第118章第1話【学院長と新学院長】
タイトル:お前の座席ねえから!!〜問題用務員、新学院長候補者追放事件〜
その日、学院長室に来客があった。
「我がレティシア王国最高峰の王立学院、アンブレイシア学院を今年度で退任するガゼル・トリバー学長です」
「はあ……」
ヴァラール魔法学院の学院長、グローリア・イーストエンドは生返事で答えた。
来客としてヴァラール魔法学院を訪れたのは、レティシア王国の宰相であるロビンソン・ヴィルヘルムである。白い髭が鼻の下辺りを飾り、片眼鏡で格好をつけた如何にも高い地位にいると言わんばかりの男であった。正直な話、奴隷上がりのグローリアが嫌いなタイプである。
その隣にいるのが、厳格そうな顔をした壮年の男だった。名前をガゼル・トリバーらしい。レティシア王国最高峰にしてヴァラール魔法学院よりも古い歴史を持つアンブレイシア学院の学長を務めていたらしかった。興味もない。
グローリアは「それで?」と話の続きを促すと、宰相のロビンソンは次の通り話し始めた。
「イーストエンド学院長、そろそろ一線を引いて魔法界の発展に集中しませんか? その間、ヴァラール魔法学院の運営はこちらのトリバー氏に代行していただくという形で」
「ああ、なるほど。いつものね」
グローリアは呆れた様子で応じた。
例年、卒業式が間近に迫った頃にレティシア王国が「新しい学院長を置いてみませんか?」と交渉してくるのだ。これまでに何十人と新学院長候補が送り込まれているが、3日と経たずに根を上げて逃げ帰っているのが現状である。
どうして新しい学院長の存在が必要なのかというと、要するにレティシア王国はヴァラール魔法学院を支配下に置きたい訳である。ヴァラール魔法学院はどこの国家にも属していない完全な中立の立場にあるので、新しい学院長をレティシア王国から選出して配置することで支配を目論んでいるのだ。
面倒くさそうな態度で応じるグローリアは、
「毎年、同じような時期に新しい学院長候補を送り込んでくるけどさ。毎年3日と経たずに根を上げて逃げ帰るじゃないか。そんな根性なしを学院に置いておくなんて出来ないけれど」
「いえいえ、トリバー氏は他とは違います」
「それも毎年聞いているような気がしているけれど」
否定するロビンソンにグローリアが事実を指摘するも、相手は構わずガゼル・トリバー氏について語り始めてしまった。聞いてもいないのに話し始めるとは会話が下手くそなのか。
「こちらのガゼル・トリバー氏は、通称を『聖人学長』と言いまして」
「宗教関係の話なら間に合ってます」
「例え話です。その寛大な心でアンブレイシア学院に在籍の際は素行不良の生徒を幾度となく改心させたという実績を持っております」
「へえ、そうなんだ」
ロビンソンの語る内容を、グローリアは興味なさげに聞いていた。聞き流していたと言ってもいい。
どれほど寛大な心を持っていても、ヴァラール魔法学院に適応するなど無理な話である。何故ならヴァラール魔法学院には創立当初から騒がせる問題児がいるのだ。
そして歴代の新しい学院長候補をことごとく追い出したのも問題児の仕業である。新しい学院長候補として紹介すると、グローリア以上に虐め抜くのだ。その虐めに耐えきれなくなって学院長候補たちは軒並み逃げていく訳である。
だからどれだけ聖人だ何だと言われていても、絶対に問題児とは相容れない存在である。仲良くできたら驚きだ。
「無理だと思いますよ。問題児がいるし」
「問題ありませんとも」
グローリアが否定するような言葉を口にすると、答えたのはロビンソンではなく、今まで黙っていたガゼルだった。
「どれほど素行不良な問題児でも、きちんと話を聞いてあげれば改心します。私はそれで何人もの生徒を更生して」
「だから無理なんですよ。そもそも生徒じゃないんで」
自信を持って自分の功績を語るガゼルに、グローリアは苛立ちながら否定した。
これが生徒だったら話を聞いてあげれば改心するだろうとは思うけれど、相手はいい大人である。むしろグローリアと同い年ぐらいの魔女を筆頭に、基本的には500年ぐらいは生きているような歴戦の問題児である。児童ではないが。
しかも去年まではまだよかったかもしれない。今年になって異世界から召喚された少年がいらん知識を植え付けるものだから手に負えない。それを、たかが寛大な心を持っただけの一般人が耐えられるはずがないのだ。
「君には耐えられる? 唐突に学院長室が火の海になったり、水族館みたいに改築されていたり、フリフリの乙女チックな部屋みたいに改築されたり、爆破で吹き飛んだり、変な魔法兵器が仕事中に押しかけてきたり、エロトラップダンジョンに侵食されたりなんて出来事に耐えられる?」
「失礼ですが、それは全部その問題児とやらが?」
「後半の2つはうちの副学院長だね」
「よくクビになりませんね」
「そりゃあ、真面目に設計すれば優秀な発明家だし」
問題児も問題児で大変だが、他も厄介なのだ。
副学院長は意味もなく変な魔法兵器を作って突撃してきては製品の説明をし始めて大変なことになり、挙げ句の果てには学院長室にエロトラップダンジョンに設置予定の魔法植物を勝手に置き場にしてくる始末であった。部屋を開けた時に変な植物とご対面を果たした時は夢かと思った。
それに毒草を勝手に採集していく魔導書図書館の司書もいて、全く仕事をしないで飲んだくれる白い狐もいるし、お野菜を大きく育てすぎちゃう聖女様は――被害は特にないので除外する。とにかく問題児の他にも厄介な人物が勢揃いしていた。
そんな彼らを御せるというならやってみてほしいところである。絶対に無理だと思うけれど。
「いいえ、全ての人間は改心できます」
あれだけ言ったのに、ガゼルは考えを曲げなかった。
「私がそれを証明して見せます」
「へえ、言うじゃないか。どうせ同じ結末を辿るんだろうけど」
そこまで言うなら、とグローリアは新しい学院長候補に提案する。
「卒業式まで残り1週間。それまで耐えられたら、次の年度は君が学院長をやったらいいよ。そうすれば僕は授業に集中できるしね」
「寛大なお心遣いに感謝いたします」
「感謝されるほどでもないけれどね」
頭を下げるガゼルに、グローリアはやれやれと肩を竦めた。大概、自分も甘いものである。
「ところで」
「うん、何かな?」
「その問題児とやらの詳細は教えてもらえるのでしょうか? あの、ほら、どのような生徒か分かれば」
「生徒じゃないよ」
質問を投げかけてきたガゼルに、グローリアは簡潔に答えた。
「問題児って呼ばれてるのはうちの用務員さ。仕事もしないで日がな一日ゴロゴロだらだらとして問題行動をするのさ」
「よくクビになりませんね」
「広大な敷地内を把握して、不審者を捕まえてるからね。優秀だよ」
「なるほど」
ガゼルは少しだけ考える素振りを見せてから、
「なら、その人たちは用務員を辞めていただいて」
「死にたいならそう提案したらいいよ」
「代わりの仕事を用意しましょう。それならどうです?」
「死にたいならそう提案したらいいよ」
グローリアは「あーあ」と言わんばかりに天井を振り仰いだ。
問題児の性格を知らないお花畑な一般人はこれだから困る。そんなことを提案した途端に首が胴体とオサラバしていると言うのに、よくもまあそんな無謀な提案が出来るものである。
代わりの仕事を任されて、彼らが納得するものだろうか。今まで以上に虐めが酷くなるのではなかろうか。絶対に責任は取りたくはないが。
「あの、私は何かおかしな提案を?」
「その提案を素直に彼らが受け入れてくれるんだったらいいんじゃないかな、好きにしたら。終わらせられないようにね」
キョトンとした表情のガゼルに、グローリアは静かに十字を切るのだった。
《登場人物》
【グローリア】ヴァラール魔法学院の学院長。学院長でありながら授業も受け持っており、空間構築魔法の授業を教えている。毎年「学院長の座席を譲れ」という意味を込めてやってくるレティシア王国の使者に学院長を任せたトラウマを植え付けさせるのが恒例行事。
【ガゼル】アンブレイシア学院の元学長。このたび勇退することになり、これを機にヴァラール魔法学院の学院長候補としてやってきた。不良生徒を改心させたことで『聖人学長』と呼ばれている。




