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第114章第1話【問題用務員と鉢植え】

タイトル:この木、何の木、何かおかしな木〜問題用務員、謎栄養剤投与事件〜

 何故か、未成年組の2人が用務員室でどったんばったんと大騒ぎしていた。



「……何してんだ、お前ら」


「えっさ、ほいさ」


「えっさ、ほいさ!!」


「話を聞いてくれる?」



 両腕を振り回してどったんばったんと大騒ぎする未成年組に、銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは呆れたような口調で言う。


 何だか知らないが、未成年組のショウとハルアは両腕を振り回して意味もなく大暴れしている。何だろうか、見た目は踊っているように見えるのだが本当に踊っているのだとしたら不格好極まりない。包み隠さず言ってしまえばめちゃくちゃダサい。

 そんな笑うしかない踊りを、何故か鉢植えを取り囲んでやっているのだから疑問も深まるばかりである。小さな鉢植えからは可愛らしい苗が顔を出したばかりの状態だった。教育か何かか。


 ユフィーリアは雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめ、



「今すぐ止まらなきゃ今日の飯は抜きな。自分たちで調達しろよ」


「はい止めまーす!!」


「だからご飯抜きだけは勘弁してくれないか、ユフィーリア」


「よろしい」



 未成年組にとって「ご飯抜き」という刑罰は何にも勝るものだったらしい。不格好な踊りを即座に中断して、土下座で謝ってきた。



「で、一体何をしてたんだよ」


「踊ってたの!!」


「音楽は植物の生育にいいんだぞ」



 小さな鉢植えを掲げたショウとハルアは、意気揚々とそんなことを語る。


 なるほど、意味不明な行動をしていたのはそのせいか。植物の生育に音楽を聴かせるといいという手法はどこかで聞いたことのあるものだが、ぶっちゃけ言えば何の根拠もない手法である。

 というより、あの踊りは果たして植物の生育に意味をなすのだろうか。変な植物に育ちかねないのだが、その辺りは考えていなかったのか。


 首を傾げたユフィーリアは、



「お前らが踊ってたあれは、その鉢植えの生育にいいってのか?」


「…………」


「…………」


「おい、目を逸らすな」



 ユフィーリアの問いかけに、ショウとハルアの未成年組は揃って目を逸らした。あの踊りが植物の生育にあまりよろしくないというのは、どうやら自覚を持っていたらしい。

 まあ、鉢植えの周りをどったんばったんと大騒ぎしていれば生育にも悪影響を及ぼすだろう。歌や楽器の演奏ならばまだしも、踊りは意味がないのではないか。あんな両腕を振り回すだけのへんてこりんな踊りなら尚更である。


 やれやれとばかりに肩を竦めたユフィーリアは、



「栄養剤とか、それこそ水とかあげて日向に置いとけよ。今だったら立派に育つだろ」


「それだと遅い気がした!!」


「遅い?」



 眉根を寄せるユフィーリアに、ハルアが「あ」なんて言って口を手で塞ぐ。何か失言してしまったと言わんばかりの態度だった。



「何が遅いんだ?」


「何もない!!」


「ショウ坊、説明」


「ハルさん、この鉢植えのお花をリタさんにあげる予定なんだ。そろそろバレンタインのお返しの日だし」


「ショウちゃん、めッ!!」



 口を割らないハルアから事情を聞くことをあっさり断念して、ユフィーリアは最愛にして聡明な嫁のショウに問いかけた。簡単に返答があった。


 あっさりと後輩に鉢植えの目的をバラされたハルアは、その場に膝を抱えて蹲る。よく見ると耳まで真っ赤に染まっていた。本気で照れているハルアの姿を見るのは久しぶりである。

 それと同時に、鉢植えの目的を知って納得した。先月のバレンタインの際に勇気を出してお菓子を贈った友人の少女、リタに花を渡そうと画策していたのだ。お小遣い程度の所持金しか持ち得ないハルアにとっては、よく考え抜いた結果の贈り物なのだろう。


 ユフィーリアは「なるほどな」と言い、



「じゃあ栄養剤を調合してやろうか。早けりゃ30分ぐらいで咲くぞ」


「それは果たして、お花は大丈夫なのか?」


「だいじょばないな。すぐ咲くが、すぐ枯れる」



 ショウの問いかけに対して、ユフィーリアは真剣な表情で応じた。


 物事には代償がつきものである。魔法薬にある栄養剤は植物の生育の促進させるが、その分だけ枯れるのが早くなる欠点も持ち合わせているのだ。農業などでは即座に実を収穫してから新たにまた生育を開始させるので、大量生産の際に重宝される代物である。

 その辺りの使い方は、ユフィーリアよりも保健医のリリアンティアの方が詳しい。彼女は農夫の娘なので農業用の栄養剤も使用した経験がある。本人曰く「虫さん避けにもいいですからねぇ」なんて笑っていた。


 鉢植えから生えた花をすぐに摘み取って花束の代わりにすればいいだろうが、未成年組の2人はどうにもそれだけでは納得しない様子だった。



「ハルさん、鉢植えごとあげたいってお話してて」


「ほーん、何遍でも咲かせられるようにするのか。そりゃまたロマンチックなお返しだな」



 花を鉢植えごと贈ることで『私からの気持ちは永遠に続く』という意味合いがあるのだ。何度でも花を咲かすことが出来れば、それだけ気持ちが続いているという何ともロマンのある贈り物である。

 ハルアがそんな考えに至ったのは何かの偶然だろう。誰かしらの入れ知恵という可能性も読めるが、その辺りの追求はよそう。そろそろハルアが恥ずかしさのあまり爆発しそうな気配を感じ取った。


 ユフィーリアは「ああ、じゃあさ」と引き出しの中をゴソゴソと漁り、



「これを使え」


「これは一体?」


「栄養剤だけど、咲いた花が長持ちするんだとよ。グローリアが八雲の爺さんと共同開発したって」



 ユフィーリアがショウとハルアの2人の前に出したのは、小さな瓶だった。中身は少量の液体が詰め込まれており、ちゃぷちゃぷと揺れる。



「爺さんはあんなんでも豊穣神だからな、花を咲かせることには一家言あるって言って協力してた」


「おお、それは何だか凄いものだ」



 ショウはユフィーリアから小瓶を受け取り、



「ハルさん、これを使ってみよう」


「むに」


「いつまでも恥ずかしがっていないで。男の子だろう」


「うにゅにゅ」



 いつまでも恥ずかしがるハルアを立たせたショウは、彼が抱える鉢植えに小瓶の中身を投与する。

 通常の栄養剤は2滴ほど垂らしただけで効果があるものが多いので、今回もそれに倣ってユフィーリアが「2滴ぐらい垂らしておけば効果があるだろ」と助言する。その助言に従って、ショウは小瓶の中身を鉢植えに2滴ほど垂らした。


 ポタポタと栄養剤が染み込んでいくと、鉢植えにすぐ変化があった。



「おお」


「わあ!!」



 鉢植えの苗木がニョキニョキと伸びていくのだ。

 緑色の茎が伸び、あっという間に綺麗な蕾を咲かせる。垂らしてから数秒ほどしか経過していないのにこれほどの速度で開花するとは、さすが豊穣神と共同開発しただけある。


 期待に満ちた目で鉢植えを眺める未成年組だったが、



「ばあ」



 ――鉢植えに咲いた、あまりにも不細工な人面瘡を取り付けた花を前に固まった。



「…………ハルさん、品種は?」


「…………向日葵ひまわりだったはずなんだけど」


「時期じゃねえだろってツッコミはさておいて」



 何故か鉢植えでくねくねとひとりでに踊り始めるブスなお花を呆然と見据えるユフィーリアは、



「何これ、呪いの花?」


「俺が聞きたいのだが」



 ショウも困惑気味にそう返す隣で、琥珀色の双眸から光を消したハルアが踊る変な花が生えた鉢植えをショウに預けた。



「ショウちゃん、第一席と第五席の代わりってすぐに見つかるかなぁ」


「ハルさん、まさか殺そうとしていないか?」


「まあ、いざとなったら副学院長とユーリに兼任してもらえばいいもんね。オレ、ちょっと殺ってくるね」


「ハルさん、ハルさん待ってくれ、せめてお話を聞いてあげてくれ!?」



 流れるようにショウから変な花が咲いた鉢植えを預けられ、呆然とするユフィーリアをよそに未成年組が用務員室から飛び出してしまう。色々と情報は足りないが、とりあえず学院長と八雲夕凪の命が危ぶまれているということは分かった。



「いやそれまずいだろ!?」



 変な花がうねうねと蠢く鉢植えを机の上に放置し、ユフィーリアも未成年組を追いかけて用務員室を飛び出した。

《登場人物》


【ユフィーリア】謎の栄養剤を投与して虹色に輝く薔薇を咲かせ、扱いに困ってルージュにあげた。

【ショウ】小学生の頃、夏休みの宿題で朝顔の観察日記はちゃんとつけていた。

【ハルア】頑張っても愛情いっぱいのお水をあげすぎて枯らすタイプ。

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