第115章第5話【異世界少年といじめっ子】
「ていうか誰かいる」
「誰?」
「部外者?」
リタは歓迎されたが、完全に部外者であるショウとハルアの2人には警戒するような眼差しが向けられた。
当然の帰結と言えよう。何故ならショウもハルアも彼らとは何の関係もない存在なのだ。こちとらヴァラール魔法学院しか教育機関を知らないので、そういう態度を取られても止むなしである。
ここで警戒心を抱かれてもあれなので自己紹介でもしようと口を開くと、
「え、待って格好よくない……?」
「あの黒髪の子も可愛いんだけど……」
「めっちゃくちゃ美人とめっちゃくちゃイケメンすぎでは……?」
流れが変わった。
警戒されるだけかと思いきや、ちらちらと熱視線みたいなものが寄せられる。初めての反応でショウもハルアも戸惑った。
特にハルアの戸惑い方は半端ではなかった。何せヴァラール魔法学院では『問題児』という印象が根付いてしまっている為に、異性から好意を寄せられる場面など皆無であった。どれほど格好いいところを見せても結局は学校の施設をぶっ壊して正座で説教されるのがオチなので、好きとか告白とか以ての外である。
そんなもんで、他人から受けるほぼ初めての熱視線にハルアはショウを盾にし始めた。
「やだ怖い!!」
「ハルさん、大丈夫だ。静かにしていればハルさんは格好いいから」
「今からスパイダーウォークしてきていい!?」
「いいぞ、帰ってきた時には冥府に直行しているだろうけれど」
「大人しくするね!!」
「懸命な判断だ」
この後輩なら絶対にやりかねないとでも判断したのだろう、ハルアは即座にスパイダーウォークで知らない王立学院内を徘徊する愚行を中断した。考えつかないでほしかった、そんな馬鹿な行動など。
全裸でスパイダーウォークなんてことを考えなかったら、ハルアは見た目だけならば好青年である。いつも笑顔を絶やさず、ユフィーリア仕込みの紳士さも相まって爽やか好青年だ。ただし思いつく行動が行動なので他人から好意を寄せられることは皆無である。
とりあえず馬鹿な行動を起こさせない抑止力の為に、ショウはハルアの腕を掴んでおく。お手手を繋いだところで、興味を持ったらしい1人の少女が話しかけてきた。
「あの、ウォールストン王立学院の卒業生だったりします?」
「いえ、完全に部外者なんですけれど招待状を持っていたら入れると聞いたので」
「えッ、声が低い!?」
「え?」
話しかけてきた少女はあからさまに驚愕した様子で、
「え、え? もしかして男の子です……か……?」
「もしかしなくても男の子ですけれども……」
ショウの性自認は『男性』である。ちゃんと男性である。身体は男だが心は乙女と言い張るような真似は決してしないが、女装をしているのは理由がある。
この世界の洋服――特に男性用になると華奢なショウは大きさが合わないのだ。正確には腰の辺りがダボダボになる訳である。みっともない見た目になってしまうのだが、これが女性用になるとピッタリ合うのだ。新しく男性用の衣服を仕立ててもらうよりも自分の身体と見た目に合うなら女性用でもいっかと思うようになったのだ。
キョトンとした表情で首を傾げるショウに、教室内にいた何名かの少年たちが絶望したように呟く。
「嘘だろ……めちゃくちゃ可愛いと思ってたのに……」
「何だったらちょっといいなって思っていたのに……」
「あれで俺らと同じものがついてるって……?」
「ついてますよ。何を言わせるんですか」
ショウが静かにツッコミをすると、リタが「えッ」と反応した。何故?
「ショウさん、ちゃんと男の子なんですか?」
「リタさん、心外ですけれども。ちゃんと俺は男の子ですし、何だったらハルさんと一緒にお便所もお風呂も入りますよ」
「てっきりもう取っちゃってるかなって思ったり……あの、一部の生徒の間で噂にもなっていたもので……」
「リタさん、その噂について後ほど詳しく教えていただけますか? ちょっとお話しなければならない用事が出来そうです」
常日頃からユフィーリアの嫁を公言して止まないショウだが、まさか去勢を疑われているとは心外である。しかもお友達のリタからそんな噂話が飛び出てくるとは完全に想定外だ。
これは噂の出所を確かめなければならない事案だ。絶対に犯人を突き止めてプロレス技10連続フルコースデザート付きまでやらねば気が済まない。何だったら全身の骨まで折ってやる所存である。
そんな決意を固めたその時、
「うわ、もう結構集まってる」
「あ、遅えぞルイス。もうそろそろ始まるってのに」
「悪い悪い」
教室の扉をガラリと開けて飛び込んできたのは、そこそこ顔の整った身長の高い少年である。
明るい栗色の髪の毛と緑色の瞳、如何にも集団の中心人物にいそうな溌剌とした性格をしている。爽やかな笑顔は少女たちの視線を釘付けにし、男女を隔てることなく明るく振る舞う態度に少年たちも受け入れている様子だった。なるほど、人気者の登場か。
ショウはコソコソとハルアの耳に顔を寄せ、
「あの程度ならうちの学校にもいないか?」
「見かけたことない生徒だけど、どこかの王立学院に通ってるのかな!?」
「どうせ巷ではイケメンだけど都会に出れば埋もれて終わる程度の実力しかない一般人レベルだろう」
「ショウちゃん辛辣だね!!」
ショウは「けッ」と苦い顔で舌打ちをした。別に男らしい顔立ちに憧れがあるとか、爽やかイケメンが羨ましいとか思った訳ではないこの野郎。
その爽やかイケメンの少年は、ふとショウたちに視線を向けた。それからその緑色の瞳を見開いて固まる。
てっきりショウのことを見て固まったのかと思いきや、視線は少しばかり外れていた。少年の視線を辿ると、ショウとハルアのことを壁に使っていたリタに向けられている。
おや、と思った矢先のこと。それまで爽やかなイケメンといった印象だった少年の顔が歪む。
「あれェ、地味リタもいたのォ? やだ、気づかなかったわ」
「…………ルイスさん」
ショウとハルアを壁に使うリタの表情は、どこか怯えたようなものだった。
その表情で全てを察した。
おそらく、初等部時代の彼女をいじめてきたというのがあの爽やかイケメン野郎のことなのだろう。なるほど、それまでの印象が瓦解して「やりそうだな」なんて印象が浮上してくる。特に見た目もそこそこなので、周囲の大人も騙されそうだ。
ルイスと呼ばれた少年はニヤニヤとした笑みを張り付け、
「何? 一丁前にめかし込んでさ。そんな格好しても地味なことには変わらないけど?」
「…………」
「何その顔、ブスになるぞ? あ、もう遅いかあはは」
何も言わないリタの反応を楽しむように、ルイスは意地悪を通り越して誹謗中傷とも取れる言葉を投げかけてくる。言葉の暴力である。これを思春期の女の子に投げかけるにはあまりにも人間性に欠ける。
ショウも何かを言い返そう、いいや相手の心をズタズタに叩き折ってやろうと思ったが、ふとハルアの反応が気になった。これだけリタを悪しように言われて何も行動に移さないのはおかしいと思ったのだ。普段だったら絶対に神造兵器を引っ張り出してぶち殺している頃合いである。
先輩の方へと振り返ると、ハルアは鼻を摘んで顔を歪めていた。もはや顔の中心が陥没する勢いで歪んでいる。思っていた反応と違った。
ルイスはリタが壁にしているショウとハルアの存在にようやく気づき、
「つか、何? そいつらはたらし込んだの? ブスのくせによくやるねえ」
「くっっっっっっっっっっせえ!!!!」
ハルアは叫んだ。
凄えでっかい声で叫んだ。その叫び声はおそらく王立学院の校舎全体に響いたと思う。
ハルアはリタの手を掴んで離れつつ、
「臭え臭え臭え!! 何この臭い、本気で臭い!! うちの学校の魔法動物の飼育小屋よりも臭いよ!! エドなら失神するね!!」
「は、はあ? おいふざけんなよ何言って」
「リタ、こいつとお話しちゃダメだよ!! 臭いのが移っちゃうよ!! ただでさえ見た目はガラス玉、性格はヘドロとゲロのガッチャンコ、挙げ句の果てにこんな全体的に臭いが変なら魔法動物に嫌われちゃうよ!! ていうかこいつと普通に話してる奴ら全員の気がしれないね!! ドブのような臭いをしてるこいつと普通に笑顔で話せてる時点で馬小屋に住んでるようなものだよ!!」
凄え言われようである。
ハルアによる無意識の言葉の暴力に晒され、ルイスは顔を真っ赤にして押し黙った。何か言い返したいところだろうがまともに会話が出来なさそうである。
それほど酷い臭いだろうか、とショウは音もなくルイスとやらに近寄った。背後に近寄ってクンクンと匂いを嗅いでみる。
「うわ臭ッ、香水を振り撒きすぎですよおじさんみたいな臭いがします」
「おじッ……」
「全員、このおじさんみたいな臭いを本当に『いい匂い』だとお思いですか? どこの田舎に住めばこんな加齢臭を隠すおじさんみたいな臭いに近づきたがるんですか。便所バエにも劣りますよ」
割と本気でお鼻が曲がりそうだったので、ショウもそそくさと撤退した。あの香水の使い方は、問題児のお洒落番長がいたら烈火の如く怒りそうである。
ちなみに未成年組から『臭え』と判断されたルイスからは、誰もがちょっぴり距離を取った。
おそらくこの香水の匂いを『おじさん臭い』と評価されたからか、自分たちも同じレベルに落ちたくないと判断された為だろう。人間関係とはかくも儚いものである。
《登場人物》
【ショウ】どうして女の子であることを疑われるんだ。声もちゃんと低いのに!
【ハルア】誰もが認める正統派イケメン。黙っていれば、そして変な行動をしなければちゃんと格好いい。スパイダーウォークで台無しにする。
【リタ】今日は都合のいい盾がいるので怖くないもん。




