第117章第3話【問題用務員と引っこ抜き隊】
そんな訳で、おとぎかぶ引っこ抜き隊の結成である。
「半ば脅しのように呼ばれたんだけれど」
「ボクは今日の授業もなかったし暇してたからちょうどよかったッスわ」
「何なのじゃぁ、一体」
「よく集まってくれたな、お前ら」
リリアンティアの畑に集合したのは、学院長のグローリア・イーストエンド、副学院長のスカイ・エルクラシス、そして特に役に立ちそうにはないがとりあえず恵まれた体格を持っていた八雲夕凪の3人である。ユフィーリアが半ば脅すようにして呼びつけたのだ。
他にもキクガが獄卒を何名か引き連れてやってくるらしいが、少しばかり時間がかかるらしい。いきなり現世に招集をかけたら冥府総督府も大変だろう、悪いことをしたとは思う。
リリアンティアが管轄する農園で出迎えたユフィーリアは、背後に聳えるおとぎかぶを指差した。
「これどうにか抜くのを手伝え」
「うわ何これ」
「おとぎかぶ」
「それにしては大きすぎじゃない?」
グローリアは、畑の中心に鎮座する巨大な蕪を見上げて口をあんぐりと開けていた。スカイも「これは食べ応えがありそうッスねぇ」なんてのほほんと笑っている。
普通に育てても大きく育つおとぎかぶの存在は、さすがに学院長や副学院長も知っているのだろう。毎年品評会も開催されるぐらいだし、有名ではある。
ただ、リリアンティアという農作業の天才の手によって見上げるほど巨大化したおとぎかぶを目の当たりにすれば、誰だって唖然とするしかない。「これは本当に正規で育てたおとぎかぶなのか」と疑いたくなる気持ちも分かる。現にユフィーリアも何らかの品種改良をしたのではないかと疑ったが、閲覧魔法にはそんな情報が出てこなかったのでリリアンティアの実力でこんな大きさになっちゃったようだ。
「ほらリリアがこんなぺちょぺちょになっちまってんだよ。手伝ってやれ」
「本当だ、ぺちょぺちょになってる」
「どしたんスか。ガラガラいる?」
「高い高いするのじゃ?」
「あまりの出来事にお子様をあやすみたいなことをし始めちゃったワ♪」
ユフィーリアの背後から顔を出したリリアンティアは、申し訳なさのあまり顔面がしわしわになっていた。足元も覚束ず、未だにぺちょぺちょと半泣きの状態である。これにはさすがの大人たちもあたふたしていた。
こんな状況のリリアンティアが可哀想なので、ユフィーリアも半ば脅すように人員を集めたのだ。これはとっとと解決すべき問題である。
リリアンティアはか細い声で、
「大変申し訳ございません……身共のせいでご足労を……」
「いいって、いいって。気にしないで。大きく育てたくなっちゃうよね」
「ちょうどいい魔法兵器があるから実験としていいかもしれないッスから」
「りりあ殿が育てた大事な野菜じゃろ、もっと誇るがよいのじゃ」
「凄え、リリアの涙で八雲の爺さんがまともなことを言い出した」
「中身が違う人みたいネ♪」
聖女の涙に浄化されたのか、普段はエロ狐と警戒すべき八雲夕凪がまともなことを口走ったのである。本当に中身はあの八雲夕凪なのかと疑いたくなる。
とはいえ、これで人員は確保である。これで抜けなかったらまた引っこ抜き隊の人数を増やすだけだ。今度はそこら辺を歩いている元気な生徒どもを引っ捕まえて仲間に加えてやる所存だ。
グローリアは「それで」とユフィーリアへ振り返り、
「どうやって抜くの? 僕は腕力に自信がないけれど」
「身長順に並んで引っ張ればいけんじゃねえの。腕力に関して言えば魔法で少しの間だけ上昇させれば」
「無難な作戦だね」
納得したように頷くグローリアだったが、
「いやちょっと待って、その理屈でいくとアイゼルネちゃんは僕とスカイの間に挟まることになるけれど」
「あラ♪」
アイゼルネの身長は175セメル(センチ)という女性の中では高身長の部類に属する。身長順に並ぶのだったら、179セメルもあるスカイとグローリアの間に挟まることとなる。
異性に背後から抱きつかれて欲情するような男どもではないが、絵面的に大変よろしくない。リリアンティアの教育にも悪い光景である。
ユフィーリアは「はあ?」と言い、
「お前、何言ってんだグローリア。非力代表のアイゼとお子ちゃま代表のリリアに手伝わせる訳ねえだろ。応援だよこいつらは」
「それでも君はやるんだね?」
「お前ら3人がアタシよりも力が強ければいいんだがな」
ユフィーリアはおとぎかぶの葉っぱを掴むと、
「おらグローリア、腰掴め腰」
「僕が!?」
「身長順って言ったろ」
「いや身長順ってまさか小さい順だとは思わないじゃないか!!」
グローリアは金切り声を上げた。一体何が不満なのだろう。
この中で最も体力も腕力もあるのはユフィーリアである。ならば引っ張るのは必然的にユフィーリアが中心となる。誰かの背後に引っ付いて引っ張るのではなく、最前線でおとぎかぶを引っこ抜く方がいいかと判断したのだ。
それなのにこの学院長、先程から文句ばかりである。不満があるならユフィーリアよりも腕力を鍛えてから出直してほしいぐらいだ。
すると、
「そんな時はボクにお任せ☆」
「引っ込め」
「まあまあ、そう言わずに」
手を挙げたのは、マッド発明家として名を馳せるスカイだった。嫌な予感しかしない。そう言えば、先程も「魔法兵器の実験がしたい」と言っていたので、何かしら持ち込んでいるのだろう。
スカイが転送魔法で農園に送り込んできたのは、籠手のようなものだった。鋼色の輝きを放つそれは表面に魔法式らしき溝が何重にも刻み込まれており、実用性の高そうな見た目はしている。
変な魔法兵器を送り込んでくるかと思いきや、意外とまともな見た目をしていて拍子抜けである。珍しく使える魔法兵器を開発したのではないだろうか。
「装着するだけで何倍ものパゥワーを出すことが可能!! その名も『マジックパワードアーマー』ッス!!」
「その『パゥワー』って言い方はどうにか出来なかったか?」
「パゥワー!!」
「うるせえな、引っ叩くぞ」
調子に乗ったような口振りのスカイに脅しかけるも、このマッド発明家は問題児の脅しなど意にも介さず魔法兵器の説明をし始めた。
「この魔法兵器は装着するだけで通常の100倍の腕力を発揮することが出来るッスよ。これさえあれば重い荷物でも楽々運搬可能!!」
「ほーん、なかなかいい魔法兵器を開発したな」
「でしょ!? いやー、ボクってやっぱり天才発明家ッスわ」
調子に乗って胸を張るスカイを今度こそぶん殴ろうとしたユフィーリアだが、問題児を華麗に無視した副学院長は籠手を八雲夕凪の腕に装着した。流れるような押し付けっぷりだった。
「何故に儂なのじゃ?」
「いやだって、ユフィーリアを実験台にすると今度こそボクはショウ君に溶かされあばばばばば」
「小刻みに震えとる!?」
どうやらショウと何かしらの揉め事があったらしきスカイは、小刻みに震えながら言う。よほど怖いことをされたのだろう。
だが、籠手を使う人選はなかなかいいものである。この中で最も体格に恵まれているのは八雲夕凪だ。さらに腕力100倍出力の籠手を装着すれば、おとぎかぶとて抜けるに違いない。
八雲夕凪はやれやれとばかりに肩を竦め、
「もし抜けたらゆり殿とあいぜ殿でぱふぱふを」
「ボコボコならやってやるよ、今すぐにな」
「じょ、冗談なのじゃ。そんなに怒らないでほしいのじゃ……」
拳を掲げて威嚇するユフィーリアから逃げるように、八雲夕凪は巨大な蕪の前に立った。籠手を装着した手でおとぎかぶの葉っぱを握ると、力任せに引っ張る。
次の瞬間。
ゴキゴキボキゴキィ!! という鈍い音が八雲夕凪の全身から聞こえてきた。
「お゛ッ」
「あちゃー」
八雲夕凪はその場に倒れ伏すと、ピクリとも動かなくなる。その結末を分かっていたらしいスカイが茶目っ気たっぷりに「やっちった」と発したのをユフィーリアは聞き逃さなかった。
「おい、副学院長」
「いやー、ちょっと調整がダメだったみたいッスね」
「副学院長、それ」
「残念残念、改良しなきゃ」
「おい、話を聞け」
ユフィーリアの呼びかけに応じることなく、スカイはひたすらに大きな声で独り言を叫びながら倒れた八雲夕凪を回収した。
あのマッド発明家、こうなる未来を知っていたようである。というより、こんな未来を予想していながら止められなかったユフィーリアにもちょっとばかり責任はある。
というか、そもそもあの籠手をユフィーリアが装着していたらどうなっていたことだろうか。八雲夕凪でさえ身体から異音が聞こえてくる始末だったのだ。きっと冥府の法廷に立つ羽目になっていることだろう。副学院長がショウの報復を恐れる訳である。
その時、
「すまない、遅れた訳だが」
冥府のお役人にして頼れるお父様、アズマ・キクガがようやく降臨した。
《登場人物》
【ユフィーリア】背後から抱きつかれてきゃーきゃー騒ぐほど女の子じゃねえんだ、こっちは。知り合いでなかったら問答無用で殴るけれども。
【アイゼルネ】非力な女子代表。ただ非力を装っている節がある。
【リリアンティア】お子ちゃまなので蕪を抜く作業は応援になった。野菜とその他諸々に対する罪悪感でぺちょぺちょ泣いてる。
【グローリア】いきなり呼び出された。本当は断りたかったが、リリアンティアが関係しているらしいので協力することに。
【スカイ】ユフィーリアから協力要請を受けて魔法兵器を携えて参戦。
【八雲夕凪】1番の被害者。可哀想。
【キクガ】今来た。




