第115章第9話【異世界少年と答え】
ウォールストン王立学院を飛び出したショウたち3人が向かった先は、小ぢんまりとしたパン屋である。
「パン屋なのにお菓子の比率が高いんですよ」
「わあ、本当だ。パンよりもクッキーや焼き菓子の陳列が多い」
赤い三角屋根が特徴的な煉瓦造りの建物にあるパン屋は、パン屋と銘打たれているものの焼き菓子などの陳列が多かった。パンとして数えるにはあまりにも無理がある。
顔の大きさはあるだろうクッキーや手のひらに収まらないほど巨大なフィナンシェやマドレーヌ、果ては腕輪の代わりにでもなるのではないかと錯覚するほど巨大なバウムクーヘンなど多岐に渡る。しかも、どれもこれも値段がお安い。これは子供のお小遣いで調達できるお安さである。
陳列棚に並ぶ焼き菓子の群れに瞳を輝かせるショウは、
「ご覧ください、このチョコチップクッキー。俺の顔より大きいですよ」
「ショウさんのお顔って意外と小っちゃいんですねぇ」
「ふふふ、よくエドさんに顔面を鷲掴みにされます」
「えと、それは自慢していいことですか?」
「仲良くないとやってもらえないので自慢してもいいんです」
どや、とショウは胸を張る。
あの兄貴分に顔を鷲掴みにされるのは仲良くなった証である。ショウもよく頬をぷにぷにされてもちもちされるので、これは仲良しと言っても過言ではない。
ちなみに仲良くないとこれはやってもらえない様子で、他の人だと指先に力が込められる仕様となっている。顔面陥没待ったなしである。
ショウは巨大クッキーをトレイに乗せてから、先輩のハルアへと振り返る。
「ハルさんは何がいい? 苺ジャムが乗ったクッキーもあ――」
ショウの言葉は途中で消えた。
振り返った先にいたハルアは、何だか想像を絶するぶちゃいく顔で突っ立っていたのだ。中途半端な変顔はぶちゃいくと言ってもいいぐらいである。
同じく振り返ったリタも、ぶちゃいくな顔をしたハルアを目の当たりにしてギョッとした表情をしていた。自分の好きな人が見せるような顔ではないと思う。100年の恋も一瞬で冷めるぶちゃいく加減である。
ショウはハルアの頬を両手でぶにっと押し潰すと、
「ハルさん、どうしたんだ。そんなぶちゃいくな顔をして。変顔をするなら中途半端に終わらせるんじゃなくて、最後まで全力で振り切らないと笑えないぞ」
「ショウちゃん、オレは変顔をしている訳じゃないんだよ!!」
「でもぶちゃいくなのは変わらないぞ、ハルさん。せっかくのイケメンが台無しになってしまうから戻して戻して」
「むいむいむいむい」
頬を手でこねこねと捏ね回し、ハルアのぶちゃいく顔面を何とか通常に戻すショウ。そのままの状態でいたらユフィーリアからも「お前どうしたんだ、ブスになってるぞ」と言われることは間違いない。
「オレ、悔しい」
「何が悔しいんだ?」
「リタのことを悪く言ったあいつにもっと言ってやりたかった」
ハルアは心底悔しそうに言う。
「リタのいいとこ、いっぱいあるもん!! オレなら100個見つけられるね!! ショウちゃんみたいに言葉の引き出しがいっぱいある訳じゃないから何て言ったらいいのか分からないけど!!」
「そう言っていただけて嬉しいです」
リタは苦笑すると、
「でも私が地味で魔法動物の分野しか取り柄がないのは変わらないので」
「リタ」
自らを卑下したようなことを口にするリタの頬を、ハルアが軽くつねる。もう彼の表情はぶちゃいくではなく、どこか真剣みを帯びていた。
「オレの大事な女の子のことを悪く言わないで、リタ。たとえ本人でもオレは怒るよ」
「ふぇ」
真剣さを孕んだハルアの声に、リタは頬を赤く染める。
おっと、これは甘酸っぱい雰囲気である。余計な口を挟めば馬に蹴られて冥府直葬になる恐れがあるので、ショウはそっと自分の存在感を消して沈黙を守ることを徹底した。
顔を赤く染めたリタは「あうあう」とどう反応していいのか分からず、ショウに助けを求めるように視線を彷徨わせる。こちらに助けを求めてこないでほしい。
「オレにとってリタはね、守ってあげたいし一緒にいて楽しい大事な女の子なの。珍しい魔法動物のお話をしてくれるリタは『素敵だな』って思うし、苦手な魔導書解読学の授業を頑張るリタは応援したくなるし、困っていたら助けたくなるし、笑顔になってほしいからたくさん努力したくなるの」
「あにょ、はりゅあしゃ……!!」
「この気持ちがね」
ハルアは自分の胸板に、リタの手のひらを押し当てた。
「この気持ちが、リタと同じものなのかオレには分からない。初めてだもん。誰も教えてくれなかったし、こんな気持ちになったのはリタが初めてだから」
「は、はわわ」
与えられる情報量の多さに、リタは爆発寸前の様子だった。今にもぶっ倒れてしまいそうである。手は空中をわたわたと掻き回すだけで意味をなさず、言葉すらも碌に紡げない。
「だからね、リタ」
恋する乙女が爆発寸前であることも露知らず、ハルアは言う。
「この気持ちがリタと同じものかどうかって分かるまで、オレと一緒にいてほしいな」
――それは紛れもなく、愛の告白に等しい言葉だった。
この1ヶ月近く、ハルアは自分なりの答えを探そうと必死になっていたのだろう。ベッドをゴロゴロ転がったり、床をスパイダーウォークで走り回ったり、様々な奇行が目立っていたのだが自分で答えを探そうと躍起になっていたのだ。
そして結局、答えは出なかった。言葉に出来ない感情が自分の中を占拠しており、その感情に蹴りをつけることが出来なかった彼は、感情を学ぶことを選んだ。その言葉に出来ない感情を向ける、大事な少女のすぐそばで。
顔を真っ赤にして口をぱくぱくと動かすだけのリタの顔を覗き込み、ハルアは子犬のような瞳を向ける。
「ダメ?」
「ひゃ、わ」
リタはかろうじて首を上下に振ると、
「わらひ、私でよければ……!!」
「嬉しい、ありがとうリタ!!」
ハルアはリタを強く抱きしめた。とても嬉しそうな表情を浮かべているが、腕の中に閉じ込めた少女は限界寸前であった。頭から湯気が出てきているので本当に爆発してしまうのではないかと錯覚してしまう。
すると、ハルアは「あ!!」と声を上げた。
何かと思えば、彼の視線は陳列棚のある場所を見据えていた。そこに並べられていた袋詰めされた商品を手に取ると、ふらふらとその場に座り込まんとしていたリタの眼前にそれを差し出す。
透明な袋に詰め込まれた、向日葵の形をしたクッキーである。元々時期ではないが、バレンタインのお返しに向日葵の鉢植えをあげようとしていたのだが、その贈り物が理想の形で叶ったようだ。
「これね、ばれんたのお菓子のお返しね!! 美味しかったよ!! ありがとう!!」
「はにゃ、はにゃふ……」
もはや碌に状況を処理できないリタは、どうすればいいのか分からなくなっていた。もう意味の分からない言葉を紡ぐしか出来ていない。
ハルアはすでに向日葵の形をしたクッキーを送ると決めたようで、豚さんの可愛らしい柄が特徴的ながま口の財布を懐から取り出して「これください!!」と言っていた。
ちょうどレジ前に立っていた老婆が微笑ましそうに商品を受け取り、その値段を口にする。代金を支払うべくハルアはがま口のお財布を開くのだが、何故か徐々にその表情が曇ってきた。
そして、
「ショウちゃん助けてえ〜〜!! お小遣い、用務員室の貯金箱に置いてきちゃった〜〜!!」
「何てこった。ハルさん、一体そのお財布の中には何ルイゼしか入っていないんだ」
「25ルイゼしかない〜〜!!」
「うーん、愛すべきお馬鹿」
半泣きで後輩に金銭の救助を求めてきた先輩にそっとため息を吐きつつ、ショウは自分の財布を取り出して助けに向かうのだった。
《登場人物》
【ショウ】青春、甘酸っぱい! でも決まらないなぁ、先輩は。
【ハルア】好きな感情はよく分からないが、リタが他人に取られるのがちょっと嫌。それが答えではなかろうか。
【リタ】色々とキャパオーバー。




