レッスン
「……と言っても、大したこと話せないわよ?」
「いや……学校とかで……習った……一番……初歩的なことでいいよ」
偉そうに言い過ぎたと反省したのか、期待が上がり過ぎるのを心配したのか謙遜するマリアに、今まで食べられなかった分を取り戻すように、目の前にあるものを口に放り込みながらナナシはそう返答した。
その何気なく言った一言がマリアには少し引っかかった。
「……今の言い方だと私がストーンソーサラーの学校に通っていたって思っているみたいなんだけど……」
「ん?違うのか?」
「……合ってるわ……世界的にもトップクラスに有名で優秀なところで色々と学ばせてもらったわ。だからそれを何故……?」
ナナシの推測は正しかった。だからこそ、マリアはそれが気味が悪かった。何故、彼はそう思ったのかと……。
「いや、初めて会った時、氷柱出しただろ?その時、呪文みたいなの言っていたから……ああいうのって学校とか、道場とか、然るべきところで教えを受けてないとやらないのかなって……」
「あぁ……そういうことね」
何かとてつもない考えの下の推察だと思っていたマリアはそのナナシの答えに胸を撫で下ろした。それは二人の知識量の差が起こした小さなすれ違いだったのだ。
「確かに学校や流派によっては技の前にある種のルーティンを用意して、精度や威力を底上げしろって教えるところもあるわ」
「ところも……ってことは……?」
「ええ、逆に下手にルーティンを作ってしまうと咄嗟の対応や、事前に相手に何の技を使うのかばれてしまうからやらない方がいいって教えるところもあるのよ。かくいう私が通っていたところも両方のメリット、デメリットを教えて生徒に選らばせるようにしてたわ」
「へぇ~」
「単純にルーティンを使う使わないではなくて、普段は使わないけど大技にはルーティンを作って威力を……なんてことを考える人間もいるし、そもそも、これぐらいのことは今は学校に行かなくても知っているはずよ、ストーンソーサラーを志す者ならばね」
「ふーん」
特に表情を崩すこともなく、相槌を打つナナシだが、内心は恥ずかしいと感じていた。
(……なんか知ったかぶりの痛い奴みたいになっちゃったな……ネームレスの野郎にも、あんなに偉そうに言うんじゃなかったな……)
後悔……というほどのものではないが、腐れ縁の黒き竜にしたアドバイスについて、若干の間違いがあったことが、なんだか申し訳なくなった。
「まぁ、でもこれであなたがどれぐらいストーンソーサラーについて知っているか、なんとなくわかったわ……だとすれば、やっぱり属性の話からすべきかしら……?」
「属性……?」
「簡単に言えば、コアストーンとの相性診断みたいなものよ。コアストーンはその石でできることによってカテゴライズされているの。そして石の力を100%引き出すには石と同じ属性を持った……というより適正を持ったと言った方がいいかしら?とにかく同じ属性の人間が使わないといけないのよ」
「あぁ……そういえば、そんなこと爺さんが言っていたな……」
祖父の話を聞き流していたことについては、これまでの戦いでナナシはちゃんとしっかり後悔していたのだが、またそれが強まった。
「まずは“無”属性……これは石の方にだけある属性ね。さっき言ったことと反するけど、この石は誰でも使えるわ。その分、簡単な念動力やバリアぐらいしか使えないけど」
「ん?簡単な念動力……?」
ナナシはマリアの言葉に違和感を覚えた。彼は知っているからだ……簡単なんてもんじゃない、凄まじく、兵器にも勝るとも劣らない念動力を使う人物を知っているからだ。
「簡単って言うけど、それって自分の何倍もの質量を持った物を縦横無尽に動かせるものなのか……?」
今度はマリアがナナシの言葉に違和感を感じた。それなりの修羅場をくぐり抜けている彼女の人生でそんなとんでもないことができる人間に会ったことがないからだ。
「普通はあり得ないわ……私は見たこともない……けれど、聞いたことはある……時折、そういう異常とも言える“才能”を持った人間が現れるって……」
「才能か……」
「そう才能……だから、その人はちゃんとした環境で学ぶべきね。自分に合った属性の石を使えば、もっとすごいことになるわよ」
「あぁ……本人にそう伝えておくよ……」
神凪に帰ったら、一番最初にやることが決まった。元々、ナナシはユウに然るべき場所で然るべき教育を受けるべきだと思っている。ネジレのことがあるので、本人は納得しないだろうが、クラウチも倒したことだし、留学するには、ちょうどいい時期なのかもしれない。
「じゃあ、話は戻して………」
「あぁ、頼む」
「では………“無”以外に属性は七つ…火、水、風、地、光、闇……そして“混沌”……」
「混沌………」
「あっ、言い忘れてたけど、これは一番普及しているオーソドックスな呼び方で、国や流派によって微妙に違ったり、なんだったらまったく別の呼び名になってたりするから」
「そうなのか……」
マリアの補足を聞き流してしまう。それよりもナナシは何故か、最後の“混沌”という言葉が気になって仕方がなかったのだ。マリアからしたら、それは至極当然のことに思えた。
「混沌は特殊だから、今は置いといて……他の六つについては最初の説明で言った通りよ。分かりやすく私を例にすれば、私は“水”属性だから同じ“水”の石を使って戦っている……まぁ、正確にはちょっと応用して氷にしているけどね」
「ほー……」
そう言うと、森の時のようにマリアは指輪についている青い石をナナシにまた見せた。ナナシはそれを疑り深そうに見ているが、マリアは無視して話を続ける。
「最後の混沌はさっきも言ったけどかなり特殊……人間と石とでも特性が違うのよ」
「それって……どういうことだ……?」
「人間の方……“混沌”属性の人間は他の属性の石の力も100%引き出せるのよ」
「マジか?」
「マジよ」
マリアは力強く頷いて肯定する。そして前のめりになるナナシ……。彼の知的好奇心はピークを迎え、少し前から食事を取ることも忘れている。
「他の属性を持った人でも……また、私で例えると、水の私でも、火や風の石を使うことはできる……でも、石にもよるけどよくて70%引き出せるか……ってところね」
「じゃあ、混沌属性を持っている人間が最強じゃん。他の属性の上位互換じゃん」
「そうね。けどその分、混沌の属性を持っている人は少ない……かなりのレアものよ。それに一見良さそうに見えるけど、何でもできる、選択肢が多いってのは、ちゃんと考えないと宝の持ち腐れになっちゃうってことよ」
「……それはよくわかるよ……」
ナナシはマリアの言いたいことが痛いほど理解できた。なんてったって彼の愛機ガリュウもまさしく何でもできるマシンだから……。
「俺のガリュウも色んな武器が使えるが、結局、同じ武器ばっかり使っている気がするもんな……ネームレスはもっと少ない武器しか使わないけど……」
「あいつはブレード一つで大抵のことができる実力があるからな……お前と違って」
「悪かったな、実力不足で。っていうか、なんでお前があいつの肩を持つんだよ?」
「確かに……それもそうだな」
急に余計な一言で割って入って来たヨハンにナナシが突っ込む。ヨハン自身も何故、憎き仇でもあったネームレスをフォローしたのかわからなかった。
「でも、そういうことよ。せっかくだからって色々と手を出した挙げ句、所謂、器用貧乏に成り下がる人も多いわ。元々レアだってこともあるけど、混沌属性で大成したストーンソーサラーは案外、少ないのよ」
「ふーん」
気持ちの入っていない返事のようだったが、実際にはナナシは胸の奥で今の話をガリュウの装着者の戒めとしてしっかりと刻み付けた。
「今のは混沌属性の人間の話だけど、混沌属性のコアストーンは真逆の特性を持っているの」
「真逆……?ってことは誰でも使えるってわけじゃなく……」
「そう。混沌属性のコアストーンは混沌属性の人間にしか扱えないのよ。希少な才能を持った人間しか使えない石……その混沌の石自体もまた希少……だから、そもそも研究が進まないのよ……曖昧に“混沌”なんて名付けられたのも資料があまりないし発動する力も多岐に渡るからなの」
「そういえば混沌属性ってなんだ?他は火なら火を出すとか想像つくけど……」
「本当、混沌よ。身体能力を上げたり、傷を癒したり、他の属性ができること……火や水を一つの石で出せたりもしたって話もあるわ……あと、これは伝承だけど物質をまったく別の物に作り変えたり、死者を生き返したり、時間や空間を操ることもできたとも言われている……」
「何でもありだな………」
ナナシは先ほどの自分の話にも負けず劣らずのスケールの話が繰り広げられて、開いた口が塞がらない。でも、驚くのはここからだった。
「そう言うけど、多分あなたのガリュウ……だっけ?あの特級ピースプレイヤーは混沌属性よ。つまりそれを使えるあなたも混沌属性ってこと」
「えっ……?」
あまりに予想だにしない発言にナナシが一瞬固まった。だが、なんとか頭を整理して口を開く。
「……ピースプレイヤーにも属性があるのか……?」
「ん?それはあなたの方が詳しいんじゃないの?特級オリジンズの骨はコアストーンと同じ特性を持っているから、それで作られた特級ピースプレイヤーには同じ理屈が通用するはずよ。アーティファクトなんかもそうね」
「そう言われると……その通りだな」
「神凪では属性とか、何かそういう適正を測るものはないんですか?」
「えっ……ええと……」
話を黙って聞いていたテオが率直な疑問を口にする。まだ頭が混乱しているナナシは答えられない。そんなナナシにヨハンが助け船を出す。
「そもそも特級ピースプレイヤー自体、兵器として安定性に欠けるって作る奴も使う奴も珍しいからな。うちのリーダーも特級は使う気になれないってよく言っていたよ。だから、神凪で特級使う奴なんて変人しかいないよ、こいつみたいな」
「おい」
でも、ヨハンの言う通りだった。もしもっと特級ピースプレイヤーを活用する国だったら、ナナシも今マリアが話したことと似たようなことを教えられているはずだ。
ヨハンには色々と言いたいことがあったが、それよりもナナシは自分の知らない自分のことが気になって話を戻した。
「で、特級ピースプレイヤーにも属性が適用されるのはわかったが、なんでガリュウが混沌属性だと思ったんだ……?」
「うーん……正直、ただの勘……というか経験則ね。今まで色んなコアストーンや数はそこまで多くないけど特級ピースプレイヤーを見て来て、なんかどの属性かわかるようになってきたのよね。けど、あなたのガリュウは今まであまり感じたことのない雰囲気が……だから、混沌属性かな?って……」
「勘か……」
「でも、実際にそのピースプレイヤー、中々装着できる人が見つからなかったんじゃない?」
「あぁ……それもその通りだ……」
勘と言われた時はがっかりしたが、マリアの言葉と過去のケニーの話を思い出して、ナナシも自分が混沌属性なのだと思い始めた。
普通の人でも自分が希少な存在だと教えられたら喜ぶ人が多いだろうが、調子に乗りやすいナナシは特にそうだ。明らかに顔つきが明るくなる。
そんな残念極まりない彼をヨハンが冷ややかに横目で見ていた。
「フッ……俺はレアで希少な混沌属性か……」
「お前忘れてないか?ガリュウが使えるイコール混沌属性だとしたらネームレスもお前と同じってことだぞ」
「あっ……」
みるみるナナシの顔が曇っていった……。ネームレスと一緒はなんか、すごい、とても嫌だった。
「つーか、なんとなくだけど多分親父や爺さん、タイラン家は全部同じ属性な気がする……」
「なんてったって、救世主の子孫ですもんね」
「今のは嫌味過ぎるぞ、マリア」
「あら、ごめんあそばせ」
「ったく……」
なんだかナナシは急速にどんどんとストーンソーサラーから興味を失っていった。
なので、話を終わらせることにした。
「じゃあ最後に……その属性って奴はどう知らべるんだ?勘とかじゃなくてな」
「簡単よ。無と混沌以外の六つの属性の石を使わせて、一番威力が出たのがその人の属性。全部同じくらいだったら混沌属性。わかりやすいでしょ?」
「考えてみれば……いや、考えなくてもそれでいいのか」
「と言ってもちゃんとコアストーンの扱いに慣れてないと、正確に測定できないから、まずは無属性を自由に扱えるように訓練しないといけないんだけど……ね?テオ」
「ん!?はい!」
いきなり話を振られたテオが慌てて口に入れてたものを飲み込み、話を引き継ぐ。
「ツドン島でもストーンソーサラーは色々なことに活用されています。だから、この島では九才になると無属性のコアストーンを渡され一年間訓練した後、十歳の時に属性の判別を行うんですよ」
「へぇ~、一種の通過儀礼になっているのか。ありがとうマリア、テオ、勉強になったよ」
納得のいったナナシはそう言って、食事に戻ろうと視線をテーブルに下ろした……が。
「ん?………なくなってる………」
いつの間にか、全ての皿から山のように盛り付けてあった食べ物がきれいさっぱり消えていた……。
当然、ナナシではない。マリアもずっと話していてそんな暇はなかったはず……。ということは……ナナシの目がヨハンに向く。
「お前も知っているだろ?ブラッドビーストってめちゃくちゃ腹が減るんだよ。作るコストは安いけど、長期的に見ると食費がかかって、実はトータルだとピースプレイヤーと変わらないか、高いんじゃないかってことがわかって廃れていった……つまり、ごめんあそばせ」
ヨハンがペコリと軽く頭を下げるが、悪いとは思っていない。実際、別に悪くないのだが。
ナナシは次いでテオの方を向く。
「あの……自分、育ち盛りなんで……ごめんあそばせ」
テオも同じように頭を下げる。こちらもまぁ悪くない。ナナシは黙って振り返り、店主の方を……。
「あっ……悪いな、あんちゃん……もう、今日の分の材料、全部使っちまった………ごめんあそばせ」
店主も頭を……ナナシは前を向き直し、ため息をついた。
「はぁ………もうちょい食いたかったけど……腹八分目にしとけってことだな……」
「そうそう、健康的にはそっちの方がいいよ」
「お前が言うな」
腹をパンパンに膨らませたヨハンが適当なフォローを入れてきたがナナシが突っ込み返す。いや、間違いなく話に夢中で食事を忘れていたナナシ自身が一番悪いのだが。
「んじゃ、今宵の晩餐はお開き……で、明日からはどうするんだ、テオ……?」
その一言で今までの緩みきっていた空気が一気に引き締まる。こんなんでもこの島、この国の命運を握っている四人組なのである。
「国王は今でも王宮に……王宮のどこかに幽閉されていると思われるので、そこを目指します」
「そっか……そりゃそうか」
「でも、その前に寄って置きたい所があるんです」
「ん?なんだ?どこだ?」
「『リーゲス監獄』です」
「へっ?」
「……………………」
思いもしなかった単語にナナシは戸惑う。だが、彼以上に動揺しているのはヨハンだ。悟られまいと必死に感情を押し殺す。
「……監獄って……罪人が収監されているあの監獄……?」
「その監獄です」
「ふーん……王宮からの落差がすごいな……」
ナナシの視線が自然にある人物の方向に向いてしまう。
「なんだよ……オレを見るなよ、オレを……」
「いや……だって……」
「だってってなんだよ!?言っとくけどオレは何もやってねぇからな!!」
激昂するヨハンとまだ疑いを捨てきれないナナシ。そんな二人のやり取りにテオは首をかしげる。
一方、このままだと話が進まないと思ったマリアは二人を無視してテオに監獄行きの理由を聞く。
「それで………あなたはなんで監獄なんかに行きたいの……?」
「あっ、はい、会いたい人が……仲間にしたい人がそこに囚われているんです」
「仲間に……?」
ナナシとヨハンが口論を止め、再びテオの話に集中した。少年の発した言葉は簡単に聞き流していいものではなかったからである。
「囚われているってことは、その仲間にしたいって奴は罪人なのか……?」
「冤罪ですよ……その人はセルジ国王、お抱えの薬師であり、ボディーガードでした……王からの信任も厚くて……だから邪魔に思ったヤクブが国王が一向に快方に向かわないことを彼のせいにして、リーゲス監獄に……」
「なるほどね……」
ナナシはテオの言葉に納得した……そして同時に確信する。
(国王のことだけではなく、その周辺人物、そいつが今どういう状況にいるのかまで把握しているなんて……ただの愛国心の強くて、賢い少年では済まないよな……だとすればトクマさんも、きっとテオに何らかの形で接触している可能性が高い……)
ナナシは心の中でほくそ笑む。テオの正体が彼の推測通りなら、一気に任務達成が近づいたことになる。
「話はわかったけど、それって囚人を脱獄させるってことでしょう?冤罪だからっていいのかしら?……いえ、それ以前にどうやって脱獄させるの?」
ふとマリアが率直な疑問を口にする。確かに倫理的には完全にアウトであるが、それに目を瞑ったとしても実現できるのかという別の問題が立ち塞がる。
「それは……」
「どうすればいいんだ、ヨハン?」
「だから!オレに聞くな!オレに!」
答えられないテオに助け船を出そうとナナシがこの手のことには、一日の長であるヨハンに問いかけた……デリカシーというものがないのだろうか。
案の定また始まったナナシとヨハンのやり取りに、テオだけでなくマリアも首をかしげた。二人は知る由もないが、ヨハンにとってかなり皮肉な展開になっている。
けれど、そんな彼に……そんな彼だからか、天啓が降りてくる。
「ったく……あっ」
「ん?急にどうした……?」
「思いついたかもしれない……脱獄の方法……」
「……さすが、経験者……」
「そういうこと言うなよ!萎えるなぁ……」
「うそ、うそ。で?なんだよ?その方法って?」
「方法ってほどのものでもないさ……オレとお前……正確にはナナシガリュウが力を合わせれば、なんとかなるって話だ」
「俺とお前が………?」
今度はナナシが首をかしげた。ちんぷんかんぷん、何もわかっていない彼にヨハンは性格の悪そうに微笑みかけた。




