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第3話【異世界少年と舞台】

『昔々、あるところに1人の魔法使いがおりました』



 静かな朗読から始まる演劇は、舞台上に影絵のようなものが踊る。


 当然ながら、これも魔法である。アリオが言うには『影絵魔法』と呼ばれる役者などの界隈ではよく使われる演出系の魔法らしく、自由に影を形作って操ることが出来るらしい。その証拠に舞台上を踊る影は次々と朗読の文章に合わせて形を変えていく。

 舞台上に取り付けられた照明器具の下で色濃く出現した影は、最初は1人の男性を描いた。長衣姿の彼はいつしか女性と夫婦になり、仲睦まじく見つめ合う。なかなか平穏な滑り出しである。


 だが、



『ある時、魔法使いの妻が病気で倒れました。回復魔法や治癒魔法が今ほど発達していなかった時代のことです、魔法使いは懸命に妻の治療にあたりましたが甲斐なく死亡してしまいました』



 病に倒れた妻を甲斐甲斐しく世話をする魔法使いの様子が影絵で再現されるも、その世話も空しく終わって妻は永遠の眠りについてしまう。眠るベッドのそばで魔法使いは打ちひしがれ、膝をついて涙をポロポロとこぼした。



『そして魔法使いは思いつきました。――思いついてしまったと言うべきでしょう』



 顔を上げた魔法使いの口の動きに合わせて、アリオが声を当てる。



「『そうだ、雨だ。妻は雨が好きだった、雨の日が好きだった。雨が降れば、私は妻を忘れない。雨さえあれば、雨の日が続けば……!!』」



 声だけにも関わらず、アリオの迫真の演技は凄まじい圧を感じた。

 まるで、これから自分が魔法使いに成り変わって雨を降らせ続けてやろうと決意するかの如き気迫だった。すぐそばで控えていたショウとハルアも、あまりの迫力に息を呑んだほどだ。


 そして雨の日が永遠に続くように仕向けた魔法使いの影が塔に引き篭もったところで、影絵魔法による演出と演劇の導入は終了である。



『こうして、魔法使いはとある領土を雨で支配することになりました。いつまでも、いつまでも――』



 さて、ここから本格的に幕開けである。



「アリオさん、準備はよろしいですか」


「任せろ」



 ショウの呼びかけに対して自信ありげに頷いたアリオは、舞台袖の暗い空間に振り返った。



「場面転換するぞ、雨の音と役者の用意を。まずは主役の魔女とお供のシーンからだ」


「了解です」


「りょーかいです!!」



 アリオの呼びかけに応じて、演出担当の生徒たちがそれぞれ杖を構える。枯れ枝のような杖を一振りすると、ザアザアと雨の音が聞こえ始めた。

 舞台上では幻影の雨が降り注ぐ演出が展開される。舞台の床上を跳ねる雨粒、雨の降る強さなど完璧に計算された演出であった。


 雨の幻影が徐々に引きの状態となり、それから大道具の窓が出現する。自然な転送魔法の行使である。すぐさま照明の音された舞台上に、役者の生徒たちが出ていく。



「『まじょさまぁ』」



 間延びした子供の声が、暗い舞台に落ちる。


 舞台が再び照明器具によって照らされると、舞台のセットはすでに室内のものへと切り替わっていた。大道具の本棚が設置され、中身は全て偽物にはすり替えられているものの本物に見えるようにハルアなどが用意したものだった。

 舞台上にはすでに、魔女役の生徒がぺたんと座り込んで魔導書を静かに捲っている。真剣に魔導書を読み込んでいる姿は、まさに読書中のユフィーリアとそっくりだ。昔は今よりも酷い読書家だったらしいし、役への入り込みは十分である。


 再び子供の間延びした声が、舞台に響き渡った。



「『まじょさまぁ、きょうもあめですよぉ』」



 舞台袖から出てきた子供は、大量の洗濯物を抱えていた。もちろん小道具である。

 1日を読書して過ごすあまり寝食を忘れてしまうユフィーリアに代わり、家事全般を担っていたのが幼い頃のエドワードである。今回のあの子供の役もエドワードの子供の頃が再現されていた。高い再現度である。


 呼びかけに応じることのない魔女役の生徒に構わず、お供役の子供は洗濯物を広げながら言う。



「『まじょさまぁ、きのうもあめでしたよぉ』」



 魔女役の生徒は答えない。



「『まじょさまぁ、おとついもあめでしたよぉ』」



 お供の呼びかけに、やはり魔女役の生徒は答えない。魔導書を読み耽っていた。


 何を言っても応じないと見るや、お供役の子供はぷいとそっぽを向いた。バサバサと洗濯物を広げては舞台装置として用意した紐に引っかけている。

 もう会話をするのも嫌になったと言わんばかりの態度は、本当に苛立っているようにも見えた。さすがの演技力である。何だかいつものユフィーリアとエドワードの姿を見ているようだ。


 不意に、お供役の子供がバサバサと洗濯物を広げながらポツリと呟く。



「『まじょさまのばーか』」



 次の瞬間、魔女役の生徒が動いた。


 持っていた魔導書を閉じると、素早く立ち上がって今まで読んでいた魔導書をぶん投げる。豪速球よろしく放たれた魔導書はお供役の子供の後頭部にスコーンとぶつかり、舞台に落ちた。

 後頭部に魔導書をぶつけられたお供役の子供は洗濯物を放り投げ、痛みのあまり悶絶する。のたうち回る姿に観客席から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。ちなみにアドリブではなく、正真正銘、台本通りの展開だ。


 魔女役の生徒は舞台上で悶絶するお供役の子供を睨みつけると、



「『聞こえてるぞ、オズ。いつからそんな悪い子になったんだ?』」


「『まじょさまがどくしょにしゅうちゅうしているからだろ!!』」



 すぐさま立ち上がったお供役の子供は、だんだんと床を踏んで怒りを露わにした。



「『きのうもおとついどころか、きょうだってあめ!! このまちにきてからずっとあめ!! はれまなんてみたことないよ!!』」


「『そういう日もあるんだろう。この辺りは雨妖精が活発なのかもしれないし、この地域がたまたま雨季に入ったことだって考えられる』」


「『だとしても、さんねんかんもまいにちあめだったらさすがにいじょうだとおもわないのかまじょさまぁ!?』」


「『3年間?』」



 魔女役の生徒は首を傾げて、大道具の窓に視線をやった。



「『そうだったか?』」


「『おぼえてないの、まじょさま。おれたち、さんねんまえにこのまちにきたんだよ』」


「『月日が経つのは早いな。もう3年間も経過していたのか』」



 魔女役の生徒は本気で驚いたような表情で、お供役の子供と言葉の応酬を交わしていた。


 エドワードから聞いた話だが、あまりにも長い時を生きている魔女や魔法使いは時間の概念というものがなくなるらしい。いつのまにか夜になって、朝を迎えて、また夜が訪れてという日々を繰り返していると、いつのまにか300年ぐらい経っているというのがザラらしい。

 実際、ユフィーリアも同じことがよくあったようだ。ずっと読書に集中しているからか時間の概念を忘れてしまうので、エドワードがご飯を食べさせたりお風呂に叩き込んだりして人間の生活をちゃんと送らせていたらしい。今ではすっかり家事上手なユフィーリアから想像できないズボラな生活態度だったようだが、それを完全に再現されていた。


 魔女役の生徒は「『よし』」と頷き、



「『これはちょっと異常だな。調べに行ってみるか』」


「『まじょさま、おでかけするならしおをかってきてください。もうないです』」


「『馬鹿野郎、お前も行くんだよ』」


「『ま、まだせんたくものがぁ、あー!!』」



 魔女役の生徒に首根っこを引っ掴まれ、お供役の子供と一緒に舞台袖へ戻っていく。場面展開の為に照明がバツンと落とされて、舞台上が闇に染まった。



「さすがですね」


「演技力もあるだろうが、ショウちゃんたちが演技指導をしてくれたからだろう。熱心だったと聞くぞ」


「愛する旦那様の役を負ったのであれば本気で作法まで叩き込むのが嫁の役目です。生半可な演技では許しませんとも」



 上演に際して、ショウはユフィーリアの癖などを役者たちに叩き込んでいたのだ。愛する旦那様を演じるのであれば、本人と見紛うほどでなければショウが納得しなかったのだ。

 その甲斐あって、魔女役の生徒もお供役の子供もユフィーリアとエドワードそっくりに演じることが出来ている。役名は彼らの名前ではないのだが、完成度は高くなっているはずだ。


 アリオはショウの肩を叩くと、



「さあ、次の場面だ。気を抜くことは出来んぞ」


「ええ、分かっています。アリオさんも重要な役なんですから、手を抜かないように」


「誰に言っている、任せろ」



 自信ありげなアリオの脇腹を小突き、ショウは「次の場面の準備をお願いします」と指示を出す。


 舞台はまだ始まったばかりだ。

 一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。この演劇には命を賭けているのだから。

《登場人物》


【ショウ】始まった舞台に集中。

【ハルア】後輩の手伝いに奔走。


【アリオ】始まった舞台にわくわく、まだ舞台に姿を見せるのは先である。

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