救世主
「ええい!男に二言はない!好きなだけ食ってけ!!」
村にある唯一の宿屋で顔に大きな青アザができた男がそう言うと、四人の男女が囲むテーブルに次々と食事が運ばれてきた。
かぐわしい香りが四人の鼻腔と空っぽの胃袋を激しく刺激する。
「んじゃ、遠慮なく……決闘に勝てばただ飯食えるなんて最高だな。お前らもどんどん食え!」
「ええ……でも………」
ヨハンは宿屋の主人と今晩の寝床と食事を賭けて決闘をし、勝利した。ナナシたちはそのおこぼれに預かることになったのだ。
ナナシやマリアはそれについてラッキーぐらいにしか思ってないようで、目の前の色とりどりの食べ物に笑みをこぼしていたが、テオは一人だけ申し訳なさそうにしている。
「テオ、人生の先輩としてアドバイス……なんて大袈裟なものじゃないが、こういうご厚意は素直に受け取るべきだぞ。むしろ遠慮するなんて逆に失礼だ。な、マリアさん?」
「そういうことよ。特に子供はね。気にせず食べなさい」
「お二人さんの言う通りだ!少年、これ以上、情けない敗者に恥をかかせないでくれ!」
「えっ……じゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」
「おう!いっぱい食えよ!」
ナナシ、マリアに加え、店主にまでそう言われては、テオも従うしかなかった。行儀よく手を合わせてから食事を始めるその姿には不思議な気品が感じられた。
「で、ヨハンはなんでこんなところに?」
食事を取りながら、ナナシは棚上げになっていたヨハンのこれまでの経緯を尋ねる。ヨハンは口いっぱいに放り込んだ肉を慌てて飲み込んでから話し始めた。
「まぁ……簡単に言うと、ネームレスと戦った後、旅に出ようと海に出たんだ」
「海に……?」
「そう。で、航海中に嵐に会って気がついたらここに……ってな感じかな」
「ええ……」
ひどい……あまりにもひどすぎる話にナナシたちは絶句した。特にナナシは曲がりなりにも大統領の親衛隊にいた男がそんな適当な生き方をしていることが信じられなかった。
正確にはヨハンがこうなったのはネームレスと戦った後からである。あの時の戦いで彼の中の憑き物が落ちたのだ。それが良かったのか、悪かったのかの判断は今の彼の言動を見ていると非常に難しいが……。
「そう言えば……昔の伝手で聞いたんだけど、出たんだろ?あの後、特級オリジンズの……なんだっけ?」
「シムゴスか……?まぁ、なんとかな」
ヨハンは簡単に忘れてしまったシムゴスの名前だが、ナナシにとっては忘れたくても忘れられない名前だ。なんだったら口にもしたくないのだが、そんなことしていたら話が進まないので渋々口に出す。
すると、その忌々しい名前にヨハンではなくまさかのマリアが食いついてきた。
「シムゴス!?今、ナナシ、あなたシムゴスって言った!?シムゴスってあのシムゴスよね!?」
「お、おう……多分、君が言ってるシムゴスで合ってると思うよ……」
「まさか……あのシムゴスの名前を聞くことになるとはね……」
今まで余裕の態度を崩さなかったマリアの豹変にナナシは気圧されると同時に、彼女をここまで取り乱させるシムゴスの恐ろしさを再認識した。
「で、そのシムゴスがどうしたんだよ?ヨハン」
ナナシは無理やり話をヨハンに戻した……なんかマリアにあのテンションで来られるのが嫌だったから。
「いや、だからよ……あんな大事になったら、一時的にとは言え、クラウチについたオレは神凪には居られないって話だよ」
「それで海に?」
「そう、それで海に」
「バカかよ」
「バカだよ。自分でもわかってるよ」
冗談交じりに言っているが、ヨハンはヨハンなりに罪悪感を感じての行動だったのだろう。ナナシはそれを察して、救いの手を差し伸べる。
「確かにそうかもしれないが、結果的にほとんど被害は出なかったし、得るものもあったから、気にしないで良かったのに」
「得るもの?」
「シムゴスは蛹の時に凍らせちまえば、羽化しないってことがわかった。マッドサイエンティスト、ドクター・クラウチの最初で最後の功績だ」
実際、クラウチがシムゴスの蛹に施した処置は世界的に大きな、有意義な発見だった。
ただ、そのために被った被害は端から見ると最小限の犠牲だとしても、当人たちからしたらそうではない……。
それでもナナシはヨハンにこれ以上罪悪感を持って欲しくなくて、あえてそこには触れなかった。
「だから神凪に戻って来てもいいと思うぜ?俺は」
「まぁ……気が向いたらな………」
ぶっきらぼうな言い方だが、本当は嬉しいと思っているのがヨハンの顔を見ればすぐにわかった。けれど、それを誤魔化すように目の前の飯をかきこむ。
「とりあえず今日はツドン島の飯を楽しもうぜ!正直、ここに来た時は美味いものなんかあるのかとか思ってたけど、ここの食事は神凪の人間の口に合う!な!お前もそう思うだろ?」
「確かにな……これは嬉しい誤算だな……」
ヨハンとは対照的に、言葉の割にナナシの表情は明るくない。ヨハンの話を聞いてある懸念が浮かんできたのだ。
(ヨハンの話が事実だとすると、政府が把握してないだけで、少なくない人数の神凪の人間がツドン島に漂着しているのかもしれない……だとしたら、テオと接触したのはトクマさんじゃない可能性が……これは嬉しくない誤算……って、普通の誤算だな)
一気に任務達成が遠退いていく気がした。手を止め、考え込むナナシ……。そんな彼に……。
「ナナシ!?ねぇ、ナナシってば!?」
「う!?お、おう……なんだマリア……?」
マリアが話しかける。ナナシは我に返り、マリアの方を向くと不機嫌そうだった顔が、元の感情の読み辛い微笑みの表情に戻る。
「できれば、あなたの家の家紋……赤い竜の紋章についてご教授願いたいのだけど……」
「うちの家紋……?なんで?」
まったく想像していなかった方からの質問にナナシは首をかしげた。
「私はね、歴史や伝承なんかを調べているのよ。この島に来たのもそれが目的……占いとかもそういったものを調べているうちに身に付けた特技みたいなものね」
「ほう」
ナナシはマリアの言葉に安心と納得をした。彼女の持つミステリアスな魅力の理由と、隠された内面を見ることができた気がしたからであろう。
「で、お返事は?」
「んー……まぁ、いいか……胡散臭い話だから話たくないけど、君には世話になったしな」
乗り気ではないが、恩人であり、何より美人に頼まれたら断れない。
ナナシは飲み物をぐっと一気に喉に流し込んでから話し始めた。
「まずは……今現在、俺たちが暮らしているのは第三文明だって知っているか?」
「第三文明?ってことは第一と、第二もあるのか?」
「そういうことだな」
意外にもヨハンが前のめりに興味を持っているのに驚きつつもナナシは続ける。
「第一文明は今よりも発達した文明だったが、ある日突然、終わりを迎える……終焉の魔獣……所謂、最初のオリジンズが現れたからだ……」
「最初のオリジンズ……」
テオが固唾を飲んだ。この途方もないおとぎ話は場合によっては他人事ではないのだ。
「魔獣は七日間で文明を無に帰した。そのまま人間も滅びるはずだったが、奇跡が起きた」
「奇跡ですか……?」
「あぁ、魔獣と戦った一人の人間が目覚めたんだ……最初のエヴォリストに」
「………………」
最早、誰も声を出さずに話に聞き入ってる。ナナシにとってはそれはあまりいい状況ではなかった。この後の展開を考えると……。
「で、その最初のエヴォリストが終焉の魔獣を倒して、人類は滅びずに済んだってわけなんだけど……まさに救世主と呼ぶべき存在………そのエヴォリストが俺の……タイランの先祖ってことらしい……」
「へぇ…………って!嘘付けよ!?あり得ねぇだろ!?」
「だから、言いたくなかったんだよ……」
ヨハンのリアクションにナナシは辟易する。それはこれまで飽きるほど何度も見たものと同じだったからだ。
「言っておくが、俺自身もこの話は信じてないからな」
ただでさえ、やっかみで色々言われる身なのに、痛い奴というレッテルまで貼られるのは我慢ならないので、ナナシはヨハンに釘を刺す。
ナナシとしてはもうこの話を切り上げたいところだが、肝心のマリアはどうにも納得していない様子だった。
「その手の似たような話は世界のどこにでもあるわ。自分がその救世主の子孫だって名乗る輩もね」
「だろうな」
「けれど、竜の紋章についてはあまり聞いたことがない……というか今の話に竜も紋章も出て来なかったんだけど?」
「あぁ……この話には続きがあるんだよ……聞く?」
「もちろん」
「はぁ……でしょうね……」
ナナシはため息をついた後に再び飲み物で喉を潤し、しょうがなく話を続けた。
「その後、気の遠くなるような年月を経て、人類は再び文明を手に入れる……それが第二文明、アーティファクトを作った文明だな」
「へー」
ヨハンが食事に舌鼓を打ちながら、適当な相槌を打つ。あれだけ前のめりだったのに、もう飽きたのだろうか。
「第二文明は人類とオリジンズが共存する素晴らしい時代だったらしいが、これまたある日突然、状況が一変する……人類を邪魔だと思っているオリジンズが徒党を組んで宣戦布告してきたのさ」
「オリジンズがですか?」
「オリジンズがさ。そして、そいつらに対抗するために立ち上がったのが、さっき言った最初のエヴォリストの血を受け継ぐ十三人の戦士」
「十三人……その人たちが……?」
「そう」
ようやく知りたいことの答えが聞けそうで大人っぽいマリアの顔が無邪気な子供のように綻んだ。
「十三人の戦士は人類だけじゃ勝ち目がないと感じて、中立派のオリジンズに協力を求めるんだけど、その時に一番最初に協力してくれたのが、竜のような姿をしたオリジンズ……だから彼らは感謝と友情の証として自分たちの家の紋章をそのオリジンズを模したものにしたのさ」
「その一人がタイランの……」
「あぁ、我が家の始祖という意味ではそいつになるな」
話が終わったと思ったナナシは飲み物をまた手に取って、喉を潤そうとしたが、未だ満足していないマリアによってそれは中断させられた。
「で!その戦いはどうなったの?人類と敵対したオリジンズは?十三人の戦士は?」
「あぁ……その戦いは激戦を極め、結局第二文明は滅びることになった……敵対してたオリジンズは全滅したとか、今も隠れて復讐の機会を伺っているとか、別の次元に逃げて行ったなんて話もある……つまり、よくわかってないってことだ」
「なるほど……!!」
「十三人の戦士も戦いの中で命を落とした者や裏切り者が出たから、現存する竜の紋章の一族は十も残ってないはず……これも詳しいことはわからん。後の時代に断絶した家もあるんじゃないか?……ふぅ……これでこの話はおしまい!……ん?ご主人、これおかわり」
めんどくさそうに今度こそ話を終わらせるナナシ。ようやく飲み物を手に取るが、空っぽになっていたので店主におかわりを頼んだ。
マリアの方はウンウンと満足そうに頷いている。ナナシの話は彼女の望むものだったようだ。
「へい!お待ち!」
「ありがとう」
新しい飲み物が来たのでナナシは食事を再開する。今の話で結構カロリーを消費したのか腹が空いて仕方ない。
「そういえば……君たちに最初に会った時に救世主なんて言われたからドキッとしたよ」
「確かに……今の話を聞くとそう思っちゃうかもしれませんね」
完全にリラックスムードになったテーブル……ナナシはそこで少年にちょっと仕掛けてみる。
「そういうテオは知っていたんじゃないか?今の話……」
「えっ……ぼくは初耳ですよ……」
「ふーん……そっか……」
カマをかけてみたが不発に終わった。知らんぷりをしているわけではなく、そもそも本当にテオは竜の紋章のことはまだ聞かされていなかったのである。
「ありがとう、ナナシ。私の知識欲が満たされたわ」
話を咀嚼し終えたマリアは改めてナナシに礼を言った。
ナナシとしては多少恥ずかしかったが、大したことではない……ないが。
「礼なんていらないけど……でも、どうしてもって言うなら今度は俺の質問に答えて欲しいな……」
「何……?スリーサイズかしら?」
「うーん……それも気になるけど……今夜はストーンソーサラーについて教えてもらいたいね」
「ストーンソーサラー……?フッ、いいわよ、教えてあげる」
ナナシの歴史の授業に続いて、マリア先生の魔法使いの講義が始まった。




