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ヴァラール魔法学院の今日の事件!! 〜名門魔法学校の用務員は異世界から召喚したヤンデレ系女装メイド少年に愛されているけど、今日も問題行動を起こして学院長から正座で説教されてます〜  作者: 山下愁
第100章:vs偽七魔法王!!〜問題用務員、偽七魔法王暴行事件〜

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第118章第7話【問題用務員と聖域】

 ガゼル・トレバーは疲れていた。



「な、何故、何故ここに聖女が……いや第六席かあれ……」



 問題児と恐れられる用務員室に意気揚々と遊びに行ったら、まさかの聖女がいるとはガゼルにとっても予想外の出来事だった。清廉潔白な聖女とは無縁の存在だと思っていたら、仲睦まじくおやつを食べていたのだ。

 これからは問題児にも注意しなければならないだろう。1人になったところを狙うしかない。聖女が側でうろちょろしていたら困る。


 聖女が近くにいたら、懐柔できないではないか。



「ぜ、絶対に、懐柔してみせる……あの問題児を手中に収めれば、私が学院長になれるだろう……」



 ガゼルは「ふふふ……」と悪役みたいに笑いながら、ふらふらと覚束ない足取りで学院長室の扉の前に立った。


 すでにガゼルは学院長の座席を確約されたも同然である。問題児と呼ばれる用務員どもは警戒してくるし、特にあの中でも若い連中はガゼルを敵認定して襲いかかってくるが、生徒たちからの印象は極めて良好と言えた。

 初日で問題児の地雷を踏んでしまったがゆえに首を掻き切られたものだが、すぐに死者蘇生魔法を適用してもらって生き返ることが出来た。一瞬だけ見えた冥王第一補佐官が迷惑そうな顔をしていたが、生き返ることが出来ればこっちのものである。


 さて、まずはゆっくりと作戦の練り直しを、



「あばはあ!?!!」



 ガゼルは悲鳴を上げた。


 学院長室の扉を開けた途端、神聖な空気が流れてきてガゼルの肌を撫でていったのだ。おかげで鳥肌が止まらない。とんでもないことになっている。全身に鳥肌が立っているせいで鳥になれそうである。

 一体何が起きたと言うのだろうか。朝に学院長室で仕事をしていた時は感じなかった神聖な空気が、ガゼルを蝕もうとしていた。


 もう一度、今度はそろりと扉を開けて中の様子を伺う。そして吐き気を催した。



「う、うわあああああああ!?!!」



 ガゼルの悲鳴が口から迸った。


 学院長室が、いつのまにやら神聖な教会のような内装に変わっていたのだ。窓ガラスに嵌め込まれているのは見事な宗教画を描いたステンドグラスで、天井には油彩による同様の宗教画が掲げられている。十字架を中心とした聖なる物品の数々がそこかしこに並べられており、それらが余すことなくガゼルの精神を削っていく。

 そして、学院長室の最奥に設置された祭壇には聖母の石膏像が鎮座していた。高みからガゼルを見下ろして、罪の告解を促しているかのようである。背後にステンドグラスがあるからか、後光が差しているようだった。


 よろよろと様変わりした学院長室から離れるガゼルだったが、



「おら、とっとと入れ」


「ぎゃあ!!」



 何者かによって背中を蹴飛ばされ、ガゼルは神聖な空気に満たされた学院長室に倒れ込んでしまった。



「あびッ、ばぎゅッ、ぎゃああああああ!?!!」



 神聖な空気に浄化され、ガゼルは息苦しさからのたうち回る。皮膚には蕁麻疹が浮かび上がり、目は血走り、涎をダラダラと垂らしながらただただ苦しんだ。このまま死ぬんじゃなかろうかと錯覚したほどである。

 こんなガゼルに対するピンポイントな嫌がらせをする人間は果たして誰か。この恨みは晴らしてやらなければ気が済まない。


 自分をこんな目に遭わせた犯人の顔を拝んでやるべく、ガゼルは頭を上げた。



「はーろぉー」



 開け放たれた扉の向こう。

 ニヤニヤと下卑た笑みを湛えるその人物は、銀髪碧眼の魔女だった。


 問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルである。



「きッ、貴様ああああああああああああああああああ!!」



 自然と、ガゼルの口から怨嗟が込められた絶叫が放たれていた。



 ☆



 新学院長がせっかく綺麗に内装変更した学院長室に入ることを躊躇っていたので、応援する意味合いを込めて背中を突き飛ばしてやった。

 後悔も反省もしていない。全てあいつが悪い。


 そんな訳で、



「わははは、お前が叫んだところで痛くも痒くもねえわ!! 悔しかったら魅力魔法の1つでも使ってみろよタコ野郎がよ!!」


「ユフィーリア、出来れば蝙蝠こうもり野郎の方がいいッスよ。なんか知らんけど淫魔最大の侮辱になるッス」


「なるほど。そんな訳だ、蝙蝠野郎。せいぜい玩具になるんだな!!」



 さながら魔王の如く哄笑を響かせ、ユフィーリアはガゼルを罵倒する。


 ガゼルの正体が淫魔と判明してから、問題児の行動は早かった。ガゼルが出かけている隙に学院長室へ乗り込むと、その内装を教会っぽい見た目に変更したのだ。十字架などはリリアンティア以下エリオット教の聖女たちに一生懸命お祈りしてもらって清めてもらい、聖母の石膏像はハルアが手ずから彫る本気ぶりだった。

 そして完成したのが、この聖なる教会風学院長室である。やはりガゼルにはいい刺激になっているようだ。全身を掻き毟り、ぎゃあぎゃあと悲鳴を上げてのたうち回っている。


 苦しむガゼルを笑い飛ばすユフィーリアだったが、未成年組はまだ許していない様子だった。何やら購買部でまた在庫一掃セールの対象になっていた避妊具に水を詰めて水風船みたいにすると、



「えいやえいや」


「ちょいさちょいさ」



 投げ込んだ。


 水風船を叩きつけられ、ガゼルはさらに甲高い悲鳴を上げる。どうしてそんな悲鳴を上げるのだろうかと思えば、未成年組の足元には特徴的なガラス瓶が落ちていた。

 見ればそのガラス瓶のラベルには『聖水』の単調な文字が並んでいた。つまり聖なるものである。淫魔のガゼルには避けたい代物だろう。



「ちょ、おまッ、そこのお子様たちィ!?」


「何ですか。これでも4倍希釈してますよ」


「原液がご所望ならすぐに持ってくるよ!!」



 ガゼルの悲鳴に、未成年組が淡々とした口調で返す。それほど彼らの先輩として慕うエドワードにハラスメントをしたことを根に持っているのだ。

 というか、聖水は希釈して使うものではないのだが、薄められても淫魔を浄化できる様子であった。どれほど強力な聖水なのだろうか。原液をぶん投げれば塵になりそうだ。


 薄められた聖水で全身をしとどに濡らすガゼルは、



「何故このようなことを……!! どこぞに訴えてもいいですよ!?」


「それなら実力行使で抵抗するまでッスよ」



 ユフィーリアの横から学院長室を覗き込んだスカイの顔を見ると、ガゼルは途端に顔を青褪めさせた。


 それもそのはず、スカイは元怠惰の魔王として恐れられていた魔族の1人である。基本的に同族も異種族も好きに生きるのがいい主義ではあるが、同族が縄張りを支配しようと企むと不快な様子だった。

 しかも同じ魔王同士ならまだしも、相手はただの淫魔である。下っ端も下っ端が急に自分の上に立ってきたら、魔王の矜持が許さないと言うものだ。


 ガタガタと震え始めたガゼルに、スカイは朗らかな笑みで言う。



「アンタ、ボクの縄張りによくもまあ土足でずかずかと踏み込んできたものッスねえ。他の種族だったらまだ問題児の餌食になっても助けてあげるだけの常識は持てたッスけど、淫魔がボクの縄張りを荒らすならそれ相応の礼儀があるでしょ」


「け、決して、そそそ、そのようなことは……!!」


「ないなら」



 スカイは平然と教会風に改装した学院長室に足を踏み入れる。


 彼の場合、神聖なものに対してある程度の耐性を持っている。だから教会にも悲鳴を上げないし、リリアンティアと会話だって出来る。「上位の魔族は神聖なものに対して耐性があるんスよ」なんて笑いながら話してくれたことを薄らと記憶していた。

 つまり、教会風に改装された学院長室程度でぎゃあぎゃあと喚くガゼルが下等の魔族であり、神聖な雰囲気の漂う室内に足を踏み込んでも叫びもしない副学院長の方が上位の魔族であることが証明されてしまった。恐ろしい見分け方である。


 ガゼルの金髪を鷲掴みにしたスカイは、



「やることはお分かり?」


「で、出て行きましゅ……」



 ガタガタと震えるガゼルは、緊張であまり回らない舌を懸命に動かして言葉を紡いだ。

《登場人物》


【ユフィーリア】学院長室を教会風に改装……という提案をした。小道具の用意からステンドグラスのデザインまで幅広く担当。

【ハルア】石膏像を用意した。問題児で最も手先が器用なので彫刻も得意です。

【ショウ】宗教画を天井に描いた。ハルアの指導もあって絵の技術は格段に上がった。


【スカイ】実は学院長室を教会風に改装した張本人。家財道具はちゃんと移動させたよ。

【ガゼル】実は淫魔。元魔王がいるとは、しかも恐ろしいと噂のある怠惰の魔王がいると思わなかった。

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