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第6話【異世界少年とクライマックス】

 ひとしきり泣いたあと、アリオは涙の跡が残る顔をそのままにその場で座り込む。



「『……魔女よ、どうか頼みを聞いてくれないか……』」


「『何だ、言ってみろ』」


「『空が見たいんだ……妻が待っている……』」



 アリオははだけたシャツの上から腹を撫でると、



「『この状態だからな……私は多くを捨てすぎた……もう自分の足で歩くことすらままならん……』」


「『馬鹿なことをするからだ。呆れた奴め』」



 魔女役の生徒は、座り込むアリオに肩を貸す。本当のユフィーリアだったらここで横抱きにでも出来たのだろうが、普通の女子は異性を簡単にお姫様抱っこできるほど鍛えられていない。お供役の子供も手伝って、アリオはよろよろと舞台から退場した。


 さあ、物語はやがて問題のシーンに突入する。ショウが最も危惧するクライマックスである。ここで阿呆なアドリブでもぶち込めば全てが水泡に帰す。失敗をする訳にはいかないのだ。

 最も重要な場面転換となるからか、舞台袖で大道具移動や演出を担当する生徒たちの表情が険しくなる。大道具を魔法で運ぶ役目の生徒は頻繁に自分の運ぶ大道具の状態を確認していたし、演出担当の生徒はしきりに舞台袖から観客席を覗き見していた。


 ショウもここからが正念場と気合を入れる。脚本の頁を捲ると、



「ハルさん、準備はいいか?」


「あい!!」



 ハルアが頷き、ポケットが無数に縫い付けられたツナギから真っ白い壺を取り出す。

 この舞台の演出で必要なものであり、ハルアにしか使えない神造兵器である。この神造兵器の存在を知った時、ショウの頭にとある演出が閃いたのだ。


 役者たちが舞台袖に戻ってきた頃合いを見て、バツンと照明が落とされる。闇に包まれる舞台の上を、次々と大道具が移動した。最後のシーンは屋外となるので、苔むした柱などが中心となっている。



「お見事です、アリオさん。本物の魔法使いかと思いました」


「いや、魔法使いだが」


「そういう意味で言ったんじゃないです。馬鹿タレ」


「もちろん冗談だ。分かっている」



 舞台袖に戻ってきたアリオを出迎えたショウは、彼に水の瓶を手渡す。役者は喉が命である、乾燥によって声が出ないという状況を避ける為には水分補給は必須だ。

 アリオは「助かる」と言いながら、台本を確認しつつ瓶から水を口に含んだ。その横顔は真剣そのものである。彼なりに真摯に魔法使いの役柄と向き合い、そしてかの魔法使いの意思を尊重して人生を演じているのだ。


 ショウは「よく聞いてください」と言い、



「ラストは神造兵器レジェンダリィを使用します。少し驚かれるでしょうが、なるべく驚いた表情は見せずに演技を続行してください」


「それはあれか? 直前の演出内容の変更か?」


「今朝の時点では演出担当の生徒の皆さんにはお伝えしましたが、忙しすぎて座長である貴方には伝え忘れていました。めんごです」


「おい」



 アリオは苦笑すると、



「それが必要だと言うなら文句はない。最後まで全力だ」


「任せてください」



 ショウは舞台袖に控える生徒たちに振り返ると、



「シーン切れます。準備はいいですか?」


「バッチリだ」


「いつでも行けるぞ」


「任せて!!」


「ハルさんは?」


「蓋を開けばいつでも!!」


「よし」



 演出担当の生徒たちから威勢のいい返事を受け、ショウは頷く。



「それではラストスパートです、アクション!!」



 その号令のもと、ハルアが先に真っ白な壺の蓋を開いて中身をぶち撒けた。


 足元にぶち撒けられた青色の砂はサラサラと風に流されて移動すると、大講堂の天井部分を覆い尽くす。次の瞬間には、大講堂の天井には晴れ渡った見事な青空が広がっていた。

 ハルアの持つ神造兵器『空の天幕』である。これは室内にいながら日光浴をするという目的である神様が妖精たちに作らせた神造兵器で、室内にいながら本物の空を見ることが出来るという至極平和的な神造兵器だ。もちろん、これは幻惑魔法とか幻影の類ではなく本物の空なので、空を飛べばどこまでも飛んでいくことが出来る訳である。強制空間拡張など神造兵器以外に出来ない代物だ。


 そして、舞台上どころか観客席にも異変が起きていた。



「嘘だろう……?」


「こんな、凄すぎ……」



 アリオを含めた役者たちが置き去りにされる。


 観客席には、演出担当の生徒たちが一斉にかけた幻惑魔法によって床は苔むした石畳に、大講堂の壁は開けて折れた石柱などが放置された広い屋上に見えるように演出されていた。奇しくも舞台上に広がる世界が、そのまま観客席にも伝播したような見た目に変化していたのだ。

 これぞショウの考えた演出である。観客席と舞台上の世界を一体化させることで、より演劇にのめり込んでもらおうという作戦だ。ここからが大事なシーンなのだから演出の腕も惜しまない。


 唖然とするアリオの背中を押したショウは、



「世界は作りました」


「――ああ、行ってくる!!」



 アリオは魔女役の生徒とお供役の子供に支えられた状態で、ふらふらと明るい舞台に足を踏み入れた。


 観客たちの視線が集中する中、アリオは「『ここでいい……』」と至極小さな声で言う。その場所にあるのは、横倒しとなった石柱である。表面は雑草で覆われており、何年もそこに放置されていたと予想できる出来栄えとなっていた。

 魔女役の生徒とお供役の子供は、アリオを横倒しとなった石柱にもたれさせて座らせる。横倒しとなった石柱に身体を預けるアリオの姿は弱々しく、今にも死んでしまいそうなほど衰弱している。そんな状態の演技が出来るなど、やはり彼の演技力は高い。


 アリオは「『すまない……』」と謝り、



「『あの、魔法兵器エクスマキナは……壊してくれないか……』」


「『もとよりそのつもりだ。悪用されたら困る』」


「『そうか……助かる……優しいな……』」


「『当然だ。世界で1番優しい魔女様に感謝しろよ』」



 魔女役の生徒の軽口に対して、アリオは小さく笑う。それから、



「『街の人には……迷惑をかけたな……』」


「『だろうな。だから冥府でしっかり反省してから、奥さんに会ってやれ』」


「『そうだな……』」



 アリオの声が徐々に、徐々に小さくなっていく。魔法使いを演じる彼の人生が、幕引きを迎えようとしている。



「『ああ……見事な、空だ……』」



 アリオは大講堂に広がる空を見上げて、



「『こんなに、綺麗な空で……ドロシー……お前は、ずっと私を見守ってくれていたのか……』」



 それから、そっとアリオは瞳を閉じて動かなくなる。とある魔法使いの人生を、彼は最期まで演じきったのだ。


 魔女役の生徒とお供役の子供は、動かなくなったアリオを静かに見下ろしていた。それから魔女役の生徒が、ふと観客席に視線を投げる。

 その先に広がる景色は、通常の観客席とは異なる。雑草の生えた石畳、朽ち果てた石柱、何年も放置されたどこかの建物の屋上の様相を模した観客席に加えて神造兵器による本物の青空が広がっている。壮大な光景であることは間違いない。



「『まじょさま』」


「『……何だよ』」


「『あのひと、およめさんにあえるのかなぁ』」


「『さあな』」



 魔女役の生徒はどこか遠くを眺めて、



「『300年も待ち続けるぐらい強い女なら、今更、旦那の刑期が伸びたって待っていられるだろ』」



 バツン、と音を立てて照明が落ちる。

 それと同時に大講堂を覆っていた青い空が掻き消えた。ハルアが真っ白な壺の蓋を閉じたのだ。蓋を閉じると青空を構成していた砂たちが自動的に霧散して、新たな砂が壺の中に溜まる仕組みになっているらしい。


 暗闇に乗じて、アリオたちが舞台袖に戻ってくる。その表情は清々しさに満ちていた。



「見事な演出だったぞ、ショウちゃん」


「ええ、貴方も見事な演技でした。ですが」



 ショウは脚本の最終頁をアリオに突きつけ、



「クライマックスはこれからですよ。人生最高の幕引きをしましょう」



 とある魔法使いの人生はここで終わりだが、この先は完全に余談である。

 ショウにしか知らない、いいや、ショウにしか出来ない最後の最後の結末だ。


 言わんとすることを理解したアリオは「望むところだ」と笑った。

《登場人物》


【ショウ】ハルアの神造兵器ラインナップを見て「これは演出に適しているのでは?」と考え、急遽演出を変更。何事にも妥協はしない。

【ハルア】一応持っていたけれど、あの神造兵器って何に使うんだろうなぁ。


【アリオ】唐突な演出変更にも表情を変えずに対応できる。結構度胸がある方。

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