第116章第1話【問題用務員となすりつけられた罪】
タイトル:ヴァラール廃墟魔法学院の今日の遭遇者〜問題用務員、校舎内緑化事件〜
その絶叫は唐突に聞こえてきた。
「ユフィーリア、君って魔女は!!!!」
お怒り気味の学院長に名前を呼ばれ、問題児筆頭の銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは首を傾げた。
「え?」
「ん?」
「何!?」
「あラ♪」
「はて?」
一緒に行動をしていた問題児の4名――エドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウも不思議そうに首を傾げている。
お怒り気味に名前を呼ばれる筋合いはない。問題児は創立当初から問題を起こして生徒や教職員から反感を買うことに長けているが、今日は特に何の問題行動を起こしていない。今までユフィーリアは魔導書を読んでいたし、エドワードは未成年組を連れてランニングをこなしていたし、アイゼルネは愛用の茶器を磨いていたので問題行動と呼べる事件は起こしていない。
ここで疑うべきは日課のランニングをしに行った問題児男子組の3人なのだが、ちらりとユフィーリアが視線を向けると3人揃ってブンブンと首を横に振る。彼らも罪を犯していないらしい。
さて、ここから導かれる回答は、
「気のせい」
「幻聴だねぇ」
「何もなかった!!」
「幻覚かしらネ♪」
「タイムパラドックスとかパラダイムシフトとかそんなものだ、きっと」
問題児は学院長の大絶叫は聞かなかったことにした。
だって何もしていないのならば怒られる筋合いはないのである。問題児はいつものように仕事をせずに日々を自堕落に過ごして、これから待ちに待ったお昼ご飯の時間だ。お昼ご飯ぐらいはゆっくり食べさせてほしい。
念の為に記憶を掘り起こしてここ3日間の行動を振り返ってみるが、やっぱり問題行動は起こしていないので怒られるような心配はない。ならば無視していいだろう。
学院長のお怒りなど無視して、問題児は今日のお昼ご飯のメニュー決めの為に議論を交わす。
「今日はノーマンズダイナー行こうぜ、肉食いたい肉」
「珍しく意見が合うじゃんねぇ、ユーリぃ」
「お前はいつだって肉だろ」
何だか偉そうなことを言ってくるエドワードの脇腹を小突いたユフィーリアは、
「他は?」
「オレも賛成!! はんばが食べたい!!」
「ちゃんと伸ばせ、ハンバーガーな」
「そうとも言う!!」
ハルアも挙手してユフィーリア、エドワードが1票を投じたノーマンズダイナーに賛同を示してきた。空腹ゆえか、彼の口からは止めどなく涎が溢れている。
「3票も入ったらおねーさん、文句言えないじゃないノ♪」
「いいえ、アイゼさん。4票です」
「あラ♪」
驚くアイゼルネに、我らが愛する女装メイド少年のショウは自信ありげに胸を張った。
「俺も今日は肉食ショウちゃんですよ」
「圧倒的に少数じゃないノ♪」
アイゼルネはやれやれとばかりに肩を竦める。4票という圧倒的多数で本日のお昼ご飯はノーマンズダイナーに行くことが決定されたが、彼女はそこで拗ねるほど子供でもなかった。大人の女は周りに合わせることが出来るいい女である。
「コラ、ユフィーリア!! どこに行こうとしてるの!?」
「よう、グローリア。お前も昼飯か? 一緒に食うなら集るぞ」
「集るな!! いやそうじゃないから!!」
そこに、転移魔法で音もなくどこからか移動してきたらしい学院長のグローリア・イーストエンドが問題児の進行方向を塞いできた。
紫色の瞳は吊り上がり、全身の毛を逆立てる勢いで怒りを露わにしている。足音もいつもより激しいので怒り具合は半端ではないのだが、問題児には罪の意識がまるでないので「何をそんなに怒ってるんだよ」と笑い飛ばすばかりである。
ユフィーリアは不機嫌そうに唇を尖らせ、
「何だよ、グローリア。アタシは何もしてねえぞ」
「嘘をつくんじゃないよ!!」
グローリアは怒りの表情でユフィーリアを指差すと、
「君たちが植物園を荒らしたことは分かってるんだからね!!」
「はあ?」
ユフィーリアは眉根を寄せた。
繰り返すが、問題児は何の問題行動を起こしていない。ユフィーリアは読書、アイゼルネは茶器の掃除、問題児男子組は日課のランニングと時間を過ごしていたので植物園に向かう余裕はないのだ。
もし植物園に向かったとすればエドワードのランニングについていった未成年組ぐらいなのだが、嘘をつけないハルアすら「植物園!?」なんて反応を見せたので、彼らが植物園を訪れていないのは明白だった。
「行ってねえよ。なあ?」
「ユーリは読書してたよぉ」
「アイゼは紅茶のカップを磨いてたしね!!」
「エドはショウちゃんとハルちゃんと一緒にランニングしてたわヨ♪」
「植物園を荒らす余裕はありませんけども」
あまりにも堂々とした態度の問題児に、グローリアは怒りの勢いを萎ませて「ええ?」と首を捻る。
「おかしいな、通報があったんだけど」
「誰だよ、問題児に冤罪を仕掛けるような馬鹿をするのは」
「? リリアちゃんだけど」
まさかの通報者が永遠聖女様だった。
毎日のように食事の面倒を見て、常日頃から「母様!!」と呼び慕ってくれるあの幼い聖女様がユフィーリアと他人を見間違えるとはこれ如何に。問題児は何もしていないと言うのに。
ユフィーリアはさらに事件の内容を聞き出していく。
「その、仮にそのアタシが偽物だったとして」
「うん」
「植物園を荒らしたアタシは何をしたってんだ?」
「トリカブトとオニヒデトゲグサを持っていったって」
「おいそれ毒草じゃねえか!!」
ユフィーリアは叫んでいた。それはもうめちゃめちゃ大きな声で。
トリカブトは代表的な毒草なので、誰もがよく知っているだろう。服用すれば手足の痺れから始まり、嘔吐に下痢、最悪の場合は呼吸困難を引き起こすと有名な毒草の代表格である。そんなものを使用するのは魔法薬ぐらいである。
そしてオニヒデトゲグサというものは、トリカブトよりも強力な毒草だ。トゲトゲした見た目の真っ黒な草で、服用すると吐血から始まり全身が痙攣して泡を吹き出し、最終的には髪の毛がチリチリになって死んでしまうという酷い症状に見舞われる。茹でて精油すれば魔法薬に使えるのだが、そのまま持っていって何に使うのか。
そして毒草を植物園から無断拝借する犯人といえば、学院内で1人しかいない。
「なるほど」
「そっか!!」
犯人に見当がついたらしい未成年組は、
「魔導書図書館を破壊しますか」
「燃やしてやるぜ!!」
「待て待て待て待ちなさい待ちなさい待ちなさい!!」
犯人をしっかり想像したらしい未成年組がそれぞれ神造兵器を構えて魔導書図書館に突撃しようとするが、全力でグローリアに止められていた。
もう犯人は分かっていた。あの毒物料理人であるルージュ・ロックハートであろう。おそらくユフィーリアの姿に見えたのは幻惑魔法でユフィーリアの姿を装ったからか。
グローリアは深々とため息を吐き、
「ごめん、濡れ衣だ」
「全くだよ」
「君がまた問題行動で毒草を持っていったのかと」
「飯系でふざける時は量を増やすか見た目をおかしなものにするぐらいだっての。味でふざけるようなことはしねえよ」
「出来ればやらないでほしいけどね」
グローリアは「ルージュちゃん!!」なんて叫びながらドスドスと足音を立ててどこかに立ち去る。
彼の背中を見送ったユフィーリアたち問題児は拍子抜けとなった。濡れ衣を着せられ、怒られそうになったところで回避できたのは喜ばしいところだが、どうにも腑に落ちない。
思い返すと苛立ちも覚えてきた。ルージュに幻惑魔法で自分に罪をなすりつけられ、グローリアから怒られ、何だかムカついてきた。これは絶対に許さん。
「昼飯食いながら作戦会議だ」
「はいよぉ」
「あいあい!!」
「分かったワ♪」
「絶対に許さない」
問題児に罪をなすりつけた馬鹿野郎に対する仕返しを心に決め、とりあえず空腹を満たす為にお昼ご飯へ向かうのだった。
《登場人物》
【ユフィーリア】冤罪をかけられるのは慣れているが、それはそれとしてやり返すので覚悟しろ。
【エドワード】この顔のせいで殺人犯に間違われたことはある。冤罪です冤罪。
【ハルア】この前、お皿を割った時にショウへ罪をなすりつけようとしたらパロスペシャルを見舞われた。逞しい後輩!
【アイゼルネ】問題児の姿を見ているので冤罪を仕掛けるのは身内でもやらない。怖すぎるね。
【ショウ】先輩に濡れ衣を着せられそうになったのでパロスペシャルで対抗。決して仲は悪くないよ。むしろ喧嘩するほど仲がいいんだよ。
【グローリア】やり返されることを知っていながらも濡れ衣を着せられた問題児に真実を問いただした。蛮勇。




