第113章第8話【異世界少年と契約書】
これにて終演である。
「盛り上がった!!」
「やり切った……」
「凄い、正反対ではないか」
イキイキと両腕を振り上げて終演を喜ぶハルアとは対照的に、ショウは冥砲ルナ・フェルノに腰掛けて真っ白に燃え尽きていた。
脚本の改変から演出監督まで、ほぼ全ての演劇の工程に口を出していた訳である。めちゃくちゃ働き詰めだったのだ。いつもの問題児とは思えないほどの働きっぷりだった。
演劇同好会の会長であるアリオはポンとショウの肩を叩き、
「お疲れ様だ。よく頑張った」
「あとはユフィーリアの采配を待つだけですが……」
ショウが疲れ切った表情でそう言った時、舞台裏に「お疲れさん」という聞き慣れた声が響いた。
顔を上げると、舞台裏にユフィーリアの姿があった。どうやら頑張って終演まで導いた演劇同好会を労いにきたのか、それとも「下手くそな演技をどうもありがとうよ、じゃあ死ね」と処刑しにきたのか不明である。表情から全く読み取れない。
今回の演劇に際して、演劇同好会とショウとハルアの未成年組は命を賭けて挑んだ訳である。下手なものを見せれば即・首切断である。思い返してもそんな悪いものではなく、むしろ最高に出来のいい演劇だったと自覚はあるのだが、やはり彼女の琴線には触れなかったのだろうか。
緊張した面持ちで演劇同好会とショウとハルアが彼女の言葉を待つ中で、ユフィーリアはそっと口を開く。
「最後の」
「最後の?」
「最後のあれは、ショウ坊が考えたものか?」
彼女の疑問に対し、ショウは瞳を瞬かせてから「ああ」と頷く。
「父さんに話を聞いてきた。あれは実際にあの判決を下して、冥王様と父さんは揃って3ヶ月の減俸を食らったらしい」
どうせ大団円に導くのであれば最後の冥府の法廷のシーンまで書きたくて、ショウはわざわざ父親のキクガに話を聞いてきたのだ。その結果、本当は冥府の刑場に送らなければならないところを無理やり判決を変えて天界行きとした為に、冥王と冥王第一補佐官のキクガは減俸処分となったようだった。
本来ならば冥府を追われる身となるはずだったが、現在の冥王ザァトと冥王第一補佐官のキクガが優秀だった為に追い出すと機能不全に陥ることから、減俸処分だけで済んだと聞いている。減俸処分はさすがに格好がつかないので、ショウは裁判の様子だけを脚本に落とし込んだのだ。
ユフィーリアは「そうか」と言い、
「いい演技だった。お前らの真剣さが伝わったよ」
「じゃあユフィーリア、俺たちの首は……?」
「はは」
不安げに聞いてくるショウの様子がおかしかったのか、ユフィーリアは軽い調子で笑い飛ばす。
「あんないい演技をする役者たちの首を切ったら、それこそ世界の損失だろうよ。アタシが怒られるわ」
つまり、お咎めなしである。
ショウとハルアは互いの顔を見合わせ、それから「やったー!!」と抱きしめあった。処刑回避である。演劇同好会の生徒たちも命を落とす危険性から解放された影響で、涙を流しながら抱き合っていた。
座長のアリオも、普段より大きな声でおいおいと泣いていた。あまりの緊張状態から解放されたからだろう。
「ああ、そこの。アリオって言ったか」
「え、ぁ、はい」
「お前には話がある」
「え……」
あからさまにアリオの表情に絶望の色が乗せられる。
それもそうだろう、絶命の危険性が去ったと思ったら重要な役を任されたアリオだけが呼び出しである。これはまさに「お前の演技は気に入らなかったから死んでくれ」となる可能性が高い。
特にユフィーリアは気分屋と有名である。そうなる可能性だってなきにしもあらずなのだ。
泣きそうな表情のアリオの前に、ユフィーリアは1枚の紙を突きつけた。
「お前、これに名前を書け」
「え、いやあの」
「いいから」
「はい」
さながらカツアゲのように紙へ名前を書くように強要したユフィーリアに気圧され、アリオは紙と共に突き出された羽ペンで所定の位置に名前を書いた。まるでヤクザのやり取りであった。
アリオが名前を書き込んだことを確認してから、ユフィーリアもまた紙に何かを書き込む。それからアリオに向かって古びた羊皮紙を投げて渡した。
それは契約書だった。見覚えのある契約書だと思えば『Hope of rainy days』の上演や脚本などの権限を記した契約書である。あの契約書があったが為に、ショウたちはユフィーリアに頭を下げることになったのだ。
「これからは、お前がルドガーを演じろ」
ユフィーリアはひらひらとアリオに名前を書かせた紙を揺らす。その紙に記載されていた内容は『Hope of rainy days』の権利に関する譲渡書とあった。
「その契約書を引っ提げれば、どこの劇団でも舞台に立たせてもらえるだろ。何せ金になるって言われるぐらいの劇だからな。権利は渡したから、脚本の改変も好きにすりゃいいさ」
「……いい、のか。これは、大事な物語では……?」
「何だ、不満か?」
まだ現実を読み込めていないらしいアリオが問いかけると、ユフィーリアは口の端を持ち上げて笑った。
「世界中の人間に、笑顔と希望を届けるんだろ。お前のやり方で届けてやれ」
「――――ああ!! 必ずやり遂げてみせよう!!」
アリオは元気よく頷いた。ボロボロの羊皮紙を胸に抱き、いつものように自信に満ちた笑みと共に。
あの伝説の舞台に関する全ての権限が、アリオに委譲されたのだ。それが事実ならば、この権限を盾にすればアリオは強制的に舞台に立つことが出来る。何せこの権限には上演する権限の他、配役を決める権限なども盛り込まれているのだ。その権利を有するアリオを他の劇団が放っておくはずがない。
ユフィーリアは、アリオにこの舞台を広めることを許したのだ。
「よかったですね、アリオさん。ユフィーリアが渡した権利です、大事にしてください」
「当然だ!!」
「もし他の人に騙されて渡すようでしたらあらゆる手段でぶち殺しますからね。半殺しではないです、完全に冥府の法廷に立って俺の父親と戦ってもらいますからね」
「あの何か珍妙な体術を使ったとか言う父親と戦うのか……?」
最愛の旦那様が渡した権限を大事にするように念を押すショウに、ユフィーリアが「あ、そうだ」と言う。
「なあ、ショウ坊。あの脚本はお前が改変したんだろ?」
「ああ、そうだが」
「じゃあ他の脚本も書いてくれよ。ネタは腐るほどあるから提供してやる。それこそ舞台映えする勧善懲悪ものとか」
「むむ」
ユフィーリアの提案に興味を示したショウは、
「それは内容を聞いてもいいか?」
「あー、何だったかな。色々あるけど」
自分の過去を思い出すような素振りで宙に視線を投げるユフィーリアは、
「地底湖に封印された怪獣を鎮める為に生贄に選ばれた女の子を助けたり、とか」
「わあ」
「興味本位で神殿から盗み出した壺が、実は呪われた古代帝国を呼び覚ます為に必要な遺物だったとか」
「あわわ」
「ああ、それこそ八雲の爺さんを助けた話とか。爺さんの神域結界が『悪夢の繭』に侵食されてて大変だったなぁ、ありゃ」
「…………」
この旦那様、色々と過去にやってきたご様子である。全て興味あるし、何なら次の演劇祭の為の脚本も十分に書けるかもしれない。
気づけば、ショウは懐から羽ペンとメモ用紙の束を手に取っていた。これは自分の中の誰かが「書け、書かねばならない」と囁いていた。
そしてもちろん、この話に興味を持ったのはショウだけではない。
「ユフィーリア、先程の話をなるべく詳しく教えてくれ」
「すみません、それ我々にも教えていただけませんか。来年からの演劇祭、かなり盛り上がりそうです」
「ず、狡いではないか!? もう卒業すると言うのに何故そんなネタを隠し持っているんだ!!」
ショウと演劇同好会のうちまだ卒業の予定がない生徒がユフィーリアの話に食いつき、あと少しで卒業を控えたアリオ含む最高学年の生徒は新たな脚本を演じることが出来ない悔しさに手巾を噛み締めるのだった。
《登場人物》
【ショウ】次なる脚本のネタも出てきて楽しみ。
【ハルア】ユフィーリアが提供するネタの中には自分も体験した話が混ざっていたり、いなかったり。
【アリオ】この度、伝説の舞台の権利を獲得。これで他の劇団から引く手数多となることを誰が予想していたか。
【ユフィーリア】納得のいく演技をしてくれた奴に権利を渡すつもりだったので後悔はない。他にもネタはあるからな。