サイゾウ
「――!?この!!!」
キキィーッッ!!!
ケニーが力いっぱいブレーキを踏み、トレーラーのスピードを無理やり落としていく!
対照的にサイゾウが投げた手裏剣らしきものはぐんぐんとスピードと回転を増しながら、トレーラーに向かって無慈悲に迫って来る!
「ぐうぅ!?このままじゃ……」
「はっ!このままにしとくかよ!」
「ナナシ!」
「かみ砕け!ナナシガリュウ!!」
危機を察知したナナシが助手席にやって来たと思ったら、迷うことなく直ぐにドアを開け、そのまま外に飛び出した!
愛機の名を叫ぶと彼の身体を光が包み、道路に僅かに足をついたと思ったら、次の瞬間、トレーラーの前に紅き竜が降臨していた!もちろんそれはひとえに大切な仲間を守るために!
「ガリュウトマホークゥ!!」
手裏剣?に向かってもう一度跳躍しつつ、両手に力強い刃を持った斧を召喚する。そして……。
「ほいっと!」
ガキンッ!!!
その二振りの斧で、サーフボード?だった手裏剣?を受け止め……。
「ぐっ……でりゃぁ!!」
弾き飛ばす!手裏剣?は道路の脇の地面を飛び跳ね、抉り、そのまま暗闇の彼方に消えていった。
「とりあえず、これで……」
ひとまず危機を脱した紅竜は道路に降り、トレーラーもその後ろで停止した。
一旦これで一息つける……なんて、甘いことはあるわけなく……。
「やるねぇ」
「なっ!?」
「ほい」
バシュ!バシュ!バシュ!!
いつの間にか目と鼻の先まで距離を詰めていたサイゾウが手甲から無数の光の針をナナシガリュウに向かって飛ばした!
「くっ!?」
ガキン!ガキン!ガキン!!
紅き竜はなんとかまた斧で防ぐことに成功する……が。
「ちょっと遅いんじゃないの?」
「速い!?」
「ん?あぁ、そうか……俺が速かったのか……!」
針に気を取られている隙に一気に懐まで潜り込まれた。それが大したことではないと言いたげな軽口がナナシを苛立たせる。
「その減らず口!訊けなくしてやる!!」
紅き竜が青の忍者の頭上に斧を振り下ろす。しかし……。
「残念、スタミナの無駄遣いだ、レッド・ドラゴン」
「ちっ!?」
サイゾウはサッカーでディフェンスを華麗にかわす一流のフォワードのように、反転しながら竜の一撃を軽々と回避。さらに……。
「せっかくの海だ……泳いで行けよ!!」
ドゴッ!!
「がっ!?」
青く長い足がぐんと、無防備な腹部に向かって伸びると、衝撃がナナシを襲う!つまり簡単に言うと蹴りを入れられたのだ!
紅き竜は凄まじいスピードで宙を舞い、吹っ飛んでいく!その行く先は……。
バシャアァァアーーン!!!
大いなる生命の源、海だ。襲撃者の宣言通りナナシガリュウは海水浴をするために夜の海にダイブすることになった……本人の意思は完全無視で。
そして蹴りの威力を物語るように道路からかなりの距離、沖合いに大きな水の柱が出現する。
「結構、飛んだな……んじゃ、俺も。よっと!」
バシャ!
間髪入れず、サイゾウも海に飛び込む。そんなことをする理由はもちろんナナシにとっては残念なことだが、竜を追撃し、そのままとどめを刺すためだろう。
「ナナシィ!!?」
「ナナシさん!!」
「どうなってんだ!?」
止まったトレーラーの中から、水の柱から発生した波紋が描かれた水面を見つめ、残された三人が思い思いに叫んだ。
しかし、その声は紅き竜には届かない。落ち着いて耳を澄ましている余裕が彼にはあるはずがないのだから。
「うおっ!?なんだ!?ここ……?もしかして、くそッ!水中か!?……このままじゃ息……が……!?」
唐突に夜の海に叩き落とされた紅き竜はパニックに陥り、手足をバタバタさせ無様な姿を晒す。幸か不幸か見ている人はいないけど。
そして、しばらく暴れると……。
「……ん?……大丈夫……そうだな……」
ナナシは落ち着きを取り戻す。冷静になれば変わったのは、さっきより肌寒いような気がすることと、足の裏に固いアスファルトの感触がないことぐらい、その程度だった。
(……かなり焦ったが……ピースプレイヤーなら、水から酸素を取り込めるよな……ましてや“龍”ってのは水の中に住むっていう伝説も多く残ってるし、当然と言えば当然か……)
ひとまず呼吸できなくてお陀仏ということはなさそうで、ナナシは安心する。けれど実際には何も問題は解決していない。
紅き竜は頭を戦闘モードに切り替え、周りを見渡してみた。周囲に今のところ敵の気配は感じない。
(……ガリュウが水中でもそこそこやれる……ってのはわかったが……あいつがわざわざ、海に引きずり込むっていうことは……)
警戒をしつつ、敵の思惑を考える。いや、考えるまでもない。こんな真似をするということは……ナナシが答えを出そうとした、その時!
ザシュッ!!!
「――!?なに……!?」
ナナシは決して油断していなかった。神経を研ぎ澄まし、全力で警戒していた……が、水中を猛スピードで動くサイゾウに刀で斬られてしまった!それでもかろうじてギリギリで反応でき、身体を動かしたことで深手を負わずにすんだが。
(今の攻撃……俺は集中力を切らしていなかったはずだ……!ちゃんと警戒できてた……!視界に映る範囲までは……ってことは奴はその範囲の外側から一気に接近し、攻撃できるということだ……つまり……)
ナナシが考えを整理する……いや、する必要など本当はないのだ。答えはもう彼の中では出ているのだから。けれども、その答えはできれば外れていて欲しかったのだが……。
(……つまり、あの青い奴、水中戦用のピースプレイヤーってことだな!うん、どうすんだよ!俺!?)
嫌な予感が的中してしまった。敵の最も得意とするフィールドに引きずり込まれた。そして再び、ナナシの頭の中に混乱の波が押し寄せる。
そんな哀れな姿をサイゾウが冷静に遠目で悠々と眺めていた。
(……あいつ、結構動けるな……まさか、水中でサイゾウの初撃を避けるなんてな……)
ナナシとは逆に襲撃者の予測は外れていた。彼のプランでは今の一撃で終わるはずだったのである。まぁ、だからといって予定を変えなくてはいけないというレベルの話ではあるのだが。
(確かに予想よりいい動きだ……だが!俺とサイゾウほどじゃないなぁ!!)
観察を終え、再度、忍者はナナシガリュウに向かって突進した。
「大丈夫なのかぁ?ナナシの奴?」
どうしたらいいかわからず立ち往生しているトレーラーの中で養父にリンダが心配そうに問いかける。
「大丈夫だ!心配するな!……と言いたいところなんだが……アツヒト・サンゼンは強い……それにあいつの使っているサイゾウは水中戦に対応した上級ピースプレイヤーだ……正直、かなりヤバい……」
娘に心配かけまいと明るく振る舞おうとしたが無理だった。それほどの相手なのだと申し訳なさそうに説明することしか養父にはできなかった。
「……そう……なのか……ん?」
リンダはそんな養父の回答に落ち込みそうになったが、何かに気付き、父の顔を覗き込んだ。
「今、“上級”って……“上級ピースプレイヤー”って言ったよな!?だったら“特級ピースプレイヤー”のガリュウの方が上じゃん!!」
テンションの上がるリンダ。それに対して、ケニーとマインは未だに暗い顔をしている。養父は再び申し訳なさそうに重い口を開いた。
「……リンダ……“特級”っていうのは、他と比べて“特殊”ってことで、上級より上とか強いっていう訳じゃないんだ……」
「……えっ!?そうなの!?……ん?それってどういう意味だ?」
養父の言葉に娘がすっとんきょうな声を上げた。とりあえず反応しただけ、理解はしていない。それがわかったのか養父はさらに説明を続ける。
「下級から上級オリジンズの素材は、他の個体……別の種族を混ぜ合わせることができる。その割合が、一番多い……例えば、下級オリジンズの素材を多く使って、製造されたら、下級ピースプレイヤーになるんだ」
「……?」
リンダはやっぱり理解しきれていないようだった。見かねて横から今度はマインが補足する。
「……リンダさん、例えばピースプレイヤーを造るのに使ったオリジンズの素材が、100%の内、下級34%、中級33%、上級33%だとしたら、1%だとしても下級の割合が一番多いから、それは下級ピースプレイヤーと呼ばれることになるんですよ」
「……おう?」
丁寧に、分かりやすく説明したつもりだったが、まだ理解していないようだ。マインに代わり、もう一度ケニーがメカニックとして授業を続ける。
「そもそも、オリジンズの下級だとか、上級だとかの格付けは人間に対しての危険度だったり、素材の有用度、レア度だったりかなり曖昧なんだよ。当然、素材の有用度ってのは、ピースプレイヤーを作る時に優秀だってことだから、下級より中級、中級より上級の方がピースプレイヤーは基本的に強いって認識でいい。もちろんコンセプトの違い、戦闘スタイルの相性とかもあるけどな」
「……おう?」
もう完全に無視して、続ける。
「だけど、“特級”オリジンズには、ちゃんとした定義がある。他のオリジンズと混ぜて使うこともできない……一体のオリジンズの死骸から一体のピースプレイヤー……デカい奴だと、ガリュウみたいに二体とか、複数造れる場合もあるけどな」
「……おう?」
やはり、理解していない。そもそもリンダが理解したところで状況が好転する訳でもないし、よくよく考えたらかなり話が脱線している。なので、マインが強引に話を終わらせにかかる。
「“特級”は“特殊”という意味で、強さのランクという訳ではないんです。むしろ、そのレア度、特殊な特性から、安定した性能を発揮しづらく、量産もできないので兵器としては、下級よりも評価が低かったりするんですよ」
「低いの!?ダメじゃん!?」
最後だけ、本当に最後の部分だけなんとか認識できたリンダが吠える!
「何で、そんなヘンテコなものわざわざ造って、ナナシに渡したんだよ!」
そして、感じた率直な意見を養父にぶつけた。確かに今の話を聞いた限りではそう思うのも仕方ない。だが、ケニーだってそんなことは承知の上、わかった上でナナシにプレゼントとしてガリュウを用意したのだ。
「確かに特級ピースプレイヤーは、デメリットやリスクも大きい……だが、うまくはまった時のリターンは、それを遥かに凌ぐ……!」
「そ、そうなのか?」
父の力強い言葉に娘が思わずたじろぐ。
「あぁ。ガリュウは強い。ナナシもきっと使いこなせる……!!」
ケニーはそれを落ち着かせようと、これまた力強く頷きながら自身が携わった作品とその装着者への信頼の言葉を語る。
そして、水面に視線を戻し、じっと睨み付けた。
「……それができるかどうかが、きっと
この戦い……ネクロからムツミさんを取り戻せるかを左右する気がするんだ……!!」




