第115章第4話【異世界少年と王立学院訪問】
全体的に絵本の世界みたいな可愛い見た目の町の中に、その学校は存在していた。
「お屋敷みたいだ」
「お城じゃない!!」
リタが初等部と中等部で世話になったという『ウォールストン王立学院』はさながら立派なお屋敷みたいな外観が特徴だった。
ショウとハルアの中で学校といえば、ヴァラール魔法学院みたいにお城のような見た目をしているものだという固定観念があった。だが、よく考えればヴァラール魔法学院があんなに立派な設備を有しているのは空間構築魔法の達人である学院長が建てたからなのと、授業数がとても多いから設備を充実させざるを得なかったのが理由だろう。
普通の学校はこの程度なのだ。立派なお屋敷みたいな学舎に集い、固定された時間割の授業をこなして社会的な常識や礼儀を学ぶのが一般的なのである。ヴァラール魔法学院が特殊なのだ。
ほへえ、と間抜けな顔を晒して佇むショウとハルアを見て、リタがくすくすと笑った。
「きっと、お2人だったら王立学院の授業なんか退屈で仕方ないでしょうね。魔法なんかも最低限しかやりませんし」
「他には何をしたりするんですか?」
「そうですね。文字の読み書きは初等部の時にやりましたし、中等部になると詩の時間とかありましたね」
「え?」
リタの説明を受けて、ハルアが琥珀色の瞳を瞬かせる。
「死の時間? リタ、死んじゃうの?」
「ハルさん、詩だ。何か短い文章でポエミーなあれ」
「ああ、エドがこの前薔薇の花束片手に男子生徒から受けてた告白みたいな奴!?」
「そう、それだ」
「エドワードさん、相変わらず男子生徒から好意を寄せられているんですね」
問題児としては日常茶飯事な出来事を和やかに話す未成年組の横で、リタは苦笑していた。
ちなみに事実である。この前、エドワードと3人で中庭で遊んでいたところ、男子生徒が薔薇の花束を片手に「貴方の彫像の如き肉体美は神々にもうんたらかんたら」とか長々と語り始めたのだ。恍惚とした表情で意味不明なことを語り始めるものだから、遊んでいた問題児男子組は困惑である。
結局、その時はショウとハルアがエドワードに張り付いてスリスリすることで相手の嫉妬心を爆発させて撃退した。「ちくしょう!!」とか叫んでいた気がする。エドワードはエドワードでご機嫌な様子で「これ以上ないほど嬉しい変態の撃退方法」だと称賛してくれた。
そんなことはさておいて、
「すみません、本日の同窓会で」
「ああ、じゃあここに名前をお願いしますわ」
校門前に立っていた守衛らしい中年の男性にリタが話しかけると、その男性は何やら羊皮紙を彼女に突き出した。横から紙の内容を伺うと、どうやら来訪者リストのようなものであった。すでに何名か来訪しているのか、見覚えのない名前が並んでいる。
リタは守衛の男性から受け取った羽ペンで、さらさらと慣れた手つきで自分の名前を書き込む。それから流れるように「どうぞ」とショウにも羽ペンを渡してきた。他の名前はさすがに分からないのは当然である。
ショウもリタに倣って自分の名前を書いたところで、
「ハルさん、自分の名前書けるか?」
「そこまでお馬鹿じゃないよ!?」
心外なと言わんばかりに叫ぶハルア。だがショウの瞳はまだ疑いの感情を宿していた。
「ハルさん、自分の苗字の方はちゃんと書けるか?」
「アナスタシス……あなすた……あな……」
羽ペンを受け取って自分の名前を書き込むハルアだが、名前である『ハルア』までは書けていても苗字の『アナスタシス』でペン先が止まってしまった。長い名前は覚えられない彼だが、どうやら自分の名前も危うかった様子である。
いつもは自分の名前を書く機会などなく、必要書類はユフィーリアかエドワードが代わりに書いていた弊害がここで出てきてしまった。これは将来的に困りそうである。
ショウはハルアの手から羽ペンを受け取ると、
「お家に帰ったら練習だな」
「あい……」
「でも自分の名前の方はちゃんと書けてて偉い」
「やったぜ!!」
苗字はショウが代筆することで、3人仲良く学院への訪問が許可されたのだった。
☆
王立学院の内部は、まさに学校と呼ぶに相応しい見た目をしていた。
「教室が狭い!!」
「ヴァラール魔法学院は生徒数が多いですからね」
「あと廊下もそこまで広くない!!」
「同じく生徒数が以下省略」
ヴァラール魔法学院以外の学校をまともに訪問するのは初めてのことで、ハルアもショウも感動していた。
お屋敷みたいな外観をしていたウォールストン王立学院だが、ヴァラール魔法学院と比べてしまうと遥かに見劣りする内装だった。廊下の幅も広くはないし、高さもそこまでないし、等間隔に並ぶ教室は机がずらりと並んでいるだけで非常に狭い。こんな設備で大量の生徒を抱えれば、間違いなく溢れると思う。
それだけヴァラール魔法学院の生徒数が多いのだ。そういえばどこぞの時期で別の王立学院に忍び込んだりもしたが、あの学校もウォールストン王立学院と比べてしまうとあちらの方が豪勢だった記憶がある。
きゃっきゃとはしゃぎながら廊下の掲示物などを見て回るショウとハルアだったが、
「でも行事の内容はヴァラール魔法学院の方が充実してるね!!」
「こう言ってはあれですけど、普通の学校を逸脱しないと言いますか」
「あはは……私からすればヴァラール魔法学院の方が異常と言えましたね……」
普遍的な学校という評価から脱しないとの未成年組の意見に、リタは苦笑しながら答えた。
「そもそもヴァラール魔法学院は学べる授業を自由に組み合わせることも出来るし、先生によって勉強法方が違うから授業の人気度もありますし、設備も充実してて学びたいことを好きなだけ学べるんですから、学生にとってはこの世の天国ですよ」
「だから何回も入学する人が多いのかな!!」
「そんな人いるのか?」
「何十年かごとにいるよ!!」
確かにヴァラール魔法学院は設備的にも授業内容的にも優秀だし、入学金と授業料さえ払えば学べるだけ学ぶことが出来るのだからもう1回生徒をやりたくなる気持ちも分かる。ショウも学生だったらもう一度入学したいと考えていたことだろう。
ハルア曰く「そういう生徒は『出戻り』とか言ったりするよ!!」とらしい。まさか正式に許されているとは思わなかった。
その時、
「いやそれはねえって」
「最近そんなことしてんの?」
「ねえ、このあと遊びに行かない? いいお店があってさぁ」
静かな廊下に、賑やかな声が響き渡る。
それは、とある教室から聞こえてくる話し声だった。教室に掲げられた札を確認すると『Aクラス』とある。どうやら本日の同窓会の会場のようだった。
教室から聞こえてくる話し声を聞いた途端、リタの表情が強張った。聞きたくない声の主もいるのだろう。彼女の表情に影が差し始める。
そんなリタの手を、ハルアがそっと握った。
「大丈夫だよ、リタ。悪い奴はオレがやっつけちゃうから」
「ハルアさん……」
不安とかその他諸々の闇の感情を吹き飛ばすようにハルアが笑いかけると、リタも「そうですね」なんて頷いた。ハルアの言う『やっつけちゃう』は洒落にならないとは思うのだが、どうやら気づいていない模様だ。
ハルアに手を握ってもらったことで落ち着きを取り戻したらしいリタは、賑やかな話し声が聞こえてくる教室の扉を開けた。ガラリという音が聞こえたと同時に話し声が止まる。
狭い教室内でめいめいに椅子に座って雑談をしていたのは、数名の少年少女である。教室に姿を見せたリタに視線を注いでいる。彼らの瞳は「誰だっけ、この人?」と物語っていた。
そのうち、1人の少女が思い出したように声を上げる。
「もしかしてリタちゃん? うわあ、久しぶり!! ヴァラール魔法学院に入学したってお母さんから聞いて凄いなって思ってたんだ!!」
「ねえ、あそこの学校ってどうなの? 本当に魔法だけ? 頭いい人の集団とか?」
「えあ、わ、わわわわ」
教室内にいた少女たちに取り囲まれ、リタは慌てた様子を見せるも何とか投げかけられた質問に答えていく。わざと困らせている風には見えない。
となると、彼らはいじめっ子ではないのだ。きっと初等部時代の学友だったのだろう。学友が世界最高峰と名高い魔法学校に入学すれば、その時の様子などを根掘り葉掘り聞きたくなるものだ。
かつての学友たちに混ざっていくリタの姿を遠目に眺めるショウとハルアは、
「よかったな、リタさん。今日はちょっと楽しそうだ」
「何も起こらなければいいね!!」
同窓会が平穏無事に終わることを、未成年組は密かに願うばかりだった。
《登場人物》
【ショウ】本名、漢字で2文字。めっちゃくちゃ楽だしテストの時は誰よりも早く書ける名前にホクホクしたり。
【ハルア】主にユフィーリアやエドワードが必要な書類を代筆してくれていたので、苗字を書く機会がない。ハルアはかろうじて書ける。
【リタ】……結婚したらアナスタシスのスペルを覚えなきゃいけないと思っていたが気が早すぎたのでナシナシ。なしだってば!




