第118章第4話【異世界少年とハラスメント】
とりあえず、新学院長については先輩に相談することとした。
「ええ? 怪しいのぉ、あの先生」
「もじょもじょします」
「あとぷいぷいも全力で威嚇するの!!」
「ぷぷぷ」
「ぷいぷいも同意してます」
ショウとハルア、そしてぷいぷいと揃って新学院長のガゼルの怪しさを説かれるも、エドワードは不思議そうに首を傾げるばかりだった。
彼はまだ新学院長のガゼルによる怪しさに触れていないから不思議そうに出来るのだ。このもじょもじょとした感覚は言葉で表すことが出来ない。早急にあの新学院長はどこかにやった方が賢明である。
エドワードは軽い調子で笑い、
「そんなことはないでしょぉ」
「じゃあエドさんはあの人が本当に新しい学院長になってもいいんですか」
「よくはないよぉ。1週間の期限があるからそれまでには追い出したいよねぇ」
どうやらエドワードの中では追い出すことを確定しているようだが、やはり怪しさは分からない様子である。言葉で説明できないのがもどかしい。
どうやって説明したものかと頭を悩ませているうち、もうヴァラール魔法学院の正面玄関が見えてきてしまった。日課のランニングが終わってしまう。
帰ってきて早々にあの怪しさ満点の新学院長に見つからないことを祈るしかないが、あの人なら追いかけてきている可能性も否めない。今は先輩のエドワードがいるのでいくらか安心は出来るのだが、それでも「会いたくない」と本能的に感じてしまう。
ショウとハルアはエドワードの背中にピタリと張り付き、
「エド、先入って!!」
「何でよぉ」
「あの怪しい学院長がいるかもしれないからですよ。あの人と会話をするともじょもじょします」
「そのもじょもじょってのが何なのぉ?」
「もじょもじょです」
あの新学院長に会いたくないので、真っ先に先輩を犠牲にする未成年組であった。薄情だ何だと言われても構うものか。
エドワードは「分かったよぉ」と軽い調子で了承すると、巨大な正面玄関の脇にひっそりと設置された通用口を潜り抜けてしまった。それから内部の様子を確認すると「何もいないよぉ」と報告してくる。
その言葉を信じてショウとハルアも遅れて通用口から校舎内に足を踏み入れた。確かにエドワードの言う通り、ガゼルの姿はどこにも見えない。警戒するように周囲に視線を巡らせて、ぷいぷいに匂いを嗅いでもらって、ようやく安心することが出来た。
ショウとハルアはグイグイとエドワードの背中を押し、
「早く帰ろ!!」
「帰りましょう、エドさん。今日のユフィーリアのおやつは『レモンメレンゲケーキ』ですって」
「何か妙に急かしてくるじゃんねぇ。あの新学院長をそんなに警戒してるのぉ?」
不思議そうにするエドワードをよそに、ショウとハルアがとっとと用務員室に戻ろうとした時である。
「ランニングお疲れ様」
「ぴゃあ!!」
「出た!!」
「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ!!」
いつのまに現れたのか、あるいは転移魔法でも使用したのだろうか。音もなくガゼルがにこやかな笑顔を浮かべて近づいてきたのだ。
ショウとハルアは即座にエドワードを盾にして隠れる。ショウに抱っこされたぷいぷいは全身を膨らませてガゼルに威嚇をし、今にも噛み付かん勢いでジタバタと暴れていた。
この野郎、まさか待ち伏せをしているとはとんでもねー奴である。これだけ未成年組から警戒されているのだから少しは遠慮してくれてもいいはずなのに、どうしてか遠慮なく距離を詰めてくるので警戒心が解けない。こいつに心を許したら負けな気がする。
未成年組とぷいぷいによる威嚇行動を目の当たりにしたエドワードは、
「どうしたのぉ、急に威嚇し始めてぇ」
「もじょもじょするからです!!」
「もにょもにょするからだよ!!」
「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷーッ!!」
「ぷいちゃんまで威嚇するしぃ。どうしちゃったのぉ、本当にぃ。いつもだったら『撫でれ!!』とばかりに他人に突撃していくじゃんねぇ」
全身を膨らませて威嚇するぷいぷいの頭を撫で、エドワードはなおも不思議そうにしていた。この怪しさ満点の新学院長を前に威嚇をせずにいられるとはどうなのか。
「何かごめんねぇ、未成年組がご覧の通りに警戒バリバリでぇ」
「いやいや。さっきは随分と驚かせたみたいで、それのせいかもしれませんね」
相手が大人だからか、エドワードには敬語で話すガゼル。態度は丁寧だがやはり怪しさは拭えない。
「それより新しい学院長は随分と余裕じゃないのぉ? もうお仕事は終わった感じぃ?」
「創立当初から在籍していらっしゃる用務員の皆様にお話を伺いたいだけですよ。そうすればこの学院についてもっと理解できるでしょう?」
「へえ、勉強熱心だねぇ」
「とんでもない。これもヴァラール魔法学院をよりよくする為に必要ですから」
問題児らしく嫌味たっぷりに返すエドワードの言葉に、ガゼルは笑顔を絶やすことなく丁寧に応じた。その態度が何だか気にかかったのか、エドワードの表情がどんどん曇っていく。
彼もようやく未成年組が言っていたことに気づいた模様だ。会話していると分かるのだが、どこか胡散臭さというか怪しさが滲んでくるのである。エドワードでもガゼルの怪しさは感じ取ったようだ。
ガゼルは「ところで」と話題を切り替え、
「ランニングは日課ですか?」
「まあねぇ」
「なるほど。だから惚れ惚れするぐらいの肉体美を維持できるんですね。その努力は尊敬します」
エドワードの肩がビクリと跳ねた。
ガゼルの粘っこい視線が、エドワードの肉体美に注がれることとなったのだ。嫌悪感も生まれること請け合いなしである。舐めるように観察されるとはまさにこのことだろう。
高身長で筋骨隆々とした男らしい体格のエドワードは、とにかく目立つ。男女ともに注目を浴びることになるし、何だったら子供から「筋肉を触らせてほしい」とお願いされることも多々あるものだ。その時は遠慮なく触らせてあげているのだが、やはりガゼルにはどうしても嫌悪感しかないようだ。おっさんに触られても嬉しくない。
ガゼルは「すみませんが」と口を開き、
「その、出来ればその筋肉を触らせていただくことは」
「ハラスメント注意報、ハラスメント注意報!!」
「えまーじぇんしー!! えまーじぇんしー!!」
「ぷー!!」
ついに一線を越えようとしやがったガゼルに、未成年組とぷいぷいはほぼ同時に飛びかかった。
ハルアの足払いが華麗に決まって、ガゼルは無様にすっ転ぶ。尻餅をついたところで素早くショウがガゼルの足に飛びつき、4の地固めの刑に処してやった。父親直伝の容赦のない締め技にガゼルの口から野太い悲鳴が上がる。
さらに今までガゼルに対して威嚇をしていたぷいぷいが、ガゼルの整髪剤で整えた髪の毛をぶちぶちと毟り始めた。はらはらと舞い落ちる金髪。しかもぷいぷいは狙ってガゼルの頭頂部から髪の毛を引っこ抜いていた。
「この野郎おおおおおお!! 我らが兄貴な先輩にセクハラをかますとはいい度胸をしていますね、股関節と下半身を中心に骨をボキボキ筋肉ボロボロ二度と立てなくしてやりましょうか覚悟しろおおおお!!」
「ショウちゃん、次はオレね!! チョーク・スリーパーってのを習ったんだよ!!」
「ぷひぷひ」
「こら!! 止めなさい、こら!!」
新学院長に対して暴行する未成年組を、ようやく正気に戻ったらしいエドワードが慌てて引き剥がした。髪の毛を咥えたぷいぷいを力任せにガゼルから引き剥がしたことで、やはりはらはらと数本の金髪が正面玄関の床に落ちる。何か頭皮っぽいのもついているような気がしたが、気のせいにしたい。
ぷいぷいをショウに押し付けたエドワードは、ショウとハルアの2人を小脇に抱えるとそのまま用務員室を目指して走り去った。ボロボロのガゼルは放置である。助ければどうなるかなど想像できない。
走りながら、エドワードはショウとハルアに言う。
「分かった、確かに怪しいねぇあの先生」
「でしょ!?」
「警戒するに越したことはないんですよ」
「ぷぷぷぷ」
「ぷいちゃん、その口に挟まった髪の毛はあとで取るからねぇ。ばっちぃんだからぁ」
とりあえず今は逃げるが勝ちとばかりに、問題児男子組とぷいぷいは新学院長の前から逃げ出すのだった。
《登場人物》
【ショウ】エドワードに対するファンミーティングはスケジュール管理からファンレター管理までガチガチにやってる。民度をよくしないとね。
【ハルア】エドワードに対するファンミーティングとかいうものを後輩が管理しているので、自分が出来るのはエドワードを守るぐらいだなって思っている。
【エドワード】後輩2人からさりげなく守られている。優しい後輩だねぇ、と微笑ましげ。
【ぷいぷい】あの髪の毛、毟り甲斐があるぜ。
【ガゼル】未成年組の敵認定を受け、見事にボロボロにされた。もう再起不能では?




