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第113章第2話【問題用務員と開幕】

 ユフィーリアは観客席で、舞台などよく見えるど真ん中の座席を陣取っていた。



「ユーリが許すとはねぇ」


「命まで賭け皿に乗せられたら、さすがに根負けするだろ」


「それもそうネ♪」



 赤い天鵞絨ビロードのカーテンで覆われている舞台を見据えて、開幕を今か今かと待ち構える問題児大人組はそんな会話を交わす。


 今回の演目は『Hope of rainy days』である。今までユフィーリアが脚本を取り上げ、あらゆる権利を取り上げ、誰にも演じさせることを許さなかった伝説にして禁忌の舞台だ。誰に土下座をされても、泣いて懇願されても上演すら絶対に許さなかった舞台が今回初めて数百年ぶりに上演されるということで、多くの観客が大講堂に詰めかけていた。

 周囲をぐるりと見渡すだけでも父兄どころか、劇団を運営するオーナーや演劇関係者の姿もいくらか確認できる。劇団を運営するオーナーは「うちの劇団すら出来なかったのに、一体どこの誰が演じるんだ?」みたいな嫉妬にも似た視線を緞帳に向けている。


 ユフィーリアは鼻を鳴らすと、



「あいつらも命を賭け皿に乗せてみろってんだ」


「絶対にユーリの匙加減で首がゴロゴロ転がる羽目になるでしょぉ」



 エドワードは隣に座るユフィーリアを見やると、



「ユーリぃ、まさかとは思うけどさぁ」


「何だよ」


「どんな結果になっても『気に入らなかった』という理由で演劇同好会と未成年組の首を落とすような真似はしないよねぇ」


「え、アタシってそんな理不尽なことをすると思われてる?」



 ユフィーリアは心外なと言わんばかりの表情でエドワードの顔を見上げ、



「ちゃんと公平な判断をするよ。『納得できなかったら命を賭ける』ぐらい言ったんだからな」


「公平に判断しなよぉ。俺ちゃんも後輩が冥府に再就職する羽目になるのは嫌だよぉ」


「ショウ坊が関わってるならふざけたものをお届けする訳がないだろ」



 この演劇には、ユフィーリアの愛する嫁であるアズマ・ショウが関わっているのだ。異世界から出身の彼はあらゆることに全力全霊である。特に芸術関係と食べ物関係に於いてはユフィーリアの予想の斜め上を突き抜けていくぐらいだ。

 かの伝説にして禁忌の舞台と言われた『Hope of rainy days』も、ショウの手にかかれば中途半端なものにはならないはずだ。その部分に於いてユフィーリアは彼のことを信頼している。


 それに、



「練習もこっそり覗き見してたけど、なかなか堂に入ってたぞ」


「俺ちゃんも覗き見してたけどぉ、本当に本気だったよねぇ」


「熱量が半端じゃなかったワ♪」



 ユフィーリアの言葉に、エドワードとアイゼルネも同意を示す。


 演劇の練習をコソコソと覗き見していたのだが、練習も熱量が半端ではなかったのだ。役に打ち込む彼らと演出の指示を飛ばすショウの本気具合から、並々ならぬ思いを感じ取ったのだ。

 あれだけ本気で練習しておきながら、本番は緊張のあまり失敗しましたなんてオチはお笑いにならない。ぜひ冥府でしばらく反省していてもらおう。あの練習の日々は何だったのかと問い掛けたくなるぐらいである。


 すると、



「やあ、ユフィーリア」


「お、グローリアじゃねえか。どうした、演劇祭に顔を出すなんて珍しいな」


「何せ君が書いた脚本の舞台が上演されるからね。そりゃあ見にくるよ」



 普段なら仕事だ何だと理由をつけて演劇祭に顔を出さない学院長のグローリア・イーストエンドが、自然とユフィーリアたち問題児大人組の近くに座る。学院長の姿を認めた演劇関係者や劇団のオーナーなどは目を剥いて驚いていた。

 珍しいこともあるものである。まさか彼も演目の『Hope of rainy days』が目当てだとは思わなかった。まるで演劇というものに興味がないものだとばかり認識していたのだ。


 ユフィーリアだけではなく、エドワードとアイゼルネも驚いたような表情でグローリアを見ていた。



「学院長が演劇祭に出てくるって珍しいねぇ」


「一体どういう心境なのかしラ♪」


「そんなに珍しい?」



 グローリアは不満げに眉根を寄せると、



「僕だって『Hope of rainy days』の演劇を見たかったんだよ。初めて上演された時は見逃しちゃったし」


「見なくていいよ」


「ショウ君が関わっているんだから絶対に面白いでしょ。見るよ、死んでも見るね」


「おう、じゃあ死んでもらおうか」


「止めてよ。何でそんな苛立ってるの」



 雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめるユフィーリアに、グローリアは「何なのさ、もう」と不機嫌そうに返した。



「それにしても、今年は演劇関係の人が多いなぁ。やたら劇団のオーナーさんから申請があったし」


「アタシが上演を禁じた舞台がやられるって話だし、見に来たんだろ。どんなもんかって」


「どうしてさ、君はあの演劇を禁じたの? いい話だと思うんだけれど」


「他の役者は本気じゃなかった」



 ユフィーリアはグローリアから投げかけられた質問に対して、ツンとした態度で答える。



「上演に本気じゃないどころか、勧善懲悪ものに脚本を改変しようとする始末だ。脚本に書かれた台詞じゃなくてアドリブで無理やり勧善懲悪ものに持って行こうとする魂胆が気に食わなかった」


「そっか、あの話って実話だもんね」


「だから、あいつの人生を本気で演じることが出来ねえ奴らに舞台をやらせたくなかった。ルージュにも協力してもらってあの演劇に関する全部の権利を取り上げて、上演すらも禁止して、脚本を借りに来た連中に拒否を突きつけて意地でも演じさせないようにした。あいつの人生を馬鹿にするような演じ方が許せなかった」



 ユフィーリアの脳裏に、かつて見てきた光景が過ぎる。





 ――忘れたくない、忘れたくないんだ。


 ――死んだ妻のことを忘れたくないが、人間の記憶力はどうしても風化してしまう。そんなの耐えられない。


 ――だから、だから。





 あの時の鬼気迫る表情、血走った目、そして懸命に亡くなった妻を忘れたくなくて抗おうとする男の顔が頭から離れない。

 それほど亡くなった妻のことを愛していて、忘れたくないという切実な気持ちで大罪に手を染めた。ただの悪人だったら責められたのに、亡くなった妻を思い続けたがゆえの行動をどうやって責められようか。


 心の底から憎める悪人ならば、ユフィーリアだって脚本が勧善懲悪ものに改変されても文句もなかったのに。



「ユフィーリアは、優しいね」


「おうよ。アタシは世界で最も優しくて強い魔女だぞ、今更気づいたのか?」


「それがなかったら純粋にいい魔女だなって思ったのに台無しだよ」



 呆れたように肩を竦めるグローリアに、ユフィーリアは「何でだよ」と不満げな声を上げた。


 その時、魔法によって『観客の皆様にご案内を申し上げます』というアナウンスが流れた。その声がどこからか聞こえた途端に、それまでざわざわと騒がしかった大講堂内が水を打ったように静まり返る。

 いよいよ演劇が始まろうとしていた。不思議とユフィーリアの心臓も逸る。久しぶりの上演だ、どのような仕上がりになるだろうか。



『当劇団「小悪魔系用務員ショウちゃんと愉快すぎる仲間たち」による演劇は間もなく開幕となります。お手洗いは済ませましたか? 演劇の内容の考察は十分ですか? お手洗いに行く暇もないぐらいに面白く、楽しく、そして貴方がたの陳腐な考察を正面からぶちのめすほどに予想の斜め上を突き抜けた舞台をお楽しみくださいませ』


『ショウちゃん、愉快すぎる仲間たちって何?』


『失礼いたしました。当劇団「無駄に声のでかい人が率いる愉快な仲間たち」でした』


『うおおおおい、声のでかいって何だーッ!?!!』



 流れて来たアナウンスは、聞き覚えのある涼やかなテノールボイスである。彼の舌鋒も冴え渡り、観客席がくすくすと押し殺したような笑い声で満たされる。

 アナウンスは『それでは開幕まで今しばらくお待ちください』と締め括られて静かになった。もうすぐ開幕となるのか。


 その直後、





 ――――ぶー。





 そんな警告音めいたものが鳴り響くと同時に、重たい緞帳がするすると左右に開いて舞台が幕を開けた。

《登場人物》


【ユフィーリア】元々この演劇の脚本を書いた脚本家。最初に演劇を任せた劇団がふざけた脚本の改変をやったので怒って権利の全部を制限した経緯がある。さて、ショウたちは大丈夫だろうか。

【エドワード】かつてユフィーリアが書いた脚本の演劇を見たことがあるが、あれ一度きりの上演になるとは思わなかった。寂しくもあったし、今回の上演決定に嬉しく思うし、命を賭けた後輩たちの行く末が不安。

【アイゼルネ】初めてユフィーリア脚本の演劇を見る。噂には聞いているがどんな話なのか楽しみ。


【グローリア】ユフィーリア脚本の舞台を見てみたかったのだが、都合がつかずに見れなかったのが惜しかった。まさか上演禁止となるなんて思わなかったので、今回はちゃんと見にきた。

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