第117章第4話【問題用務員と獄卒たち】
めでたく冥王第一補佐官様も仲間入りである。
「なるほど、これを抜けばいいのかね?」
「大の大人が頑張っても抜けないもんっすよ、これ」
「それは、この面子を見て言っていることかね?」
「いや、世の常識として」
目の前に鎮座する巨大な蕪を前に、キクガは「抜けばいいのかね?」と簡単に言ってのけた。大の大人が数人がかりで挑むべきおとぎかぶに、そんな軽い気持ちで臨むとは異世界出身者は恐ろしいものである。
とはいえ、キクガは細身ではあるもののユフィーリアに次いで腕力がある。加えて彼は冥府総督府の2番手だ、屈強な獄卒も数人ほど連れてきてくれているに違いない。
ユフィーリアは「いやぁ、助かった」と笑い、
「親父さんのところは屈強な獄卒もわんさかいるだろ? 簡単に抜けるな、こりゃ」
「そのことなのだが」
キクガは申し訳なさそうな表情で、
「実はそこまで屈強という訳ではなくて」
「え、どういうこと?」
「屈強な獄卒がたくさんいる獄卒課の職員に声をかけてみた訳だが、ことごとくお断りされてしまった訳だが。罪人たちに呵責をするので忙しいみたいで」
「あー……」
キクガは「申し訳ない」と謝るが、謝るのはユフィーリアの方である。何せいきなり頼んでしまったのだから、人数が集められないのは想定の範囲内だ。
ただ、冥府総督府の獄卒を頼りにしていた節はある。エドワードという手持ち戦力の中で最も腕力のある馬鹿野郎が使えない以上、他に屈強な人物といったら冥府の獄卒たちぐらいしか思いつかなかった。彼らも忙しいのだと改めて知った。
改めて作戦の練り直しかとユフィーリアが頭を抱えると、
「ああ、人数については問題ない訳だが。屈強とは言い難いが、頼りになる獄卒は連れてきた」
「本当? どこに?」
「呵責用の魔法兵器を運搬する重機を持ち込むと言っていたので少しばかり遅くなるらしいのだが……」
キクガがそう言った途端、地面がガタガタと揺れた。
何かと思って周囲を見渡すと、リリアンティアが管理する農園から離れた位置に巨大な骸骨が支える門――冥府転移門がいつのまにか出現していた。深淵まで繋がっているのではないかと錯覚するほど暗い門の向こう側から、巨大な何かがのそりと姿を現した。
立派な履帯をゴロゴロと転がして進んでくるそれは、鉄塔のようなものを積んでいた。その鉄塔の先端からは頑丈な鎖が垂れ落ち、さらに鎖の先端には何かを引っ掛ける為の巨大なフックが揺れている。
そして鉄塔の背後に据えられた運転席に乗り込んでいたのは、作業着姿の男だった。慣れた手つきで舵輪を操作し、ゆっくりゆっくりと進んできている。
「あれまさか」
「そのまさかな訳だが」
ユフィーリアの予想を、キクガは朗らかに笑って肯定する。
「ふはーはははははは!! 孫娘の為に冥府からこんにちは、呵責開発課課長のオルトレイ・エイクトベル参上だ!!」
ゆっくりと停止した重機から軽やかな足取りで降りてきたのは、ユフィーリアの祖父を自称する呵責開発課の課長、オルトレイだった。今日も今日とて笑い声がうるさい。
よりにもよって頼ったのがこの見るからに阿呆そうな男とは思わなかった。本当に頼りになるものかと疑問を抱いてしまう。屈強でもなければ体力や身体能力、腕力に自信がある訳でもなさそうなのに。
ユフィーリアはキクガの脇腹を小突くと、
「親父さん、本当にあんなのが頼りになるんすか?」
「君が疑いたくなるのも分かる訳だが」
キクガは「だが」と言葉を続け、
「私が冥王第一補佐官になる以前の時より、世話になっていたのは確かな訳だが。彼以上に頼りになる魔法使いはそういない」
「本当かよ……」
ユフィーリアは呆れたような目線をオルトレイに送った。
肝心のオルトレイは早速仕事に取りかかっており、リリアンティアの畑の中心に居座るおとぎかぶを見上げて「これは派手に育てたものだな!!」とケラケラ笑っていた。笑いながらも大きさがどうとか重さがどうとか聞こえてくるので、目視でおとぎかぶの大きさや重さを予想しているのだろう。
副学院長より魔法兵器の組み上げ技術はないだろうが、副学院長よりちゃんと仕事をしそうな気配はあった。魔法工学の分野でこれほど信頼できそうな人物は初めて見るかも知れない。
おとぎかぶの周辺を観察するように歩き回っていたオルトレイは、
「先におとぎかぶの周辺を掘って実を露出させ、ある程度露出させたところで重力操作魔法を用いて軽くしてから引っこ抜いた方が確実だろうな」
「凄い、まともな意見だ」
「まともすぎる作戦だな」
「? 普通だろう、これが」
グローリアとユフィーリアが感心する素振りを見せたのに対し、オルトレイは不思議そうに首を傾げていた。これが当たり前だと思っているのがおかしいのだ。
「だって我が校の魔法工学担当は阿呆すぎてお話にならないんだから」
「魔法工学の分野を担当しているのに阿呆とはどういうことだ」
「こういうことだよ」
ユフィーリアが指差した方向には、リリアンティアに治療を受けるうつ伏せ状態の八雲夕凪の姿があった。副学院長が開発した阿呆な籠手の餌食となり、両腕と両肩がいかれたようだった。
あんなのを開発するぐらいだから阿呆である。まともではない。本気を出せばちゃんと優れた魔法兵器を開発できるのに、何かどこか色々とおかしいのだ。
オルトレイは「まあいい」と言い、
「そこな聖女よ、スコップはあるか? 本数があればこちらで対応するが」
「えと、身共の使っているものしかありませんが……」
「なるほど、承知した」
リリアンティアからスコップの本数を聞いたところで、オルトレイは代案を提示する。
「それならオレが重力魔法と穴を掘る魔法の2種を行使する。おい、誰か運搬用重機に乗り込め。フックを引っ掛ける役目も頼む」
「了解です、課長!!」
「任せてください!!」
重機の背後に控えていたらしい呵責開発課所属の獄卒たち数名が、オルトレイの指示を受けて動き始める。1人が重機に乗り込み、もう1人が重機を先導して空中で揺れるフックを誘導する。上から目線の態度が目立つものの、部下からは信頼されている様子だった。
連携の取れた動きで獄卒たちはおとぎかぶの周囲に集まり、行動を始める。あらかじめ持ち込んだらしい細めの鎖を空中で揺れるフックに引っ掛け、それからおとぎかぶの上に飛び乗った獄卒たちは立派な蕪の葉っぱに鎖を巻きつけていく。手際がよかった、とんでもなくよかった。
獄卒たちはオルトレイへと振り返り、
「準備完了です」
「重機いけます」
「よし、分かった。作戦を開始する」
獄卒たちからの報告を受けてから、オルトレイは両手を掲げた。
すると、おとぎかぶの周辺で濃紺の光が煌めく。おとぎかぶを包み込む濃紺の光は蕪をふわりと持ち上げ始め、さらにおとぎかぶが埋まる土がボコボコと掘り起こされていく。2種類の魔法を同時進行、しかもどちらもかなり高度な技術を要する魔法であるにも関わらず、オルトレイは詠唱することもなく簡単に使ってみせた。
呵責開発課の課長にしておくにはもったいないぐらいの魔法の腕前である。生きていたらヴァラール魔法学院で教職員として招聘されていたかもしれない。
そうしておとぎかぶはオルトレイの魔法に手伝ってもらいながら重機で引き上げられていくのだが、
「あ、ちょッ、課長まずいまずいまずい重すぎます!!」
「何だと!?」
「実の部分があまりにも巨大すぎます!! このままだと重機がひっくり返る!!」
「嘘だろう!? 下ろせ、一旦中止だ中止!!」
さすがに重機がひっくり返って畑に被害が出ることを避けたかったのだろう、持ち上げられていたおとぎかぶは再び地面に戻ることとなった。
「何ともまあ、立派に育てたものだ。オレの作戦が通用せんとは」
「しゅ、しゅみましぇ……」
「謝るな――おおおおい何だこの娘っ子、ぺちょぺちょ泣くな!! 焦っちゃうだろう!?」
ぺちょぺちょと再び半泣き状態になってしまうリリアンティアを必死にあやすオルトレイ。慣れた手つきでリリアンティアを抱っこして「よしよし、泣き止め泣き止め。誰も怒っていないぞ」とあやす姿は立派な父親のようであった。
それにしても、まともな作戦すら通用しないとはどうすればいいだろうか。常識すら覆してくるおとぎかぶの存在にお手上げ状態だった。
こうなったらいっそ正攻法で、この場にいる全員と協力して力技で引っこ抜くしかないだろう。それが確実な方法かもしれない。
その時、
「何してんのぉ?」
「わあ、でっかい!!」
「大きな蕪……」
この場に於ける大本命、問題児男子組ことエドワード、ハルア、ショウの3人がヴァラール魔法学院に帰ってきた。
《登場人物》
【ユフィーリア】何かうるせえ自称祖父が来たな。
【アイゼルネ】ユーリのお爺様、意外と頼りになるのね。
【キクガ】獄卒課に依頼をしたらお仕事を理由に断られたのだが、興味を持った呵責開発課が来てくれた。
【オルトレイ】呵責開発課の課長。孫娘の為にえんやこら。決して仕事が嫌でサボりたかったから協力した訳ではない。断じてだ。
【リリアンティア】母様の身内まで出てきて申し訳ない。




