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第114章第2話【問題用務員と栄養剤】

 その日、学院長室が消し飛んだ。



「こんにちヴァジュラストライク!!!!!!!!」


「ぎゃあああああああ冥府ッ!?」


「悲鳴が『冥府ッ!?』ってどんな状況なんですか」



 せっかくの鉢植えを台無しにされたハルアが、学院長室の扉を開けると同時に最強の神造兵器『ヴァジュラ』を叩き込んだ。真っ直ぐに突き抜けていった紫電を纏う青白い長槍は、かろうじて回避した学院長の髪をほんの少しだけ焦がして外の世界に飛び出していく。

 まだ生徒が授業中の校庭に着弾すると、盛大に土埃を巻き上げて爆発をした。生徒たちの甲高い悲鳴が晴れ渡った青空に響き渡る。幸いなことに怪我をした生徒はいなさそうであった。


 学院長の青年、グローリア・イーストエンドはゆっくりとハルアへ振り返ると、



「……ハルア君、生徒を殺す気?」


「学院長が死ぬ過程で巻き込まれたら、それはそれまでだね!!」



 いつも以上に頭の螺子ねじを吹き飛ばしたハルアは、ヴァジュラの第2射を用意する。ヴァジュラは呼べば戻ってくるという機能も備わっているようで、彼が右手を掲げただけで校庭に突き刺さっていたはずの青白い槍は手元に戻ってきた。



「学院長、遺言は!?」


「ごめん、僕が君に殺される理由が皆目見当もつかないんだけど。もしかして君が生まれた理由を果たそうとしている?」


「違うね!!」


「違うかぁ、じゃあいつもの気まぐれかなぁ」



 ハルアを怒らせる理由に皆目見当もつかないグローリアは、諦めたように肩を竦めた。ただし簡単に殺されるつもりはないのか、真っ白な表紙の魔導書を開いて神造兵器に対する準備は整っている様子だった。


 まさに一触即発の状況だった。しかも互いに衝突すれば、間違いなく負けるのは学院長のグローリアの方である。たとえ魔法の腕前に覚えがあったとしても、相手は七魔法王セブンズ・マギアスを殺害する為だけに訓練を叩き込まれた上に、第七席【世界終焉セカイシュウエン】の手ずからボコボコになるまで鍛えられた暴走機関車野郎だ。そんな相手に知力で敵うはずがない。

 何か合図があればあっという間に学院長室が粉々に吹き飛ぶ緊張感が漂う中、ショウと遅れて到着したユフィーリアは震えた。本能的に「こりゃあかん」と悟った。



「待て、ハル。せめて説明してやれ」


「? 殺す理由を説明する必要ってあるの!?」


「頭の螺子をどこに落としてきたんだよ」



 ユフィーリアはハルアの首根っこを引っ掴み、とりあえず臨戦体勢のグローリアから引き剥がす。



「おいグローリア、お前がこの前渡してきた栄養剤あっただろ」


「栄養剤?」


「爺さんと共同開発したって言ってただろ」


「ああ」



 グローリアは合点がいったと言わんばかりに頷き、



「あったね、そんなこと。あれどうだった? ちゃんと咲いた?」


「ヴァジュラスト」


「ハル、お座り。おやつあげるからショウ坊と大人しく食べてろ」



 にこやかな笑顔で使用した感想を問いかけてくるグローリアに、ハルアがまたヴァジュラを投擲しようと青白い長槍を振り上げた。バチンと紫電が飛び散ったところでユフィーリアが強制的に足を払い、すっ転ばせて床に押し付ける。

 暴れる前にハルアの口へおやつとして用意していたマドレーヌを突っ込んでおき、ついでにショウにも同じものを手渡した。未成年組は仲良く口に突っ込まれたマドレーヌをもぐもぐと咀嚼している。これでしばらくは大人しくしてくれるはずだ。


 ユフィーリアは用務員室に置いてきた鉢植えを転送魔法で手元に送ると、



「出来栄えはこんな感じ」


「うわ」



 グローリアはあからさまに引いたような表情で呻いた。こっちがドン引きしたいところではある。


 鉢植えから伸びる花は、不細工な人面瘡を張り付けた奇妙なものだった。しかもうねうねとひとりでに動くというおまけ付きである。こんなものを女の子相手のプレゼントとして渡せば嫌われることは必定だ。

 奇妙な花を前に、グローリアの紫色の瞳が「これは何だ?」と問いかけてくる。その態度から判断して、こんな花が咲くのはさすがに彼も想定外だったのだろう。



「お前が渡してきた栄養剤を使ってみたら、こんな花が咲いたんだよ」


「元は何の花だったの、これ?」


「向日葵だとよ」


「時期じゃないというツッコミはさておいて、こんな花が咲くなんて僕は知らないよ」



 グローリアの返答に、もぎゅもぎゅと口いっぱいにマドレーヌを詰め込まれていたハルアが抗議をする。



「もががががもごごおごごご!!」


「食い終わってから喋れ」



 ユフィーリアが一喝すると、ハルアはとりあえず口の中に詰め込まれたマドレーヌを咀嚼する作業に徹する。もぐもぐしてから数十秒、ようやく飲み込んだところで再び口を開いた。



「学院長のせいじゃないの!?」


「栄養剤という形で整えるという部分は僕だけど、花がこんな状態になるなんて知らなかったよ」



 グローリアはうねうねと蠢く花に自らの鼻先を寄せると、



「それに、これあれだね。呪術の臭いがするね」


「え?」


「本当!?」


「呪術ですか?」



 ユフィーリア、ハルア、ショウの3人は思わぬ要素に首を傾げた。


 栄養剤の効果にまさかの呪術が織り込まれているとは思わなかった。どうしてそんなものが織り込まれているのか。

 一般的に呪術に関連するものは『呪臭』と呼ばれるものが漂ってくる。誰が呪いをかけたのかというものを分かりやすくする為である。嗅覚に優れた人間ならばすぐにその臭いを嗅ぎ取って対処するのが常識だ。


 ユフィーリアは通信魔法専用端末『魔フォーン』を取り出すと、



「おい、エド」


『何よぉ、一体。俺ちゃんまだ何もしてないよぉ』


「一緒にいるアイゼも連れて学院長室まで来い。ダッシュ」


『ええ?』



 通信魔法で、呪臭を嗅ぎ取ることが出来る相棒を召喚することにした。相手が何か文句を言おうとする前に、ユフィーリアは通信魔法を強制終了する。


 数分後、学院長室の扉が叩かれて、未成年組の兄貴分であるエドワードと美人お茶汲み係のアイゼルネが揃って顔を出した。彼らの手には購買部の紙袋が抱えられており、生活用品がしこたま詰め込まれている。そういえば買い物を命じていたことを忘れていた。

 要件を問おうとしたエドワードだが、口を開くより前にその巌のような顔面がさらに歪む。どうやら早速、問題の呪臭を嗅ぎ取ったらしい。


 ユフィーリアは「ご苦労」とエドワードとアイゼルネを出迎えると、



「エド、どんな臭いがする?」


「これ呪臭?」



 エドワードは鼻を摘むと、



「何か狐臭い。獣臭が凄すぎる」


「狐……」


「おきつね……」



 エドワードの回答を耳にしたショウとハルアの瞳から、ゆっくりと光が消えていった。諸悪の根源をようやく見つけたらしい。

 パッと音もなく立ち上がると、ショウとハルアは風のような速さで学院長室から飛び出した。黒幕の正体が分かった以上、もうこの場に留まる必要もないと判断したのだろう。判断も行動も早すぎた。


 が、何故かハルアがひょこひょこと戻ってきた。



「学院長!!」


「何かな?」


「疑ってごめんね!! あとお説教はあとで受けるから今は見逃して!!」



 それだけ一方的に告げると、ハルアは学院長室の扉の向こう側に消えた。一応は反省している様子であった。



「……何だったの?」


「バレンタインのお返しに鉢植えの花を渡そうとして、栄養剤を投下してそんなブスな花が咲けば怒り狂うだろうよ」


「え」



 ユフィーリアの言葉に、グローリアは興味津々といったような視線を投げかけてくる。



「ハルア君にそんな相手がいたの? 誰? 僕の知ってる人?」


「それをうっかり話せば今度はアタシが寝込みを襲われるから嫌だ。教えてやらん」


「えー、いいじゃん教えてくれたって。僕、誰にも言わないよ? 何なら協力するよ?」


「止めてやれ。外野が余計な口出しをすれば冥砲ルナ・フェルノの餌食になるぞ」



 相手は知っているが、言えば面倒なことになりかねないのでユフィーリアは黙っておくことにした。

 ちなみに呪臭を嗅ぎ取る為だけに呼び出されたエドワードとアイゼルネは、揃って首を傾げるばかりだった。状況が読めていないのはこの2人だけである。

《登場人物》


【ユフィーリア】一応、謀反を起こそうとした未成年組を止めに来た。今回は問題を起こしていないので冷静。

【ショウ】先輩がヴァジュラを叩き込むことは予想できたので、止めようとしたけど止めていない。

【ハルア】怒れるあなたにヴァージュラ☆


【グローリア】栄養剤を開発した本人。だけど効果については試していなかった。

【エドワード】購買部に買い出しに行っていたら呼び出しされた。嗅覚に優れた未成年組の兄貴分。

【アイゼルネ】楽しそうなことになってるわねぇ。

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― 新着の感想 ―
やましゅーさん、こんにちは! 今回のお話もすごく面白かったです!! 学院長先生、何も悪いことしていないのに命の危機と学院長室が吹き飛ばされるとは、あまりにも可哀想過ぎる・・・。しかしもう慣れてしまっ…
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