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第112章第6話【異世界少年と演劇練習】

 それから演劇の練習が始まった。



「『魔女様、今日も雨ですよ。昨日も雨、一昨日も雨、ずっと雨ばかりが降り続いてます』」


「『そういう天気なんだろう。放っておけ、そのうち止む』」



 主人公の魔女役に選ばれた女子生徒の、朗々とした声が中庭に落ちる。呆れたようなその口調はショウの愛する旦那様によく似ていた。


 脚本を起こすにあたり、この『Hope of rainy days』が実話であることを意識した。実話で、物語を進行する重要な役割を負う彼らが実際に知っているならば口調や彼らが言うであろう台詞の予想など容易い。

 特に仲良くもない人物が最愛の旦那様の口調をなぞるのはちょっと不満だが、これは演劇であると割り切るしかない。背に腹はかえられないのだ。


 自分の書いた脚本を確認しながら、ショウは演出の提案をしていく。



「基本的に雨が中心となっている世界観なので、場面転換の際は雨の音を積極的に出していきましょう。何か方法はありますか?」


「抜かりはない。音楽系の魔法を専攻する生徒も所属している、彼らに音を作ってもらう」


「音を作ってもらうなんて芸当が可能なんですか」


「あらゆる困難は魔法で解決だ!!」



 待機しているアリオが「頼む!!」と演出を担当する生徒に呼びかけると、生徒は枯れ枝のような見た目の杖を一振りした。


 すると、魔女を演じる女子生徒とお供役を演じる子供化した男子生徒の頭上から雨が降った。だが濡れた様子はなく、水溜りも出来る気配がない。どうやら雨の幻影のようであり、シトシトと静かに彼らの頭から降っている。

 それに合わせて『ザアザア』という音もどこからか聞こえてきた。幻影も相まって本当に雨が降っているように見える。魔法というのは素晴らしい技術であると、ショウは改めて実感した。



「凄いですね、魔法で演出を出せるなんて」


「そうだろう、そうだろう!! 我が演劇同好会の生徒たちは優秀でな、名のある劇団から引く手数多なのだ!!」


「そう言うアリオさんは就職先が決まってるんですか。もう卒業でしょう、単位が足りなくて卒業できないなら話は変わりますけれども」


「卒業できるに決まっているが!?」



 アリオは「心外な!!」と叫ぶように言うと、



「実はネージュ劇団に所属することになっていてな、卒業後の進路も楽しみだ!!」


「ネージュ劇団って有名なところですね」


「それどころか超有名どころだよ!! めちゃめちゃ有名で超人気のある劇団だね!!」



 驚くショウの横で、ハルアが簡単に解説をしてくれる。


 ネージュ劇団と言えば、ショウでも把握している超有名どころの劇団である。歌劇や普通の舞台など何度も上演しており、どの演劇も満員御礼の好成績を叩き出している。

 劇団所属の役者は誰も彼も演技力が高く、見目麗しいことでも有名であり、役者個人についているファンも多いと聞く。いつかアリオが人気役者になればネージュ劇団の公演で見かけることが出来るかもしれない。


 アリオは「まあな」と少し苦々しげに、



「競争率が高いのが難点だが」


「やっぱり役の取り合いになったりとか」


「いや、最初は下働きからだろう。配役をもらって舞台に立つまでに長い時間を要するのだ。俺も先輩たちには負けていられんが、どうしても才能だけでは選ばれない時があるものだ」


「なるほど」



 ショウは納得したように頷いた。


 確かに、人気役者は舞台に立つだけでも金になる。劇団側としても儲けさせる為に固定ファンがついている人気役者を優先したくなる気持ちも理解できる。

 しかし、固定ファンがついているからと言って才能のある役者が舞台に立つ機会を潰してしまうのはいかがなものか。劇団を存続させる為には仕方がないことではあるが、何だか少しばかり理不尽な気がしてしまう。


 アリオは「まあ、そんなことよりもだ!!」と話題を切り替え、



「問題は魔女と、俺の演じる魔法使いの対峙シーンだな」


「ここは頭を悩ませたところです」



 ショウも険しい表情で同意する。


 魔女役の女子生徒も、お供役の男子生徒も、そして雨を降らせ続けた魔法使い役を担うアリオの演技力は申し分ない。演出用の魔法を使う生徒も腕前はかなりのものであり、仕上がりは上々である。脚本の拙さや矛盾はアドリブで補強してもらうとして、演劇同好会の才能は粒揃いと言ってもいいだろう。もうこれだけで金が取れる。

 だが、肝心の場面である『魔女と魔法使いの対峙シーン』が問題だった。この場面は雨を降らせ続ける魔法使いに、魔女が止めるように説得するのだ。天候を雨に変え続けることは禁忌とされているし、その理由も分かるのだが、そんな大規模な魔法をどうやって維持していたのかが分からないのだ。


 ショウでは魔法の知識が乏しく、ハルアもそこまで魔法に詳しい訳ではない。演劇一筋の演劇同好会も当然知るはずもなく、ならば本来の話を知っているエドワードに問いかけても「原理は分からない」と何とも言えない回答を得られただけだ。

 想像で演じるにはあまりにも危険すぎる。ここが1番の見せ所なのに、想像で演じてしまえば感動は半減どころか台無しである。


 頭を抱えたショウは、



「学院長なら知ってるか?」


「知らないと思うね!! だってそこを見てないからね!!」



 ハルアの残酷な言葉に、ショウは「そうか……」と納得してしまう。学院長のグローリア・イーストエンドならば天候を変えることさえ可能だろうし、300年近くも維持することだって出来るだろう。

 一般の魔法使いの魔力量は、天候を変えた上で300年近くも維持できるほど多くはない。果たしてどうして維持したのか、方法が全く思いつかない。


 その時、



「わ、冷たッ」


「え、何だこれ」


「雪……?」



 脚本の読み合わせと演劇の練習に励んでいた演劇同好会の生徒たちが、何やら異変を感じ取っていた。


 ショウも伏せていた顔を上げると、鼻先に冷たい何かが降ってきた。雨のように濡れた感触ではなく、それはショウの体温で呆気なく溶けてしまう。

 雪だった。もう3月に入って暖かくなってきた頃合いだというのに、冬の気温に逆戻りするかの如くしんしんと雪が降っていたのだ。ただ空は晴れ渡っており、雪を降らせる雲すら存在していない。異常気象とも呼べる降り方だった。


 季節外れの雪に唖然とするショウのそばで、ハルアが叫んだ。



「嫌な予感する!!」


「!!」



 第六感で身の危険を感じ取ったハルアに、ショウは息を呑んだ。まさか誰かが邪魔をしようとしているのか。

 ハルアが真っ黒なツナギに縫い付けられた数多のポケットからボロボロの旗――神造兵器『エル・ブランシュ』を引っ張り出すと、ショウと演劇同好会を守るようにそれを突き出す。ヴン、と虫の羽音のような音を立てて結界が展開された。


 それと同時に、



「〈氷雪の幕(グラーデ・フリーズ)〉」



 大量の雪が結界に降り注いだ。



「きゃあああ!?」


「雪、何でぇ!?」



 演劇同好会の生徒たちが悲鳴を上げる。


 大量の雪はハルアの展開する結界に阻まれて、中庭に滑り落ちるだけだった。塊のようになった雪は中庭を真っ白に埋め尽くし、そこだけ真冬の光景に引き戻したかのようになる。

 天候を変えることは禁忌だと教えられたばかりだが、これは明らかに攻撃である。悪意のある妨害行動と見ていい。


 一体誰がこんなことを、とショウが顔を上げた先に、彼女は立っていた。



「賑やかだな。随分と楽しそうに演劇祭の準備を進めているようで」



 校舎内という安全地帯から、雪の結晶が刻まれた煙管を握りしめる銀髪碧眼の魔女。氷の魔法を得意とするならば、雪を降らせることも簡単だと推測できる。

 あらゆる魔法を使いこなし、この『Hope of rainy days』の真実を知る唯一の人物。罪の物語ゆえに他人に演じることを禁じた、気難しい脚本家。


 絶対零度の眼差しを向けられて身体の芯まで震えながらも、ショウはその名を呼ばずにはいられなかった。



「……ユフィーリア」



 雪の結晶が刻まれた煙管を咥えたユフィーリアは、吐き捨てるように言う。



「やってくれやがったな、ショウ坊」

《登場人物》


【ショウ】この時以上に血の気が引いたことはない。

【ハルア】いざとなったら後輩と生徒の盾となってユフィーリアと戦う腹づもりではある。


【アリオ】第七席の威圧感を初めて味わった。めっちゃくちゃ怖い。

【ユフィーリア】未成年組が演劇の練習に協力していると聞いたから覗き見しに来たら、まさかのやっている演目が自分が脚本を取り上げた演劇だった。ので邪魔してやるぜ、この野郎。

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