第118章第3話【異世界少年と新学院長】
ショウとハルアは中庭で遊んでいた。
「ぽかぽか」
「ぽかぽか」
「ぷー……」
本日は快晴、気温も最適。絶好のお昼寝日和である。
そんな訳で、本日の未成年組の予定は校内巡回が済んだら中庭でゴロゴロと転がっていた。草木の香りも心地よく、空から降り注ぐ暖かな陽光が眠気を誘う。
お散歩中のツキノウサギのぷいぷいと一緒に川の字でゴロゴロするショウとハルアは、
「うきゃー……」
「ぽかぽかー……」
「ぷー……」
もう完全に蕩けていた。暖かさのあまりグデグデになっていた。
ショウは完全に眠る姿勢に突入し、ハルアは地面と一体化している雰囲気がある。ぷいぷいも芝生の上に身体を横たえて気持ちよさそうに日光浴をしていた。今なら見知らぬ人が撫でても噛まれないかもしれない。
すると、
「お、ショウ坊とハル。いい場所見つけたな」
「あ、ユーリ!!」
「ユフィーリアだぁ……天使様が迎えに来てくれたぁ……」
「ぷ!!」
「ショウ坊、それは見えちゃいけないお迎えだから今すぐ帰してこい」
仰向けで眠るショウの顔を覗き込んできたのは、この世の誰よりも優しい魔女様で最高の旦那様であるユフィーリアだった。降り注ぐ陽光が彼女の美しい銀髪に反射して煌めき、幻想的な雰囲気を醸し出す。『天使様が迎えに来てくれた』という表現は間違いではないかもしれない。
ハルアとぷいぷいは弾かれたように起き上がると、ユフィーリアに向けて「何か用!?」と問いかける。ぷいぷいはぴょんこぴょんことユフィーリアの周囲を飛び跳ねていた。あれは遊んでくれることを期待している態度である。
ユフィーリアは自分の周りを飛び跳ねるぷいぷいの頭を撫でてやり、
「購買部行くけど、何か買うものあるか?」
「今日のおやつ!!」
「購買部でおやつを買うなら今日作る予定の『レモンメレンゲケーキ』はなしになるぞ」
「聞かなかったことにしていただいて!!」
「分かった、聞かなかったことにしてやろう」
真っ先におやつをねだったハルアだったが、本日のおやつ内容が発表された途端に要求を引っ込めた。確かに購買部でお菓子を買うよりもユフィーリアお手製のおやつの方が嬉しい。
「ショウ坊は?」
「予約していたユフィーリア隠し撮り写真集の特別版を引き取ってきてもらってもいいか?」
「分かった。『そんなもんいらん』とお断りしてくるな」
「冗談だ。申し訳ないが洗面所の歯磨き粉と洗顔用の石鹸がもうないので、それを頼んでもいいだろうか」
「ああ、それなら買う予定だから大丈夫だ。他は?」
「ありがとう、ユフィーリア。他は大丈夫そうだ」
息をするように『ユフィーリア隠し撮り写真集』なんて言ったが、そんなものが購買で取り扱っている訳がない。そんなものを取り扱うようになった暁には、ショウが直々にその商品を作った何某を燃やしている。
だが、存在しないとは言っていない。ショウが監修し、副学院長のスカイが編集した特製の写真集は副学院長の研究室で鋭意作成中である。バレたら最後、ほっぺをパン生地みたいにこねこねされるだけでは済まないと思う。
ユフィーリアは「分かった」と頷き、
「ああ、あとでエドがランニングに行くってよ。ここを通りかかるだろうけど、ついていくか?」
「エドさんにお誘いを受けるか、お願いして許可されたら行ってくる」
「拒否されたらしょんぼり顔でお出迎えするんだ!!」
「行くんだったら気をつけて行ってこいよ。熊とかに注意しな」
「持って帰ってきていいか?」
「熊鍋!!」
「エドに相談しろ」
ユフィーリアは「じゃあな」と言って、ショウの視界から消えていく。起き上がってみると、廊下の方にアイゼルネも立っていたから2人で購買部に出かけるのだろう。アイゼルネが用務員室でお留守番という展開にはならないようでよかった。
世界で最も優しい魔女様のことである、可愛い従者をひとりぼっちにするような真似はしない。それに、アイゼルネは問題児の中でも群を抜いて戦いや喧嘩に向いていないので単独行動は危険だ。
女性陣2名が中庭から立ち去っていく姿を見送り、ショウは再び中庭に寝転がる。それにしても絶好のお昼寝日和である。
「ねむねむ」
「ショウちゃん、エドが通りかかる予定だよ!! 起きて!!」
「うにゃああ」
ハルアの手によって顔面にぷいぷいを乗せられて、ショウは堪らず声を上げた。ふわふわの腹毛が気持ち良すぎる。
「おきりゅ〜……」
「起きないとお顔に落書きだよ!!」
「それは勘弁してくれ。アイゼさんにやられて懲りたんだ」
先輩から顔に落書き宣言を受けて、ショウは無理やり眠気を振り払って起き上がる。身体がちょっと痛かったので、ほぐすように腰を捻ったり伸びをしたりしてみた。
ふと、どこからか視線を感じた。
誰かに見られているのかと思って、中庭をくるりと見回してみる。ハルアとぷいぷいも視線を感じ取ったようで、ショウと同じように視線を周囲に巡らせていた。
その視線の主はすぐに見つかった。
「おや、見つかってしまった」
「あ、新しい学院長」
「新学院長だ!!」
新学院長のガゼル・トリバーが中庭に面した廊下からこちらを見ていたのだ。仕事もせずにゴロゴロと中庭で日差しを享受しているのを咎められるかと思ったが、そうではなかった。彼はニコニコと気味の悪い笑顔でこちらを見つめている。
何だか猛烈に嫌な予感がする。怒られるよりも嫌な予感である。あの態度を見る限り、碌なことが起きた試しがない。
警戒する未成年組をよそに、ガゼルがついに中庭に足を踏み入れた。そのまま真っ直ぐに未成年組の元までやってくる。
「ああ、これはいい天気だ。絶好のお昼寝日和だね?」
「そ、ですね……」
「あい……」
未成年組のすぐそばまでやってきたガゼルは、あろうことかショウの隣に座ってきた。仲良しの距離に大して仲良くないおっさんがいるのが嫌で、ショウはさりげなくずりずりと距離を取った。
この新学院長、何がしたいのだろうか。観察してきたかと思えば馴れ馴れしく話しかけてきて、さらにショウのすぐそばにやってくるとは考えられない。他人との距離の詰め方が下手くそなのだろうか。
ガゼルは肩を竦め、
「そんなに警戒しないでほしい。私はただ、君たちと仲良くしたいだけだとも」
「仲良くなんてこちらはご遠慮願いたいところですが」
「オレもちょっとやだ」
未成年組の素直な感想を述べると、ショウの腕に抱かれていたぷいぷいがガゼルを睨みつけるなり全身の毛を膨らませた。
「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」
「ど、どうしたぷいぷい!?」
「うわあ、凄いぼわぼわに膨らんでる!!」
ショウの腕に抱かれたぷいぷいは、全身の毛を膨らませて体積が倍増しているようにも見えた。身体を大きく見せて威嚇しようとしているのだろう。
鳴き声もどこかおかしい。人懐っこいぷいぷいは甘えたような鳴き声で他人に擦り寄っていくのに、ガゼルには機関銃のように「ぷ」を乱発したのだ。警戒している証拠である。
ショウとハルアはガゼルからさらに距離を取ると、
「おかしいよ、あの新学院長!!」
「そうだな、何だかもじょもじょする。嫌な予感しかしない」
「ぷぷぷぷぷぷぷぷ!!」
あの新学院長が何かおかしいと未成年組で意見が一致した瞬間、救世主が中庭に訪れた。
「ショウちゃん、ハルちゃん。ランニング行くけど行くぅ?」
「行きますご一緒ご一緒!!」
「ナイスだぜエド!!」
「ぷー!!」
「ええ? どしたのぉ、一体?」
ユフィーリアの言葉通り、日課のランニングに出かけるエドワードが通りかかったのでショウとハルアは堪らず彼に飛びついた。一刻も早くあのおかしな新学院長から離れたかった。
困惑気味のエドワードの背中をグイグイと押し、ショウとハルアは急いで中庭から離れる。背中から新学院長の粘っこい視線が寄越されたが、今は無視するしかなかった。
エドワードは背中を押してくる未成年組へと振り返り、
「え、本当にどうしたのぉ? ぷいちゃんも行くのぉ?」
「ぷいぷいはおやつの食べ過ぎで太ったので、運動をしなければならないのです」
「リタに『運動しましょうね』って言われたもんね!!」
「ぷ」
首を傾げるエドワードをよそに彼を押し続けるショウとハルアは、ガゼルが追いかけてこないことを確認するように何度も振り返るのだった。
《登場人物》
【ショウ】新学院長に警戒中。何だかもじょもじょする。
【ハルア】新学院長を警戒中。第六感は働かないけど嫌な感じはする。
【ぷいぷい】普段は人懐っこいのだが、何故か新学院長に警戒している様子。
【ガゼル】何故か未成年組とぷいぷいから警戒されている。なぁぜなぁぜ?




