第115章第3話【異世界少年と故郷】
ようやくハルアの格好もちゃんとしたものになった。
「リタさん、お待たせしました」
「いえ、私もちょうど来たばかりですので」
待ち合わせ場所の正面玄関までやってくると、リタはすでに待っていた。
この日のリタの格好は黒色のタートルネックセーターと茶色のワンピース、焦茶色のベレー帽というお洒落な格好をしていた。用務員室を出てくる際にユフィーリアとアイゼルネがニコニコしていたが、おそらく彼女たちがリタの格好に手を出したのだろう。さすがは愛する旦那様である。
綺麗に編んだ三つ編みも見慣れたものだが、格好が違うと三つ編みという髪型もよく映える。むしろ三つ編みを映させる為の格好と言えた。お洒落番長であるアイゼルネの入れ知恵だろうか。
リタは「わあ」と瞳を輝かせ、
「お2人の私服姿、あまりお見かけしたことありませんが格好いいし可愛いですね!!」
「ありがとうございます。自分で調達しました」
「凄いです!!」
手放しで称賛するリタに、ショウはどこか自慢げに胸を張りながらも隣のハルアにチラリと視線をやる。
特攻服とかチンピラみたいな服などでふざけたが、ショウが手ずから選んだ橙色の上着と裾がダメージ加工されたシャツ、それから暗い色の7分丈ズボンという定番の格好で落ち着いた。運動靴をよく履くハルアにはストリート系などといった服装がよく似合う。
彼は如何にも自分で選びましたと言わんばかりにお澄まし顔をしているが、あれは全部ショウが彼の洋服箪笥をひっくり返して選び抜いた品々である。何も言わなかったら特攻服とかチンピラみたいな格好に逆戻りしていたことだろう。
その事実をバラしてやろうかなと黒い感情が湧き出てくるが、先輩が可哀想なので理性で堪えるショウ。取り繕うように笑顔を浮かべると、
「ところで、今日はどちらに向かいますか?」
「王立学院はレティシア王国の郊外の方にありますので、魔法列車で行こうかなと考えています」
リタは「昨日のうちに切符も確保しました」なんて言って、魔法列車の切符が入った封筒を掲げる。
ショウとハルアも、事前にユフィーリアへ頼んで魔法列車の切符を確保しておいたのだ。彼女は笑いながら「急なお願いだなぁ」なんて言っていたが、しっかりと確保してくれている辺り優しい旦那様である。
ちなみに、お出かけする直前でお小遣いも多めに渡してくれた。食堂車でおやつでも買えとのお達しである。世界で最も優しい魔女様で泣きそうになった。
「じゃあ行きましょうか。もうそろそろ汽車も到着しますし」
「そうですね」
ショウが正面玄関脇に設けられた通用口を開ける横で、リタが小声で問いかけてきた。
「あの、ショウさん」
「はい」
「ハルアさん、やけに大人しいと言いますか……静かと言いますか……私は何か無茶なお願いをしてしまったのでしょうか……?」
「ああ、ハルさんですか。気にしないでいいと思いますよ」
ショウは後ろからついてくるハルアを一瞥する。
待ち合わせ場所の正面玄関に到着してから、ハルアは一言も発していない。何もないのに周囲をしきりに警戒しているのだ。琥珀色の双眸はキョロキョロと忙しなく正面玄関の周りに巡らされており、纏う雰囲気もどこか緊張感漂うものである。
怒っている訳ではない。そしてリタのお願いを『面倒臭い』と切り捨てるような不義理なことをする性格でもないので、嫌々ついてきているという訳でもない。すでに彼の戦いは始まっているのだ。
ピリピリした空気を発するハルアをものともせず、ショウは「ハルさん」と呼んだ。
「今日の持ち物は?」
「お財布と、エクスカリバーとダインスレイヴと、招待状」
「ヴァジュラは?」
「呼べば来るから持ってない」
「よし」
ショウはにこやかにリタへ振り返り、
「大丈夫です、全方位警戒しているだけなので」
「物騒な持ち物が混ざっていましたが!?」
「通常のお出かけ装備ですよ?」
「通常のお出かけで神造兵器が必要になる場面ってあるんですか!?」
「そりゃあ、世の中は物騒ですからね。持っておくに越したことはないですよ」
特にチンピラに絡まれることもある問題児なので、対応する為の武装は必要である。エドワードのように拳1発で撃退できたり、ユフィーリアやアイゼルネのように魔法を使えれば武装しなくても楽なのだが、ショウとハルアは殴るよりも神造兵器で脅した方が効果的なのだ。
決してリタをいじめた野郎どもを闇に屠ってやろうと考えて神造兵器を持ち込んだ訳ではなく、あくまで通常のお出かけにも持って行っている装備品である。最悪の場合は呼べば来る最強の神造兵器『ヴァジュラ』があるので問題なしだ。
ショウは何かに気づいたような顔をして、
「あ、もしかして可愛いものの方がよかったですか? ダインスレイヴなんて物騒ですもんね」
「い、いえ、普段から持っているなら出さなければいいだけですし……」
「すみません。どうしても死体を処理する際にはダインスレイヴが必須と言いますか」
「物騒極まりない!? 死体を処理するってもしかしなくても予想できちゃうんですけれども、まさか同窓会の誰かを闇に葬り去ったりとか」
「やらないから大丈夫ですよ。やる時はバレないようにやりますので」
「物騒な考えは置いてきてもらってもよろしいですか!?」
リタは「ほ、本当に大丈夫ですからいじめられませんから!!」なんて言っていたが、ショウは笑顔で押し通した。
☆
リタの出身地まで魔法列車に揺られること1時間、窓から見える景色が変わった頃に車内全体に魔法でアナウンスが届けられる。
『ダリリアに到着です。お忘れ物にお気をつけくださいませ。本日も魔法列車をご利用いただき、ありがとうございました』
窓の向こうに見える駅舎は、赤い煉瓦が特徴的な可愛らしい外観をしていた。何だか人形がちょこちょこ出てきそうな気配はある。降車する人はそこそこ存在するようで、旅行鞄を抱えた人々が窓の向こうを行き交う。
ショウたち3人も、乗り遅れないように魔法列車から降りた。
駅舎に降り立つと、賑やかな声の津波が押し寄せてくる。駅の利用者の家族が迎えにでも来ているのだろう、そこかしこで家族のような人の塊が見える。どうやらこのダリリアという町は住宅街のようなものなのだろう。
ショウはリタへ視線をやり、
「リタさんのご家族さんは?」
「父と母はお仕事で、弟はまだ幼いので両親と一緒ですね。残念ながらお迎えはなしです」
「そうですか、ご挨拶したかったのですが」
「ええ、両親も会いたがっていたのですが残念です」
そう言うリタだが、どこか表情は晴れない。やはり同窓会が嫌なのかと思いきや、ポツリと呟かれた言葉は同窓会に対する憂いの言葉ではなかった。
「かつて一緒に問題児をやっていたような両親なので、皆さんとお会いすると町が滅んでも何も言えなくなりそうな気が……」
「リタさん、問題児は町を破壊する怪獣さんではないですよ」
「いえ、あの、両親の方が」
「リタさんのご両親が町を破壊? どんなご両親なんですか、ますます気になるんですけれども」
そもそも昔のユフィーリアたちと付き合いがあるならば、相当な問題児であることが推測できる。問題児の両親からこんな真面目でいい子なリタが生まれるとは、一体どんな教育をしてきたのやら。
リタが「さあ、こちらです」と改札に向かおうとすると、ハルアが不意に手を伸ばしてリタの腕を掴んだ。彼女が何かを言うより先にハルアはリタを引き寄せて抱き止める。
次の瞬間、彼女の眼前を巨大な旅行鞄をいくつも重ねて載せた台車が通り過ぎていった。利用者の小太りの男が汗だくになりながらふらふらと改札に向かっていく。一体何の荷物を積んだらあんな量になるのか。
ポカンとすらリタの顔を覗き込んだハルアは、
「大丈夫? 怪我はない?」
「ぁ、ひゃ、ひゃぃ……!!」
リタは慌ててハルアから離れると、
「す、すみません、よく見てなくて」
「謝らないで、リタは悪くないよ」
ハルアは笑顔で応じると、
「じゃあちょっとオレは用事があるから先に改札出て待ってて!!」
「ハルさん、どこに行くんだ?」
笑顔で立ち去ろうとするハルアに嫌な予感を覚え、ショウは去ろうとする彼の手を掴む。キョトンとした表情を見せたハルアは、
「え、さっきの小太りのおじちゃんを闇に葬り去ろうと」
「全方位警戒するのは大変素晴らしいことだと思うが、全方位殺害までは言っていないぞ。大人しくしておこう」
「3秒で終わるよ?」
「時間の問題じゃない。ユフィーリアとエドさんのダブルパンチで怒ってもらうぞ」
「止めて!! 今度こそオレのぷりちーなお尻が大変なことに!!」
「そうだ、そのぷりちーなお尻に氷柱という名の太い特別製の注射を叩き込まれたくなかったら大人しくしておこう」
小太りの男を闇討ちしようと企んだハルアの手を引いて、ショウはリタの案内で改札を通り抜けるのだった。
《登場人物》
【ショウ】異世界出身の少年。故郷を捨てたことに躊躇いはないが、異世界ならではのご飯はちょっと気がかり。
【ハルア】研究所出身の少年。故郷? 何それ、食えるの?
【リタ】レティシア王国の郊外出身。自然豊かだからこそ魔法動物もそれなりにおり、武勇伝は熊に突っ込もうとしたところで近所の人から止められたこと。




