第115章第7話【異世界少年とトンデモプレゼント】
隠居されるということで、老婆にかつての教え子たちから花束が贈呈された。
「テレサ先生、お身体にお気をつけてお過ごしください」
「無理しちゃダメだよ、テレサ先生」
「長生きしてね」
「孫まで見てもらわなきゃ困るんだから」
そんな言葉を教え子たちから投げかけられ、老婆はふわふわと笑いながら「あらあら、困ったわぁ」なんて言っていた。全然困った風には見えない。
それだけ教え子たちから慕われていたという訳である。こんなに人畜無害な人柄をしているのだから、老婆は万人から慕われてきたのだろう。教師とはかくあるべきなのかもしれない。
ショウはリタの背中を軽く押し、
「リタさん、渡すものがあるでしょう」
「は、はい」
緊張気味にリタは他の教え子たちに混ざっていく。その手には他の教え子たちが渡した花束とはまた別のものが握られていた。布製を包んだかのように見える青色の袋である。
この日の為にリタが用意した贈り物らしい。彼女に贈り物の詳細を問うと「ブランケットです。いくら春先と言ってもまだ寒いでしょうし」なんて笑顔で教えてくれたが、果たしてどんなブランケットを用意したのか。
リタは老婆の前に立つと、
「テレサ先生、ご無沙汰しております」
「あらあら、アロットさんまでいらしてたの。ヴァラール魔法学院でのご活躍はお父様とお母様から聞き及んでいるわぁ」
老婆はほわほわと笑いながらそんなことを言う。
確かにリタの活躍は、この周囲にいる元教え子と比べると頭1つ分は飛び抜けているだろう。特に魔法動物関連の資格は若いながらも高位の資格まで保有することになり、様々な希少性の高い魔法動物の研究にも貢献している訳である。魔法動物の分野で最も発展に寄与しているのではないだろうか。
改めて考えると、この友人の少女は結構凄いかもしれない。常日頃から魔法動物に対する豊富な知識は大人顔負けだと思っていたが、将来的には凄い魔法動物の博士にでもなっているだろう。将来有望株である。
リタは恥ずかしそうに笑み、おずおずと抱えていた青い袋を渡す。
「よければどうぞ。春先と言ってもまだ寒いですし」
「まあ、嬉しいわ。何かしら?」
老婆の皺くちゃな指先が袋を飾っていたリボンを解く。
中から引っ張り出されたのは真っ黒な布である。見た目はさらさらとしており、表面は艶やかだ。何かの動物の毛皮であることが予想できる。
老婆は布の表面に触れて「さらさらでとても気持ちいいわ」なんて笑っていた。確かにあの布の手触りは最高そうである。可能であればショウもほしいぐらいだ。
老婆は早速とばかりにブランケットを膝にかけて、
「これはアロットさんが?」
「はい、布から作らせていただきました。幸いにもヴァラール魔法学院にはたくさんの魔法の先生がいらっしゃいますので、色々な人に師事しました」
その言葉を聞いて、ショウとハルアは過去のことを思い出す。
最近、リタとユフィーリアとアイゼルネが他の大人たちを色々と巻き込んで何かやっていたような気がする。まさかあの真っ黒なブランケットを作るのに色々と教えを乞うていたのだろうか。
それにしては学院長とか副学院長とかルージュとか八雲夕凪とかリリアンティアだとか、七魔法王が揃い踏みだったような覚えがあるのだ。あの布に何か仕込んではいないだろうか。
老婆は「そうなの」と嬉しそうに頷き、
「ところで、こちらの布ってとてもさらさらしていて手触りがいいわ。何の生地を使ったのかしら?」
「冥府の番犬ケルベロスの毛皮です。換毛期を迎えたとのことでしたので、少々毛刈りを手伝ってきました!!」
リタは凄えホクホクした顔でそんなことを明かした。
冥府の番犬ケルベロスと言えば、冥府の刑場を守る3つの頭を持つ巨大な犬ではなかったか。ルージュの飼い犬であるキャンディーちゃんはそのケルベロスであり、ショウもハルアもよく遊ぶので覚えがある。確かにあの漆黒の毛皮はケルベロス特有のものかもしれないと今になって思い出した。
キャンディーちゃんの換毛期は飼い主であるルージュが管理していると思うので、おそらくわざわざ冥府にまで足を運んで毛刈りを体験したのだろう。そんなことが出来る人物は地上に於いて1人しか存在しない。
ショウは天井を振り仰ぐと、
「父さん、出来れば俺にも言ってほしかった」
「オレもケルベロスの毛刈りを体験したかったな!!」
ショウとハルアからリタへ羨望の眼差しが向けられる。
ケルベロスの毛刈りなど、今後も体験できるかどうか分からない行事である。どうしてあの冥王第一補佐官は息子を呼ぶことなく、代わりに息子の友人であり一般人のリタを真っ先に誘ったのか。
いや、あるいは動物博士のリタがケルベロスの換毛期の件を知っていて冥王第一補佐官に話を持ちかけたのかもしれない。「換毛期って大変ではないですか? お手伝いしますか?」なんて提案されたら、あの父親だったら二つ返事で了承を出すことだろう。
ただし、未成年組の反応は異常者の反応である。本来であれば周りの元教え子たちによる反応が通常だった。
「え、ケルベロス……?」
「何でそんなものを……?」
「ていうか、冥府に行かなきゃケルベロスって見れないんじゃ……?」
「リタって死んだの……?」
どうやら生存を疑われている様子だった。彼らの気持ちも理解できる。
本当ならば死ななければ会うこともない怪物、冥府の番犬ケルベロスの毛刈りを手伝ってきたと言われれば「こいつ死んだんか?」と疑われてもおかしくない。むしろショウも、魔法と生活が切り離されればそう考えていただろう。
老婆はそんなことを意にも介さず、
「あらあら、そうなの。本当に助かるわぁ、もうお婆ちゃんだから冷えがきつくてねぇ」
「そう仰ると思ったので、リリアンティア先生に頼んで冷え性や腰痛などに効く加護もブランケットに織り込ませていただきました。ケルベロスの毛皮は魔法を織り込むのに最適だそうで」
リタは誇らしげに語るも、ヴァラール魔法学院なら身近にいる保健医の先生は数億人という信者を抱える『エリオット教』の教祖様である。あのお菓子を食べてほわほわ笑っている純粋無垢な聖女様ではないのだ。威厳ある聖女様なのだ。
教え子の中にもエリオット教の信者がいたのだろう。目を見開いて「え、リリアンティアって永遠聖女様……!?」と驚愕していた。当然の反応である。
老婆は驚く素振りもなく「そうなの」と頷き、
「頑丈に作られているのかしら」
「経年劣化しないように学院長先生に頼みましたし、八雲のお爺様の防御魔法も織り込まれていますので頑丈さには自信があります!!」
「こんなに立派なブランケットですもの。洗濯物を干した時に誰かに取られちゃうかも」
「問題ありません。盗まれた時には持ち主の元に強制転移する魔法をユフィーリアさんが仕掛けてくださいました。あと盗人さんには罰が当たるようにと副学院長先生がルージュ先生と一緒に呪術を仕込んでいたような……」
「ブランケットは夏は暑いわよねぇ」
「大丈夫です。季節関係なく使えるように学院長先生とユフィーリアさんが共同で魔法を組んでおります。夏は涼しく、冬は暖か仕様です」
話を聞いている限り、凄い性能がよろしい気がしてきた。というか、下手な礼装よりも優れている気配がある。そのブランケットだけで果たして家が――いや城がいくつ建てられるだろうか。
戦慄の眼差しを向ける教え子たちなど気にした様子もなく、老婆とリタの間には和やかなムードが漂っていた。あれはいいのだろうか。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、
「そろそろリタさんに七魔法王が近くにいることの凄さを教えないとダメだな」
「温度差が凄いね!!」
周囲との温度差を感じながら、ショウとハルアは密かに友人の少女へ七魔法王の偉大さを説こうと決めるのだった。
《登場人物》
【ショウ】七魔法王って凄いんだよな。普段から近くにいすぎるし、無様な姿をよく見てるからちょっと魔法が凄いだけの人だと思ってた。
【ハルア】本来だったら七魔法王を殺す為に生まれた人造人間だが、七魔法王っていい人って知ってる。いい人っていうのは(ノリが)いい人ってこと。
【リタ】最近、七魔法王が相手でも遠慮なくお願いをするようになってきた度胸のある子。一般人を前にそんなことを言えば確実に引かれるからな。




