第114章第3話【異世界少年と栄養剤の呪い】
回想開始。
『ハルさん、バレンタインのお返しは何かあげるのか?』
『おはにゃ……』
『お花? 中庭で摘み摘みするんじゃないんだぞ。ちゃんと購買部で買うか、お花屋さんで買わないと』
『ひまわり……かう……』
『向日葵? 今の時期ではなくないか?』
『おこづかいもためました……』
『おお、お菓子とか我慢したからハルさんのお財布がまだぺちゃんこになっていない。さすがだ、ハルさん。やれば出来る子』
『こうばい……いきます……』
『ところでハルさん、どうしてどこぞの戦場カメラマンみたいな喋り方になってるんだ? どうしちゃったんだ、まさか緊張か? ほら緊張感を和らげる為にはヒッヒッフーのリズムで呼吸するといいぞ』
回想終了。
そんな理由で、ハルアとショウが大事にしていたあの鉢植えは未成年組がおやつなどの購入を我慢した末に手に入れたものであった。バレンタインのお返しとして用意していた花を呪いだの何だので台無しにされれば、それは怒りを露わにする。
特にハルアは「リタに喜んでもらえるか」と何度も試行錯誤を重ねた結果、時期ではないが向日葵をあげようという結論に至った訳である。足りない頭で必死に考えた贈り物の最適解だったのだ。
怒りに突き動かされるショウとハルアは、
「ショウちゃん、どうやって仕返ししようか!!」
「八雲のお爺ちゃんが大事にしている雪桜に仕掛けるのがいいと思うが」
ショウは少し考える素振りを見せると、ポンと妙案が思いついたとばかりに手を叩いた。
「そうだ、あの呪われた栄養剤を使おう」
「あの変な花が咲く奴!?」
「ああ」
ハルアが琥珀色の瞳を瞬かせる。
あの謎の栄養剤は、学院長のグローリアと八雲夕凪が共同開発したものらしい。栄養剤の形に整えるのは学院長の手腕だが、根幹にある花を咲かせる為の効果は八雲夕凪が付与したと話を聞いていた。都合がいい部分もあるかもしれないが、概ねそんな感じである。
その栄養剤の、肝心な部分である花を咲かせる効果が『変な花を咲かせる呪い』にすげ変わっていた訳だ。あのハクビシンが余計なものを付与してくれたのである。これはもう許しちゃおけない。
大事な鉢植えを台無しにされたのだから、大事な植物も犠牲になってもらおう。可哀想なことだが、自分で蒔いた種は自分でどうにかしてもらうべきだ。
「じゃあ、あの栄養剤を取りに行かないと!!」
「その必要はない、ハルさん」
キリッとした表情で言ってのけたショウは、足元の床をタンタンと軽く二度ほど踏みつけた。
その合図を受けて、ショウの足元から腕の形をした炎――炎腕がずるりと伸びてくる。「何か呼んだ?」と言わんばかりに手首を揺らしていた。
近頃、炎腕はますます進化を遂げていたのだ。誰かを持ち上げたり、捕まえたり、燃やしたりなどといった簡単な動作を超えたことも出来るようになってきている。
「炎腕、用務員室にある栄養剤を持ってきてくれるか?」
ショウが炎腕にお願いをすると、炎腕は親指をグッと立てる。それから再び床に戻っていった。
かと思うと、数秒後には何事もなかったかのようにショウの足元から伸びてくる。その手には見覚えのある小瓶が握られていた。
炎腕は、ついに転送魔法と似たような行動まで出来るようになったのだ。持ってきてくれるものは限りがあるものの、魔法にも似たような行動が出来るようになって便利度が加速した。
ほんのちょっぴり自慢げに炎腕から小瓶を受け取り、ショウはハルアの眼前に突き出した。
「どや」
「ショウちゃん凄え!! 炎腕をちゃんと鍛えてる!!」
「一緒に頑張った甲斐があったなぁ、炎腕」
炎腕にこれまでの努力を労うと、手首を揺らして「大変だったよ」と主張してくる。これまでは座標が狂ってお願いしたものと違うものを持ってきたり、無駄に時間がかかったりと大変だったのである。色々と試行錯誤を重ねて教え込んで、ようやく実現した共同技だ。
「この栄養剤を、八雲のお爺ちゃんが大事にしている雪桜に投与します」
「それどんな結果が待ってるんだろうね!!」
「さあ? 雪桜に大きな人面瘡が浮かび上がるか、それとも散る花弁に人面瘡が浮かぶか……」
ショウとハルアは揃ってその光景を想像する。
雪桜は見たことがある。真っ白な花弁が雪のように降ってくる見事な桜である。八雲夕凪が大事にしているのも頷けるほど綺麗なものだった。
その桜にこの謎栄養剤を投与して、呪いの効果がどのように出るのか。満開の桜の木の上に巨大な人面瘡がポンと出てくるか、それとも舞い散る花弁に人面瘡が浮かび上がってくる呪われ仕様となるのか。想像すると気持ち悪い。
だが、未成年組はお構いなしだった。知ったこっちゃねえのであった。
「せっかくの向日葵を気持ち悪い花にしてくれたのだから、これぐらいは当然だ」
「だね!!」
互いの顔を見合わせて頷いたショウとハルアは、植物園に急いで向かうのだった。
☆
「ぐおー……すぴー……」
八雲夕凪は寝ていた。
全裸であった。
こんなところで書くのもどうかと思うが、全裸であった。
ちらほらと咲き始めた雪桜を肴に、酒でも飲んでいたのだろう。赤ら顔で地面に寝転がる八雲夕凪の姿は、極東地域で有名な豊穣神には見えないぐらいの無様っぷりである。桜の木の下に脱ぎ散らかされた和装が放置されていた。
「…………寝てるなぁ」
「叩き起こす?」
「いや、その必要はない」
ショウはハルアの申し出を真剣な表情で断り、代わりにこうお願いした。
「穴を掘るぞ、ハルさん。八雲のお爺ちゃんの首が出るぐらいに」
「あいあい!!」
「炎腕も手伝ってくれ」
大量の炎腕を召喚しつつ、ショウはハルアが懐から引っ張り出してきたスコップを装備した。
雪桜の全体を見渡せる位置を計算し、所定の場所をザクザクと掘り始める。その間も八雲夕凪は起きる気配を見せなかった。
人間を穴に埋めるには、それなりに大きな穴が必要である。特に八雲夕凪は身長が180を超えているので、男子の平均身長しかないショウと小柄なハルアではなかなかの重労働である。
わっせわっせと急いで穴を掘るショウとハルアは、
「ううむ、なかなか進まない。慣れていないと」
「ユーリとかエドとか呼ぶ!?」
「確かに2人ならあっという間かもしれないな」
特に自他共に認める魔法の天才のユフィーリアならば、穴を掘ることなど片手間に出来るはずだ。それも八雲夕凪の首だけが出るように計算した上で作るはずである。今からでも学院長室に戻るか、それとも魔フォーンで呼び出すか。
それもいいが、もっと的確に相手へ恐怖と絶望を与えてくれそうな人物に心当たりがある。仕事が忙しくなければ応じてくれそうだ。
ショウは穴を掘る作業を中断し、メイド服のポケットから魔フォーンを取り出した。
「父さんにもしもしする」
「何で?」
「こういうのに1番詳しそうだから」
ショウが安心と信頼を込めてそう答えると、ハルアは真剣な表情で言う。
「ショウちゃん」
「何だ?」
「ショウちゃんパパのお仕事、何か知ってる?」
「冥王第一補佐官だろう?」
首を傾げたショウは、
「獄卒の現役時代に、穴を掘って首だけを出した上で色々と痛いことをするって呵責内容もあったと聞いた。重労働だったと笑っていたぞ」
「あ、何だ!! よかった!! じゃあ達人の方にお願いしよっか!!」
「ハルさん、何で『よかった』なんだ? 父さんに関して何か知っているのか?」
「何もないよ!!」
「ハルさん」
「黙秘します!!」
「ハルさん、その態度は絶対に父さんの身に何かあったとしか言えないものなのだが。どうなんだ、ハルさん」
何故か息子の知らない父親の事情を知ってそうな気配の先輩に問い詰めるも、肝心の先輩は全力で明後日の方向に目を逸らしてしまったのでこの話は強制的に終わってしまった。
ちなみに父親のキクガに通信魔法を飛ばすと「もちろん手伝う訳だが。暇そうな獄卒も連れて行こう」と二つ返事で了承してくれた。
仕事の忙しさを問うと「冥王様が駄々を捏ねたから暇していたところな訳だが」と笑っていた。冥府の王様がどうなのだろうか。
《登場人物》
【ショウ】実は父親の本当の職業についてはまだ知らない。金融業だと思い込んでいる。
【ハルア】キクガの職業について薄々勘付いている。第六感とかじゃなくて、こうだろうなっていう予想は馬鹿でも分かるよ。
【八雲夕凪】酔っ払うと脱ぎがち。雪桜の花が咲き始めたから早めの花見でもしようと思って酒を飲んでいた。




