第115章第8話【異世界少年と告白未遂】
どうやらリタの用事は済んだらしい。
「いいんですか? 何だか二次会みたいな、これからどこかでお茶でもして解散しようみたいな雰囲気になってますけど」
「いいんです。お話したいこともないですし」
「あら、意外とあっさり」
同窓会も終了間際となり、リタのかつての学友たちはこぞってどこか別の店に移動することを話し合っていた。同窓会の二次会というものである。「どこの店が安いから」とか「美味しいケーキを出すんだよ」という話が聞こえてくる。
不思議と彼らの話の内容は、未成年組の琴線に触れることはなかった。「これから場所を移動するんだ、へえ」みたいな感想しか思いつかなかった。今日はリタの護衛として来たので、誰がどこに行こうが別にどうでもいいのである。
リタが帰るならば帰ろうかと考えた矢先、
「あの」
「はい?」
「何!?」
それまで二次会の場所についてきゃっきゃと話し合っていた少女の1人が、ショウとハルアにおずおずと話しかけた。彼女は何故か、ハルアを見るなりポッと頬を赤らめる。
「お2人も二次会どうですか? 美味しいケーキが出るって噂の喫茶店があって」
「オレら、リタの付き添いで来ただけだから!!」
ハルアは速攻で断った。考える素振りすらなかった。
そもそも、ショウも断るつもりだったのだが言葉は選ぶべきだとは思う。バッサリと断れば相手も深く傷つけることになってしまうし、余計なことも招いてしまう恐れがある。
そんな訳で、こんな話に繋がるのは当然と言えた。
「あ、じゃあリタちゃんもどう? 二次会来る?」
「『じゃあ』で誘うのはおかしくない? リタをついで扱いしないでほしいんだけど」
未成年組の2人を誘ってにべもなく断られたのであれば、リタを誘えば釣れるとでも思ったのだろう。一連の行動が透けて見えたが、ハルアの包み隠さない素直なお口が指摘してしまった。
少女は何やら恨みがましくこちらを睨みつけながら退散していったが、未成年組はへっちゃらである。こちらには神造兵器と魔法に関する豊富な知識があるのだ。相手の悪口を言えなくする方法などいくらでも思いつくし、何だったらこの世から処理して早々に冥府へ行ってもらっても構わない。今すぐにでも冥府への片道切符を押し売りできる訳である。
ショウが「そうだ」とポンと手を叩き、
「むしろ俺たち3人でお茶して帰りましょうか。リタさんの故郷、ぜひ案内してください」
「分かりました。小さい頃に通い詰めていたお菓子屋さんがあるので、そこに行きましょう。まだお店もあるって両親から聞いていますし」
「お、駄菓子屋に行こうぜみたいなノリは素敵ですね。行きたいです、案内お願いいたします」
こういう地元民しか知らないお店というものは、実は案外美味しいお菓子を出したりする訳である。とはいえ子供のお小遣いで買えるようなお菓子はタカが知れているが、それでも楽しみであることには変わらない。
異世界には駄菓子屋などが隠れて存在していたことも記憶しているが、お小遣いをもらえた試しがないので行ったことがないのだ。そんな理由も相まって、ショウはちょっぴり楽しみにしていた。
なのに、邪魔が入った。
「おい、ブス」
ショウとハルアのブッコロスイッチを連打するような呼び方でリタを呼びつけたのは、あのルイスとか呼ばれていた少年である。何だかトイレに行きたいのか知らないが、もじもじしていて鬱陶しい。
リタもあからさまに嫌そうな顔をしていた。さらにはショウとハルアを盾に使う始末である。ショウとハルアも彼と会話させる訳にはいかんとばかりにリタの盾役に準じた。
そのルイスはこちらと視線を合わせることなく、
「お前、このあと時間あるか」
「ありません」
「5分だけでいい、ちょっと話をさせろ。2人で」
「話すことなんてないです」
ルイスからの申し出をことごとく断るリタ。頑なな姿勢にもめげずに「話をさせろ」と何故か上から目線で誘ってくるルイスに、そろそろ未成年組の堪忍袋も限界が来ていた。
いっそ被害など考えずにハルアにヴァジュラを呼び出してもらおうか。そうすればこの少年も女の子にしつこくするのはよくないことだと学ぶのではなかろうか。
黒い感情であれやこれやと考えていると、背後に庇うリタがため息を吐いた。
「分かりました、5分だけです」
「おう、じゃあ校舎裏まで来いよ。1人だからな」
上から目線で注文をつけてから、ルイスはドカドカと足音を立てて教室から飛び出した。面倒な男である。
「リタ、闇討ちする?」
「大丈夫です。お話をしてきますので、待っててください」
リタも覚悟を決めた表情で、教室から出ていった。
度胸のある彼女のことである。きっといじめっ子に何を言われても負けやしないだろう。七魔法王を相手に啖呵を切れる彼女の精神力が折れる想像が出来ない。
出来ないのだが、やはり心配は心配である。
「ぬるりと移動を開始する。炎腕、場所を特定」
「らじゃ」
よからぬ気配を察知したショウとハルアは、そのまま足音を立てることなくリタを追いかけた。
☆
校舎裏とやらは閑散としていた。
少しの空間しかなく、長椅子もなければ東屋もない殺風景な空間が広がるのみである。
その空間を占領するかのように、リタとルイスが向かい合わせで立っていた。彼らの姿を、ショウとハルアはこっそり隠れて様子を伺う。
「お前さ」
「話は何ですか」
リタの言葉は刺々しい。1秒でもこんな場所にいたくないという気持ちが溢れている。
「か、彼氏とか、い、いるのかよ」
「? いませんけど」
唐突な交際事情の切り出しに、リタは怪訝な表情で返す。
これにルイスは安堵の表情を、一瞬だけ見せた。
それだけでショウには何をしようとしているのか分かってしまった。どうせ上手くいかないと思うので黙って見ておこうと決める。
「あのさ、俺」
「迷惑です」
ルイスの言葉に被せるようにして、リタは告げた。
「子供の頃から嫌な言葉ばかりぶつけてきて、今日だって本当に嫌な気分にさせられました。迷惑です。私の人生の汚点です。今後は七魔法王が第七席【世界終焉】様に頼んで貴方との縁を切らせていただきます」
「は――?」
「失礼します」
つらつらとショウにも負けないぐらいに言い返したリタは、用事が済んだと言わんばかりに踵を返す。
どうせ上手くいくことはなかった。おそらくルイスはリタに対して淡い感情を抱いていたのだろうが、照れ隠しなのか何なのか不明だが意地悪な行動しか出来なかったのだろう。好意を持たれる行動とは逆効果である。
ところが、ルイスは諦めなかった。あれだけ嫌われているというのに、まだリタに詰め寄ろうとしていた。
「ま、待てよ、話はまだ――!!」
追いかけてリタの腕を掴もうとした瞬間、空から見覚えのある赤い髪の少年が落ちてきた。
ハルアである。
いつのまにかショウの隣から姿が消えており、リタとルイスの間に割り込んできたのだ。修羅場の予感しかしない。
たじろぐルイスを真っ向から睨みつけたハルアは、
「お話、もう終わったよね。これ以上、お話することはないよね」
「は、はあ? 部外者が邪魔をしてんじゃ」
「女の子に対する態度がおかしいんだよ、オマエ!!」
ハルアに怒鳴りつけられて、ルイスはビクリと身体を震わせた。
「リタのことを『ブス』って言ったり、嫌がるようなことばかりしたり!! リタは可愛くて優しくて魔法動物に対して真っ直ぐで、とても素敵な女の子なのにオマエって奴はけなしてばっかり!!」
「そ、それは」
「ちったァ女の子に対する態度を学んでこい、この蛆虫野郎!!!!」
普段のハルアからは考えられないほどの剣幕で怒鳴られ、ルイスは何も言い返せずに口を閉ざしてしまった。
相手が何も言ってこないことを確認して、ハルアはリタの手を引いて大股で校舎裏から立ち去る。1人残されたルイスはハルアのあまりの剣幕にボロボロと涙をこぼしていた。
いつもだったら神造兵器のヴァジュラでドカンとするところだろうが、ハルアはそうしなかった。おそらくリタが悲しむことを考えたのだろう。手を出したいところを懸命に堪えていたらしい。
先輩の成長ぶりを目の当たりにしたショウは、
「おお、ハルさん。ぶっ殺したいところを我慢したのは偉い。ユフィーリアに褒めてもらおう」
そう密かに決めると、ハルアとリタを追いかけるようにその場から離れるのだった。
《登場人物》
【ショウ】旦那様に告白をするお馬鹿さんは全力で……冥府に送ります。お覚悟。
【ハルア】告白の邪魔は馬鹿を装って邪魔するタイプ。
【リタ】嫌いな人に何か2人きりで話しかけられたくない。ヴァラール魔法学院で過ごすうちに度胸がついた。




