第116章第3話【問題用務員と廃墟キット】
そんな訳で、廃墟キットの開封の儀である。
「これが廃墟キットな」
「絵の具ともしゃもしゃしたのが……」
「それは雑草な。霧吹きで水をかけてやるとわしゃわしゃ増えるぞ」
用務員室に戻って『廃墟キット』と銘打たれた木箱を開けると、絵の具やら何かの植物が大量に詰め込まれていた。絵の具も緑色が中心となった魔法塗料である。
一緒に入っていた植物は、霧吹きで水をかけて放置すると勝手に群生する魔法植物だった。これを壁や床に張り付けると自動的に増殖し、最終的に真っ白な壁が緑色の壁になったりするのだ。『取り外すには塩水を撒くと自然に枯れます』なんて説明書きにある。
木箱から廃墟キットの材料を引っ張り出して並べるユフィーリアは、
「絵の具なんてどうやって使うんだよ」
「壁などに草っぽい絵を描けばいいのだろうか」
ショウは廃墟キットから取り出された絵の具の瓶を引っ掴み、ハルアの鼻先に突きつける。
「ハルさん、これはどう使う?」
「壁のヒビとかを描いて、その模様に雑草が入り込んだみたいに描くかな!!」
さすが芸術家思考のハルアである、花丸満点の回答を提示してきた。
他にもハルアは自分の絵の具を引っ張り出してくると、いそいそとお絵描きの準備を始めた。たまに自由に落書きを許されている中庭の壁に超大作を描くぐらいの腕前を持つ画家のハルアのことだ、壁にひび割れの絵を描くことが楽しみで仕方ないのだろう。
その証拠に、彼は後輩のショウと一緒になって「落書き、落書き!!」なんて楽しそうにしていた。ハルア画伯にとって壁の落書きは重要案件らしい。
楽しそうな未成年組はさておいて、ユフィーリアは校舎内に蒔く予定の植物の種を並べた。
「とりあえず綺麗な花が咲く奴を選んでみたけど」
「本当にこれ校舎内で育つ奴なのぉ?」
「手順があるんだよ」
ユフィーリアが並べた植物の種は、購買部で売られていたごく一般的なものばかりである。普通に種を蒔いても芽を出すどころか掃除されて終了となりかねない。
だが、この問題に関して言えば手順を守れば解決できる。要は植える順番である。
ユフィーリアは廃墟キットの中に入っていたわしゃわしゃとした魔法植物をエドワードに千切って渡し、
「これを校舎全体に張り付けてから種を蒔く。すると、この緑の魔法植物を土台にして普通の植物も成長するんだよ」
「ちなみに普通の植物は何を植える予定なのぉ?」
「ドクダミとミント」
「庭に蒔いたらいけない植物の代表格じゃんねぇ。阿保なのぉ?」
「問題行動だからいいんだよ」
植物の中でも繁殖力が特に強いものを選んできた。これも廃墟キットの魔法植物に植えれば、塩水と共に消えていくだけである。もし残ったとしても回収して根こそぎ焼くか、ユフィーリアが絶死の魔眼でどうにかするしかないだろう。
「お前ら、これ校舎の壁に張り付けて植えてこい。そうすれば廃墟の完成だよ」
「ユーリは何するのぉ?」
「魔導書図書館とルージュの部屋に毒草の魔法植物を植えてくる」
ユフィーリアは別途購入した苗を並べて言う。
これらは魔法植物の中でも特に毒性が高いものとして販売されているものだ。一般の生徒や教職員は購入できないが、特定の資格を持っていると購入できる代物ばかりを選んできた。
ちなみに言うと、植物園にある毒性の高い魔法植物は購入することが出来ない。研究目的で生育されているので採取することも勝手に繁殖させることも禁止されているのだ。ルージュがやらかした問題は立派な法律違反である。
すると、ショウが「そうだ」と手をポンと打つ。
「もしよかったら父さんにもお願いしようか」
「何を?」
「毒性はないかもしれないが、凶暴な冥府の植物の手配を」
現世に生えている魔法植物とは違い、冥府の植物は基本的に凶暴である。呵責の為に開発され、さらに品種改良を重ねているので毒性よりも殺傷力の方が高い。
しかし、ルージュに痛い目を見せるということならば冥府の植物も採用するべきだろう。すぐに準備できるか不安だが。
少し考えてから、ユフィーリアは結論を下す。
「よし、連絡してくれ」
「了解した」
ショウはしっかり頷いてから、通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出す。そして迷いなく通信魔法を飛ばした。
『もしもし』
「父さん、ルージュ先生の制裁の為に冥府の植物を」
『ありったけ準備する訳だが。30秒ほど待ちなさい。呵責開発課にも掛け合って最新式の呵責用植物を持っていく』
「わあ、やる気が凄い。やる気というか殺る気というか」
即答だった。
迷いないぐらいの即答だった、そして殺意もマシマシだった。
通信魔法を終えたショウは、困惑気味にユフィーリアへと振り返る。
「以下略、ということで」
「ご苦労」
ユフィーリアはショウを労ってやると、
「よし、じゃあ廃墟を作る為に行動開始」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「任せテ♪」
「頑張るぞい」
ヴァラール魔法学院を廃墟化させる為に、問題児は行動を開始するのだった。
☆
ユフィーリアは魔導書図書館に併設されたルージュの私室を訪れていた。
「薔薇の匂いが凄えな。アタシの姿を騙って悪さをしてなけりゃ、どこの香水を使ってるのか聞きたかったけど」
「確かにいい香りだワ♪ おねーさん、好きかモ♪」
「アイゼルネ君ならば似合いそうな訳だが」
ルージュが不在のうちに私室に侵入したユフィーリア、アイゼルネ、冥王第一補佐官であるキクガの3人は室内を見回す。
全体的に赤色を基調とした家具で取り揃えられた、絢爛豪華な部屋だった。まあ彼女は名門魔女一族の出身なのでこのぐらいの豪華な部屋は当たり前だったのだろう。「妙に金をかけやがって」という鼻につくような豪華なものではなく、洗練された豪華さという雰囲気がある。
天蓋付きのベッドにシックな執務机、壁際に並んだ本棚には魔導書が隙間なく整列している。洋服箪笥も立派なものを使用しているようだ。部屋は全体的に整頓されており、ゴミ1つ落ちている気配がない。
音もなくルージュの部屋を移動するユフィーリアは、まずベッドの下に潜り込む。当然ながら何もなかった。
「チッ、何もねえや」
「ユーリ♪」
「はいはい、バレる前に仕事を済ませますよ」
アイゼルネから窘められ、ユフィーリアは廃墟キットにあった魔法植物を千切ってベッドの下に蒔く。ついでに魔法で水を振りかけてから、毒性のある魔法植物の種を植え付けた。
さらに成長促進魔法もかければ、明日には花を咲かせていることだろう。明日の反応が楽しみである。
ベッドからのそのそと這い出てきたユフィーリアは、
「うわ」
「ん? 何かね?」
「いや、何すかそれ」
「え?」
キクガが天井付近に仕掛けていたのは、何やら膨らんだ蕾にギザギザの牙を備えつけた謎の植物だった。細い蔦が巨大な蕾を支えており、うねうねとひとりでに蠢いている。蕾の表面に浮かんだ人間の唇のような部分からガチガチと牙が打ち鳴らされる不気味な音が響いていた。
よく見れば、天井の隅から徐々に苔のようなものが侵食していた。苔のような土台からにょろりと蔦が伸びたかと思えば、徐々に蕾が膨らんでいき、同じような人間の唇とギザギザの牙が生え揃った恐ろしい植物が作られた。成長速度が恐ろしいぐらいに早い。
キクガは頬に擦り寄ってくる蕾を撫でてやりながら、
「冥府の呵責用植物、その名も『がぶがぶふらわぁちゃん』だが」
「冥府ってこんな怖い植物がいるのかよ」
「呵責用としてより凶暴に品種改良されている」
キクガはいそいそと苗を取り出しつつ、
「他にも種を弾丸みたいに吐き出してくる『ましんがんふらわぁちゃん』や炎を吐き出してくる『ばーにんぐふらわぁちゃん』などがいる訳だが」
「やる気が凄え」
冥王第一補佐官の凄まじいやる気に苦笑したユフィーリアは、とりあえずこの場はキクガに任せることとした。「バレないように仕掛けろよ」とだけ言いつける。
「魔導書図書館にも仕掛けるか」
「そうネ♪」
やる気に満ち満ちたキクガに背を向け、ユフィーリアとアイゼルネは魔導書図書館の緑化に向かうのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】なるべくルージュが好みそうな毒草を購買部で見繕ってきた。嫌がらせをしたら学院で随一。
【エドワード】このあと校舎内に緑色のわしゃわしゃしたものをばら撒いてくる。これ食えねえかな。
【ハルア】このあと壁に落書きをしてくる。問題児の中で最も絵が上手い。
【アイゼルネ】ルージュが戻ってこないか見張り。それよりも冥府原産のお花たちが珍しくて観察してた。
【ショウ】ハルアと一緒に絵を描きに行った。問題児の中で2番目に絵が上手い。
【キクガ】ルージュに制裁を加えることに関して仕事を投げ出してでも遂行する。冥府原産のお花たちを持ち出してご満悦。




