第117章第5話【問題用務員と砲丸投げ?】
問題児男子組が帰ってきた。
もう一度言おう、問題児男子組が帰ってきた。薄情な連中が何食わぬ顔で帰ってきたのだ。
そんな訳で、やることと言えば決まっていた。問題児の恨みは根深いのだ。
「くたばれ」
「あだぁ!?」
ユフィーリアはエドワードの鳩尾に拳を叩き込み、
「この野郎」
「いだあ!!」
そして流れるようにハルアの横っ面へ拳をぶち込み、
「おらおらおらおら」
「あうあうあうあう」
最後にショウの両頬を手のひらで包んでもちもちもちもちと全力で捏ねておいた。いつもより多めにこねこねしておいた。
「ゆ、ユーリ、扱いが違くない……?」
「痛い」
「小顔になってしまうのだが」
「黙れ薄情者どもめ。その程度の罰で済んだだけで感謝しろ」
雪の結晶が刻まれた煙管でスパーと煙を吹かしつつ、ユフィーリアは厳しい言葉を吐き捨てる。
この問題児男子組は、話も聞かずにユフィーリアの通信魔法を切断したのである。本当に薄情者である。そしてようやく帰ってきたと思えば「何してるの?」と言う始末であった。こいつらどうしてくれようと思うのは必然だし、何だったら拳が出るのも当たり前だ。
鳩尾を殴られたエドワードは痛そうに顔を顰めているし、横っ面をぶん殴られたハルアは呆然とユフィーリアを見上げていた。まるで乱暴にされた生娘のようだが、決して可愛くはない。頬を全力でこねこねされたショウは「お顔が……」と呟きながら顔を押さえていた。ショウだけは可愛いので許す所存だ。
「お前ら、仕事だ。あれを抜け」
「抜けっていきなり言われてもぉ」
「大きすぎじゃね!?」
「あれは蕪でいいのか?」
ユフィーリアが指差した巨大な蕪を見上げて、問題児男子組の3人は唖然と呟く。
リリアンティアの農園の中心に居座る巨大な蕪を前に、さしもの問題児男子組でも太刀打ちできない様子だった。それはそうだろう、誰だって同じ反応をしたものである。この場で言えば4回目ぐらいの反応だ。
冥府総督府からわざわざ運んできた魔法兵器運搬用の重機ですら持ち上げられなかった代物である。問題児とはいえいきなり「抜け」と命じられても困惑する。
ところが、
「まあでも命令なら従いますよぉ」
「抜けるかな!?」
「頑張れば抜けると思う」
問題児男子組はやる気だった。
これまでやる気を出したのは魔法兵器の開発者であるスカイと冥府総督府から連れてこられたオルトレイぐらいのものだった。共通項として魔法兵器を開発していることぐらいだが、とにかくその2人でも抜けなかったのだ。
それなのに抜くことに自信がありそうである。エドワードは両腕と肩周りを中心に筋肉をほぐすかの如くストレッチをしており、ハルアもショウに「どうやって抜けばいい!?」と指示を仰いでいた。問題児の天才軍師と名高いショウは入念に巨大な蕪の周囲を歩き、大きさと畑の状況を確認していた。
それから、ショウはハルアに振り返ると、
「ハルさん、グランディオーソで畑の土の状態を緩めに出来るか?」
「多分!!」
「あと頑丈で長い棒があれば。神造兵器でそんなようなものは何かなかったか?」
「ヴァジュラ!?」
「焦げてしまうからそれ以外で」
「じゃあエル・ブランシュにする!!」
「それをエドさんと反対側に突き刺して。梃子の原理で挑戦してみよう」
流れるような連携に、ユフィーリアは「おお」と感心した。
腕力自慢のエドワードに多彩な神造兵器を操るハルアだけならば農園を更地にするだけだろうが、そこに頭脳明晰なショウが加わることでいい連携を生み出している様子だった。最年少のショウに命じられても特に文句を言うこともなく動く先輩たちは、彼に全幅の信頼を置いている様子である。
これならもしかしたら抜けるかもしれない。ついに巨大なおとぎかぶとご対面を果たすかもしれないという未来を想像して、ちょっとだけワクワクした。
ショウは地面を踏みつけると、
「炎腕、エドさんのサポートに入ってくれ」
ショウの足元から召喚された腕の形をした炎――炎腕はグッと親指を立てると、巨大な蕪の葉っぱを掴むエドワードの腰を掴んだ。エドワードの腰を掴む炎腕へさらに別の炎腕がしがみつき、まるで鎖のように大量の炎腕がエドワードの背後に連結していく。
巨大な蕪の影では、ハルアが花束を模った戦鎚でポコポコと地面を叩いていた。大自然を自在に操る恩恵を与えられた神造兵器『グランディオーソ』である。そのおかげで農園の土に水気が孕んでいき、徐々に緩んでいく。
一連の行動を目の当たりにしたキクガは感動のあまり涙を目に滲ませ、オルトレイは「ほう」と舌を巻いた。
「これはなかなか素晴らしい連携ではないか。死後は冥府総督府で獄卒として働かないか? 呵責開発課はいつでもお前たちを歓迎しよう」
「ショウがこんなにも立派に……!!」
「勝手に勧誘するのは止めろ。あと親父さんは感極まりすぎだ、どうした突然」
大事な部下を勧誘するオルトレイの脇腹に手刀を突き刺し、キクガに手巾を貸してやるユフィーリア。この大人2人は反応に困る。
そんなやり取りをよそに、問題児男子組の3人は着々とおとぎかぶに挑む為の準備を進めていた。ハルアはエドワードが掴んだ葉っぱと反対側に旗の神造兵器『エル・ブランシュ』の柄を突き刺し、グッと地面に押し込んで超死を整えている。エドワードは葉っぱが千切れないことを何度も引っ張って確認していた。
これで準備は整ったと言ってもいいだろう。ついに挑戦の時である。
双方の先輩たちの準備が整ったことを確認したショウは、
「エドさん、ハルさん。始めてください!!」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
エドワードとハルアはショウの号令を受けて、同時に行動を開始した。
ハルアはエル・ブランシュの柄をグッと巨大な蕪の下に押し込み、全体重をかけて持ち上げようと試みる。梃子の原理が働いたか、あらかじめグランディオーソで土の状態を変えていたのが功を奏したのか、巨大な蕪がぐらりと動いた気がした。
葉っぱを掴むエドワードはグッと腰を落として体重をかけ、巨大な蕪を引っこ抜こうと力を込めた。彼の腰に連結する炎腕たちも巨大な蕪を抜くべくエドワードの身体を引っ張っている。
1回目は碌に動くことはなく、2回目は重機の方が根を上げた。頭脳明晰なショウが導き出し、先輩たちの能力を最大限に有効活用した3回目の挑戦で、ついに巨大な蕪が動く。
「お」
ユフィーリアは目を見張る。
土に埋まった状態の巨大な蕪が、もこりと表面に出てこようとしていた。ショウの作戦が上手くハマった様子である。
リリアンティアも、グローリアも、キクガやオルトレイも期待に満ちた眼差しを巨大な蕪に向けていた。このままいけば抜けるかもしれない。いや、確実に抜ける!!
「どっ、せい!!」
気合を込めてエドワードが葉っぱを引っ張った瞬間、
――ボコぉ!!
土から巨大な蕪が引っこ抜けた。
「おお!!」
「抜けました!!」
「わあ、凄いね。やっぱり大きいや」
その場にいた誰もが抜けた蕪の大きさに感心するが、
「あ」
引っこ抜いたエドワードの手から、巨大は蕪の葉っぱがすっぽ抜ける。
抜けた勢いそのままに、巨大な蕪はエドワードの怪力とハルアが働かせた梃子の原理の力を借りて空高く飛ぶ。ふわりとその巨大な見た目とは思えないぐらいに軽々と空を舞った巨大な蕪は、そのまま後方にすっ飛んでいく。
吹き飛ばされていく巨大な蕪の行方を、誰もが視線で追いかけた。何かの生物かと思うぐらいに吹っ飛んだ巨大な蕪を止める術などなかった。
そしてその蕪は、何故か学院長室のあるヴァラール魔法学院の校舎を吹き飛ばし、校庭方面へと消えていった。
「…………」
誰もが黙り込む。
学院長室は物の見事に吹き飛んでいた。屋根もなければ壁もなくなっていた。おそらく学院長室そのものが蕪によって吹き飛ばされた。
非難するような視線が問題児男子組に注いだ。主に学院長のグローリアからである。それはそうだ、自分の執務室が吹き飛ばされればそんな反応もしたくなる。
そして、彼は静かに告げた。
「正座」
「はい」
「うっす!!」
「反省します」
さすがに学院長室を吹き飛ばすことを想定していなかったエドワード、ハルア、ショウの3人は服が汚れることも厭わずにその場で正座をするのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】この野郎、どのツラ下げて戻ってきやがった。
【アイゼルネ】蕪は抜けたけれど、あらまあ大変なことに。
【エドワード】戻ってきたら蕪を抜かされることになったけれど、抜いた瞬間に投げちゃった。手からすっぽ抜けちゃった。
【ハルア】蕪を抜く為に神造兵器を使ったのは初めてかも。
【ショウ】蕪を抜く為に作戦を立てた。ここでも頭脳明晰を発揮。
【オルトレイ】こいつら冥府にスカウトできないかと画策。本当にほしい人材。
【キクガ】息子がこんなにも立派になって感動。




