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第113章第1話【異世界少年と開演】

タイトル:人生最高の幕引きを!〜問題用務員、禁止演劇上演事件〜

 演劇祭、開催である。



「ひゃー……」


「わー」



 大講堂の舞台袖からこっそりと観客席を覗くショウとハルアは、その人数の多さに圧倒された。


 前日に設けられた観客席は満員御礼どころか、立ち見客まで発生している様子である。卒業する学生たちの保護者だけではなく、舞台関係者や劇団を運営しているオーナーまで揃っている始末である。もちろん、すでに卒業した元生徒も集まって、開演を今か今かと待っていた。

 これだけ大勢の観客が集まったのは、ひとえに演目が『Hope of rainy days』だからである。有名劇団でさえ頼み込んでも権利を有する脚本家が首を縦に振らなかったのに、今回になって二度目の上演が叶ったのだ。かの有名な伝説の舞台がどれほど素晴らしいものなのかと誰もが注目している訳である。


 ショウとハルアは互いの顔を見合わせると、



「どうしよう、不安になってきた」


「自信を持って、ショウちゃん。大丈夫だよ」



 ハルアはショウの華奢な肩を掴み、優しく励ましてくれる。今だけは非常に頼り甲斐のある先輩である、いやいつも頼り甲斐があるのだが今回は特別に頼り甲斐を感じられた。



「脚本は元々のユフィーリアが発表しただけのものだが……」


「問題はラストシーン?」


「ああ……」



 ショウは不安げに頷く。


 本来の『Hope of rainy days』は悪役である魔法使いが死んで話が終わるのだ。ただ、そんな悲しい終わり方では観客も後味が悪くなるだろうし、何よりショウ自身がそんな悲しい舞台など見たくなかったので、脚本をほんの少しだけ改変したのだ。

 具体的に言えば、ラストシーンを付け加えたのである。脚本そのものには手を加えておらず、最後のシーンだけを追加して文字通りの大団円に変更したのだ。


 ショウが不安に思っている理由は、そのラストシーンを追加したことによる影響である。



「ユフィーリアは何と言うだろうか……」


「そりゃ不安だね」


「うう……せめて首を切るなら銀のお盆に乗せてちゅーをしてくれ……頼む……」


「もう切られる前提で話してる?」



 ショウは「神様仏様ユフィーリア様、どうかお願いします」と頼んだ。すでに自分の首を切られる前提で話していた。


 そう、この演劇は異例中の異例である。全ての権利を有する最愛の旦那様のユフィーリアに「納得の出来ない演劇をやったら首を切ります」と宣言した訳である。正確に言えばそこまでは言っていないのだが、とにかくそんな勢いだったのだ。

 それもショウだけではなく、演劇同好会全員の首が切られる羽目になる。失敗すれば全員仲良く晒し首だ。ヴァラール魔法学院が血みどろの処刑場跡地になりかねない。


 不安のあまり手のひらに『人』の文字を書きまくるショウに、背後からアリオが声をかけてきた。



「心配するな、ショウちゃんよ!! お前の書いた、いや改稿した脚本は間違いなく傑作だ!! この俺が太鼓判を押してやろう!!」


「アリオさん、めちゃめちゃ足が震えておりますけれども」


「武者震いだ!!!!」


「相変わらずうるさいですね」



 緞帳の向こう側から聞こえてくるざわめきにも負けないほどのアリオの声に、ショウは苦笑を漏らした。さざなみめいた観客たちの会話を掻き消さん勢いだった。


 強がるように言ってのけるアリオだったが、顔色は悪いし両足はガクガクと震えている。アリオの立っている部分だけ大地震が発生したのかと言わんばかりの震えだった。今なら指先で突いた途端に膝から崩れ落ちそうである。

 そんな気配を敏感に察知したハルアが、コソコソと音もなくアリオに近寄る。何をするかと思えば彼の足元にしゃがみ込むと、ガクガクと震えている膝を人差し指でツンツンと突いた。アリオに「止めんか!!」と怒鳴られても続けていた。



「でも、この劇が失敗すれば俺たちは仲良く冥府に再就職ですよ。それでもよろしいんですか?」


「伝説の舞台を演じて死ぬのならば、俺としては本望だ」



 アリオは堂々と胸を張り、



「何せ、超有名な役者たちが揃いも揃って脚本を借りに頭を下げたというのに追い返されたぐらいだ。誰も演じることを許されなかったこの伝説の舞台を、俺たちが特別に許可を得た。命という代償など安いものだ。その名を生涯に渡って刻めるのだからな!!」


「もしかしたら、この世界から消し飛ばされるかもしれないですよ。痕跡も何もかもを削除される恐れもあります」



 本来の脚本を執筆した魔女、ユフィーリア・エイクトベルは七魔法王セブンズ・マギアスが第七席【世界終焉セカイシュウエン】としても有名である。彼女の持つ『絶死の魔眼』はこの世のあらゆるものに終わりを告げ、世界から痕跡を残すことなく消し飛ばされてしまう訳である。

 彼女の納得できない演劇の仕上がりになった場合、首だけでは済まないかもしれないのだ。伝説の舞台が今年の演劇同好会の手によって上演された記録さえも消され、なかったことにされる未来もある。


 その事実を失念していたらしいアリオは「む、そうだったな」なんて言いながら、



「だが、まあそれなら演じたという記憶を胸に抱いて俺はこの世から消えよう。この記憶は俺だけのものだ、そしてきっと第七席である問題児筆頭も覚えているだろうよ」


「覚えていたらいいね!!」


「おい暴走する方の問題児、お前はまだ俺の膝を突いて遊んでいるのか。それの何が楽しいんだ」


「止め時が分からなくて!!」


「じゃあ今すぐ止めろ!! 邪魔だ!!」



 未だにアリオの膝を突きまくっていたハルアは、アリオに怒鳴られて行動を中断した。ハルアの奇行を退けた影響か、アリオの膝はもう笑っていなかった。


 すると、舞台袖にモノローグを読み上げる生徒が駆け込んできた。「そろそろ上演開始のお時間です」と呼びかけられる。

 舞台袖に緊張感が漂った。これから始まるのは誰もが憧れた伝説の舞台『Hope of rainy days』であり、ショウたちが命を賭けて演じるとある魔法使いの濃密な人生だ。失敗すれば命はなく、冥府に獄卒として就職を果たすことになるか、この世界から永遠の退場となるか運次第だ。


 アリオは深呼吸してから、演劇同好会の仲間たちに視線を巡らせる。



「ここまでよくぞ頑張ってきた。これより最初で最後の、かの有名な伝説の舞台に挑むことになる。失敗すれば俺も、お前たちも、脚本を改変した問題児のショウちゃんも命はない」



 演劇同好会の生徒たちは何も言わずに、真剣な表情でアリオの演説に耳を傾けていた。



「巻き込んでしまって済まなかったと思っている。この舞台に挑みたいのは俺の我儘だ。どうか許してほしい」



 その言葉に対する生徒たちの反応は、



「何を言ってるんですか、座長」


「湿っぽいのはよしてくださいよ」


「らしくないですよ」



 生徒たちは笑っていた。彼らは全員、頭を下げたアリオに怒りもしなかった。


 これが終われば、ユフィーリアの匙加減で生きるか死ぬかが決まる。彼女に限ってそんなことはないだろうが、理不尽にも「気に入らなかったから終焉な」と言われる可能性だってあるはずなのに、それでも伝説の舞台に挑むと決めたアリオに文句を飛ばすことさえなかった。

 彼らもこの舞台に、文字通り命を賭けて挑むことに決めたのだ。アリオだけが覚悟を決めた訳ではない、この場にいる全員がかの魔女を納得させる為の舞台にするように短い期間ながらも努力をしてきた。


 アリオは瞳に涙を滲ませながら、



「ありがとう、お前たちと舞台に立てることを誇りに思おう!!」


「うるせえです。口に布でも詰めてやりましょうか」


「何故だ!?!!」



 相変わらずうるさいので、ショウはアリオの口を塞いでやろうかなと思ったりしちゃっていた。そのおかげで舞台袖の緊張感は緩和され、生徒たちにも余裕が生まれる。



「それでは幕開けといきましょう」



 ショウが開幕を告げると、舞台袖に「おう!!」という声が幾重にもなって響いた。

《登場人物》


【ショウ】脚本の改稿が上手くいくか心配。どきどき。

【ハルア】後輩が頑張っていたのはよく知っているので、ユフィーリアが怒ったら盾になるつもり。


【アリオ】武者震いで小刻みに震えまくって大惨事。

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