プロローグ
その日は『神凪』という国にとってはとても重要な日だった。次期大統領を決める選挙直前、候補者同士による最後の公開討論会。しかも、今回の候補者二人の注目度は史上最高と言ってもいい。
神凪は元来、凶暴なオリジンズによって引き起こされる災害が少ない土地柄だったが、数十年前、巨大オリジンズ襲来により、一部の地域が壊滅的打撃を受けた。さらにその混乱に乗じて隣国『鏡星』があろうことかオリジンズの血液で精製した薬品によって獣人になる力を得た『ブラッドビースト』の軍団を率いて攻め込んできたのだった。だが、結論から言うとこの『神鏡戦争』にはかろうじて神凪は勝利することに成功した。
その終戦直後から大統領に就任、復興に尽力し、今日までその座を誰にも譲らず、守り続けてきた『ゲンジロウ・ハザマ』。
そして遥か昔、『帝』と共にこの神凪という国の建国に携わった英雄の子孫にして、自身も神鏡戦争でオリジンズの骸から造られたパワードスーツ『ピースプレイヤー』を身に纏い、特務部隊『ネクサス』を率いるリーダーとして前線で勇敢に戦い、戦争の勝利を決定付け、先祖と同じく英雄と呼ばれるようになった男『ムツミ・タイラン』。
今回の大統領選は、そんな注目度、知名度抜群の二人が次のこの国の導き手になるために争っているのだ。神凪国民はそれはそれは大いに盛り上がっていた。
討論会場にも多くの人が集まり、どちらが勝つか、どちらがこの国をより良く導けるのかを時に冗談混じりに、時に真剣に言葉を交わし合っている。ただそれら全ての人達の目には例外なくこの国の明るい未来が映っていた。
そんな活気溢れる民衆の姿を遠くから見下ろしている影が……。
「平和だな……」
三人の人影の中で一際大きい影が小さく呟いた。その眼差しの奥にあるのは、彼が眺めている者達とは真逆、自身の過去への深い後悔……。
「準備……いや、覚悟はいいか?」
どうやら三人組のリーダーだったらしい大男が振り返りもせず後ろにいる仲間に問いかけた。
「あぁ」
言葉少なく、だが力強く金髪碧眼の美男子が答える。
「待ちくたびれたよ」
隣にいる仮面の人物は楽しげに大げさなジェスチャーを交えて頷く。
リーダーらしき男はそれを受け、決意を固め号令する。
「よし!これより大統領誘拐計画を実行に移す!」
名も無き者達の物語が動き出す……。