第116章第2話【問題用務員と緑化】
そんな訳でお昼ご飯も終えて作戦会議である。
「もちもち」
「もちもちぃ」
「もちもち!!」
「♪」
「せめて口の中の食べ物を飲み込んでから話した方がいいと思うのだが」
今日はお天気もいいということなのでノーマンズダイナーでデザートのドーナツを購入し、日差しが燦々と降り注ぐ中庭で食べながら作戦会議をしていた問題児。もちもちのドーナツが口の中に残ったまま会話をしていたものだから、全く言語として成立していなかった。
最愛の嫁であるショウに指摘され、ユフィーリアはもぐもぐと口の中に頬張ったドーナツを咀嚼する。弾力のある生地は噛んでいるだけで顎が鍛えられそうなほどもっちもちのむっちむちであり、砂糖の甘ったるさの中にコーヒーの苦味も感じられた。ユフィーリアが注文したのはコーヒーが練り込まれているので苦味もあるのだ。
そんな訳で口の中に詰め込まれていたドーナツの生地を嚥下したユフィーリアは、
「どうしてやろうか」
「ルージュ先生の部屋を燃やすとかぁ?」
「オレなら10秒で遂行できるよ!!」
「積極的に火事を実行するのはよくないわヨ♪」
「火事というより、それはもはや放火では」
花が咲き乱れる芝生に円を描くように座り、もちもちとドーナツを頬張る問題児の現在の姿は何やら平和そのものであるが、会話の内容が全く平和ではなかった。そこはかとなく恐ろしいものがある。
問題児の標的は魔導書図書館の司書であり七魔法王が第三席【世界法律】のルージュである。よもやユフィーリアの姿を幻惑魔法で真似て犯行に及ぶとは許せなかった。
ならばいっそルージュの姿に変身をして問題行動をしてやろうか。そうすれば今回の問題行動の責任はルージュになすりつけることが出来る。ついでに幻惑魔法にうっかり騙された天然ボケの学院長にも一泡吹かせることが出来るので一石二鳥どころか三鳥ぐらいはいけるのではなかろうか。
ユフィーリアは「よし」と頷き、
「今回はルージュの姿を真似て放火ってことで」
「ちょっと待ってくれ、ユフィーリア」
「あん?」
問題行動の方針も決まったところで早速行動に移そうとした矢先、ショウに何故か引き止められた。止められる理由がなくて混乱した。
「どうした、ショウ坊?」
「そんな安直すぎる作戦はどうかと思うのだが」
まさかのダメ出しである。しかもショウは冗談で言っている素振りは全くなく、至って真剣に真面目な表情で物申してきた。
「え、放火って安直か? 鬼火にした方がいい?」
「結局は放火に行き着くのだろう。もう少し何かしらの捻りを加えなければ、学院長にもルージュ先生にも俺たちの怒りや苛立ちは届かないと思う」
「もう放火って被害を出す時点で怒りも苛立ちも十分に伝わるだろうけどな」
だが、そこまで言われてしまうとユフィーリアも考えてしまう。
魔法を使えば放火など容易い。火の玉を転送魔法で飛ばして該当箇所を燃やすことも可能だし、魔法兵器を組み上げて自走する爆弾でも作成してルージュの部屋に突撃させてから爆発してもいい。何だって出来るのだ。
しかし、ここまでやるならば「二度と問題児に罪をなすりつけるような真似はしません」とルージュの口から引っ張り出してやりたいと思うのも事実である。放火程度ではそのような言葉を引き出すことは出来ないだろう。相手はそこそこ矜持も高いことだし、余計に難易度は上がる始末である。
エドワードはドーナツと一緒に買ってきたコーヒーを啜りながら、
「ショウちゃんは何かいい作戦があるのぉ?」
「当然です。俺を誰だとお思いですか」
「最近神経が図太くなってきた小悪魔系後輩」
「神経が……図太く……?」
エドワードに指摘され、ショウはキョトンとした表情をする。自分の神経が図太いという自覚がないらしい。
もうそろそろショウが異世界から召喚されてから1年が経とうとしているのだが、この最年少問題児の態度は最初と比べてしまうとかなり図太くなってきたと言ってもいい。最初は問題児の問題行動を止める真面目さがあったのに、今ではすっかり問題行動を容認するような問題児に成長した訳である。涙を禁じ得ない成長っぷりだ。
ショウは「まあ、そんなことはさておいて」と強制的に話題を切り替え、
「どうせだったら真逆の方向に行くのはどうだろうか。燃やして何もかもを消し炭にしてしまうのは王道中の王道だし、対策もバッチリされているかもしれない」
「まあ、確かに」
ユフィーリアは納得する。
放火を考えるのはいいが、火は身近にありすぎて色々と対策がされているのが難点だ。より正確に分かりやすく言えば、簡単に燃えるものがあまりない訳である。
衣服も耐火性を盛り込むのは基本中の基本となってきているし、家財道具も魔法による爆発事故で火災が発生しないように火に強い作りをしている。放火を試みても簡単で派手に燃えないのが現状だ。
「でも真逆の方向って何するの!?」
「放火の真逆って何ヨ♪」
「消火とかぁ?」
「火から離れませんか」
もはや放火する気満々だった問題児の先輩たちに、ショウは厳しい声で言う。どう足掻いても放火以上の問題行動が思いつかないらしい。
「放火の反対とは言い難いですが、真逆の方向性と言えば植林や緑化活動ですね。いわゆる『緑を増やそう』みたいな行動ですが」
「緑を増やす、かぁ……」
ドーナツの最後の欠片を口の中に放り込んだユフィーリアは、
「それって何かいいことっぽいけどな。具体的には?」
「校舎内に緑を生やして廃墟みたいにさせる」
ショウはグッと親指を立てて、表情もキリッとさせた状態で言う。
「廃墟と言えば建物の壁や床を突き破って成長する植物が有名だ。校舎内に植物の種を蒔いてあれやこれやと魔法で色々と頑張れば、廃墟っぽくなったりはしないだろうか」
「出来るよ。生命力の強い魔法植物なんかはいいだろうな」
特に今は気候も穏やかで、植物が芽吹くのに最適な時期でもある。種を蒔いて水と光だけを与えておけばあっという間にわさわさと群生する植物なんかは、今の時期に数を増やすのだ。
もしかしなくても、これはかなりいいのではないだろうか。このヴァラール魔法学院が廃墟みたいな見た目になったら、それはそれは荘厳で神聖な気配漂う廃墟になりそうである。正直な話、ユフィーリアも見てみたい。
そしてショウはさらに、
「ルージュ先生のところには好きなだけ毒草を味わってもらえるように、毒草ばっかり植えましょう。ご自分で堪能したらいいんじゃないですかね」
「採用」
「最高」
「いいね!!」
「素敵♪」
ショウの作戦は満場一致で可決された。
さて、問題はどうやってヴァラール魔法学院を廃墟みたいに演出するかである。ただでさえ広大な校舎内に植物の種を蒔けば、掃除の際に回収されてしまう可能性も高い。
適当な植物の種を蒔いても廃墟みたいにはならないだろうし、色々と課題がある作戦だ。楽しいことには変わらないのだろうが。
両腕を組んで考えること数秒、ユフィーリアの脳にピンと閃いた。
「あれだ、この前通販で買った『簡単廃墟キット』ってのを使うか」
「そんなものが通販であるのか」
「あるんだな、これが。お化け屋敷とか行事をやるのに廃墟を演出したりするんだよ」
廃墟を作るのにも時間がかかるので、誰でも簡単に廃墟を演出することが出来る魔法のキットみたいなのは多いのだ。当然、ユフィーリアも何度か使ったことがある。
購買部にも置いているだろうし、それを大量購入してヴァラール魔法学院の全体に仕掛ければ、明日には立派な廃墟の完成である。これは素晴らしい魔法のキットだ。
作戦の方向性が決まったところで、実行である。
「よし、購買部で植物の種と廃墟キットを買うぞ」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「楽しみネ♪」
「廃墟だ廃墟」
ドーナツを手早く消費した問題児は、早速購買部へと向かうのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】昔、変な形のサボテンを熱心に育てていたことがある。
【エドワード】食用植物を我慢できずに買った直後に毟って食ってユフィーリアに殴られた。
【ハルア】観察日記は24時間体制(すぐ寝ちゃうけど)
【アイゼルネ】ハーブは何種類か育てたことある。
【ショウ】朝顔の観察日記は結構好きだった。




