第115章第2話【異世界少年とお洒落】
同窓会当日である。
「ハルさん」
「あい!!」
「その格好はちょっとどうかと思う」
「変かな!?」
「だいぶおかしい」
友人のリタの同窓会に付き合うということで、ショウはそこそこのお洒落をした。もちろん、友人が舐められないようにという意味合いもある。
ただ、見た目の都合上、どうしても男らしい格好というものが似合わないので、春らしい白色のシャツと明るい桃色のロングスカートという組み合わせである。本当なら着物でもと思ったのだが、先輩で兄貴分なエドワードから真顔で「止めておきなぁ」と止められてしまったのだ。
そして肝心のハルアの格好だが、
「何で特攻服なんだ」
「気合!!」
「入れ方がおかしい」
ハルアの現在の格好は、いつぞやにショウが提供した異世界知識に基づく衣服『特攻服』だった。裾の長い真っ黒なロングコート、割れた腹筋には包帯を巻いて準備万端である。ダボッとしたズボンには『喧嘩上等』の刺繍まで施されていた。
加えて顔を覆う真っ黒なマスクと鉢巻という完全に不良スタイルである。どこに喧嘩をしに行くのだろうか。これで釘バットならぬ神造兵器を振り回せば事件である。
ショウはそっとハルアの背中を押してやり、
「お着替えしてきなさい」
「何で!? これでいいじゃん!?」
「何をしに行くと思っているんだ」
「リタのことをいじめた野郎どもを皆殺しに!!」
「違う、同窓会の付き添いだ。そんな血みどろなことを考えちゃいけない。考えたいけど、リタさんが嫌がるだろう」
「むう」
不満げに唇をひん曲げたハルアだが、ショウの『リタが嫌がる』発言が効いたのだろう。大人しく身を翻すと、
「お着替えしてくるから待ってて!!」
「ちゃんとお洒落さんしてくるんだぞ。この前買った運動靴はどうだ?」
「いいかも!! 探してくる!!」
ショウがさりげなく助言を与えて、ハルアは意気揚々と居住区画に戻っていった。普段はあんな変な格好なんてしないのに、どうして今日に限ってはっちゃけた格好を選んでしまったのか。
遠くの方でエドワードとハルアによる「ハルちゃん、何その服ぅ!?」「お着替えするよ!!」「当たり前じゃんねぇ、そんな格好でお出かけなんて収穫祭ぐらいしか許されないからねぇ!?」なんて聞こえてきた。兄貴分にもやはり咎められてしまったようである。
すると、
「何だ、随分とハルは浮かれてるな」
「ユフィーリア」
雪の結晶が刻まれた煙管を咥え、今日ものんびりと読書に励む愛しき旦那様のユフィーリア・エイクトベルは、騒がしい居住区画の扉に視線をやりながら言う。その表情はやたら楽しそうだった。
「浮かれていると言っていいのか? いつも以上に頭の螺子の緩み具合が酷い気がするんだが」
「それぐらい楽しみだし、気合い入ってんだよ」
魔導書の頁を捲りながら、ユフィーリアは「まあ特攻服はなしだけど」なんて言う。やはり特攻服で出かけるのは彼女の美的センスから言っても不合格であった。
「リタ嬢の同窓会について行くんだろ」
「ああ。昔のいじめっ子とやらも参加するようで、それの牽制として」
「じゃあハルが特攻服を着たがるのも分かるな。女の子を守ろうと足りない知恵を振り絞った結果、あんな風に振り切ったんだろうな」
「だからと言って、振り切りすぎだとは思うのだが」
「それは本当にそう」
とはいえ、ショウもハルアの気持ちを理解できないでもない。ユフィーリアがかつて誰かにいじめられていたとなったら、特攻服を着て牽制しに行くに決まっていた。あらゆる異世界知識を振り絞って、そのいじめっ子を排除したことだろう。
ハルアなりによく考えたら結果、リタを守った上でいじめっ子どもに牽制も出来る特攻服を選んだらしい。もう少し冷静になれなかったのかと思うが、その努力は認めよう。
ユフィーリアは笑いながら、
「何だったらアタシも第七席の格好でついて行ってやろうか? 牽制どころの話じゃなくなるだろうけど」
「一般の可哀想な方々が泣いちゃうから勘弁してあげてくれ」
最愛の旦那様が第七席【世界終焉】の格好で王立学院の同窓会に乗り込んだら、それこそ阿鼻叫喚の地獄絵図である。魔法が世界中に浸透したこのご時世、七魔法王の威光は神々の如く知れ渡っているのだ。
他の七魔法王ならまだしも、ユフィーリアは世界を終わりに導く死神と恐れられる【世界終焉】だ。命を取られるかもしれないと怯えることだろう。そんな可哀想なことは、さすがに問題児でもやらない。
ユフィーリアは「冗談だよ」とケラケラ笑い、
「まあでも、あまりにも舐めた態度を取られるようだったら本当に乗り込むからな。ちゃんと言えよ」
「冥砲ルナ・フェルノが火を吹くから大丈夫だ、ユフィーリア。貴女の手を煩わせることはない」
「そうか? 何だったら嫌がらせの達人のアイゼも派遣しちゃうけど」
ユフィーリアがそう言うと、ちょうどお茶の用意をしていた南瓜頭の美人お茶汲み係――アイゼルネが弾んだ声で答えた。
「えエ♪ とびっきりの嫌がらせをしちゃうワ♪」
「アイゼさんの嫌がらせが本気を出しちゃうと洒落にならないから止めてあげてください」
苦笑するショウがそう応じたその時、居住区画の扉が開いて「お待たせ!!」とハルアが出てきた。着替え終わったようである。
「ハルさん、だいじょ」
ショウは言葉を失った。
居住区画から出てきたハルアの格好は、柄物の派手な紫色のシャツと真っ白なスーツ、そして尖ったサングラスという不良を華麗に通過してチンピラとかヤのつく自由業を想起させるものになっちゃっていた。見事に進化していた。進化させないでほしかった。
ついでに言えば、髪はオールバックである。形のいいおでこが全開であった。何でこうなっちゃったのか。
ハルアは「行こっか!!」と言うが、意気揚々と用務員室を出て行こうとする彼の手をショウは掴めずにはいられなかった。
「エドさん、どうしてこんな格好を許しちゃったんですか」
「え?」
居住区画に戻ると、兄貴分のエドワードが整髪剤を片付けながらショウへと振り返る。その表情は「何を言ってるんだろう、この後輩」と言わんばかりにキョトンとしていた。
「喧嘩しに行くって聞いたよぉ」
「喧嘩じゃないです、同窓会です。リタさんの同窓会について行くんですから、こんな格好をすれば笑われますよ」
「じゃあ余計に滅ぼしてきなよぉ。一般人相手に舐められちゃ問題児の名折れよぉ」
「この格好では舐められないとは思いますけども」
ショウは「ふざけてないで真面目にお洒落を指導してください」とエドワードに要求した。ハルアだけではなく、兄貴分のエドワードまで浮かれポンチにならないでほしかった。
「ショウちゃん、ショウちゃん」
「ハルさん、真面目にお洒落をしないとダメだろう。リタさんに嫌がられてしまうぞ」
「え、でもちゃんと言われた通りにお靴は買ったばかりの運動靴だよ」
「何故そこを遵守したのか」
チンピラみたいな格好のハルアだが、足元だけは格好いい運動靴を履いていた。赤い生地に金色の装飾が随所に施された、彼の明るい雰囲気にもよく似合う運動靴である。贔屓にしているブランドから出た最新の商品であり、今まで大事にしまわれていたからか埃や汚れすら見当たらないピカピカの状態だった。
見た目はチンピラなのに足元だけは好青年風なんてちぐはぐすぎる。笑えばいいのか怒ればいいのか分からない。
ショウは深いため息を吐くと、
「ハルさん」
「あい!!」
「全部脱げ、お風呂に直行する。整髪剤で固めた髪をどうにかして、お洒落さんするぞ」
「今のこれはお洒落では!?」
「誰がチンピラになれって言ったんだ。そんなの似合うのはエドさんぐらいだぞ」
「ショウちゃん、俺ちゃんのことは普段から『チンピラみたいな顔』って思ってるぅ?」
「普段は褒めてあげるところですが、後輩で遊んだ罪は重いです。今回は黙秘します」
エドワードの苦言は華麗に無視して、ショウは戸惑うハルアの手を引いて浴室に向かうのだった。
《登場人物》
【ショウ】太ったとはいえ、まだまだ体型は華奢。そんなもんで男性用の衣服だとブカブカなので女性用のお洋服を着ている。上品なものを選びがち。
【ハルア】普段のお洒落は色が多めの爽やか好青年、今日は暴走気味。
【ユフィーリア】基本的に静観。お洒落に関してはシンプルなものが好き。
【エドワード】後輩の恋路を楽しんでいる。お洒落に関してはブランド物が多いが物持ちがいいので頻繁に買い替えることはない。現在は大人っぽいものに落ち着いている。
【アイゼルネ】問題児きってのお洒落番長。最近はニット系の衣服が多いかもしれない。




