第117章第2話【問題用務員とおとぎかぶ】
リリアンティアの管理する農園に向かうと、何やら巨大なブツが中央に鎮座していた。
「何あれ」
「何かしラ♪」
「うう……」
広大な農園のど真ん中に、巨大な葉っぱが突き出ている。どうやら蕪の類のようだが、あまりにも大きすぎやしないだろうか。
土を捲って顔を出した真っ白な表面と、青々と立派な葉っぱはまさに蕪の特徴そのものである。リリアンティアからも「蕪を育てているんです」と報告されたから蕪だと推測できたが、想像していた蕪よりも遥かに巨大であった。
悪夢みたいな大きさの蕪を指差したユフィーリアは、
「リリア、これは一体?」
「分かりません……大きな蕪としか……」
ぺちょぺちょと半泣きのリリアンティアは、首を横に振った。
「ただの蕪を植えただけですのに……身共は何かしてしまったのでしょうか……」
「ちょっと植えた蕪の苗とか種の袋はあるか? 読んでやるから持ってこいよ」
「あい……」
半泣き状態のリリアンティアが、覚束ない足取りで農園の片隅に設けた小屋を目指す。リリアンティアが普段から暮らしている小屋である。
あの調子だと、戻ってくるのに時間がかかりそうだ。彼女の精神状態はよほど悪い様子である。
その原因は、すぐに判明した。
「あー、これは」
「酷いわネ♪」
巨大な蕪の周囲を確認すると、萎びた野菜の群れがずらりと並んでいた。おそらく周囲の土の養分を巨大な蕪が吸ってしまったことで、周囲に植えていた野菜たちが栄養不足に陥ってしまったのだろう。農作業を得意とするリリアンティアの痛恨のミスである。
巨大な野菜を育ててユフィーリアや他人を驚かせることがままあるリリアンティアだが、巨大な野菜を育てる際は彼女なりに畑を隔離したりと気を使っている。彼女も巨大化する野菜は周囲の土の養分を余さず吸収してしまうから、他の野菜と隔離しなければならないという常識は知っているはずだ。
萎びてしまったトマトを眺めながら、ユフィーリアは「うーん」と唸る。
「これだと復活は厳しそうだな」
「リリアちゃんの元気がない原因はこれネ♪」
「手塩にかけて育てた野菜がみんな萎びてたら元気もなくなるだろ」
あの精神状態の少女にお野菜たっぷりの献立はトドメを刺すものだろうか。少しばかり内容を変更した方がいいかもしれない。
夕飯の献立をどうするかとアイゼルネと相談していた矢先、弱々しい声で「こちらです……」とリリアンティアが戻ってきた。彼女が差し出してきたのは開封された蕪の種の袋である。
袋の表面には文字が記載されているだけで、絵もなければ写真もない簡素なものだった。文盲のリリアンティアでは袋に表示された内容を読むことが出来ず、蕪と言われたからそのまま植えてしまったのだろう。文字を読むことが出来なかったのが仇となった。
ユフィーリアは慰めるようにリリアンティアの頭を撫でてやり、
「リリア、これは購買部で買ったか?」
「? いえ……」
リリアンティアは涙で濡れた新緑色の瞳でユフィーリアを見上げ、首を横に振って否定した。
「魔法植物学の先生だと仰る方からもらいまして……」
「どんな見た目をしてた?」
「お髭がもしゃもしゃで、身長が高くてヒョロヒョロな人で、白衣を着てましたね」
「ああ、あの野郎か」
特徴を聞いたユフィーリアの脳裏に、1人の教職員の顔がよぎる。
魔法植物の生態や育成方法などを学ぶ『魔法植物学』の分野で、特に野菜の苗や種などの研究や開発などを担っている教職員だ。農作業を得意とするリリアンティアと何かしら会話を交わしたところで、この袋をもらったのだろう。
ヴァラール魔法学院の教職員が悪意を持ってリリアンティアの畑を壊滅状態にさせる訳がない。そんなことをすれば問題児による報復の上、学院長がヴァラール魔法学院から追い出すはずだ。頭のいかれた研究者気質の教職員が、よく考えずに野菜の種をあげたのが原因である。
とりあえず該当教員はあとでしばくとして、問題はこの巨大な蕪の処理である。
「これ、おとぎかぶって種類の蕪らしいな」
「おとぎかぶですか。知っています」
「お、さすがだなリリア」
「知っていましたら対策しましたのにぃ……!!」
涙を流して悔しがるリリアンティアを、ユフィーリアは優しく慰めてやった。
ちなみにこの『おとぎかぶ』とやらは、巨人西瓜やお化け南瓜と同じく巨大化する野菜に分類される。品評会も開催されるぐらいに大きく育つ蕪だが、周囲の野菜の栄養も吸い取ってしまうと有名な野菜だ。
そしてこのおとぎかぶは、なかなか抜けないことでも有名である。大人が数人がかりで引っこ抜かなければならないぐらいであり、それゆえに『おとぎかぶ』と呼ばれているのだ。
まあ、植えてしまったものは仕方がない。まずは引っこ抜くところからである。
「魔法でどうにかするにしても、これは大きすぎだろ……」
「ただでさえ大きく育つ蕪が、リリアちゃんの愛情を目一杯に受けてさらに大きくなっちゃったわネ♪」
引っこ抜こうにも、こちらは女性3人だ。しかも内訳として非力な女性が1人、非力なお子ちゃまが1人、体力と身体能力に自信のある女性が1人という感じである。実質、ユフィーリアしかまともに動けない。
この巨大な蕪を引っこ抜くには、飛び抜けた腕力が必要だ。ユフィーリアも腕力に自信はあれど、さすがに1人でこの巨大な蕪に挑むのは無理である。
ならば抜けそうな人物に心当たりがあるかと言われれば、あるにはある。あるのだが、
「エド、今どこにいるっけ」
「ショウちゃんとハルちゃんを連れてスイーツバイキングフェスタに出かけてるわヨ♪」
「あー、そうだった。タイミングが悪い……」
ユフィーリアは極小の舌打ちをした。
頼りになる問題児男子組は現在、購買部の福引で当てた『春のスイーツバイキングフェスタ』なる行事に参加中である。何でも古今東西、あらゆる場所のスイーツ店が軒を連ねる盛大なお祭りのようだ。
問題児男子組は3人揃って甘いものが好きということもあり、朝早くから出かけて行った訳である。それはもう楽しそうだった。足取りなんかめちゃくちゃ弾んでいたことも記憶している。
だが、リリアンティアの一大事である。ここは呼び戻すしかない。
「とりあえず『魔フォーン』で事情説明をするか」
ユフィーリアは通信魔法専用端末『魔フォーン』を転送魔法で手元に召喚し、エドワードの識別番号に通信魔法を飛ばす。通信魔法はすぐに繋がった。
「あ、おうエド。ちょっといいか?」
『よくない』
そして問答無用で通信魔法を切断された。
「ああ!? あいつ、通信魔法を切断しやがった!?」
「あらマ♪」
通信魔法を切断されたことにより、ユフィーリアは怒りの声を上げる。何でそんなことをされなければならないのか。
同様にハルアとショウの端末にも通信魔法を飛ばすが、繋がることはなかった。エドワードの端末に通信魔法を受信した時点で何かを察知し、揃って魔フォーンの電源を落としたのだ。薄情な連中である。
ユフィーリアは「ちくしょうが」と悪態を吐き、
「じゃあもう、学院に残ってる知り合いを片っ端から呼ぶしかねえ」
「キクガさんにも通信魔法を飛ばしましょうカ♪」
「頼む。屈強な獄卒を何人か貸してもらえねえか交渉してくれ」
問題児男子組が頼れない以上、他にアテを探すしかない。ユフィーリアとアイゼルネの2人がかりで片っ端から男性陣を選んで通信魔法を飛ばしていく。暇ではなかろうがお構いなしだ。
「しゅみましぇん……」
「謝るな、リリア。大丈夫だ、必ず抜けるから」
メソメソと泣き始めるリリアンティアを慰めつつ、ユフィーリアはおとぎかぶを引っこ抜く面子を集めるのに奔走するのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】かつてリリアンティアがおとぎかぶを植えた時は大きく育ったが、今回ほどではなかったのでエドワードと2人がかりで抜いたことがある。
【アイゼルネ】こんな大きな蕪なんてどうやって抜いたらいいのかしら。
【リリアンティア】おとぎかぶも育てたことはあるが、今より技術がない時代だったのでそれほど大きくならなかった。今育てたらこんなに大きく育つのかぁ、知りたくなかったぁ。




