第119章第4話【冥王第一補佐官と問題児ども】
冥府転移門に駆け込んで移動した先は、キクガもよく知った建物の内部だった。
「ヴァラール魔法学院か……!!」
キクガは舌打ちをする。よりにもよって息子のいるヴァラール魔法学院に淫蕩の魔女が逃げ込むとは、完全に想定外だった。
優秀な魔法使い、魔女の卵が多く在籍するヴァラール魔法学院は当然ながら魅了魔法についても耐性を得ているだろう。ただ、大半の人間は優秀とは言っても一般人である。キクガの知る問題児とは違って、淫蕩の魔女による高精度の魅了魔法に耐えられないかもしれない。
ヴァラール魔法学院が淫蕩の魔女によって陥落してしまう前に、何としてでも捕まえなければならない。そしてより深い刑場に落とし、より凄惨な呵責を与えて罪の反省を促すことをキクガは決めた。
さて相手はどこかと周囲に視線を巡らせると、
「あれ、親父さんじゃねえか」
「キクガさん、こんにちハ♪」
「ッ」
背後から唐突に声をかけられ、キクガは息を呑んだ。
振り返ると、銀髪碧眼の魔女と頭部を南瓜のハリボテで覆い隠した妖艶な魔女の2人組が大荷物を抱えた状態で立っていた。問題児と呼び声の高い用務員のユフィーリアとアイゼルネである。
彼女たちの抱えている荷物は、何やら食材とか調味料が多かった。主に野菜を中心にどこかで買い込んだようで、調味料の瓶や容器は未開封の状態で紙袋に詰め込まれている。野菜も同じく紙袋に詰められているが、どれもこれも新鮮そうな見た目をしていた。
キクガは居住まいを正すと、
「こんにちは、ユフィーリア君。アイゼルネ君も息災の様子で何よりな訳だが」
「その格好を見ると、仕事中だったりするか?」
「ああ、その通りな訳だが」
ユフィーリアに指摘され、キクガは頷く。聡い彼女なら「仕事である」と言っただけで、罪人が現世に逃げたと理解するだろうが詳細を話すことはない。
「ところで、ユフィーリア君。聞きたいことがある訳だが」
「何だ、急に」
「この辺りで金髪碧眼の女性を見かけなかったかね。真っ白な服を着ている訳だが」
「あー」
その説明で、聡明な銀髪碧眼の魔女は察したようである。それから彼女はニヤリと笑い、
「リリアを探しているのか?」
「彼女ほど可愛い訳ではないのだが」
「ブスで金髪碧眼で真っ白な服? それなら教会にでも行けば腐るほどいそうだけど」
「残念ながら花嫁さんでもない訳だが」
次々と茶化したような質問が飛んでくるが、キクガは真面目に返した。ユフィーリアは笑いながら「冗談だよ」と言うが、この相手がオルトレイだったら拳が出ていたかもしれない。
「本当に残念だけど見てねえなぁ。見かけたら通報すればいいか?」
「すまない。頼んでもいいかね」
「了解」
さりげなく罪人捕獲の手伝いを依頼されたユフィーリアは「そうだ」と言って、抱えていた紙袋を掲げた。
「親父さん、ちょっとだけ時間あるか? ショウ坊が何か『豚を捕まえたからこれからバーベキューをしようと思う』って通信魔法が飛んできてさ」
「豚かね?」
「アタシも見てねえんだけど、バーベキューなら食材が必要かと思って購買部で色々と買ってきたんだよ。野菜はリリアのところから」
笑いながらバーベキューに誘ってくるユフィーリア。
話の内容を聞くと、キクガの腹がきゅうと極小の音を奏でた。そういえばこの騒動のおかげでお昼ご飯を食べ損ねていたのである。もし食べさせてもらえるのだったら、ここで食事をしてから脱走した罪人を探しに行くのが最適かもしれない。
それにしても、息子が豚を捕まえた上で「バーベキューをしよう」なんて提案をしてくるのは珍しい。それほど丸々と太った豚だったのだろうか。何となくだが嫌な予感もする。
「では、お邪魔してもいいかね?」
「おうよ。バーベキューはエドの方が得意だからな、張り切るだろうよ」
「今日はお天気もいいからちょうどいいわネ♪」
ユフィーリアとアイゼルネに案内され、キクガはとりあえずバーベキューとやらに参加するのだった。
☆
バーベキューは中庭でやるようである。
ユフィーリアと付き合いが長く、息子のことを弟同然のように可愛がる屈強な問題児――エドワード・ヴォルスラムがすでに中庭で鉄板を準備していた。キクガの姿を認めると「あれぇ、キクガさんじゃんねぇ」なんて言う。
鉄板の他にも籠に積まれた魔石や箱詰めされた炭などが確認できた。どうやら本格的にバーベキューをやる様子である。手慣れたように炭を鉄板の下に配置し、準備を進めるエドワードの姿は頼もしくあった。
エドワードは炭の中に魔石を投入しながら、
「ショウちゃん、ハルちゃん。豚の準備はどう?」
「もうちょっと!!」
「なかなか静かにならないんですよね、この豚」
エドワードの声へ応じたのは、息子のショウと彼を弟同然に可愛がってくれている先輩のハルアの2人だった。
彼らは赤々と燃える炎の前で、両膝を抱えて待機していた。その炎はよく見ると、ショウに従っている冥砲ルナ・フェルノの付随物である炎腕だった。大量に召喚された炎腕が、何かを炙っている。
その炙られているのは、どこからどう見ても人間だった。大きく開かれた口から尖った鉄製の棒を差し込まれ、先端が臀部の辺りから飛び出している。身体を一直線に貫通しているような刺され方をしていた。炎腕に下から炙られて、くぐもった悲鳴が漏れる。
銀髪碧眼で真っ白な服を身につけているその人間は、キクガが探していた脱走した罪人のリリム・サヴェランだった。
「ショウ、ハルア君」
「父さんだ、どうしたんだ? お仕事か?」
「ショウちゃんパパだ!! こんちは!!」
彼ら2人を呼びかけると、ショウとハルアは無邪気な笑顔で振り返った。その無邪気さが今やちょっと恐ろしい。
「そちらの御仁は」
「父さん、何を言っているんだ。これは豚だぞ?」
ショウは無垢な瞳でそう言う。
「今、バーベキュー用にちょっと表面を炙っているんだ。カリカリになって美味しいぞ」
「ショウちゃん、もうちょっと火に近づけよっか!!」
「ああ、そうしよう。俺はもうお腹が空いて仕方がないんだ」
ショウはハルアの意見に同意を示し、リリムの背中をグッと押して炎に近づけた。
お腹を炎腕に撫でられて、リリムの開け放たれた口からくぐもった絶叫が迸った。すでに冥府の刑場へ送られた罪人だから、元々冥府にあった神造兵器である冥砲ルナ・フェルノによる呵責は大いに通用することだろう。獄卒に殴られるより痛いかもしれない。
リリムを痛めつける未成年組の手つきに容赦はない。悲鳴を上げるリリムの様子を、まるで玩具を与えられた子供のような目つきで眺めているのだ。昆虫の手足をもいで遊ぶ幼子と、やることがよく似ている。
キクガはユフィーリアへと振り返り、
「ユフィーリア君、あれは」
「何かエドがあれにナンパされたんだと」
ユフィーリアは紙袋から調味料の瓶や容器を取り出しながら、
「ちょうど中庭で遊んでたらあれがやってきて、エドに色仕掛けをしてきたから未成年組の怒りを買ったらしい。『お兄ちゃん取るのは許しませんよそこに直れーッ!!』とか『女の人に言っちゃいけないことだと思うけど、あえて言わせてもらうね!! このブスがよ!!』なんて絶叫が聞こえればなぁ」
「なるほど」
キクガは遠い目をしながらも何とか頷いた。
どうやらこの罪人、怒らせちゃいけない人物を怒らせて玩具にされているようだった。問題児もそれを容認しており、また通行人も問題児に巻き込まれたくないから見ないふりをしている。――いや、リリムのことを知っていてあえて無視しているのかもしれないが。
ヴァラール魔法学院に降り立った時点で、リリムの敗北は決定していた。その事実をキクガは改めて認識した。やはり問題児に逆らってはいけないようだ。
「ところで親父さん、酒は飲まないよな。仕事中だし」
「もしかして、あれを本気で食べるつもりかね?」
「食べねえよ。未成年組が十分に遊んでやったら親父さんに返すつもりだ。バーベキューはドラゴンの尻尾の肉が手に入ったから、それでやるつもりだ。何だったらお土産でいくらか持って帰れよ」
本気でリリムを食べるつもりかと警戒してしまったキクガだが、バーベキューに使われるのはドラゴンの尻尾の肉だと明かされて安堵の息を漏らすのだった。
それから、しばらくリリムは未成年組の玩具になった。
我が息子ながら現場の獄卒に向いてるのではないだろうかと思ったのは内緒である。
《登場人物》
【キクガ】息子がますます自分にそっくりになってる。脅しの手口とか、拷問に対する躊躇いのなさとか。
【ユフィーリア】ドラゴンの尻尾肉を狩ってきた。購入じゃなくてちゃんと狩猟。
【エドワード】バーベキュー得意。やる時は大抵焼く係。
【ハルア】この豚さん、まだ焼けないなぁ。(子供のような目)
【アイゼルネ】ドラゴンの尻尾肉はコラーゲンたっぷりだから好き。
【ショウ】この豚さん、早く焼けないかなぁ。(純粋な目)




