第118章第6話【問題用務員と新学院長の正体】
そんな訳で問題児のおやつタイムである。
「むしゃ……むしゃ……」
「エドさんがあまりにもシワシワのお顔で食べてる」
「エド、元気出して。オレらが今度こそあの変態を仕留めるから」
変態な新学院長に絡まれた影響で顔面をシワシワにさせたエドワードが、ちょびちょびとレモンメレンゲケーキを食べている。その姿を哀れに思った様子のショウとハルアが懸命に慰めていた。
あんな変態が新学院長になるとは、それこそ大問題を引き起こしかねない。問題児の精神衛生面でも大変よろしくないのだ。本気で問題児を追い出したいと考えてあの学院長を起用するのだとすれば、ヴァラール魔法学院は次の日から更地になっていることだろう。
ユフィーリアは追加でエドワードの皿にレモンメレンゲケーキを移してやり、
「元気出せ、エド。未成年組だけで不安ならアタシもアイゼもいるから」
「アイゼは心配……」
「…………確かに心配だな」
あの変態学院長のことである、エドワードに絡んだら次はアイゼルネに絡みかねない。「一晩どうですか?」なんて言われた暁には、ユフィーリアの絶死の魔眼が冴え渡るだろう。
アイゼルネはアイゼルネで男性嫌いで有名なので不用意に近づくことはないだろうが、あの変態学院長には注意しておく必要がありそうだ。早急に追い出す方法を考えなければならない。
だが、気になる部分もある。リリアンティアへの態度だ。
「リリアを警戒してたよな、あの変態」
「そうネ♪」
ユフィーリアの言葉にアイゼルネが追加の紅茶を用意しつつ同意を示す。
あの新学院長、リリアンティアの姿を認めるなり脱兎の如く逃げ出したのだ。彼女自身は何もしていないので怖がられることもないのだが、どうして逃げ出したのかが謎である。
ただ、あの慌てぶりは問題行動に使用できそうである。新学院長という名前の変態にリリアンティアを印籠の如く突きつけてやれば逃げ出すだろうか。
リリアンティアはアイゼルネが入れてくれた紅茶をちびちびと舐めながら、
「身共がお話してきますか?」
「いや、平気だろ。会わなければいいだけの話だ」
ユフィーリアは「それに」と未成年組へ視線をやり、
「ショウ坊とハルがやる気なんだよ。やる気っていうか、殺る気なんだけと」
「それはよろしいのですか……?」
「よろしくはないなぁ」
エドワードを挟んでレモンメレンゲケーキを頬張る未成年組だが、会話の内容が「あの変態どうしてくれよう」「まずヴァジュラで焼いて、冥府に落とすか」などと物騒なものだった。本当にやりかねない。綿密な作戦計画まで練っていた。
頭脳明晰なショウと世界を破壊できるぐらいに強力な神造兵器をいくつも操るハルアが組めば、あの変態学院長など塵も残らず冥府に直葬することとなってしまう。気がついたら冥府の法廷に立っていることだろう。今のうちから合掌しておいた方がいいのかもしれない。
ユフィーリアは自分で作ったレモンメレンゲケーキを口に運ぶ。メレンゲのサクサクした食感のあとに、口の中いっぱいにレモンの甘酸っぱさが広がる。おかげでいくらか正気にはなったかと思う。
「聖女を警戒するってことは魔族か何かかな」
「副学院長様と同じでしょうか」
「副学院長の場合はある程度耐性もついてるだろうから、魔界からこっちに来たばかりの魔族か?」
特に魔族は神聖なものを毛嫌いする傾向にあり、聖職者や聖水などは天敵である。聖女がその場にいれば魔族は近づかないし逃げ出すのは定石だ。
そうなると、ガゼルの行動にも理由がつく。ガゼルが魔族だった場合、最も嫌いな存在である聖女には近づかないし逃げ出すだろう。中でもリリアンティアは神託を受けた聖女様で、背後に医神エリオスがいるのだから逃げ出すのもやむなしだ。
それならいっそエリオット教から聖職者を大勢派遣してもらおうかと思った矢先のこと、遠くの方からドスドスという荒々しい足音が聞こえてきた。
「何だ?」
「何ぃ?」
「誰!?」
「まさかあの変態かしラ♪」
「ならば僥倖です。飛んで火に入る夏の虫、今この場で葬り去ってやります」
アイゼルネの何気ない一言にショウとハルアの顔つきが変わった。目から光が消え、閉ざされた用務員室の扉に注がれている。変態学院長の姿を認識した途端に襲いかかりそうだ。
飛びつかないうちに、ユフィーリアは目線でエドワードに「未成年組を押さえ込んでおけ」と命じた。長い時を連れ添った相棒はユフィーリアが寄越してきた視線に対して首肯だけで返すと、未成年組の胴体をぐわしと抱き寄せて固める。あの怪力を引き剥がして飛び出せるのであれば、ぜひやってほしいものだ。
そして、その人物はついにユフィーリアの目の前に現れた。
「悪い子はどこじゃあああああああああああああああああああ!!!!」
用務員室の扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、鮮血を想起させる毒々しい赤いもじゃもじゃ髪が特徴的な悪役系魔法使い――副学院長のスカイ・エルクラシスだった。
ドスドスと荒々しい足音を立てて用務員室に踏み込んできたスカイは、その背中に金属製の円筒状の魔法兵器を背負っている。その円筒状の魔法兵器からホースが伸び、さながら銃火器じみた発射口のようなものを構えていた。明らかに凶悪そうな匂いしかしない。
スカイはぐるりと用務員室に視線を巡らせると、
「ユフィーリア」
「何だよ、副学院長」
「あの変態はどこッスか」
スカイの質問に、ユフィーリアは「はあ?」と首を傾げた。
「どの変態だよ。まさか」
「あの変態は烏滸がましくも新しい学院長の席に収まろうとしている変態のことッスよお!!」
スカイは天井を振り仰いで頭をガシガシと掻き毟った。それほど嫌なのか、あのガゼルとやら。
「そもそも、ボクがこの世界に残ってるのはグローリアが学院長をやってるヴァラール魔法学院が面白いのであって、グローリアが学院長をやらなくなったらいる意味なんてないから里帰りさせていただきますけども!?!!」
「そのリスクを認識しておきながら新しい学院長を据えようだなんて愉快ですね」
「こっちは笑い事じゃない!!」
ケラケラと軽い調子で笑い飛ばすショウに、スカイは叫ぶようにして返していた。
「他はよかったッスよ。どうせ問題児の問題行動に耐えられずに辞めていく哀れな学院長候補なんで『さてさて何日持つかな』なんて賭けの対象にはなってたけど」
「賭けするならいくらか寄越せや」
「昼飯という現物支給だから無理。――でもあの変態は許さないッス、この学院の敷地に足を踏み入れることすら許さない。どうにかして葬り去ってやる」
スカイはそれほどガゼルが気に入っていない様子で、物騒な魔法兵器を片手に「ドコダ……ドコダ……」と仇敵を探していた。恐ろしい怪物を生み出してしまった。
聖女を嫌うどころか、おそらく同族だろうスカイからここまで嫌われているとはこれ如何に。下手すれば冥府送りになりかねないのだが、何がどうしてそこまでの行動をさせるのかが疑問だ。
ユフィーリアは首を傾げ、
「なあ、副学院長。あの新学院長を嫌うのは何か理由があるのか?」
「理由があるのかだって!?」
スカイは声をひっくり返して驚くと、
「あの野郎、淫魔ッスよ!! 知らなかったんスか!?」
「え、あの野郎って淫魔なのか? 聖人学長とか呼ばれてたからてっきり詐欺師か何かかと」
「大方、魅了魔法で素行不良の生徒を懐柔して改心させてたんスね。聖人なんて嘘っぱち、本当はそういうカラクリを使ってたんスよ」
スカイからの苛立ち混じりの説明に、ユフィーリアはようやく納得した。なるほど、だからあのやけに変態みたいな雰囲気があったのか。
そして同時に、淫魔だから聖女であるリリアンティアを毛嫌いしていたのか。どうりで避けるはずである。淫魔にとって聖女は天敵だし、特に背後に医神がついているリリアンティアは避けたい相手だろう。
正体が分かってしまえば、こっちのものである。
「いいこと思いついた」
ユフィーリアは凶悪な笑みと共にそんなことを呟いた。
《登場人物》
【ユフィーリア】淫魔が夢に出てきた時、氷柱を尻に突き刺して遊んでやった。
【エドワード】淫魔が夢に出てきた時、殴ったら弾け飛んで消えちゃった。
【ハルア】淫魔が嫌う陽の気配があるので、夢に出られたことはない。
【アイゼルネ】淫魔が夢に出てきたことはあるが、同業だと間違われた。心外な!
【ショウ】まだ来たばかりなので出てきていないが、もしかしたら眠りが深いだけかもしれない。
【リリアンティア】淫魔が嫌う聖女代表。来れるものなら来てみろ、片っ端から浄化だ浄化!
【スカイ】縄張りを下っ端に荒らされてご機嫌斜め。




