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第4話【異世界少年と場面転換】

 場面は変わって、魔女とお供が領主へ話を聞くシーンである。



「『毎日雨続きだと聞いたが、大体いつ頃から降ってるんだ?』」


「『はあ……かれこれ私の5代前まで降っています。大体300年ほどかと』」


「『300年。そりゃあまた、随分と長い雨季だな』」


「『領民たちも参っております。こうも雨続きだと気分が滅入るとか言って……』」



 はあ、と領主役の生徒は疲れたようなため息を見せた。その仕草も、ため息のつき方も、年齢を重ねた領主のお爺さんのように見える。

 実年齢からかなりかけ離れた役柄であるにも関わらず、特殊な化粧で顔に小皺まで作り出し、腹に布を巻きつけて贅肉に見立てたその姿はどこからどう見ても草臥くたびれた領主様である。長椅子に座って背筋を丸める様も、300年も降り続く雨に参っていると言わんばかりの態度として堂に入っていた。


 脚本を確認しながら、ショウは舞台袖で次なる指示を出す。



「場面転換します。次のシーン、魔法使いの住まう町外れの塔です」


「舞台セットの用意!! 急げ!!」


「承知しました」


「了解です」



 脚本の流れは、領主の話を聞いて「何とか雨を止ませる方法はないか」と問われた魔女は町外れにある塔に住み着いた魔法使いの元に向かうことを決意するというものだ。その部分は簡潔に「『なら、魔法使いの住んでる塔に行ってみるか』」という台詞で終わる。

 それから場面転換して、町外れの塔のシーンである。町外れの塔は魔法使いの住処であることを想定されており、家財道具の他に書類などがたくさん散らばっていたようだ。中でも印象的なのがベッドで、白骨化した死体が丁寧に寝かされていた様子である。


 もちろん、その小道具も完璧である。ショウはハルアへと振り返り、



「ハルさん、ベッドに寝かせる為の骨は用意できているか?」


「完璧だよ!!」



 小道具を用意する生徒と協議を重ね、問題児の中でも群を抜いて手先が器用なハルアによって用意された白骨化した死体は、本物と見紛うほど精緻な作りをしていた。

 各骨は黄ばみを目立たせ、病弱だった魔法使いの妻を演出する為に全体的に細めの見た目をしている。徹底して不健康そうな作りをしていた。本当に墓から掘り出してきたのではないかと思うぐらい立派なものである。


 あまりにも本物っぽい見た目をしていたので、ショウは思わず問いかけてしまった。



「ハルさん、まさかお墓から掘り出してきたりとかしていないよな?」


「…………」


「ハルさん?」



 ショウの問いかけに対して、ハルアはニコッと笑っただけである。嫌な予感しかしなあの受け答えである。



「ハルさん、墓荒らしをするようであれば貴方から骨をいただく他はないのだが」


「冗談だよ、ショウちゃん!! ちゃんと白い石をガリガリ削って作ったんだよ!!」


「あ、本当だ。石の感触あうあうほっぺは止めて」



 ハルアが骨だらけの手でぺちぺちとショウの頬を叩いてきたので、ショウはやんわりと骨の手を振り払った。

 確かに表面はつるりと磨かれているので、骨のような感触ではない。冷たさも残るそれは石を想起させる材質である。石をここまで加工できるとは、さすがの手先の器用さだ。


 ちょうどそこで場面転換の為に照明がバツンと落とされる。魔女役の生徒とお供役の子供が舞台袖に引っ込んできたと同時に道具が動き始める。



「ハルさん、それはベッドに寝かせてくれ」


「あい!!」



 生徒が今まさに転送魔法で送り込もうとする古びたベッドに、ハルアが白骨化した死体を寝かせる。ちゃんと布団もかけてあげて、寝床で死んだまま放置された死体を演出した。

 白骨化死体を乗せたベッドは暗闇の中を転送され、舞台上にパッと出現する。舞台袖から出来る限りで羊皮紙や雑紙を散らし、荒れ果てた居住空間を演出した。ついでに魔導書も適当に放り出しておき、今まで魔法使いは懸命に魔法の研究をしていたことも強調する。


 次の舞台が整ったところで、照明が点灯した。煌々と照らし出された舞台には羊皮紙や雑紙が散乱し、魔導書がひっくり返された荒れた生活空間が広がっていた。



「『酷い有様だな』」


「『まじょさま、だれもすんでないんじゃないの?』」


「『雨雲の中心はこの塔だ。魔法使いはここに引きこもっているんだろうが……』」



 魔女役の生徒は舞台上を見回して、



「『こんなところでよく生活できるな。うちは綺麗だってのに』」


「『おれがそうじしてるんだよ、まじょさま。まじょさまはほんをよんでばっかりだろ』」


「『そうか? たまにやってるだろ』」


「『まほうのかげんをまちがえて、まどをこわしたことはいまでもおぼえているからな。まほうをつかわずにそうじするんだよ』」


「『聞こえない』」


「『きいてよ、まじょさま』」



 どか、とお供役の子供が魔女役の生徒の背中めがけて体当たりする。そのやり取りが何とも平和的で、観客席からもくすくすと笑い声が漏れた。

 台本通りの演技だが、これ以上は重苦しいやり取りしかない。ここで平和的な要素を取り入れておいた方が観客たちも疲れないだろう。脚本家の配慮が見えていたが、もしかしたらこのやり取りも現実に起きたものかもしれない。


 じっと役者たちの演技を観察しながら、ショウは舞台袖で待機する演出担当の生徒たちに振り返ることなく告げる。



「手紙の演出を」


「了解」



 魔女役の生徒とお供役の子供がベッドに寝かされた白骨化死体に近寄ったと同時に、ぶわりと風の魔法が発動された。


 舞台上に吹き付ける風に、魔女役の生徒とお供役の子供の髪が激しく乱される。床に散らした羊皮紙や雑紙の小道具も巻き上げられ、バサバサと音を立てて舞台の上を踊った。

 それに紛れるようにして、1枚の封書がひらひらと天井から落ちてくる。それがちょうどお供役の子供の頭上にバサリと落ちた。落下位置も完璧である。



「『てがみだ』」


「『貸してみろ』」



 魔女役の生徒がお供役の子供から封書を受け取り、中身に目を走らせる。それから表情をグッと歪ませて、



「『あの野郎……』」



 そう呟くと、魔女役の生徒は封書をぐしゃりと握りしめた。



「『行くぞ、オズ。何としてもあの馬鹿を止めなきゃいけねえ』」


「『まじょさま……?』」



 魔女の静かな怒りを感じ取ったお供役の子供は、荒々しく足音を立てて舞台袖に引っ込む魔女役の生徒の背中を追いかけていく。それから再び場面転換のお時間である。


 ここからが大事な場面だった。小道具も重要になってくるし、何より演劇に必須な『雨を降らせ続けていた魔法使い』の役がここで初めて登場する訳である。本気で挑まねば命はない。

 演劇同好会の生徒たちの表情も、自然と険しくなる。ここからふざけた演技をすれば自分たちの首が飛ぶ訳である。緊張感も半端ではない。


 ショウは重要な役どころであるアリオへと振り返ると、



「かる……なんか……あめ……」


「わあ」


「集中してるね!!」



 アリオは集中状態にある様子だった。台詞を小声で繰り返しては「声のトーンが」とか「気持ちを入れて」など自分で調整をしているようである。

 彼は、魔法使いの役を自ら引き受けた。難しい役どころだが、雨の日に両親を失った彼にしか本気で演じることが出来ないと宣言までして挑戦したのだ。その演技力が果たしていい結果を生み出すだろうか。


 バツンと照明が再び落とされる。さて、次の場面転換だ。



「アリオさん」


「ああ」


「大丈夫ですか?」


「問題ない」



 集中状態から顔を上げたアリオは、どこか自信ありげに言う。



「難しい役どころだが、俺は演劇同好会の座長だ。魔法使いの役を完璧に演じてみせる!!」


「うるせえです。声でっかめで演じたらぶち殺しますよ」


「はははははは!! まあ舞台袖で期待していろ!!」



 真っ暗な舞台上を、アリオは移動する大道具に合わせて駆けていく。その背中を、ショウは見送ることしか出来なかった。



「大丈夫か、あれ」


「平気でしょ!!」



 ハルアはグッと親指を立て、



「出来なかったら責任は座長1人で背負ってもらおう!!」


「そうだな、そうしよう」



 あの調子でもし大事な場面を失敗で終わらせた暁には、アリオ1人で冥府に就職してもらうことを心に決め、ショウは照明の点灯を指示するのだった。

《登場人物》


【ショウ】大道具の準備は基本的にハルアにお任せしちゃう。手先が器用だし、絶対に変なことしないと信じている。

【ハルア】大道具の準備は頑張った。あの白骨、白い石を探してガリガリ削ってピアノ線で吊ったんだよ。


【アリオ】役作りに必死。何とかモノにしようと脚本を読み込む。凄え集中力。

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