いついたところで、逆にしんどくなるだけなので必死に頭から消そうとする。

 テオはそんな風に悩んでしまうナナシが不謹慎ながら好ましいと思った。

「残念ながら、この島の住民がみんながみんないい人だとは言えません……それに誰にでも優しくするわけでもないですよ」

「そうなのか?」

「ええ、ナナシさんが優しい人だから、優しくしたんですよ」

「そう言ってもらえると、素直に嬉しいよ」

 微笑み合う二人。テオは確信した……この人を頼ったことは正解なのだと。

「いい感じに話しているところ悪いけどよ……早くしねぇと他の看守が起きて来るぜ」

 ある理由で苛立っている獣人形態になったヨハンがテオを急かした。誰に対してとかではない、自分に腹が立っているのだ。

 テオはその理由になんとなく察しがついていたので恐る恐るフォローを入れる。

「そうですね……でも、ヨハンさんすごいですよ。宿屋で言った通り、簡単にここまで来れるなんて………」

「あぁ……オレの能力ならソナーの要領で外からでも中にいる看守の数や居場所がわかる……そして、姿を消せるガリュウなら侵入、制圧も容易……だったんだけどな……」

 ヨハンが苦虫を噛み潰したような顔になった。テオはそう言ってくれるが、ヨハンにとっては反省しなければいけない結果だった。それにしても顔が怖い。テオが慎重になっていたのも単純に獣人形態の顔にびびっていたからである。

「まさか……牢屋の扉の開ける方法を知る前に、全員気絶させちまうなんて思わなかった……」

「だから……悪かったって……」

 ヨハンとナナシが二人で肩を落とす。ヨハンはわざわざそんなこと言う必要ないと信頼してナナシを送り出したが、ナナシは見事にそれを裏切った。

 宿屋で大見得を切ったが、結局二人では最後の扉まで突破できなかったことがヨハンの苛立ちの理由である。

「で、でも、結果として扉を開けることができたんですから良かったじゃないですか……?」

 テオが必死に二人を元気付けようとしているが、それは逆効果だ。

「マリアさんのおかげでな……」

「えっ、私?」

 部屋を観察していたマリアが突然、話しかけられ驚いた。彼女からしたら今、自分の名前が上がるほど大したことはしていないのだ。

「マリアさんが部屋を冷やしていれば、中の看守が緊急用の出口から出てくるんじゃないかって言ってくれなかったら、最終手段の壁を壊して突入……なんて野蛮なことをしなけりゃならなかった……オレとしてはそれはちょっとな……」

 手段さえ選らばなければいくらでも方法はあった。しかし、倫理的には悪いことをしているという負い目と、下手なことして目当ての薬師以外の囚人が野に放たれてしまったらと考えると実行する事はできなかった。

 特に少し前に故郷で実際脱獄囚が暴れた……しかも追う者と追われる者、立場は違えどその当事者だった神凪組の二人には……。

「褒めてくれるのは嬉しいけど、結局はナナシの話術のおかげじゃない?作戦と違うことし始めた時はどうなるかと思ったけど………」

「だから……悪かったって……緊急事態なんて言うから、つい………」

 若干……いや、かなり刺のある言い方。実際、上手く言ったから良かったものの、ナナシが看守の言葉に返事をしてしまったのは大失態だった。ナナシ自身もそれを理解しているから、大いに反省する。

 テオの心遣いは逆にナナシとヨハンに自らの未熟さの再認識と、更なる自己反省を促しただけだった。

 重苦しい空気が場を包み込む。こうなったら、多少強引な手を使うしかあるまい。

「い、今は早く薬師を見つけないと!早くしないと看守が目を覚ましちゃいますよ!ほら!ナナシさん!ヨハンさん!行きますよ!!」

「……あぁ……」

「おう………」

 テオは無理やり話を打ち切り、次の話題に移行させた。一人気を吐き、何故か胸を張って奥へと進む少年に赤い竜と獣人がとぼとぼとついて行く。さらにその後ろからマリアがクスクスと笑いながら続く。

 いまいち作戦が成功したとは思えないが、それでも本来の薬師救出に向かう四人組。もう任務達成したと思っている一行は自分たちを見つめている者がいることには気づいていない……。



(ヤクブ様の言う通りになったな……奴を餌にすれば、反乱分子が釣れるってか……後はオイラが料理するだけだ………この監獄の守護者であるこのオイラが!)

 自称守護者は身体に力を入れ、準備に取りかかる。囚人を逃がそうとする不届き者たちを罰する準備を……。


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